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極めて高速で移動する天体“超高速星”を市民科学者が発見! 太陽系からわずか400光年先に天の川銀河に重力的に束縛されていない天体

2024年08月01日 | 宇宙 space
宇宙空間において、天体は常に移動しています。
私たちの太陽系も例外ではなく、天の川銀河の中心を軸に公転しています。

でも、中にはその常識を覆すような、極めて高速で移動する天体も存在しているんですねー
その代表例が“超高速星”で、その速度は天の川銀河の重力圏からさえも脱出できてしまうほどです。

最近、市民科学者と天文学者の協力により、超高速星の候補となる興味深い天体が発見されました。
その天体“CWISE J124909.08+362116.0”と名付けられていて、その正体は低質量の星か褐色矮星だと考えられています。

特筆すべきは、“CWISE J124909.08+362116.0”が太陽系からわずか約400光年という近距離に位置していること。
今回の研究では、“CWISE J124909.08+362116.0”の観測結果と、その分析、そしてその起源に関して調べています。
この研究は、カリフォルニア大学サンディエゴ校のAdam Burgasserを中心とする天文学者チームが報告しています。
本研究の詳細は、7月11日にプレプリントサーバーarXivに“Discovery of a Hypervelocity L Subdwarf at the Star/Brown Dwarf Mass Limit”として報告されました。DOI: 10.48550/arxiv.2407.08578
図1.ケックII望遠鏡に搭載された近赤外線分光器“NIRES”による“CWISE J124909.08+362116.0”のスペクトルのフォワードモデリング(1.10-1.19μm(左)と1.235-1.28μm(右))。どちらも恒星とテルルの吸収特徴を含んでいる。(Credit: Burgasser et al., 2024.)
図1.ケックII望遠鏡に搭載された近赤外線分光器“NIRES”による“CWISE J124909.08+362116.0”のスペクトルのフォワードモデリング(1.10-1.19μm(左)と1.235-1.28μm(右))。どちらも恒星とテルルの吸収特徴を含んでいる。(Credit: Burgasser et al., 2024.)


天の川銀河に重力的に束縛されていない軽い天体

“CWISE J124909.08+362116.0”は、市民科学者によって運営されている“Backyard Worlds: Planet 9”プロジェクトの一環として、NASAの赤外線天文衛星“WISE”によって取得されていた画像データの中から発見されました。
このプロジェクトの目的は、一般市民が天文学のデータ解析に参加することで、新しい天体の発見や分類を促進することでした。

その色と明るさから示唆されるのは、“CWISE J124909.08+362116.0”が低温で金属量の少ない天体だということ。
そこで、今回の研究では、ハワイ島マウナケア山頂にあるケックII望遠鏡に搭載された近赤外線分光器“NIRES”を用いて、より詳細な観測を実施しています。
その結果、“CWISE J124909.08+362116.0”のスペクトルは、初期L型準矮星(sdL1)の特徴と一致することが判明しました。

準矮星とは、通常の主系列星よりも光度が低く、金属量が乏しい星のことです。
主系列星は、水素の核融合反応によってエネルギーを生み出している星のことですが、準矮星は水素の核融合が停止しつつあるか、あるいは最初から十分な質量が無かったので核融合が始まらなかった星だと考えられています。

“CWISE J124909.08+362116.0”の視線速度は-103±10km/sと測定されました。
視線速度とは、地球から見て天体が近づいたり遠ざかったりする速度のこと。
負の値は、天体が地球から遠ざかっていることを示しています。

これらの観測結果から判明したのは、“CWISE J124909.08+362116.0”が約0.082太陽質量という非常に軽い天体ということ。
この質量から“CWISE J124909.08+362116.0”は、恒星と褐色矮星の境界線上に位置していることになります。

褐色矮星は、巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体で、その重さは木星の13倍から80倍あります。
そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素やリチウムの核融合が起こりますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

“CWISE J124909.08+362116.0”の銀河静止系における速度は、456±27km/sと推定されています。
これは、天の川銀河の脱出速度(521-580km/s)に匹敵する速度。
このことから、“CWISE J124909.08+362116.0”は天の川銀河に重力的に束縛されていない、つまり天の川銀河の外に飛び出す可能性がある天体だと考えることができます。


“CWISE J124909.08+362116.0”はどこからやって来たのか

“CWISE J124909.08+362116.0”の起源については、いくつかのシナリオが考えられます。

 1.銀河中心からの放出
天の川銀河の中心には、太陽の約400万倍以上の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*”が存在することが知られています。
このブラックホールに接近した連星系は、その強力な重力によって破壊され、一方の星が超高速で天の川銀河外に放り出されることがあります。
これが、銀河中心からの放出シナリオです。

“CWISE J124909.08+362116.0”も過去に銀河中心に接近し、超大質量ブラックホールの重力によって現状の速度にまで加速されたのかもしれません。

ただ、“CWISE J124909.08+362116.0”の軌道は銀河円盤にほぼ並行で、銀河中心から放出された星としては軌道角運動量が小さすぎるという問題点があります。

これは、天の川銀河の構造の非対称性(渦状腕や棒状構造など)によって、放出後に軌道が変化した可能性も考えられます。

 2.Ia型超新星爆発の生き残り
Ia型超新星爆発は、白色矮星と呼ばれる天体が引き起こす爆発現象です。

白色矮星は、超新星爆発を起こさない比較的軽い恒星(質量は太陽の8倍以下)が、赤色巨星の段階を経て進化した姿だとされている天体。
赤色巨星に進化した恒星は、周囲の宇宙空間に外層からガスを放出して質量を失っていき、その後に残るコア(中心核)が白色矮星になると考えられています。

一般的な白色矮星は直径こそ地球と同程度ですが、質量は太陽の4分の3程度もあるとされる高密度な天体です。
誕生当初の白色矮星の表面温度は10万℃を上回ることもありますが、内部で核融合反応は起こらず余熱で輝くのみなので、太陽のように単独の恒星から進化した白色矮星は長い時間をかけて冷えていくことになります。

なので、単独で存在する白色矮星が爆発することはありません。

ただ、連星の場合は違うんですねー
白色矮星と連星をなすもう一方の星(伴星)の外層部から流れ出した物質が、主星である白色矮星へと降り積もる“降着”という現象があります。

この降着により、白色矮星の質量が増えて太陽質量の約1.4倍(チャンドラセカール限界)を超えてしまうと、自己重力を支えられなくなって収縮し、暴走的な核融合反応が起こって爆発してしまうことに…
この爆発を起こして星全体が吹き飛ぶ現象をIa型超新星爆発と呼びます。

“CWISE J124909.08+362116.0”は、かつて白色矮星と連星系を形成していて、白色矮星がIa型超新星爆発を起こした際に、その衝撃波によって現在の速度にまで加速された可能性があります。

このシナリオでは、爆発前の連星系の起動速度と爆発のエネルギーによって、“CWISE J124909.08+362116.0”の速度が決まります。
“CWISE J124909.08+362116.0”の速度は、このシナリオで予測される速度と一致していました。

 3.球状星団からの放出
球状星団は、数万から数百万個の星が密集して球状に集まった天体です。

球状星団では、星同士の距離が非常に近いので、重力相互作用が頻繁に起こります。
その結果、星は加速や減速、軌道の変化といった影響を受けることになります。

過去に球状星団に属していたことで、“CWISE J124909.08+362116.0”が他の星との重力相互作用によって、現在の速度にまで加速された可能性もあります。

特に、球状星団の中心に存在するブラックホール連星との重力相互作用によって、星はさらに高速に放出される可能性があります。
シミュレーションによると、球状星団から放出される低質量星の数は非常に少ないですが、“CWISE J124909.08+362116.0”のような高速で移動する天体の存在は、このシナリオを支持する証拠となります。

 4.天の川銀河を公転する衛星銀河からの降着
重力の相互作用により、より大きな銀河の周囲を公転する銀河を衛星銀河(伴銀河ともいう)と呼びます。
私たちの住む天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個以上見つかっていて、大マゼラン雲と小マゼラン雲もその衛星銀河に含まれています。

これらの衛星銀河は、天の川銀河の重力によって引き寄せられ、最終的には天の川銀河に吸収さることになります。

過去に“CWISE J124909.08+362116.0”が天の川銀河の衛星銀河に属していたとしたら、衛星銀河が天の川銀河に吸収される際に、天の川銀河に取り込まれた可能性があります。

でも、“CWISE J124909.08+362116.0”の軌道は銀河円盤に対してほぼ平行なので、既知の衛星銀河の軌道とは一致していません。
このため、このシナリオの可能性は高くありません。


超高速星の中でも極めて珍しい低質量星の謎の解明へ

“CWISE J124909.08+362116.0”は、超高速星の中でも極めて珍しい低質量星です。
そのため、この天体の起源を特定することは、星形成の過程や銀河の進化史を解明する上で重要な手掛かりとなります。

“CWISE J124909.08+362116.0”の起源をより正確に特定するためには、今後さらなる観測と研究が必要です。
例えば、視差の直接測定による距離の精密化、視線速度と固有運動の精密測定による3次元速度の決定、そして分光観測による大気組成の詳細な分析が挙げられます。

これらの観測と研究によって、“CWISE J124909.08+362116.0”がどのような環境で誕生し、どのようなプロセスを経て現在の速度にまで加速されたのかが明らかになることが期待されます。

さらに、“CWISE J124909.08+362116.0”は、市民科学者と天文学者の協力によって発見された超高速星/亜恒星天体でもあります。
その起源については、銀河中心からの放出、Ia型超新星爆発の生き残り、球状星団からの放出、天の川銀河の衛星銀河からの降着など、様々なシナリオが考えられています。

“CWISE J124909.08+362116.0”の今後の観測と研究によって、その起源が明らかになり、星形成の過程や銀河の進化史に関する新たな知見が得られることが期待されます。


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