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濃いガスの中で生まれた星が成長している間にも材料は外部から流れ込んでいる! なので星は絶えず化学的特徴を変え続けるようです

2024年04月25日 | 宇宙 space
太陽を始めとする恒星(星)は、材料となる分子ガスが雲のように集まった分子雲の中でも、特に分子ガスの密度の高い場所“分子雲コア”で生まれます。

その星が生まれつつある分子雲コアで、外部から星の材料となるガスが追加で流れ込む構造が、最近の観測から見つかっています。
このような構造は“ストリーマー”と呼ばれています。

最近の研究からは、太陽系の形成段階においてもストリーマーが存在していた可能性が指摘されていて、その研究の重要性が認識され始めています。

ストリーマーは、最終的に出来上がる星や惑星の化学組成に大きく影響すると考えられます。
このことからもストリーマーを調べることは、生命を育む惑星系環境がどのように形成されるかを調べる上でも重要なことと言えます。

今回の研究では、太陽と同程度の質量の星が生まれているペルセウス領域のクラス0原始星候補天体(※1)の一つ“Per-emb-2”に着目。
“Per-emb-2”では、フランスのNOEMA干渉計(※2)による観測が先行して実施されていて、ストリーマーが発見されていました。

でも、ストリーマーの元となるガスがどこから流れ込んできているのか? という、その起源についてはよく分かっていませんでした。
※1.クラス0原始星候補天体は、原始星に特有の双極分子流が観測されるため、濃い分子ガスの中に埋もれていて、形成途中の若い星と考えられている。

※2.NOEMA電波干渉計(NOrthern Extended Millimeter Array)は、フランス国立科学研究センター(CNRS)とフランス国立天文学研究所(IRAM)が共同で運営している電波干渉計。電波干渉計は複数の電波望遠鏡の観測データを合成して、一つの観測データとして扱う手法。口径の大きい電波望遠鏡を使うのと同様の性能を得ることができる。

この研究は、国立天文台、ドイツのマックス・プランク地球外物理学研究所(MPE)、大妻女子大学などのメンバーで構成された国際研究グループが進めています。
本研究の成果は、2024年4月17日発行の“The Astrophysical Journal”に“The Reservoir of the Per-emb-2 Streamer”として掲載されました。
図1.周囲のリザーバーから、星形成ストリーマーへガスが流れ込む様子のイメージ図。(Credit: 国立天文台)
図1.周囲のリザーバーから、星形成ストリーマーへガスが流れ込む様子のイメージ図。(Credit: 国立天文台)


原始星のストリーマーに流れ込むガスの起源

今回の研究では、“Per-emb-2”原始星のストリーマーに流れ込むガスを見つけて調査するため、野辺山45メートル望遠鏡を用いて観測を実施しています。

観測に用いられたのは、“広い範囲の分子ガスの分布を調べる”ことを得意とする野辺山45メートル望遠鏡に搭載された“FOREST”と“Z45”と名付けられた2つの受信機。
これらの受信機により、4種類の炭素鎖分子(※3)(HC3N、HC5N、CCS、CCH)の観測を新たに行っています。
※3.炭素鎖分子とは、炭素原子が二重結合や三重結合などで連なった星間空間特有の分子。現在までに130種類以上発見されている。
観測の目的は、ストリーマーの起源を見つけ、ストリーマー自身とその起源の正確な質量を調べること、どれくらいの歳月に渡ってガスが流入し続けているのかを解明することでした。

観測では、ストリーマーが見られる原始星の北側を広くカバーするマップを取得。
図1は、観測で得られた様々な炭素鎖分子の空間分布を示しています。

その結果分かったのは、ストリーマー(図中1番の塊)の周りに、2つのガスの塊(コア)があること。
さらに、電波観測で得られたスペクトルの速度解析により、3番目のコアが、ストリーマー(1番のコア)に向かって流れてきていることが分かり、これがストリーマーの起源(=リザーバー)だと同定されました。

このリザーバーのサイズは、典型的な星なし分子雲コアに対応しています。

2番目のコアも今回新たに発見されましたが、“Per-emd-2”原始星との関係は現段階では分かっておらず、今後さらに研究を進める必要があることも分かりました。


ストリーマーとリザーバーの物理環境と化学環境

また、研究グループでは、アメリカ・ウエストバージニア州のロバート・バード・グリーンバンク100メートル望遠鏡や、スペインの“IRAM30メートル望遠鏡(ミリ波電波天文学研究所)”といった世界中の単一電波望遠鏡のデータを組み合わせ、“Per-emb-2”のストリーマーとリザーバーで検出されたHC3N,CCS,HC5Nの詳細な状態解析を実施。
これにより、ストリーマーとリザーバーの物理環境(温度・密度)と化学環境(分子の存在量)を導き出しています。

その結果分かったのは、リザーバーの物理環境が、星が生まれる前の星なし分子雲コアに類似していることでした。

さらに、観測で得られた分子種のうちCCSとHC3Nの存在量比と、化学反応ネットワークシミュレーションの結果を比較すると、リザーバーとストリーマーが化学的に非常に若い組成を持ち、どちらも同程度の化学的年齢だと分かりました。
このことは、今回同定したコアがストリーマーの材料となっていることの証拠にもなります。

観測とシミュレーションの結果を用いることで、リザーバーとストリーマーの正確な質量も導き出し、それぞれ約16M⊙(M⊙:太陽の質量、1M⊙は約1.989×1030kg)、13M⊙と計算されました。

このことから、ストリーマーとして流れ込むことができるガスの質量は、最大で約29M⊙となり、ストリーマーによる質量降着率は1年当たり約9×10-5 M⊙と導き出されています。

流れ込むガスの速度と全体のガスの量が分かると、ストリーマーの寿命が計算できます。
仮に、リザーバーにあるガスがすべて“Per-emb-2”原始星に流れ込むと仮定すると、20万年はストリーマーによるガスの流入が続くと見積もられ、これはクラスI原始星(※4)段階が終わる頃に対応します。
※4.クラスI原始星では、分子雲コアに深く埋もれていて星間減光が数10等以上、物質降着が活発で、双極分子流などの質量放出現象も普遍的にみられる。
この結果が意味しているのは、濃いガスの中で長い時間をかけて星が成長している間も、“化学的にフレッシュなガス”が外部から流れ込み続け、絶えず化学的特徴を変え続けることでした。

つまり、惑星系の化学的環境は、星の誕生が始まる最初の段階で決まっているのではなく、星の成長が止まるギリギリまで変わり続けるということです。
そうすると、地球に生命が誕生したのは、最初から運命的に決まっていたのではなく、偶然の結果と思えてきます。

今後、研究グループでは南米チリのアルマ望遠鏡を用いることで、ガスが流れ込んでいる場所で化学組成が変えられている現場をとらえたいと考えているようです。
※2.様々な炭素鎖分子の空間分布。マゼンタのクロスは“Per-emb-2”原始星の位置、各パネルの左上にある白い丸は野辺山45メートル望遠鏡のビームサイズを示す。上段:“FOREST”で得られた(a)HC3N,(b)CSS,(c)CCHの結果。ピーク(1)及び(3)はストリーマー及びリザーバーに対応する。下段:“Z45”受信機で得られた(d)HC3N、(e)CCS、(f)HC5Nの結果。“FOREST”受信機による観測周波数帯(90GHz)より“Z45”による観測は周波数帯(45GHz)のほうが低いので、空間分解能が異なるが、HC3NとHC5Nのマップではストリーマーとリザーバーが十分に空間分解されて検出されている。(Credit: 国立天文台)
※2.様々な炭素鎖分子の空間分布。マゼンタのクロスは“Per-emb-2”原始星の位置、各パネルの左上にある白い丸は野辺山45メートル望遠鏡のビームサイズを示す。上段:“FOREST”で得られた(a)HC3N,(b)CSS,(c)CCHの結果。ピーク(1)及び(3)はストリーマー及びリザーバーに対応する。下段:“Z45”受信機で得られた(d)HC3N、(e)CCS、(f)HC5Nの結果。“FOREST”受信機による観測周波数帯(90GHz)より“Z45”による観測は周波数帯(45GHz)のほうが低いので、空間分解能が異なるが、HC3NとHC5Nのマップではストリーマーとリザーバーが十分に空間分解されて検出されている。(Credit: 国立天文台)


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星の赤ちゃんの“くしゃみ”をアルマ望遠鏡による観測で発見! 星が誕生する過程で磁束を外に捨て去る仕組み

2024年04月23日 | 宇宙 space
太陽を始めとする恒星(星)は、材料となる分子ガスが雲のように集まった分子雲の中でも、特に分子ガスの密度の高い場所“分子雲コア”で生まれます。
分子雲コアには磁力が働いていて、星が誕生する過程で磁束として分子雲コアのガスとともに星に持ち込まれます。

でも、磁束をすべて持ち込んでしまうと超強力な磁力を持つ星になってしまい観測事実と合わなくなってしまいます。

では、磁束を捨て去る仕組みは、どのようになっているのでしょうか?
このことは磁束問題と呼ばれ、研究者の間で40年以上にわたり議論されていています。

これまでは、磁気拡散という効果によって、星の周りの円盤から磁束のみがジワジワと染み出すように抜けていくと考えられていました。

今回の研究では、地球から約450光年と星の誕生現場としては最も近いおうし座分子雲にある、“MC 27”という分子雲コアに潜む赤ちゃん星(原始星)をアルマ望遠鏡を用いて観測。
その結果、原始星を取り巻く円盤から、数天文単位の大きさを持つ“棘(とげ)”のようなものが世界で初めて見つかりました。

このような結果は、当初予測していなかったもの。
そこで、研究チームが理論研究との比較から着目したのは、“交換型不安定性”という現象でした。
この現象では、円盤の縁に磁力が集中した際に重力中心の原始星から外側に向かう浮力が働き、突発的な爆発現象のようにして短時間で磁束が放出されます。

この磁束の輸送機構は、これまで考えられていたものとは全く異なるもの。
短いタイミングで一気に磁力を外に追いやることから、ほこりやウイルスを空気とともに一気に押し出す人間の“くしゃみ”にも似ていました。

さらに、この不安定性が起こった瞬間に、磁束が円盤の外側に飛び出してガスの空洞が作られます。
棘は空洞の周りのリング状のガスのうちの濃い部分が観測されたものだと考えられ、磁束が飛び出す現場をとらえたものと解釈できます。

また、過去に観測されていた原始星から数千天文単位に渡るより大きい弓状のガスが、この棘と同様の特徴や空洞のように見えることから、複数回“くしゃみ”をして磁束が円盤から吐き出された可能性も同時に浮かび上がりました。

この“MC 27”で見つかっていたような弓状ガス雲と似たような特徴は、いろんな星の赤ちゃんで頻繁に見つかりつつあります。
なので、この“くしゃみ”をする条件を詳しく調べることにより、原始星自身の成長過程や、その周りにある惑星の起源物質の理解が急速に進むことが期待されます
この研究は、九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門 学術研究員/特任助教、および国立天文台アルマプロジェクト 特任助教の徳田一起さんたちの研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの雑誌“The Astrophysical Journal”に2024年4月11日(木)午後6時(日本時間)に掲載されました。
図1.アルマ望遠鏡の観測に基づいて描いた星の赤ちゃんから“くしゃみ”によって磁束が放出される様子(イメージ図)。星の赤ちゃんは明るい円盤の中心。その円盤の端から磁束が放出される瞬間を表している。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
図1.アルマ望遠鏡の観測に基づいて描いた星の赤ちゃんから“くしゃみ”によって磁束が放出される様子(イメージ図)。星の赤ちゃんは明るい円盤の中心。その円盤の端から磁束が放出される瞬間を表している。(Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)


赤ちゃん星の誕生と磁力線が束ねられた磁束

星間空間に撒き散らされた原子やチリ(星間ガス)が集まって雲のようになったとき、周囲からの紫外線(星間紫外線)が内部まで届かなくなると、紫外線によって分子が壊されなくなるので、原子から分子が作られ始めます。

そのような雲を“分子雲”と呼び、数光年~数十光年と様々な大きさのものがあります。

分子雲の中で、自己重力でガスやチリが集まってできた高密度な場所を分子雲コアと呼び、いわゆる星の卵(種)に相当するんですねー
その分子雲コアがさらに収縮することで、太陽のような恒星や、それよりもさらに重い星(大質量星)その連星が誕生します。

分子雲コアには磁力が働いていて、磁力線に貫かれていると考えられています。
分子雲コアが収縮して原始星(赤ちゃん星)誕生の際には、磁力線が束ねられた磁束(※1)も一緒に持ち込まれます。
※1.分子雲コアのガスは部分的に電離していて、ガスは磁場とお互いに影響を及ぼし合いながら運動することが分かっている。このことをガスと磁場は(強く)結合しているという。また、この場合、磁場をひものように考えることができ、それらを束ねたものを磁束という。
でも、この磁束を全部持ち込んでしまうと、現在の太陽や知られている原始星が持つものよりも何桁も大きい磁力(1000万ガウス)が発生してしまいます。
なので、星が誕生する過程で磁束を外に捨て去る必要があります。

では、この磁束を捨て去る仕組みは、どのようになっているのでしょうか?
このことは“磁束問題”と呼ばれていて、研究者の間で盛んに議論が行われてきました。

これまでは、重力で星の赤ちゃんにガスが集まる時間と同じくらいの長い時間尺度で、円盤を通して一定の割合でジワジワと磁束が抜かれて磁力が弱まっていくという考え方が主流でした。


短いタイミングで一気に磁束を放出する現象

今回の研究では、地球から約450光年と星の誕生現場としては最も近いおうし座分子雲にある、“MC 27”という分子雲コアに潜む原始星(赤ちゃん星)を観測。
これまでの考え方とは異なり、一気に磁束を捨て去ったと思われる特徴を発見しています。

アルマ望遠鏡(※2)を用いて非常に高い解像度の観測を行うことで、原始星周辺の円盤(※3)から数天文単位の大きさを持つ“棘(とげ)”のようなものが見つかります。(図1,2)
このような結果は、当初予想していなかったものでした。
※2.日本を含む22の国と地域が協力して、南米チリのアタカマ砂漠(標高5000メートル)に建設されたのが、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array = ALMA:アルマ望遠鏡)。人間の目には見えない波長数ミリメートルの“ミリ波”やそれより波長の短い“サブミリ波”の電波を観測する。高精度パラボラアンテナを合計66台設置し、それら全体をひとつの電波望遠鏡として観測することができる。

※3.分子雲コアはわずかに回転しているので、その回転軸に垂直な向きに円盤“原始星円盤”が形成される。進化が進み、原始星への降着が弱くなった状態を“原始惑星系円盤”と呼び、円盤にあるチリやガスが惑星の材料となる。
円盤中は低温でガスの密度が濃いので、ガスの電離の度合いが非常に弱くなっている。そのため、ガスと磁場はほとんどお互いに影響を及ぼし合わない。そのことをガスと磁場は非常に弱く結合している、または結合が破れているという。そのため、ガスの運動とは独立に磁場はオーム散逸や両極性拡散という効果によって円盤中を広がっていく。
そこで、研究チームが理論的な研究との比較から着目したのは、磁気流体における“交換型不安定性”(※4)という現象でした。
※4.交換型不安定性は磁気流体不安定の一つで、磁場の強さとガスの密度(またはガスの圧力)の比が重力の方向に対して急激に変化することで起こる。
今回のような星の赤ちゃんが誕生する現場では、原始星円盤の縁で磁力が急に変化し強い場所ができ、浮力と類似した機構によって磁束が円盤の外部へ放出される。
この現象は、円盤の縁に磁束が集中した際に、原始星から離れる方向に浮力が働く現象。
短いタイミングで一気に磁束(磁力)を放出することから、ほこりやウイルスを空気とともに一気に押し出す人間の“くしゃみ”にも似ていました。

この不安定性が起こった瞬間にガスの空洞が作られ、その空洞の端の濃い淀みのガスが“棘”として見られていると考えられます。(図2,3)
この“棘”は、まさに磁束が抜ける現場をとらえたものと言えます。

また、この“MC 27”で観測されていたものに、数千天文単位に渡った弓状のガス雲があります。
これは、過去の“くしゃみ”によって生じた空洞が音速(毎秒200メートル)程度で成長した結果生じた構造と考えられ、過去に複数回“くしゃみ”をしていた可能性も浮かび上がりました。
図2.(a)過去の観測で明らかになっていた、原始星を取り巻く弓状ガス雲。画像はHCO+分子からの電波強度を示す。(b)アルマ望遠鏡の最高解像度観測によって原始星の近傍をより詳しく観測した結果。画像は濃いガスに含まれるチリからの電波を表す。原始星円盤に付随する棘(とげ)のような特徴が見られる。(c)図1のイメージ図と(b)の観測を比較・対応させ、各部位の説明を重ねたもの。(Credit: (a), (b) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Tokuda et al, (c) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
図2.(a)過去の観測で明らかになっていた、原始星を取り巻く弓状ガス雲。画像はHCO+分子からの電波強度を示す。(b)アルマ望遠鏡の最高解像度観測によって原始星の近傍をより詳しく観測した結果。画像は濃いガスに含まれるチリからの電波を表す。原始星円盤に付随する棘(とげ)のような特徴が見られる。(c)図1のイメージ図と(b)の観測を比較・対応させ、各部位の説明を重ねたもの。(Credit: (a), (b) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Tokuda et al, (c) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)


星の赤ちゃんの“産声”と“くしゃみ”

星の誕生を理解するためには、星の卵の回転の勢いと磁束を捨て去る“角運動量問題”と“磁束問題”という2つの大きな問題を解決する必要があることが、40年以上前から指摘されています。

星の回転を弱める角運動量問題と密接に関係している、原始星円盤の上下に噴き出すガスのアウトフローは、星の赤ちゃんの“産声”として良く知られていました。

今回、新たに明らかになった磁束を直接放出する“くしゃみ”は、磁束問題の解決に大きなヒントを与えてくれるはずです。

また、この“MC 27”で見つかっていたような大きな弓状構造自体は、近年いろんな星の赤ちゃんで頻繁に見つかりつつあることから、研究者の予想を超えて“くしゃみ”は頻繁に起こっているのかもしれません。

この“くしゃみ”をする条件を、スーパーコンピュータを使った理論計算や、アルマ望遠鏡を用いて他の赤ちゃん星周りのガス分布をさらに詳しく調べることにより、赤ちゃん星の形成過程や惑星の素(原始星円盤及びその中に含まれている微粒子などの物質の特徴)の理解が急速に進むことが期待されます。
図3.交換型不安定性前後のガスと磁束分布の変化。“くしゃみ”が起こる前は円盤の縁に磁場が拡散していき、降り積もってきたガスがさらに磁束を持ち込むので、円盤の端で相対的に磁場が強い場所ができる。円盤の縁に磁力が集中した際に、重力中心の原始星から外側に向かう浮力が働き、突発的な爆発現象のようにして短時間で磁束が放出される。(Credit: National Astronomical Observatory of Japan)
図3.交換型不安定性前後のガスと磁束分布の変化。“くしゃみ”が起こる前は円盤の縁に磁場が拡散していき、降り積もってきたガスがさらに磁束を持ち込むので、円盤の端で相対的に磁場が強い場所ができる。円盤の縁に磁力が集中した際に、重力中心の原始星から外側に向かう浮力が働き、突発的な爆発現象のようにして短時間で磁束が放出される。(Credit: National Astronomical Observatory of Japan)


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太陽系外縁天体は数十億年に渡ってほとんど変質を受けていない原始的な天体なのか? 小惑星アロコスの内部構造をモデル化した研究

2024年04月22日 | 太陽系・小惑星
太陽系の8つの惑星のうち、最も外側を公転している海王星の公転軌道のさらに外側。
そこには、“太陽系外縁天体”(※1)と呼ばれる天体が無数あります。
※1.元の論文では、アロコスなどのような天体を“カイパーベルト天体(KBO)”と表現している。ただ、エッジワースとカイパーが予測した天体の存在や分布は、現在知られているものとは大きく異なっていて、この名称には異論もある。最近では、正確にはイコール関係ではないものの、ほぼ同義語かつ中立的な語として“太陽系外縁天体”という呼称が使われる傾向にので、ここでは太陽系外縁天体と表現を使用している。
その太陽系外縁天体は、形成時に取り込んだ揮発性物質(低温でも蒸発しやすい成分)を、現在でも保持しているのではないかと考えられています。

でも、揮発性物質がどのような形で保持されているのか、あるいはどのようにして徐々に失われているのか、その詳細はこれまでよく分かっていませんでした。

今回の研究では、NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”が接近探査を行った486958番小惑星アロコスの観測データを元に、内部構造をモデル化した研究を行っています。

その結果判明したのは、アロコスのような小さな天体では地下の奥深くで気化した一酸化炭素が滞留し、それ以上の揮発が抑えられている可能性があることでした。
このことが示しているのは、アロコスのような非常に原始的な天体が、失われやすい物質を保持し続けている可能性です。(※2)(※3)
※2.今回の研究のように、ほとんど真空の環境での揮発性物質の相転移は、固体から気体へ、気体から固体へと直接変化する。固体から気体の相転移を“昇華”、気体から固体への相転移を“凝華”と呼び、厳密にこれで表現するのが正しい。本記事内では分かりやすさを優先し、この表現を使用していない。

※3.今回の研究でモデル化された天体内部では、一酸化炭素の気化“昇華”と固化“凝華”がほぼ同じスピードで起こっているので、見た目の上では一酸化炭素の気化が抑えられている状態となっている。本来はこの“平衡状態”で表現することが正しい。本記事内では分かりやすさを優先し、この表現を使用していない。

この研究は、ブラウン大学のSamuel P. D. BirchさんとSETI協会のOrkan M. Umurhanさんの研究チームが進めています。
図1.NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”の撮影画像と観測値によって作成された小惑星アロコスのトゥルーカラー画像。(Credit: NASA, Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory, Southwest Research Institute & Roman Tkachenko)
図1.NASAの冥王星探査機“ニューホライズン”の撮影画像と観測値によって作成された小惑星アロコスのトゥルーカラー画像。(Credit: NASA, Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory, Southwest Research Institute & Roman Tkachenko)


数十億年に渡ってほとんど変質を受けていない原始的な天体

太陽とその周囲の天体は、今から約46億年前に誕生したと言われています。
対して、小惑星や彗星のような小さな天体は、数十億年に渡ってほとんど変質を受けていないと推定されています。

それでも、試料の採取に成功した小惑星イトカワやリュウグウの物質を分析すると、いくらかの変質の痕跡が見つかっています。
では、イトカワやリュウグウよりもさらに変質を受けていない、原始的な天体はあるのでしょうか?

例えば、有力な候補と言えるのが、海王星よりも太陽から遠い場所を公転する“太陽系外縁天体”です。

太陽系外縁天体は、誕生時から現代にいたるまで太陽から非常に離れた場所を公転しています。
なので、熱など重大な変質を経験していないと見られています。

太陽系外縁天体の一部は、まれに公転軌道が大きく変化して太陽の近くを通過する場合あります。
すると、揮発性物質が蒸発して一時的な大気や尾が形成されることに、これが彗星と呼ばれる天体です。

彗星は詳細な研究が可能ですが、太陽の近くに長期間いた結果、ある程度の揮発性物質を放出していて、原始的な物質は失われていると考えられます。

一方、一酸化炭素は二酸化炭素と比較して蒸発しやすく、かなり早い段階で蒸発しきってしまうと考えられます。

実際に観測された彗星の大気に含まれる一酸化炭素の量は、二酸化炭素と比べると極めて少ない量しかありませんでした。
わずかな一酸化炭素は、蒸発しにくい氷の微細な隙間に含まれているものが少しずつ湧き出していると推定されています。


“ニューホライズン”による小惑星アロコスの接近観測

もし、太陽系外縁天体が非常に原始的な天体だとすると、そこには固体の一酸化炭素が大量に保持されていることが考えられます。

一酸化炭素はその大部分が保持されつつも、数十億年かけて少しずつ蒸発していきます。
このため、太陽系外縁天体からはわずかながらも観測可能な一酸化炭素の大気や、その流出が観測されるはずです。

ただ、太陽系外縁天体は文字通り太陽系の外縁部にあるので、このような観測はこれまでできていませんでした。

今のところ、唯一の観測記録となっているのがNASAの冥王星探査機“ニューホライズン”による小惑星アロコスの接近観測です。
“ニューホライズン”は2015年に史上初となる冥王星への接近探査を終えた後、2019年1月1日にアロコスへの接近探査を行っています。

アロコスはその小ささなどから、形成後にほとんど変質を受けていない、まさに原始的な太陽系外縁天体だと考えられています。
このため、“ニューホライズン”の接近探査という貴重な観測機会では、アロコスから流出する一酸化炭素の検出が期待されていました。
観測の結果、アロコスの観測データからは一酸化炭素が見つず… 予想外の発見となりました。

この結果を単純に適用すると、実はアロコスは全く原始的ではなく、大きく変質した天体なのかもしれません。
でも、アロコスの物理的な外観や表面を観測してみると、公転軌道などは、アロコスが今と同じ軌道を長期間維持していて、ほぼ何も変化していないことを示していました。


なぜ一酸化炭素は検出されなかったのか

今回の研究では、アロコスのような小さな太陽系外縁天体の内部構造をモデル化。
これにより、一酸化炭素が検出されなかった理由を調べています。

このような小さな天体は、小さな岩石の粒が緩く結合してスポンジのような隙間の多い多孔質構造を形成していると考えられています。

そこで、研究チームが行ったのは、一酸化炭素の固体を含む多孔質構造の天体の中で、蒸発して気体となった一酸化炭素の挙動の解析でした。
その結果、表面に近い部分からは一酸化炭素が逃げ出す一方で、地下深くでは多孔質構造の隙間に徐々に溜まり、宇宙空間へ逃げ出す量はあまり多くないことが分かりました。
図2.今回の研究で作成された太陽系外縁天体のモデル。多孔質構造の内部では時間が経っても一酸化炭素が滞留していて、固体から気体への変化が抑えられていることが予測される。(Credit: SETI Institute)
図2.今回の研究で作成された太陽系外縁天体のモデル。多孔質構造の内部では時間が経っても一酸化炭素が滞留していて、固体から気体への変化が抑えられていることが予測される。(Credit: SETI Institute)
この状態は、まるで天体の内部で地下大気が形成されているかのようです。
このような場所では、一酸化炭素がこれ以上気化することが抑えられます。
そして、変化に乏しい地下深くの一酸化炭素は、めったなことでは宇宙空間へと逃げだすことはないはずです。

このモデルを見る限りでは、誕生から十分に時間が経過したアロコスは、表面に近い部分で一酸化炭素が枯渇。
一方、地下深くの一酸化炭素は滞留して逃げ出さないことになります。

このようなプロセスがアロコスで起こっていたので、“ニューホライズン”の接近観測では一酸化炭素を検出できなかったのかもしれません。
その場合、アロコスは真に原始的な天体で、一酸化炭素に限らず形成当時の揮発性物質が大量に保存されている可能性があります。

今回のモデルが妥当かどうかを検証するのに必要となるのは、アロコスと似たような性質を持つ天体を複数観測することです。

2021年12月に打ち上げられ運用が始まっているジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠く離れた天体に探査機を送り込まなくても、太陽系外縁天体の一酸化炭素や二酸化炭素の流出を観測できる性能を持っています。

高い赤外線感度と高性能な分光器を持つジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、遠方の深宇宙だけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測が行えることも強みにしているんですねー

アロコスのような天体が本当に原始的なのか、案外早く判明するのかもしれませんね。


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太陽観測衛星“SOHO”の画像から見つかった彗星が5000個に到達! ボランティアによる市民科学プロジェクトによる成果

2024年04月21日 | 宇宙 space
NASAとヨーロッパ宇宙機関の太陽観測衛星“SOHO”は、太陽を観測しながら、太陽のごく近くを通過する彗星を次々と見つけてきました。

“SOHO”は彗星を観測する衛星ではないにもかかわらず、これまでに“SOHO”以外が発見してきた全ての彗星を上回るほどの数の彗星を発見しているんですねー

そして、観測開始からもうすぐ28年となる2024年3月25日のこと、“SOHO”の撮影画像から発見された彗星の数がちょうど5000個目に到達。
このマイルストーンは多くの人々の協力なしには達成できなかった数値で、市民科学が科学的研究に影響を与えていることを示す一例となりました。
図1.太陽観測衛星“SOGO”のイメージ図。“SOHO”は太陽を観測するために設計・運用されていたが、図らずも彗星観測にとって有用なこと分かった。(Credit: NASA)
図1.太陽観測衛星“SOGO”のイメージ図。“SOHO”は太陽を観測するために設計・運用されていたが、図らずも彗星観測にとって有用なこと分かった。(Credit: NASA)


太陽に対して極端に接近する彗星

NASAとヨーロッパ宇宙機関が1995年に打ち上げた“SOHO”は、太陽・太陽圏観測衛星(Solar and Heliospheric Observatory)という正式名称の通り、太陽や太陽圏の観測を主な目的としています。
一方、太陽の周辺環境を観測するという主目的の副残物として、太陽に対して極端に接近する彗星“サングレーザー”を数多く発見していました。

サングレーザーの大半は核の直径が1キロ未満、場合によっては10メートルもないと見積もられていて、単独で見ても暗い天体です。
さらに、極めて明るい太陽が近くにあるという悪条件も重なるので、地上からの観測は事実上不可能な状況でした。

このため、サングレーザーと言えるような軌道を持つ彗星は、“SOHO”打ち上げ以前には数十個しか観測されておらず、歴史的に見ても極めて明るくなった大きなサイズの彗星に限定されていました。

でも、“SOHO”は太陽本体を隠すためのコロナグラフ付きの撮影機器“LASCO”を搭載していて、暗い彗星も写るようになっていたんですねー

これにより、“SOHO”が発見した彗星の数はあまりにも多くなり、その総数は他の観測器・天文台・個人などが発見した歴史上すべての彗星の合計を上回るほどでした。
実際には、集計方法による問題もあるので一概には言えませんが(※1)、“SOHO”が最も彗星を発見している“彗星観測器”ということは疑いの余地はありません。
※1.“SOHO”による画像から発見された彗星は、他の彗星と比べると軌道の決定精度が悪いので、正式な仮符号が振られないものも数多く存在する。このため、彗星のデータを管轄する国際機関の“小惑星センター”で、彗星としてカウントされていないものも数多くあると推定される。実際、小惑星センターでの彗星の総数は2024年4月3日時点で4589個となっていて数が合わないことから、カウント外の彗星が相当するあることが分かる。


“SOHO”の画像から彗星を探す市民科学プロジェクト

“SOHO”による画像から彗星が見つかるようになったのは、“SOHO”が継続的に太陽の撮影を続けていることに加え、2000年に始まったアメリカ海軍調査研究所を拠点とする“サングレーザープロジェクト(Sungrazer Project)”も影響していました。

このプロジェクトは、ボランティアが“SOHO”の撮影画像から彗星を探す市民科学プロジェクト。
“SOHO”による彗星発見で重要な役割を果たしています。
実際、“SOHO”の撮影画像から見つかった彗星の約9割は、無数の市民科学者によって発見されたものでした。

また、最初の1000個の彗星が発見されるまでに要した期間は約10年だったのに対し、その後は4~5年ごとに1000個の彗星が発見されるようになったのも、プロジェクトの開始が大きく影響しています。


“SOHO”の画像から見つかった5000個目の彗星

2024年3月25日のこと、サングレーザープロジェクトに参加しているHanjie Tanさんが発見した彗星が、“SOHO”の撮影画像から見つかった5000個目の彗星になりました。

Tanさんは中国出身で、現在はチェコ共和国のプラハで天文学の博士号取得を目指しています。
サングレーザープロジェクトには13歳のころから参加していて、最年少の彗星発見者の一人に数えられています。

サングレーザープロジェクトはTanさんに祝意を表しつつ、このマイルストーンが多くの人々の協力によって達成されたことを強調。
サングレーザープロジェクトに関わった全ての人々が誇るべき成果だと述べています。
図2.5000番目の彗星となった“SOHO-5000”の画像。(Credit: NASA, ESA, SOHO & Karl Battams)
図2.5000番目の彗星となった“SOHO-5000”の画像。(Credit: NASA, ESA, SOHO & Karl Battams)
仮称として“SOHO-5000”と名付けられた5000番目の彗星は、単にキリの良い数字という訳でなく、別のユニークな点もありました。
それは、軌道の性質から“マースデン群(Marsden group)”に属すると推定された点です。

サングレーザーは公転軌道の違いを元に、いくつかのグループに分けられていて、その約83%は“クロイツ群(Kreutz group)”に属しています。

クロイツ群は極めて数が多く、紀元前371年に分裂が観測された彗星の破片に由来するのではないかと考えられています。
実際、1000番目から4000番目までのキリの良い数字の彗星は全てクロイツ群でした。

一方、マースデン群は“SOHO”経由で発見された彗星の約1.5%(約75個)しか属していない珍しい彗星のグループ。
96番周期彗星“マックホルツ彗星”に関連しているのではないかと考えられています。

偶然とはいえ、ちょうど5000番目の彗星に割り当てられたのが、かなり珍しいグループに属していたことになります。

なお、“SOHO”は2025年12月31日に運用終了が予定されています。
1000個の彗星発見に5年ほど要したことを考慮すると、1000個ごとのマイルストーンは今回が最後となるのかもしれません。
図3.“SOHO”の画像から発見された彗星を抜粋したもの。最初の1000個までを除き、ほぼ4~5年かけて1000個の彗星が発見されている。(Credit: 彩恵りり)
図3.“SOHO”の画像から発見された彗星を抜粋したもの。最初の1000個までを除き、ほぼ4~5年かけて1000個の彗星が発見されている。(Credit: 彩恵りり)


太陽活動や流星群の起源を解き明かす手掛かり

“SOHO”による画像から彗星が初めて発見されたのは、1996年8月22日(C/1996 Q2)のことでした。

それから約28年で5000個もの彗星が発見されたことで、サングレーザーに関する様々なことが判明しています。

例えば、サングレーザーは少なくとも5つのグループに分かれていて、その中には“クラハト2群(Kracht 2 group)”という、属する彗星がわずか10個しか見つかっていないものもあります。

このような珍しいグループを見つけるには多数の彗星を観測する必要があり、“SOHO”の長年の観測体制と、画像から彗星を発見する市民科学プロジェクトで多くの参加者の協力が無ければ生し得ない天文学的成果だと言えます。

“SOHO”によって発見される彗星の大半は、太陽への接近後に生き残ることはありません。
でも、蒸発した彗星由来物質の流れは、太陽風や磁場の影響を受けるので、太陽活動を探る大きな手掛かりとなります。
そう、数多くの彗星を観測することは、太陽の様子を観察することにも役立つ訳です。

さらに、SOHO-5000はマックホルツ彗星との関連性が指摘されているグループに属していますが、マックホルツ彗星は“おひつじ座昼間流星群”や“みずがめ座δ南流星群”との関連性が指摘されています。

彗星の観測数が増えれば軌道をより正確に知ることができるので、“SOHO”による彗星の観測は、これらの流星群の起源を正確に解き明かすことに繋がるはずですよ。
“SOHO”による5000個目の彗星発見を解説したNASAゴダード宇宙飛行センターの動画。(Credit: NASA's Goddard Space Flight Center)


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天の川銀河で最大の恒星質量ブラックホールを発見! 重元素の少ない恒星から生まれたようです

2024年04月20日 | ブラックホール
恒星質量ブラックホールは、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つブラックホールです。

今回発見されたのは、これまで天の川銀河で発見された中で最も重い恒星質量ブラックホールでした。

このブラックホールが位置しているのは、わし座の方向約1962光年彼方、質量は太陽の約33倍。
ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”(※1)のデータから、恒星が見えざる天体に振り回されているように見える事例を探すことで発見されました。

“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が運用する衛星で、天の川銀河の精密な3次元マップを作ることを目的とし、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。
天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録しています。
※1.“ガイア”は、ヨーロッパ宇宙機関が2013年12月に打ち上げ運用する位置天文衛星。可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡。測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)であり、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度。
天の川銀河には恒星質量ブラックホールが、およそ1億個も存在すると推定されていますが、現在まで発見された数はそれに比べ極わずかなものです。

すでに知られているブラックホールのほとんどは、近くにある天体からガスを大量に取り込み、そのガスが高温になって発するX線などをとらえることで見つかってきました。

今回のように、周囲の天体を振り回す以外の活動を示さないブラックホールは、数多く潜んでいるのかもしれません。
図1.画像はヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”のデータを元に作成された天の川銀河の地図に、“ガイア”のデータから発見された3つのブラックホールの位置をプロットしたもの。“ガイアBH1”はへびつかい座、“ガイアBH2”はケンタウルス座、“ガイアBH3”はわし座の方向で見つかった。(Credit: ESA/Gaia/DPAC)
図1.画像はヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”のデータを元に作成された天の川銀河の地図に、“ガイア”のデータから発見された3つのブラックホールの位置をプロットしたもの。“ガイアBH1”はへびつかい座、“ガイアBH2”はケンタウルス座、“ガイアBH3”はわし座の方向で見つかった。(Credit: ESA/Gaia/DPAC)


見えざる天体に振り回されているように見える恒星を探す

ブラックホールは、その強力な重力による束縛から光(電磁波)も逃げ出せない天体なので、光学的に観測することはできません。

ただ、近くにある伴星のガスがブラックホールに引き寄せられることで形成された降着円盤(※2)から、X線などの電磁波が放射されることはあります。
これまで発見された恒星質量ブラックホールの多くは、このX線を観測することで発見されたものでした。
※2.ブラックホールへ落下する物質は角運動を持つため、降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤をブラックホールの周囲に作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。
でも、そのようなブラックホールはかなり少数派で、宇宙のあちらこちらには降着円盤を持たないブラックホールが眠っていると考えられています。
今回、“ガイア”のデータから発見されたブラックホールも、そのようなX線を放射していませんでした。

そのような眠っているブラックホールでも、重力を介して周囲に及ぼした影響をとらえることで、間接的に調べることは可能です。

“ガイア”はヨーロッパ宇宙機関が運用する衛星で、天体の位置や運動について調査する位置天文学に特化した宇宙望遠鏡です。
天の川銀河に属する莫大な数の恒星の位置と速度を、きわめて精密に測定・記録しています。

その“ガイア”のデータを調べてみると、時間とともに星の位置がブレている事例を見つけることができます。
このようなブレは連星が回ることで生じている可能性があるんですねー

この事例から、恒星が見えざる天体に振り回されているように見える事例を探していきます。
もし、ブラックホールが別の星(伴星)と連星を作っていれば、ブラックホールの重力が伴星の動きに影響を与えているからです。

今回は、地球から1926光年の距離にある古い巨星の動きを分析することで、ブラックホールが発見されました。
このブラックホールは、“ガイア”によって発見された3個目のブラックホールだったので“ガイアBH3”と名付けられています。

“ガイアBH3”は、地球から2番目に近いブラックホールになります。
地球に最も近いブラックホールは、同じく“ガイア”のデータから発見された“ガイアBH1”で、地球から約1600光年の距離にあります。

なお、これまで“ガイア”によって発見された2個のブラックホールも休眠中のものでした。
“ガイアBH1”、“ガイアBH2”、“ガイアBH3”でのブラックホールと伴星の軌道と運動を示した映像。いずれも共通重心の周りを、ブラックホールと伴星が周回している。“ガイアBH3”の軌道には、距離の比較のために太陽系の惑星の軌道が重ねられている。“ガイアBH3”と伴星は11.6年で周回している。(Credit: ESA/Gaia/DPAC)


重い恒星質量ブラックホールは重元素の少ない恒星から生まれる

太陽の33倍もの巨大な質量を持つ恒星質量ブラックホールは、重力波の観測から遠い銀河で検出されることはあります。
でも、天の川銀河で発見されたのは、今回が初めてのことでした。

天の川銀河で見つかった恒星質量ブラックホールの質量は、平均すると太陽質量の10倍程度。
これまで最も大きかったのは、白鳥座X-1のX線連星にあるブラックホールで、太陽質量の約21倍ありました。

大質量星は年老いてくると、星の物質のかなりの部分が星風によって放出されると考えられています。
さらに、ブラックホールは超新星爆発の後で形成されるので、この爆発の際にも多くの物質が宇宙へ飛び散ることになります。

そのため、太陽質量の約30倍もあるブラックホールの形成を説明するのは困難とされています。
ただ、“ガイアBH3”の場合、その謎を解くヒントが伴星に隠されているのかもしれません。

“ガイアBH3”の伴星は、宇宙が誕生して20億年後頃に誕生した古い星です。
銀河円盤とは別の方向に運動していて、その軌道からは、80億年以上前に天の川銀河に飲み込まれた別の小さな銀河か球状星団の一部だったと考えられています。

さらに、この伴星には重い元素がほとんど含まれていません。
このことは、“ガイアBH3”にも重元素がほとんど含まれていなかった可能性があることを示しています。

重元素が少ない星は、生涯を通じて失う物資が少ないので、大きな質量のブラックホールを形成するための物質がより多く残されると考えられています。
“ガイアBH3”が太陽の約33倍もの質量を持つ理由が分かってきましたね。


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