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なぜ表面温度が高いの? 観測的な証拠によって潮汐ロックが証明された初のスーパーアースを加熱しているもの

2024年04月18日 | 系外惑星
太陽以外の恒星を公転する“太陽系外惑星(系外惑星)”が初めて見つかったのは1995年のこと。
これまでに発見されている系外惑星の多くが、恒星のすぐ近くの軌道を公転しているものでした。

これらの系外惑星は、恒星から受ける潮汐力が大きいことから、地球の月のように公転周期と自転周期が一致し、常に同じ面を恒星に向けている“潮汐ロック”をしていると考えられています。

ただ、系外惑星の潮汐ロックは、ほとんどの場合推定にとどまっている状況です。
特に、地球より大きな岩石惑星“スーパーアース”では、これまで観測によって実証されたことはありませんでした。

今回の研究では、スーパーアースの一つ“LHS 3844 b”について、NASAの赤外線天文衛星“スピッツァー”の観測データを惑星モデルに当てはめることで、潮汐ロックの証拠が見つかるかどうかを検証しています。

その結果、得られたのは潮汐ロック以外の可能性を排除するもの。
このことから、“LHS 3844 b”は観測的に潮汐ロックが証明された初のスーパーアースとなるようです。
この研究は、北京大学のXintong Lyuさんたちの研究チームが進めています。
図1.“LHS 3844 b”は全体が黒い色をしていると推定されている。(Credit: NASA, JPL-Caltech & R. Hurt(IPAC))
図1.“LHS 3844 b”は全体が黒い色をしていると推定されている。(Credit: NASA, JPL-Caltech & R. Hurt(IPAC))


恒星の潮汐力により惑星の自転周期と公転周期が一致する現象

月は常に表側を地球に向けているので、私たちは裏側を見ることはできません。
これは、地球から受ける潮汐力によって月の自転周期が長くなり、公転周期と一致する値に固定されたことで生じる現象です。

潮汐ロックと呼ばれるこのような現象は、月に限らず、木星のガリレオ衛星や冥王星の衛星カロンなど、多数の例が知られています。

系外惑星では、しばしば恒星のすぐ近くの軌道を数時間から数日の周期で公転する例が知られています。
これらの惑星も恒星からの潮汐力を受けることで、潮汐ロックの状態にあるのではないかと考えられています。

でも、近いと言っても数光年離れている系外惑星の自転周期を測定することは簡単ではありません。
なので、潮汐ロックの状態にあると推定されている例のほとんどは、観測的に実証されている訳ではありません。

特に、地球よりも大きな岩石主体の惑星“スーパーアース”の潮汐ロックの例は、こえまで知られていませんでした。

スーパーアースが恒星の近くを公転していれば潮汐ロックを受けている可能性は高まります。
でも、それだけでは潮汐ロックの証拠として十分と言えないんですねー

例えば、長い間潮汐ロックを受けていると考えられていた水星です。
水星は、実際には2回公転する間に3回自転するという、公転周期と自転周期が2:3の共鳴関係にあることが判明しています。

これは、潮汐力による自転周期の固定が、潮汐ロック(1:1)以外の値でもあり得ることを意味している現象と言えます。
なので、恒星の近くを公転しているスーパーアースが、必ずしも潮汐ロックを受けているとは限らないことになります。

木星と似たタイプの惑星であるガスが主体の“ホットジュピター”とは異なり、潮汐ロックを受けているとみられるスーパーアースは大気をほぼ失っていて、恒星からの放射や宇宙から飛来する宇宙線などが地表に直接降り注ぎ、岩石が大きな風化を受けていると推定されます。

スーパーアースの岩石が風化している状況を知ることができれば、太陽系の中にある岩石主体の天体の風化度合いを知る手掛かりになるはずです。

このことから、スーパーアースが潮汐ロックを受けているかどうかは、その惑星における岩石の風化度合いを決定する大きな指標となります。
でも、潮汐ロックの実例が見つかっていないことが、研究を進めの妨げになっている訳です。


観測的な証拠によって潮汐ロックが証明された初のスーパーアース

今回の研究で対象となったのは、スーパーアースの一つ“LHS 3844 b”です。

“LHS 3844 b”は、多くの観測と研究が行われている系外惑星の一つで、国際天文学連合(IAU)が2022年に行った“太陽系外惑星命名キャンペーン2022”で“クアクア(Kua'Kua)”という固有名が付けられています。

“LHS 3844 b”は、NASAが運用していた赤外線天文衛星“スピッツァー”による観測データを分析した2019年の研究で、多くの性質が推定されています。
例えば、昼の温度は770℃(1040K)なのに対して、夜はほぼ絶対零度(0K)で、昼夜の温度差が1000℃もある極端な環境が示されてました。

昼夜にこれほどの温度差があり、特に夜側が低温であることから考えられるのは、“LHS 3844 b”には熱を伝達する大気はなく、かつ永久に昼夜が固定されている潮汐ロックを受けていることす。
でも、2019年の時点では、あくまでも推定にとどまっていました。
図2.“LHS 3844 b”の表面温度を、公転軌道の離心率と、自転周期が同期しているかどうかで推定したもの。潮汐ロックを受けている場合(赤色)が、表面温度を最もよく表している。例えば水星のような3:2の共鳴関係にある場合、潮汐力による加熱で1万℃以上の高温になってしまう。(Credit: Lyu, et al.)
図2.“LHS 3844 b”の表面温度を、公転軌道の離心率と、自転周期が同期しているかどうかで推定したもの。潮汐ロックを受けている場合(赤色)が、表面温度を最もよく表している。例えば水星のような3:2の共鳴関係にある場合、潮汐力による加熱で1万℃以上の高温になってしまう。(Credit: Lyu, et al.)
そこで、研究チームでは、大気がないという前提で“LHS 3844 b”のデータを惑星モデルに当てはめ、潮汐ロックを受けている場合と受けていない場合とを比較する形で、実際の観測データと最も一致するモデルを探しています。
その結果、永久に昼夜が固定されている潮汐ロックを受けている場合に、観測データを最もよく説明できることが判明しました。

この研究により、“LHS 3844 b”は観測的な証拠によって潮汐ロックが証明された初のスーパーアースになった訳です。(※1)
※1.“LHS 3844 b”が潮汐ロックを受けておらず、極めてゆっくりと自転している“疑似潮汐ロック”をしている可能性もゼロではない。でも、仮に“LHS 3844 b”が公転周期と一致しない自転をしていたとしても、その速度は約211年で1回転(“LHS 3844 b”の公転周期は約0.46日なので、約17万回公転するごとに1回の自転)よりも遅いと考えられることから、速やかに潮汐ロックを受けることになる。他に、岩石が主体の惑星は疑似潮汐ロックをしないと推定する研究もあるので、そのような自転をしている可能性はかなり低いと考えられる。


“潮汐加熱”が惑星内部を過熱している

一方、今回の研究結果からは、新たな疑問も生まれています。

2019年の研究では、"LHS 3844 b"はかなり黒っぽい色をしているので、恐らく黒っぽい溶岩“玄武岩”が表面を覆っていると考えられていました。

でも、恒星の熱を黒い玄武岩が吸収しても、“LHS 3844 b”の高い表面温度を説明することはできず…
最も簡単に説明できたのは、潮汐力によって天体内部が過熱される“潮汐加熱”でした。

潮汐加熱とは、別の天体の重力がもたらす潮汐力によって天体の内部が変形し、加熱される現象のことです。
今回の場合だと、“LHS 3844 b”が恒星の重力がもたらす潮汐力よって、変形を繰り返すことで発生した摩擦熱により、天体内部が熱せられたと考えられています。

ただ、“LHS 3844 b”が変形を繰り返すには、公転軌道が円形でない(離心率が大きい)ことが必要となります。(※2)
円形でないことで、“LHS 3844 b”は恒星に近づいたり離れたりし、変形を繰り返すことができるからです。
※2.公転軌道が真円からどの程度離れているのかを示す値が離心率。真円は0、楕円は0よりも大きくて1よりも小さく、放物線は1、双曲線は1よりも大きくなる。たとえば、月の公転軌道は離心率0.0549の楕円形なので、地球に近付く時と遠ざかる時の距離には約4万kmの差がある。地球に近付いて大きく見えるタイミングの満月はスーパームーンと呼ばれている。
ところが、今回の研究で示されたのは、“LHS 3844 b”の公転軌道の離心率が真円にかなり近い0.001未満だということ。
公転軌道がこれほど真円に近いと、潮汐力による熱はほとんど生じないことになります。

この矛盾を回避する最も簡単な説明は、“LHS 3844 b”以外にも惑星があって、軌道を乱すことで潮汐力が発生している、というものです。

これと似た状況は、木星の衛星“イオ”で生じています。
イオは木星のガリレオ衛星の一つで、太陽系の衛星の中では4番目に大きく、半径は1800キロ強と地球の3分の1にもなります。

イオの公転軌道も真円に近く潮汐ロックを受けています。
でも、他のガリレオ衛星から潮汐力を受け、内部が加熱されて高温のマグマを放出しているんですねー
内部を加熱する熱の発生量は100兆ワットと推定されていて、これは地球の熱(47兆ワット)の2倍以上になります。


宇宙風化が熱をより吸収しやすくしているのかも

加熱には、もっと可能性が高いシナリオもあります。

“LHS 3844 b”には大気がないので、太陽風や宇宙線といった荷電粒子で生じる“宇宙風化”が強く進行することになります。
すると、太陽系の水星や月のように岩石が黒っぽくなるので、熱をより吸収しやすくなります。

“LHS 3844 b”が熱い理由を宇宙風化に求めることは、実際には存在しないかもしれない未発見の惑星を仮定するよりも妥当なシナリオと言えます。
研究チームでも、宇宙風化が有力な候補で、潮汐力による加熱の可能性はあまり高くないと考えています。

それでは、“LHS 3844 b”で進行した宇宙風化では、どのような物質が生じているのでしょうか?

黒色の主な原因として、水星の場合は黒鉛、月の場合は金属鉄です。
ただ、現状の観測データではどちらの物質もあり得るので、まだ特定はできていません。

この候補を絞り込むのに必要となるのが、“LHS 3844 b”の追観測です。
観測の結果として、表面の物質のデータだけでなく、公転軌道のより詳細なデータが得られれば、今のところ表面温度を説明できる候補として残っている未発見の惑星説を、排除することもできるはずです。


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