火星の堆積物中に含まれる有機物は、大気中の一酸化炭素(CO)から生成されたものがあるようです。
火星の有機物は、異常な炭素の安定同位体比(※1)を持つことが知られていました。
でも、その原因は不明だったんですねー
そこで、本研究では大気中でCO2の光解離によって作られるCOが、この同位体異常を持つことを、室内実験と理論計算によって明らかにしています。
さらに、このCOは還元的な初期火星大気中では、有機物となり堆積することも分かりました。
研究チームでは、こうした実験結果を元にモデル計算を実施。
すると、驚くべきことに、最大で大気中のCO2の20%が有機物として地表に堆積したことも分かりました。
このような結果は、今後の火星探査に新しい展開をもたらすはずです。
また、さらなる研究により、生命発生前の初期惑星環境で、どのように有機分子が合成されていったのかについて、詳細が明らかにされることが期待されます。
初期火星の有機物はどうやって作られたのか
最近の火星探査によって、30億年以上前の初期火星には液体の水(海または湖)が存在していて、現在の火星と全く異なる環境にあったことが判明しています。
さらに、NASAの火星探査車“キュリオシティ”などによる現場分析では、当時の火星堆積物(約30億年前)の中には、有機物が含まれていることも明らかにされています。
でも、この有機物が生命活動によって作られたものなのか、隕石によって宇宙空間から火星にもたらされたものなのか、あるいは無機的な化学反応によって作られたのか、その起源は全く分かっていませんでした。
有機物の由来を推定する手がかりとして、探査車はこの有機物の安定同位体比(13C/12C)を精密に計測しています。
探査車の測定によると、火星の有機物はそれを構成する炭素の13C存在度が0.92%~0.99%。
この値は、生物の名残りである地球の堆積有機物(およそ1.04%)や大気中のCO2(1.07%)と比べると極端に少なく、また隕石中の有機物(およそ1.05%)とも似ていませんでした。
ここから推定されるのは、宇宙空間での反応や地球上の生物代謝とは異なる反応で火星の有機物が作られたこと。
ただ、このように極度の13C同位体異常を引き起こす反応“同位体分別(※2)”は、これまでに一つも知られておらず、どのようにすれば火星の有機物が作られるのかは全く分かっていませんでした。
太陽光によるCO2の光解離反応
今回の研究でチームが注目したのは、惑星大気中で有機物が作られる反応でした。
大気化学反応による同位体分別を、室内実験と理論計算の両面から調べています。
その結果分かったのは、様々な反応の中でも、太陽光(紫外線)によるCO2の光解離反応において、例外的かつ極端に13C存在度の低いCOが生成されることでした。
また、共同研究者で共著者の東京大学の青木講師たちが実施した火星大気の分光観測でも、CO2から生成した火星のCOは予測通り極端に13C存在度が低いことを明らかにしています。
これらの実験・観測・理論に基づくと、火星を含む地球型惑星の大気においてCOは主にCO2の光解離によって作られ、そのCOにおいては13C同位体存在度が低いことが考えられます。
有機物は火星大気中のCOから作られた
このCOのほとんどは、現在の地球や火星において、酸化され再びCO2に戻されてしまいます。
一方、酸素のない冥王代(※3)の地球や、地表に強力な酸化物がない初期の火星においては、大気は現在よりも還元的であったと考えられています。
つまり、初期火星の堆積物に含まれている13Cの少ない有機物は、当時の火星大気中でCOから作られたものだと考えられます。
さらに、今回の同位体分別の実験結果と上記の最新の知見を元に、モデル計算による初期火星炭素循環の解析を実施。
すると、当時の火星では、火山活動などを通して大気に流入したCO2のうち、最大で20%がCOを経由して13C同位体異常を持つ有機物に変換され、地表に堆積していたことが判明しました。
生命探査における有機分子の由来特定
今回の推定が正しければ、火星の堆積物中には有機物が想定外の量で存在している可能性があり、今後の火星探査によって大量の有機物が見つかるかもしれません。
現在、地球外の惑星環境における生命探査が国際的に進められていて、地球以外の天体に存在する有機分子の由来を特定するために、13C同位体異常が有用な手掛かりになることが期待されます。
また、大気中のCOから有機分子が生成される過程は、生命発生以前の初期地球でも同様だったと考えられます。
今回の研究は、生命がどのように発生したのかという根源的な人類の問いに対して、一つの重要なヒントを与えてくれたのかもしれません。
今後、研究チームでは、生命発生以前の惑星環境中で、どの種の有機分子がいかに生成されたのかについて、実験的に明らかにしていくそうです。
これにより、火星環境の進化についての詳細な解読が進むことが期待されます。
なお、国際的には火星堆積物のサンプルリターン計画が進行中です。
今回の研究では、初期火星の大気中でCOから有機分子が生成されたことを突き止めました。
ただ、この結果は、火星有機物の生命起源説を否定するものではありません。
大気由来の有機分子がさらに地表の生命の食料となった可能性や、他にも有機分子を合成する反応があったのかについても、研究を展開していくようですよ。
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火星の有機物は、異常な炭素の安定同位体比(※1)を持つことが知られていました。
でも、その原因は不明だったんですねー
そこで、本研究では大気中でCO2の光解離によって作られるCOが、この同位体異常を持つことを、室内実験と理論計算によって明らかにしています。
さらに、このCOは還元的な初期火星大気中では、有機物となり堆積することも分かりました。
研究チームでは、こうした実験結果を元にモデル計算を実施。
すると、驚くべきことに、最大で大気中のCO2の20%が有機物として地表に堆積したことも分かりました。
このような結果は、今後の火星探査に新しい展開をもたらすはずです。
また、さらなる研究により、生命発生前の初期惑星環境で、どのように有機分子が合成されていったのかについて、詳細が明らかにされることが期待されます。
今回の研究は、東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の上野雄一郎教授、Alexis Gilbert准教授、藏 暁鳳研究員、東京大学 黒川宏之准教授、青木翔平講師、JAXA 臼井寛裕教授、コペンハーゲン大学 Matthew Johnson教授、Johan Schmidt博士たちによって進められました。
本研究の成果は、5月9日付のイギリスの科学雑誌“Nature Geoscience”に、“Synthesis of 13C-depleted organic matter from CO in a reducing early Martian atmosphere”としてオンライン掲載されました。
※1.ある元素のうち、質量数の異なるものを同位体と呼び、放射壊変せずに安定に存在するものが安定同位体となる。炭素の安定同位体には質量数12の12Cと質量数13の13Cの2種類があり、その比率13C/12Cを安定同位体比と呼ぶ。太陽系内の物質については、炭素のおよそ99%が12Cで、13Cは1%程度。ただ、13C/12Cを精密に計測すると、その比率は起源物質ごとにわずかに異なる。これを利用して環境物質の由来を推定することが可能となる。
本研究の成果は、5月9日付のイギリスの科学雑誌“Nature Geoscience”に、“Synthesis of 13C-depleted organic matter from CO in a reducing early Martian atmosphere”としてオンライン掲載されました。
※1.ある元素のうち、質量数の異なるものを同位体と呼び、放射壊変せずに安定に存在するものが安定同位体となる。炭素の安定同位体には質量数12の12Cと質量数13の13Cの2種類があり、その比率13C/12Cを安定同位体比と呼ぶ。太陽系内の物質については、炭素のおよそ99%が12Cで、13Cは1%程度。ただ、13C/12Cを精密に計測すると、その比率は起源物質ごとにわずかに異なる。これを利用して環境物質の由来を推定することが可能となる。
図1.研究を元に復元した初期火成のイメージ。30億年以上前の火星には海もしくは湖が存在し、大気中では有機分子がCOから作られ地表に堆積していた。(Credit: Lucy Kwok) |
初期火星の有機物はどうやって作られたのか
最近の火星探査によって、30億年以上前の初期火星には液体の水(海または湖)が存在していて、現在の火星と全く異なる環境にあったことが判明しています。
さらに、NASAの火星探査車“キュリオシティ”などによる現場分析では、当時の火星堆積物(約30億年前)の中には、有機物が含まれていることも明らかにされています。
でも、この有機物が生命活動によって作られたものなのか、隕石によって宇宙空間から火星にもたらされたものなのか、あるいは無機的な化学反応によって作られたのか、その起源は全く分かっていませんでした。
有機物の由来を推定する手がかりとして、探査車はこの有機物の安定同位体比(13C/12C)を精密に計測しています。
探査車の測定によると、火星の有機物はそれを構成する炭素の13C存在度が0.92%~0.99%。
この値は、生物の名残りである地球の堆積有機物(およそ1.04%)や大気中のCO2(1.07%)と比べると極端に少なく、また隕石中の有機物(およそ1.05%)とも似ていませんでした。
ここから推定されるのは、宇宙空間での反応や地球上の生物代謝とは異なる反応で火星の有機物が作られたこと。
ただ、このように極度の13C同位体異常を引き起こす反応“同位体分別(※2)”は、これまでに一つも知られておらず、どのようにすれば火星の有機物が作られるのかは全く分かっていませんでした。
※2.同位体比が変化するプロセスのことを同位体分別と呼ぶ。たとえば、植物などの光合成生物が大気中のCO2から有機物を合成する際には、12Cの反応速度がわずかに速いので、CO2(13C:1.07%)と比べて生物が作った有機分子は13Cの割合が少ない(およそ1.04%)。同位体分別がどれほど大きいかは、反応の種類や温度など環境条件によって異なっているが、火星有機物に見られるほどに13Cの割合を減らすことのできる同位体分別は、これまで知られていなかった。
図2.NASAの火星探査車“キュリオシティ”は約30億年前の堆積物をドリルで掘削し、その成分を分析している。図中の数字は、分析の結果得られた有機物の安定同位体比(13C/12C)を示している。(出所:東工大プレスリリースPDF) |
太陽光によるCO2の光解離反応
今回の研究でチームが注目したのは、惑星大気中で有機物が作られる反応でした。
大気化学反応による同位体分別を、室内実験と理論計算の両面から調べています。
その結果分かったのは、様々な反応の中でも、太陽光(紫外線)によるCO2の光解離反応において、例外的かつ極端に13C存在度の低いCOが生成されることでした。
また、共同研究者で共著者の東京大学の青木講師たちが実施した火星大気の分光観測でも、CO2から生成した火星のCOは予測通り極端に13C存在度が低いことを明らかにしています。
これらの実験・観測・理論に基づくと、火星を含む地球型惑星の大気においてCOは主にCO2の光解離によって作られ、そのCOにおいては13C同位体存在度が低いことが考えられます。
有機物は火星大気中のCOから作られた
このCOのほとんどは、現在の地球や火星において、酸化され再びCO2に戻されてしまいます。
一方、酸素のない冥王代(※3)の地球や、地表に強力な酸化物がない初期の火星においては、大気は現在よりも還元的であったと考えられています。
※3.冥王代は、地球形成(約45億年前)から40億年前までの期間を指す地質年代。この期間の岩石記録は地球上には残っていない。生命が誕生する前の冥王代の地球は、大気に酸素(O2分子)が無く、現在よりも還元的な環境にあったと考えられる。
水素ガス(H2)などを含む還元的な初期大気中では、COがさらに反応し、ホルムアルデヒド(HCHO)や有機酸などの有機分子を生成することも、別の実験から明らかになっています。つまり、初期火星の堆積物に含まれている13Cの少ない有機物は、当時の火星大気中でCOから作られたものだと考えられます。
さらに、今回の同位体分別の実験結果と上記の最新の知見を元に、モデル計算による初期火星炭素循環の解析を実施。
すると、当時の火星では、火山活動などを通して大気に流入したCO2のうち、最大で20%がCOを経由して13C同位体異常を持つ有機物に変換され、地表に堆積していたことが判明しました。
生命探査における有機分子の由来特定
今回の推定が正しければ、火星の堆積物中には有機物が想定外の量で存在している可能性があり、今後の火星探査によって大量の有機物が見つかるかもしれません。
現在、地球外の惑星環境における生命探査が国際的に進められていて、地球以外の天体に存在する有機分子の由来を特定するために、13C同位体異常が有用な手掛かりになることが期待されます。
また、大気中のCOから有機分子が生成される過程は、生命発生以前の初期地球でも同様だったと考えられます。
今回の研究は、生命がどのように発生したのかという根源的な人類の問いに対して、一つの重要なヒントを与えてくれたのかもしれません。
今後、研究チームでは、生命発生以前の惑星環境中で、どの種の有機分子がいかに生成されたのかについて、実験的に明らかにしていくそうです。
これにより、火星環境の進化についての詳細な解読が進むことが期待されます。
なお、国際的には火星堆積物のサンプルリターン計画が進行中です。
今回の研究では、初期火星の大気中でCOから有機分子が生成されたことを突き止めました。
ただ、この結果は、火星有機物の生命起源説を否定するものではありません。
大気由来の有機分子がさらに地表の生命の食料となった可能性や、他にも有機分子を合成する反応があったのかについても、研究を展開していくようですよ。
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