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スタートレックに登場するバルカン星は実在しない? 検出した波長は恒星表面が脈動や振動することで生じるドップラー効果だった

2024年06月14日 | 系外惑星
地球から約16.2光年に位置する恒星“エリダヌス座40番星A”(※1)
この恒星は、2018年に太陽系外惑星“エリダヌス座40番星Ab”の発見が報告されたことで、SF作品“スタートレック”シリーズのファンの間で話題となりました。

その理由は、主要なキャラクターを排出した異性種族“バルカン人”の出身惑星“バルカン星”が設定された星系だからでした。
※1.異称として“HD 26965”、“エリダヌス座オミクロン2星A(ο2 Eri A)”、“ケイドA(Keid A)などがある。”
今回の研究では、“エリダヌス座40番星Ab”の存在について、新しい装置で得られた観測データを元に分析。
その結果、惑星の存在を示すとされたシグナルは、実際には恒星活動によって発生したものであることを突き止めています。

話題となったバルカン星かもしれない惑星は、幻の存在だったのでしょうか。
この研究は、ダートマス大学のAbigail Burrowsさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究で存在自体が否定された惑星“エリダヌス座40番星Ab”のイメージ図。(Credit: JPL-Caltech)
図1.今回の研究で存在自体が否定された惑星“エリダヌス座40番星Ab”のイメージ図。(Credit: JPL-Caltech)


作品の設定と同じ恒星で見つかった惑星

SF作品に登場する異星人の出身地が、実在する恒星の周りを公転する惑星として設定されることは珍しいことではありません。
そのため、偶然にもその恒星の周りで実際に太陽系外惑星(系外惑星)が発見されると、その作品のファンの関心を引くことがあります。

“エリダヌス座40番星A”は、まさにその一例でした。
地球から約16.2光年に位置するこの恒星には、“スタートレック”の主要なキャラクターの一人“スポック”の出身惑星“バルカン星”があると設定されています。(※2)
※2.スポックはバルカン星の生まれで、バルカン人と地球人のハーフという設定だった。
2018年のこと、フロリダ大学のBo Maさんたちの研究チームは、この恒星に惑星が存在するかもしれないことを報告し、注目を集めました。

命名規則に従えば“エリダヌス座40番星Ab”と呼称されるこの惑星は、地球の約8.5倍の質量を持ち、主星の周りを約42日周期で公転しています。
残念ながら、“エリダヌス座40番星Ab”の公転軌道はハビタブルゾーン(※3)よりも内側。
水星よりも高温の惑星である可能性が高いと推定されたので、たとえ実在したとしても高度な文明を持つバルカン人はおろか、単純な生命も生存ができないはずです。
※3.恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられている。太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたる。
図2.“エリダヌス座40番星”は、2個の恒星と1個の白色矮星で構成された三重連星。最も明るい恒星が“エリダヌス座40番星A”になる。(Credit: Azhikerdude)
図2.“エリダヌス座40番星”は、2個の恒星と1個の白色矮星で構成された三重連星。最も明るい恒星が“エリダヌス座40番星A”になる。(Credit: Azhikerdude)
また、“エリダヌス座40番星”は白色矮星を含む三重連星なので、過去に赤色巨星からの強烈な放射を経験したことも、生命の存在を難しくさせています。
それでも、作品の設定と同じ恒星で、実際に惑星が見つかったことは、当時大きな話題となりました。


光のドップラー効果によって惑星の存在を検出する手法

ただ、“エリダヌス座40番星Ab”が実在するかどうかには疑問もありました。
その疑問は、この星の発見手法“ドップラーシフト法”の性質からきていました。

ドップラーシフト法は、恒星の周りを回っている惑星の重力で、恒星が引っ張られることによる速度の変化を、光の波長の変化から読み取ることで惑星の存在を検出する手法です。

分光器により光の波長ごとの強度分布“スペクトル”を得ることができます。
この“スペクトル”は、光のドップラー効果によって私たちの方へ動いている時には短い波長(色で言えば青い方)へ、遠ざかっている時には長い波長(色で言えば赤い方)へズレてしまいます(シフトする)。

この周波数の変化量を測定することで、天体の動きやその速度を知ることができます。
ドップラーシフト法の観測データからは、系外惑星の公転周期や最小質量を知ることもできます。

ドップラーシフト法だけでは原理的に求められるのが惑星質量の下限値。
トランジット法(※4)でも観測ができる惑星系の場合だと、その結果と組み合わせて正確に惑星質量を求めることができます。
※4.トランジット法は、地球から見て惑星が主星(恒星)の手前を通過(トランジット)するときに見られる、わずかな減光から惑星の存在を探る手法。


検出した波長は“恒星の活動”と“惑星による影響”どっちなのか

ドップラーシフト法の特徴として、木星の数倍の質量を持つ惑星は顕著なシグナルとして現れるというものがあります。

一方で、“エリダヌス座40番星Ab”のような小さい質量の惑星では、主星に対する影響が相対的に小さくなるので、測定することが困難になってしまうんですねー
また、恒星自身の活動も周期的に変化するので、区別することが困難になります。

“エリダヌス座40番星Ab”の場合に問題となったのは、公転周期が約42日と測定されたことでした。
その理由は、恒星自身の自転周期も約42日のため、恒星の自転によって現れる周期的な変化を、惑星の公転周期と誤認している可能性が否定できなかったからです。

実際、チリ大学のMatias R. Diazさんたちの研究チームは、恒星の活動と惑星の影響のどちらなのかを決定することはできない、という研究結果を発表しています。
この研究の論文が公開されたのは、Maさんたちが“エリダヌス座40番星Ab”の発見を主張する論文を公開した日の約5か月前のことでした。

また、2023年のこと、オハイオ州立大学のKatherine Laliotisさんたちの研究チームは、将来的な実現を目指している太陽系外惑星の直接撮像の準備の一つとして、太陽系の近くにある恒星のデータを精査。
太陽系外惑星の発見を示すシグナルが妥当かどうかを検証しています。

その結果、“エリダヌス座40番星Ab”の存在を示すシグナルは、恒星の自転に由来する可能性が高く、実在しないのではないかという疑問符が付けられることになります。


恒星表面が脈動や振動することで生じるドップラー効果

今回の研究では、2023年の研究とは異なる手法で“エリダヌス座40番星A”の調査を行っています。

アリゾナ州のキットピーク国立天文台のWIYN望遠鏡に設置された装置“NEID”は、恒星からの光を非常に精密にとらえることでドップラー効果を分析できます。
研究では、2021年10月16日から2022年3月12日の期間に、“NEID”によって収集された63回分のスペクトルデータを対象に分析を実施。
恒星の光に現れるドップラー効果について、特定の波長を見た時と、全ての波長を組み合わせた時とを比較してみると、変化に数日のタイムラグがあることが分かりました。
図3.全ての波長を組み合わせた際のドップラー効果(上側)を、個々の波長の1つ(下側)と比較したグラフ。横方向は時間を表す。本来なら2つのグラフの波は重なるはずだが、明らかなズレがある。(Credit: Abigail Burrows, et al.)
図3.全ての波長を組み合わせた際のドップラー効果(上側)を、個々の波長の1つ(下側)と比較したグラフ。横方向は時間を表す。本来なら2つのグラフの波は重なるはずだが、明らかなズレがある。(Credit: Abigail Burrows, et al.)
ドップラー効果が惑星による影響で生じた場合、このようなタイムラグは発生しません。

むしろ、この結果は恒星の表面に何らかの揺らぎがあって、その影響で波長ごとに異なるドップラー効果が発生している、と考えれば説明がつきます。
また、変化の周期が恒星の自転周期と一致することも同様に説明が付きました。

研究チームでは、内部と表層を行き来する対流や活動的な明るい斑点が組み合わさり、恒星表面が脈動や振動することによってドップラー効果が生じると考えています。

論文のタイトルに“The Death of Vulcan(バルカン星の死)”と付けることで、研究チームは“エリダヌス座40番星Ab”という惑星は存在しないという結論を出しています。


新しい“エリダヌス座40番星Ab”が見つかる可能性

今回の研究結果は、バルカン星の実在を喜んでいた人たちにとっては悪いニュースとなるはずです。

2009年公開の映画“スタートレック(監督:J・J・エイブラムス)”では、バルカン星が人工的に形成されたブラックホールによって消滅する描写があります。

仮に“エリダヌス座40番星A”を周回している天体がブラックホールであったとしても、惑星と同様にドップラー効果を通じて発見することは可能です。

SF的には、バルカン星(=“エリダヌス座40番星Ab”)は何らかの手段で消滅したのかもしれませんが、科学的には“初めから存在しない”という結論の方が論理的と言えます。

今回の研究で使用された“NEID”は、2021年秋という比較的最近に設置され運用を開始したばかりの装置です。
なので、今後行われる精密なドップラー効果の測定によって、今回のように存在が否定される惑星も出てくるはずです。

でも、その一方で、これまでの観測で見逃されていた新たな惑星の発見に繋がることもあるでしょう。
そのような惑星は、恒星から適度に離れた位置にある軽い惑星になるので、“エリダヌス座40番星Ab”よりも生命に適した環境を持つ可能性があります。

バルカン人との2063年のファーストコンタクトの可能性は、まだ完全に消えたわけでは無いようですよ。


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