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なぜ、火星の大気に含まれるメタンは1日という短時間で濃度が変化するのか?

2024年03月10日 | 火星の探査
火星の大気には、わずかながらメタンが含まれています。
メタンは自然現象だけでなく生命活動によっても放出されるので、その起源は注目されていました。

ただ、火星のメタンには多くの謎があるんですねー
その1つが、激しい濃度変化を示唆する測定結果です。

そこで、研究チームが考えたのは、火星の大気構造の変化によって、メタンの濃度は1日以内の短時間でも変動するということ。
研究では、比較的簡易なモデルではあるものの計算を実施。
その結果は、これまでの測定結果を裏付けるものになりました。

もし、この研究内容が正しい場合、日の出の直前にメタン濃度の激しい上昇が予測されるので、研究チームではこの時間帯に計測が行われることを期待しています。
この研究は、ロスアラモス国立研究所のJohn P. Ortizさんたちの研究チームが進めています。
図1.NASAの火星探査車“キュリオシティ”。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)
図1.NASAの火星探査車“キュリオシティ”。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)


火星のメタンは自然現象と生命活動のどちらで生じたのか

単純な炭化水素であるメタンは、火山活動や岩石の成分変化などの自然現象によって放出されています。

一方、メタンは微生物が代謝を行うことでも放出されることが知られていて、地球では自然現象によって発生するメタンよりも、生物活動に由来するメタンの方が多く放出されています。

火星の大気にも、体積にして約24億分の1という極めてわずかな割合ですが、メタンが含まれています。
でも、火山活動に関連して放出される他の分子が見つからす…
このことを合わせると、メタンの存在は火星に独自の生命が存在していて、現在でも活動しているかもしれないという予備的な証拠となります。

ただ、現在火星で活動している、または将来予定されている探査機の計測装置では、同位体比の測定のようなより確度の高い証拠は評価できないんですねー
なので、今のところ生命の存在を決定することもできていません。
図2.火星のメタンが自然現象と生命活動のどちらで生じているのかは分かっていないが、いずれにしても地下に発生源があると考えられている。メタンは地下の割れ目や断層を通じて地表へと漏れ出ている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図2.火星のメタンが自然現象と生命活動のどちらで生じているのかは分かっていないが、いずれにしても地下に発生源があると考えられている。メタンは地下の割れ目や断層を通じて地表へと漏れ出ている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)


激しく変動する火星大気に含まれるメタンの濃度

このため、当面は現時点で利用可能なデータから、メタンの発生源や起源を推定する研究が進められています。
どのような原因で生じているにしても、メタンは地下に発生源があると考えられていますが、それ以上の詳細はよく分かっておらず、多くの謎を抱えています。

謎の一つは、火星大気のメタン濃度が激しく変動することです。

火星大気中でのメタンの寿命は約330年だと考えられています。
なので、例え発生源が局所的だったとしても、メタンは火星全体に拡散することができます。

でも、実際のメタンの濃度は火星の北半球が夏の終わりを迎える頃に最大になることが分かっています。
このことは、NASAの火星探査車“キュリオシティ”によって継続的に測定されたデータに基づくものですが、その理由は分かっていません。

また、季節と連動した長期的な変化以外に分かってきたのが、1日以内の短時間でも変化する可能性があることです。

“キュリオシティ”は火星大気中のメタンを見つけたものの、ヨーロッパ宇宙機関とロスコスモスの火星探査機“トレース・ガス・オービター(TGO)”は、高高度大気中でのメタンの検出には失敗しています。

この違いについては、“トレース・ガス・オービター”が昼間に計測を行うのに対して、“キュリオシティ”は主に夜間に計測を行うためだと推定されています。
実際、“キュリオシティ”も昼間に測定を行った際にはメタンの検出に失敗しています。

こうした大気中のメタン濃度の変化についてのプロセスは不明です。
でも、安定なメタン分子を効率的に破壊する未知のプロセスか、もしくはメタンを吸収する何らかのプロセスがあることを示唆しています。


地下奥深くにあるメタンが大気中へ放出されている

そこで、研究チームが考えたのは、メタン濃度の変化の理由が火星大気の気圧変化と循環にあるということでした。
そして、このことを検証するためのモデルを作成しています。

メタンは火星の地下、それも地表付近ではなくかなり深いところに発生源があり、亀裂を通じて大気中へ放出されると考え、継続した研究を行うことになります。
図3.気圧ポンピングによるメタンの移動のメカニズム。地下にあるメタンは気圧が低い時には割れ目を通じて上昇し、気圧が高い時には押し戻される。ただ、メタンの一部は岩石の微細な隙間に吸着されてそれ以上地下に行かなくなるので、地下に押し戻される量よりも地表へ上昇する量の方が多くなる。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図3.気圧ポンピングによるメタンの移動のメカニズム。地下にあるメタンは気圧が低い時には割れ目を通じて上昇し、気圧が高い時には押し戻される。ただ、メタンの一部は岩石の微細な隙間に吸着されてそれ以上地下に行かなくなるので、地下に押し戻される量よりも地表へ上昇する量の方が多くなる。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
研究チームが推定した火星のメタン濃度の変化は次のようなものでした。

気圧が低くなると、地下のメタンは亀裂を通じて上昇する。
一方、気圧が高くなるとメタンは亀裂を通じて地下へと戻されるが、その一部は岩石やレゴリスの微細な隙間に吸着されるので、全てが地下へと戻る訳ではない。
この出入りの差により、地下奥深くにあるメタンは地下から大気中へと放出される。
このプロセスは“気圧ポンピング(Barometric Pumping)”と呼ばれます。


大気中へと放出されたメタンの挙動

また、大気中へと放出されたメタンの挙動も気圧の変化で説明ができます。

メタンは気圧が低くなると地表から上空へと上昇し、気圧が高くなると上空から地表へと下降します。
上空は地表よりも体積が大きいので、上昇したメタンの濃度は相対的に薄くなります。

火星の大気は地球よりも安定しているので、気圧変化の原因は昼間と夜間の気温差であることがほとんどです。
昼間は気圧が低くなって上昇気流が発生し、メタンは上空へと拡散し濃度が低下します。
これが、“トレース・ガス・オービター”や“キュリオシティ”が昼間にメタンの検出に失敗した理由になります。

一方、夜間は気圧が高くなって下降気流が発生し、メタンは地表に留まりやすくなります。
これが、“キュリオシティ”が夜間にメタンを検出した理由になります。

一方で、季節による変動は気圧の変化に加えて大気循環の変化や気温の変化も関係していると推定されます。

火星の大気循環モデルは、完全に理解されているわけではありません。
でも、夏と冬では地表と接する循環の厚さ(大気境界層)が変化すると予測されます。

また、気温が高いと岩石やレゴリスに吸着したメタンが逃げやすくなります。

これらを合わせると、夏のメタン濃度は冬と比べて高くなります。
北半球の夏に最大濃度を記録するのは、北半球と南半球で発生源に偏りがあるためと考えられています。
図4.今回のモデルで推定された、季節ごとのメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夏の濃度上昇と、秋の穏やかな低下を予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図4.今回のモデルで推定された、季節ごとのメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夏の濃度上昇と、秋の穏やかな低下を予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)

図5.今回のモデルで推定された、1日のメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夜間に濃度が高く、昼間に濃度が低いことを予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)
図5.今回のモデルで推定された、1日のメタン濃度の変化の推定値。前提となるパラメーターによって微妙な違いが生じるものの、いずれも夜間に濃度が高く、昼間に濃度が低いことを予測し、計測値を説明できている。(Credit: John P. Ortiz, et al.)


特徴的なメタン濃度の変化を計測するタイミング

今回の研究では、簡単な1次元モデルを作成し、測定されたメタン濃度を説明可能かどうかを検証。
その結果、かなり簡単なモデルでありながらも、1日以内の変化と季節による変化について、両方ともよく説明することができました。

一方、今回の研究では、モデルで計算されたメタン濃度と、実際の測定値に大きなズレが生じる時間的タイミングも見つけています。
これは、モデルが簡単すぎて再現が出来ていないだけという可能性もありますが、現在利用可能な計測データからは推定できない他の可能性も排除できません。

メタン濃度を測定可能であり、かつ長期的にデータが計測されている“キュリオシティ”は、すでに運用開始から10年以上が経過していて、間もなく寿命を迎えるかもしれません。

“キュリオシティ”の気体成分計測装置は機械的負荷と電力負荷の両方が大きいので、負荷を抑えるためには計測回数を最小限にする必要がありそうです。

研究チームでは、大気中のメタン濃度の変化が気圧や大気循環によって起きるとした場合、特徴的なメタン濃度の変化があると推定。
今回のモデルでは、日の出の直前に当たる朝の4時から7時にかけて、メタン濃度の急激な上昇が生じることが推定されました。

この変化は特に、北半球の夏に顕著であると指定されます。
このため、この時期に絞ってメタン濃度の計測を行うことで、今回の研究結果が正しいかどうかを検証することができるはずです。

実は、今回の研究論文が書かれた時、ちょうど火星の北半球が夏を迎えていました。
今は、その時期を過ぎていて、秋は穏やかにメタン濃度が減少します。
もしも研究チームが提案するような計測が行われた場合、適切なタイミングはこれから検討されるでしょう。


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