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周期的に恒星から物質を剥ぎ取っている? 銀河中心の超大質量ブラックホールの食事風景を解明へ

2024年09月01日 | ブラックホール
今回の研究では、超大質量ブラックホールが“いつ”・“どのようにして”、物質を獲得し消費するのかを調べています。
用いられたのは、NASAのX線天文衛星“チャンドラ”、ガンマ線バースト観測衛星“ニール・ゲーレルス・スウィフト(旧称スウィフト)”、ヨーロッパ宇宙機関のX線天文衛星“XMMニュートン”のデータでした。

研究の対象となったのは、このようなブラックホールの活動が確認されている“AT2018fyk”。
“AT2018fyk”は、地球から約8億6000万光年彼方の銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールで、質量は太陽の約5000万倍もあります。

最新のX線観測データから分かっているのは、“AT2018fyk”が伴星を奪われた恒星を約3.5年ごとに繰り返し部分的に破壊していること。
この恒星は楕円軌道を描いて周回し続けることで、“AT2018fyk”に接近する度に物質をブラックホールに剥ぎ取られているんですねー

その結果、約3.5年ごとにX線と紫外線の増光を観測し、その増光の後に観測されたX線や紫外線強度の減衰は、ブラックホールが“食事”を終えたことを示唆していました。

このブラックホールによる“食事”のパターンは、将来も続くのでしょうか。
そして、恒星の残骸がブラックホールの活動にどのような影響を与えるのでしょうか。
本研究では、ブラックホールによる“食事”の様子を観測することで、ブラックホールとその獲物の間の珍しい相互作用を明らかにしようとしています。
この研究は、マサチューセッツ工科大学のDheeraj Pashamさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“Astrophysical Journal”とプレプリントサーバーarXivに“A Potential Second Shutoff from AT2018fyk: An updated Orbital Ephemeris of the Surviving Star under the Repeating Partial Tidal Disruption Event Paradigm”として掲載されました。DOI:10.48550 / arxiv.2406.18124
銀河中心に位置する超大質量ブラックホール“AT2018fyk”と伴星を奪われた恒星。この恒星は楕円軌道を描いて周回し続けることで約3.5年ごとに“AT2018fyk”に接近し、その度に繰り返し物質を剥ぎ取られている。(Credit: NASA/CXC/M.Weiss)
銀河中心に位置する超大質量ブラックホール“AT2018fyk”と伴星を奪われた恒星。この恒星は楕円軌道を描いて周回し続けることで約3.5年ごとに“AT2018fyk”に接近し、その度に繰り返し物質を剥ぎ取られている。(Credit: NASA/CXC/M.Weiss)


超大質量ブラックホールと極端な楕円軌道で公転する恒星

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”が存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

今回、研究の対象となった“AT2018fyk”は、地球から約8億6000万光年彼方の銀河の中心に位置する超大質量ブラックホールで、その質量は太陽の約5000万倍もあります。

このブラックホールの周囲を極端な楕円軌道を描いて公転している恒星が存在し、両者は宇宙空間で奇妙なダンスを繰り広げているように見えてます。

この恒星の極端な楕円軌道により、ブラックホールとの距離が最も遠い地点(遠日点)と最も近い地点(近日点)で大きく異なっています。
これこそが、“AT2018fyk”で起こる劇的な現象の舞台装置になっていました。


ブラックホールに接近し過ぎた星で起こる潮汐破壊現象

2018年のこと、光学地上観測プロジェクト“ASAS-SN”によって、“AT2018fyk”の明るさが急激に増大している様子が検出されました。

この発見は天文学会に興奮をもたらし、国際宇宙ステーションに搭載されている高精度X線望遠鏡“NICER”、X線天文衛星“チャンドラ”、X線天文衛星“XMMニュートン”といった高性能望遠鏡が“AT2018fyk”に向けられました。
これらの観測データの綿密な分析の結果、この増光の正体は“潮汐破壊現象”だと結論付けられています。

星がブラックホールに十分に接近したことで、ブラックホールの強大な潮汐力に引きちぎられてスパゲッティ化する天文現象を潮汐破壊現象(星潮汐破壊現象)と呼びます。
この現象により、破壊された星の残骸の一部は、ブラックホールに取り込まれることになります。

“AT2018fyk”の場合も、まさに潮汐破壊現象によって星がブラックホールに接近しすぎたため破壊され、その物質がブラックホールに取り込まれていることが考えられます。

ブラックホールに接近した星から剥ぎ取られた物質は、星の残骸とも呼ぶべき2つの潮汐尾を形成。
これらの潮汐尾は、ブラックホールの重力によって引き寄せられ落下していくことになります。

この時、これらブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、超大質量ブラックホールの周囲を公転しながら降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤状の構造“降着円盤”を作ります。

降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ。
この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは莫大な荷電粒子のジェットが噴射し、そこがらはX線や紫外線などを観測することができます。
これが、“AT2018fyk”で観測された最初の増光のメカニズムです。

そして、ブラックホールが星の残骸を飲み込み終えると、X線と紫外線の強度は徐々に減衰していくことになります。

最初の増光後、生き残った星の核は、ブラックホールの重力によって引き剝がされた物質を再び集め始めます。
でも、すでに多くの質量を失っているので、元の星よりも小さく密度が高い状態になります。


ブラックホールによる周期的な食事

最初の増光から約2年後、“AT2018fyk”は再び天文学者を驚かせることになります。
それは、“AT2018fyk”からのX線と紫外線が再び増大し始めたからでした。

このことが示唆しているのは、最初の潮汐破壊現象で星が完全に破壊されても、すべての残骸がブラックホールに取り込まれていなかったこと。
取り込まれなかった星の一部は、ブラックホールを公転し続けている可能性があることでした。

ただ、この生き残った星がブラックホールに接近すると、再び潮汐力によって物質を剥ぎ取られることになります。
これが2回目の増光の原因と考えられています。

この2回目の増光は、ブラックホールが星を周期的に破壊し、“食事”をしている可能性を強く示唆するものでした。

2023年に発表された論文で研究チームは、ブラックホールによる2回目の“食事”が2023年8月に終わると予測しています。

この予測を検証するため“チャンドラ”を用いた追加観測を実施。
その結果、予測通り2023年8月14日にはX線の強度が急激に減衰していることを“チャンドラ”は観測しました。
この観測結果は、ブラックホールによる星の残骸の取り込みが終わり、活動が低下していることを裏付けるものとなります。

研究チームでは“AT2018fyk”の追跡観測を今後も継続し、このエキゾチックな天体システムの挙動を、さらに詳しく調べる予定です。

ブラックホールは、最終的に星を完全に破壊してしまうのでしょうか?
それとも、星は生き残り続けるのでしょうか?
ブラックホールと星の運命、そしてこの奇妙なダンスの結果は、今後の観測で明らかになるかもしれません。

“AT2018fyk”の観測は超大質量ブラックホールの活動や、ブラックホールと星の相互作用に関する理解を深める上で非常に重要と言えます。

そして、宇宙における極限環境での物理現象を理解するための新たな扉を開くものです。
今後の観測と理論研究の進展によって、この謎多き天体システムの全貌が明らかになる日が来るはずです。


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