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太陽のような恒星を周回する中性子星を発見! 非常に珍しい組み合わせの連星が21組も… 気になるのは超新星爆発による影響

2024年07月22日 | 宇宙 space
天の川銀河にある恒星の約半数は、2個以上の星が互いを回り合う“連星系”として生まれることが知られていて、これまでに見つかっている太陽系外惑星でも、2個以上の太陽を持つものはいくつも存在しています。

私たちの太陽は一匹狼ですが、太陽のような多くの恒星が似たような恒星の周りを回っているのがよく見られるんですねー
ブラックホールも、しばしば互いの周りを回っていることがあります。

その中で非常に珍しい組み合わせの一つが、太陽のような恒星と中性子星と呼ばれる死んだ恒星の組み合わせです。

今回の研究では、太陽のような恒星の周りを公転している21個の中性子星らしきものを見つけています。

中性子星は、太陽よりも数十倍重い星が、その一生の最期に超新星爆発(II型超新星爆発)を起こすことで残される、強大な重力を持つ天体。
単体では非常に暗いので、通常は直接検出することはできません。

でも、中性子星が太陽のような恒星の周りを公転すると、中性子星の重力で恒星が引っ張られ前後にズレる原因となります。
このズレによる位置と速度の変化から、中性子星の存在を検出することができる訳です。

そこで、本研究では、暗い中性子星の集団を検出するために、ヨーロッパ宇宙機関のガイア・ミッションのデータを使用し特徴的なズレを検出しました。

“ガイア”は、可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定しているので、非常に珍しい天体でも発見できたようです。
この研究はカリフォルニア工科大学のKareem El-Badryさんを中心とする研究チームが進めています。
本研究の詳細は、“The Open Journal for Astrophysics”誌に“A population of neutron star candidates in wide orbits from Gaia astrometry”として掲載されました。DOI: 10.33232/001c.121261
図1.高密度の中性子星と通常の太陽型恒星(左上)からなる連星系(イメージ図)。本研究では、ヨーロッパ宇宙機関のガイア・ミッションのデータを使って、このような連星系をいくつか発見している。これらの星系の天体は遠く離れていて、その距離の平均は太陽型恒星の大きさの300倍もあるので、中性子星は休眠状態にあり、伴星から活発に質量を奪っておらず、そのため非常に暗い。これらの隠れた中性子星を見つけるため、ガイア・ミッションのデータを使用。軌道を回る中性子星の引っ張り作用によって引き起こされる、太陽型恒星の位置のズレを探した。これらは、純水に重力の影響によって発見された最初の中性子星となる。(Credit: Caltech/R. Hurt (IPAC))
図1.高密度の中性子星と通常の太陽型恒星(左上)からなる連星系(イメージ図)。本研究では、ヨーロッパ宇宙機関のガイア・ミッションのデータを使って、このような連星系をいくつか発見している。これらの星系の天体は遠く離れていて、その距離の平均は太陽型恒星の大きさの300倍もあるので、中性子星は休眠状態にあり、伴星から活発に質量を奪っておらず、そのため非常に暗い。これらの隠れた中性子星を見つけるため、ガイア・ミッションのデータを使用。軌道を回る中性子星の引っ張り作用によって引き起こされる、太陽型恒星の位置のズレを探した。これらは、純水に重力の影響によって発見された最初の中性子星となる。(Credit: Caltech/R. Hurt (IPAC))


形成されることが非常に難しい連星系

中性子星は、太陽質量の約8倍以上の質量を持つ大質量星が、その一生の最期に超新星爆発(II型超新星爆発)を起こすことで残される、強大な重力を持つ天体です。

一方、太陽型恒星は、太陽程度の質量を持つ恒星で、その寿命は大質量星に比べてるとはるかに長いものになります。
この質量と寿命の違いが、中性子星と太陽型恒星の連星系形成を困難にしています。

大質量星は、その進化の過程で赤色巨星と呼ばれる巨大な星へと変化します。
この時、もし大質量星が連星系を形成していると、伴星である太陽型恒星は、赤色巨星の膨張した外層に飲み込まれる可能性があるんですねー
飲み込まれた太陽型恒星は、赤色巨星の外層との摩擦によってエネルギーを喪失。
最終的には、赤色巨星の中心核に落下することも考えられます。

その後、赤色巨星が超新星爆発を起こすと、莫大なエネルギーが放出され、周囲に衝撃波が伝搬します。
この衝撃波は、伴星である太陽型恒星に大きな影響を与え、連星系を破壊する可能性もあります。
これまでの理論では、この超新星爆発によって中性子星は高速で吹き飛ばされ、太陽型恒星は反対方向に放出されると考えられます。

このような理由から、中性子星と太陽型恒星による連星系は、形成されることが非常に難しいと考えられてきました。
実際に、これまで発見された中性子星の多くは、単独で存在しているか、白色矮星やパルサー(中性子星の一種)などのコンパクトな天体との連星系を形成していることがほとんどでした。


天の川銀河の精密な3次元マップ作り

ガイア・ミッションは、ヨーロッパ宇宙機関が主導する天体観測プロジェクトで、その目的は天の川銀河の精密な3次元マップを作ることです。
位置天文衛星“ガイア”により、天の川銀河内の数十億個の星の位置、距離、運動を高精度で測定し記録しています。

このミッションでは、可視光線の波長帯で観測を行い、10憶個以上の天の川銀河の恒星の位置と速度を三角測量の原理に基づいて測定。
測定精度は10マイクロ秒角(1度の1/60の1/60の1/10マンの角度)で、これは地球から月面の1円玉を数えられる精度になります。

ガイア・ミッションでは、星の位置を長期間にわたって精密に測定することで、その星の周りを公転する惑星の重力で、恒星が引っ張られることによる、わずかな“ふらつき”から惑星の存在を検出しています。

この手法は、質量の大きな天体ほど、伴星に与える影響が大きいので、検出しやすいという特徴があります。
中性子星は太陽質量の約1.4倍という非常に大きな質量を持っているので、伴星の太陽型恒星に大きな“ふらつき”を与えることになり、中性子星の検出が可能となる訳です。


太陽型恒星の周りを公転している天体が中性子星だとする理由

このような手法によりガイア・ミッションからは、太陽型恒星の周りを公転している可能性のある天体が多数発見されています。
これらの候補天体に対しては、地上の望遠鏡を用いた分光観測が行われ、その正体が詳しく調べられています。

分光観測では、星の光をスペクトルに分解することで、その星の速度や化学組成、最小質量、公転周期などを調べることができます。
その結果、候補天体の質量が白色矮星の上限に近いことが分かりました。
このことが示唆しているのは、候補天体が中性子星であること。
なぜなら、中性子星は白色矮星よりもはるかに密度が高く、質量が大きいからです。

さらに、連星系における天体間の距離が、平均して太陽の大きさの約300倍もあること。
このような広い連星系は、中性子星誕生時の超新星爆発で中性子星と太陽型恒星が反対方向に飛び去る、という予測と一致します。
また、目に見えない天体というのも中性子星の条件に一致していました。

言い換えれば、白色矮星にしては質量が大きすぎる、広い連星系、他の種類の天体であることを示す光を放っていない、という理由から
中性子星と太陽型恒星の連星系であることが確認されたという訳です。

研究チームでは、ガイア・ミッションの観測データ“DR3(Data Release 3)”を用いて、太陽型恒星の周りを公転していると考えられる21個の中性子星候補を発見。
これらの候補天体は、いずれも太陽から約1キロパーセク(約3260光年)以内の距離に位置し、公転周期は100日から1000日と比較的長いことが分かっています。
大質量のコンパクトな中性子星が、より大きな太陽型恒星の周りを回っている連星系の動画。この高密度な中性子星の強い重力は、よりコンパクトなブラックホールの周りで起こるのと同じように、周りの空の見え方を歪ませる大きなゆがみ効果を生み出す。(Credit: Caltech/R. Hurt (IPAC))


連星系が破壊されない超新星爆発

ガイア・ミッションによる中性子星と太陽型恒星の連星系の発見は、これまでの連星系の進化モデルに再考を迫るものです。
それは、これまでの理論では、超新星爆発によって連星系は破壊されると考えられてきたからです。
でも、今回の発見は、必ずしもそうではないことを示唆していました。

それでは、連星系が破壊されない超新星爆発は存在するのでしょうか?
それには、超新星爆発が必ずしも球対象ではなく、非対称な爆発が起こる必要がありそうです。

非対称な爆発が起こると、中性子星は特定の方向に偏った速度で吹き飛ばされることになります。
もし、この速度が適切な方向と大きさであれば、中性子星は太陽型恒星との重力的な結合を維持するはずです。
そう、連星系として存続することが可能になるんですねー

また、超新星爆発が起こる前に、大質量星から大量の物質が放出される可能性もあります。
この物質放出は、連星系の軌道に影響を与え、超新星爆発後も連星系が存続する確率を高める可能性があります。

広い軌道を持つ連星中性子星の研究は、まだ始まったばかりです。
ガイア・ミッションによる観測は今後も継続されていくので、中性子星、そして宇宙進化における連星系の役割について、さらなる理解が進むことが期待されます。


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天の川銀河の中心部に中間質量ブラックホールを発見! 初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程の解明へ

2024年07月21日 | ブラックホール
近年、天文学の分野において、銀河中心部における中間質量ブラックホールの発見が相次いでいます。
これらの発見は、宇宙の進化、特に初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を解明する上で、極めて重要な意味を持つと考えられているんですねー

今回、研究チームは、天の川銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール“いて座A*(いてざエースター)”のすぐ近くにある星団の研究において、別の中間質量ブラックホールの兆候を発見しています。

中間質量ブラックホールは膨大な研究努力にもかかわらず、これまでに全宇宙で約10個しか見つかっていませんでした。

その中間質量ブラックホールは、ビッグバンの直後に形成されたと考えられていて、合体することで超大質量ブラックホールの“種”の役割を果たします。
このことから、中間質量ブラックホールは、ブラックホールの進化過程を理解する上で重要なカギを握ると考えられています。

さらに、今回の発見は、中間質量ブラックホールの形成場所や、その成長過程を解明する上でも、貴重な手掛かりとなる可能性があります。
この研究は、ケルン大学 物理学研究所のFlorian Peißker博士を中心とする国際研究チームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に“The Evaporating Massive Embedded Stellar Cluster IRS 13 Close to Sgr A*. II. Kinematic structure”として掲載されました。DOI:10.3847/1538-4357/ad4098
図1.超大型望遠鏡“VLT”搭載の補償光学装置“NACO”とアルマ望遠鏡が観測した星団“IRS13”。(Credit: The Astrophysical Journal (2024). DOI: 10.3847/1538-4357/ad4098)
図1.超大型望遠鏡“VLT”搭載の補償光学装置“NACO”とアルマ望遠鏡が観測した星団“IRS13”。(Credit: The Astrophysical Journal (2024). DOI: 10.3847/1538-4357/ad4098)


観測的な証拠が乏しく謎に包まれたブラックホール

ブラックホールは、極めて高密度かつ大質量なので、その重力によって光さえも脱出できない天体のことです。
そのブラックホールも、質量によって“超大質量ブラックホール”、“中間質量ブラックホール”、“恒星質量ブラックホール”の3種類に分類されています。

質量によって分類される3種類のブラックホール

 1.恒星質量ブラックホール
太陽の数倍から数十倍の質量を持つ、比較的小さなブラックホール。
大質量の恒星がその一生の最期に、自身の重力によって崩壊して形成されると考えられている。
 2.中間質量ブラックホール
太陽の数百倍から数万倍の質量を持つブラックホール。
恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールの中間に位置し、その形成過程や進化についてはまだ多くの謎が残されている。
 3.超大質量ブラックホール
太陽の数百万倍から数十億倍という、非常に大きな質量を持つブラックホール。
ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられていて、銀河の進化と密接に関係していると考えられている。

中間質量ブラックホールは、その存在が長らく予測されていても、観測的な証拠が乏しく、その形成過程や宇宙における役割が謎に包まれていました。

でも、近年の観測技術の進歩により、その存在を示唆する観測結果が得られるようになり、天文学の分野で大きな注目を集めています。


天の川銀河の中心部で見つけた中間質量ブラックホールの証拠

天の川銀河の中心にあると考えられている中間質量ブラックホールは、星団“IRS 13”の中にある電離したガスの回転をアルマ望遠鏡で観測することで発見されました。
研究チームは、E3と呼ばれる星の位置をサブミリ波で観測することで電離ガスの環を発見しています。

このガスの環は、-200km/sから+200km/sの速度でE3の周りを回転。
電離ガスのこの回転は、その場に大質量天体、この場合は中間質量ブラックホールが存在することを示す有力な証拠となっています。

この中間質量ブラックホールの質量の推定は、太陽の約3×104倍とされています。
そのスペクトルエネルギー分布(SED)は、2~10keV帯域のX線放射とミリ波放射をよく再現する、放射非効率性降着流(ADAF)モデルと一致。
このモデルは、中間質量ブラックホールの存在をさらに裏付けるものでした。

でも、中間質量ブラックホールの存在を確認し、“IRS 13”内の星団メンバーの性質をさらに検証するには、今後ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡と超大型望遠鏡“VLT”の高解像度画像分光器“ERIS”による観測が必要となります。


どうやって中間質量ブラックホールは形成されるのか

中間質量ブラックホールの形成過程については、いくつかのシナリオが提唱されていますが、未だ明確な結論は出ていません。
提唱されている主なシナリオとして、以下の3つが挙げられます。

 1.巨大分子雲の重力崩壊
宇宙初期に存在した巨大なガス雲である巨大分子雲が、自身の重力によって収縮し、中心部で中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

 2.星団内部での大質量星の合体
星団内部で、複数の重い星が衝突・合体を繰り返すことで、中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

 3.初期宇宙における密度ゆらぎの成長
ビッグバン直後の宇宙に存在したわずかな密度のゆらぎが成長し、中間質量ブラックホールが形成されたとするシナリオ。

これらのシナリオは、それぞれ観測結果や理論的な裏付けを持つ一方で、未解明な部分も多く残されています。
今後の研究により、これらのシナリオのどれが正しいのか、あるいは全く新しいシナリオが提唱されるのかが、明らかになっていくと期待されています。


今後の研究で期待される進展

中間質量ブラックホールの発見は、宇宙の進化、特に初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程を理解する上で、非常に重要な意味を持つと考えられています。
このため、今後の研究で期待される進展について以下に挙げていきます。

 1.初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程の解明
現在の宇宙論において、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成過程は大きな謎として残されています。
その謎を解明する上で、中間質量ブラックホールは重要なカギを握ると考えられています。

研究チームでは、ビッグバンの直後に形成された多数の中間質量ブラックホールが、互いに合体を繰り返すことで、超大質量ブラックホールへと成長したというシナリオを提唱しています。
このシナリオは、現在の宇宙で観測される超大質量ブラックホールの質量分布を説明できる可能性を秘めています。

今回の発見を皮切りに、今後天の川銀河中心部においてより多くの中間質量ブラックホールの探査が進められることが期待されます。
その結果、中間質量ブラックホールの質量分布や進化段階に関する詳細な情報が得られる可能性があり、初期宇宙における超大質量ブラックホールの形成シナリオの検証に大きく貢献すると考えられます。

 2.天の川銀河中心部の星形成史の解明
中間質量ブラックホールは、その周囲の星形成活動にも影響を与えていると考えられています。
このため、今回の発見は、天の川銀河中心部の星形成史の解明にも新たな視点をもたらすことが期待されます。

本研究では“IRS 13”と呼ばれる星団が、天の川銀河中心部に向かって移動しながら星形成を行ってきた可能性が示唆されました。

また、星団“IRS 13”形成過程、天の川銀河中心部への移動経路、そして中間質量ブラックホールとの関連性を探ることで、天の川銀河中心部の星形成史における中間質量ブラックホールの役割を明らかにできると期待されます。

 3.中間質量ブラックホールの形成メカニズムの解明
中間質量ブラックホールの形成メカニズムは、現代天文学における未解決問題の一つで、今回の発見は、その謎に迫るための重要な手掛かりを与えてくれるはずです。

今回の発見を機に、中間質量ブラックホールの周囲の環境や、その質量降着率などの詳細な観測が進められると期待されます。
それらの観測データに基づいて、それぞれの形成シナリオを検証することで、中間質量ブラックホールの形成メカニズムの解明に近づけると考えられています。

 4.重力理論の検証
中間質量ブラックホールは、その強い重力場によって、アインシュタインの一般相対性理論を検証するための格好の舞台となります。

特に、中間質量ブラックホールの“ブラックホールシャドウ”の観測は、一般相対性理論の検証に有効だと考えられています。
ブラックホールシャドウとは、フラックホールの重力によって光が曲げられることで生じる、ブラックホール周辺の暗い領域のことです。

また、今後発展が期待される重力波天文学との連携によって、中間質量ブラックホールの合体イベントなどを観測できる可能性もあり、より直接的に一般相対性理論を検証できる可能性も秘めています。

今回の発見は、天の川銀河中心部のみにとどまらず、宇宙全体に対する理解を深める上での大きな一歩と言えます。
今後、更なる観測と理論研究が進められることで、私たち人類の宇宙に対する知見は、さらに広がっていくはずです。


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地球外生命の痕跡は木星の衛星エウロパと土星の衛星エンケラドスの表面付近で生き延びている可能性があるようです

2024年07月20日 | 地球外生命っているの? 第2の地球は?
木星の衛星エウロパと土星の衛星エンケラドスは、氷の外殻の下に海が存在していると考えられている天体です。
そして、その地下の海には生命の存在が期待されているんですねー

今回の実験が示唆しているのは、これらの海が生命を支えているのであれば、有機分子(アミノ酸、核酸など)の形でその生命の痕跡が、これらの惑星の過酷な放射線にもかかわらず、表面の氷のすぐ下で生き残ることができることでした。

もし、無人探査機が生命の兆候を探すためにこれらの衛星に送られれば、放射線によって変形したり破壊されたりしても生き延びたアミノ酸を見つけるために、それほど深く掘り下げる必要ないようです。

今回の実験に基づくと、エウロパでのアミノ酸の安全なサンプリング深度は、隕石の衝突によって表面があまり乱されていない領域の後半球(木星を周回するエウロパの運動方向と反対の半球)の高緯度地域で約20センチ。
エンケラドスでのアミノ酸の検出には、地下サンプルは必要ありません。
これらの分子は、エンケラドス表面の地表から数ミリ未満の任意の場所で放射線による分解に耐えられるようです。
この研究は、NASAのゴダード宇宙センターのAlexander A. Pavlovさんたちの研究チームが進めています。
図1.2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの南極付近の間欠泉。噴出口から水の氷と水蒸気が吹き上げている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)
図1.2009年に探査機“カッシーニ”が撮影したエンケラドスの南極付近の間欠泉。噴出口から水の氷と水蒸気が吹き上げている。(Credit: NASA/JPL/Space Science Institute)


エウロパとエンケラドスにおける表面付近の放射線環境

エウロパとエンケラドスの氷の地表は、生命が存在するには過酷な環境と言えます。
これは、惑星の磁場に閉じ込められた高速粒子と、深宇宙で発生する星の爆発などの強力なイベントの両方からの放射線によるものです。

エウロパでは、電離放射線は主に木星の放射線帯からの10KeV~100MeVのエネルギーを持つ高エネルギー電子と、より少ない範囲で陽子によって支配されています。

木星の磁気圏によって銀河宇宙線束の大部分は効果的に偏向され、13.1GeVを超えるエネルギーを持つ陽子と6.1GeVを超えるエネルギーを持つアルファ粒子のみが、エウロパの地表に到達することができます。

そして、木星の磁気圏よりもはるかに弱いのが土星の磁気圏です。
このため、エンケラドスでは銀河宇宙線は土星の磁気圏によって部分的にしか偏向されず、3GeVを超えるエネルギーを持つ陽子がエンケラドスの地表に到達することができます。

エンケラドスの地表における土星の放射線帯からの電子のフラックスは、エウロパの地表における高エネルギー電子のフラックスよりもはるかに弱いもの。
具体的には、約1MeVのエネルギーを持つエンケラドスの電子束は、エウロパの対応する電子束よりも約100倍小さく、6MeVの電子のエンケラドスの電子束は、エウロパの電子束よりも1000倍小さいと言えます。

いずれの種類の電離放射線粒子(電子、陽子、アルファ粒子、またはそれらの二次粒子)も、ターゲットの岩石または氷を透過する際に分子を破壊する可能性があります。

このことから、潜在的な有機分子バイオマーカーは、放射線分解によって破壊されるか、認識できないほど変化してしまう可能性があります。


有機物の放射線分解実験

今回の研究では、エウロパとエンケラドスにおける有機物の残存可能性を調べるため、アミノ酸を用いた放射線分解実験を実施しています。

アミノ酸は、地球上の生命がタンパク質を構成するために利用しているので、エウロパやエンケラドスで発見されれば、生命の存在を示唆する証拠となります。

実験では、アミノ酸を-196℃の氷に混ぜて密閉したバイアルにガンマ線を照射。
アミノ酸が分解される速度(放射線分解定数)を測定しています。

過去の同様の実験では、アミノ酸を完全に分解してしまうような高い線量のガンマ線が用いられていました。
でも、今回の実験では、アミノ酸が部分的に変化してしまうだけで生命の痕跡であるかどうかを判断できなくなるという点に着目。
より低い線量のガンマ線が用いられています。

また、微生物の細胞から抽出されたアミノ酸や、ケイ酸塩ダストと混合したアミノ酸を用いた実験も実施。
これは、エウロパやエンケラドスの表面では、隕石の衝突や内部からの物質の噴出によって、ケイ酸塩ダストと氷が混ざり合っている可能性があるためでした。


なぜ、純粋なアミノ酸以外の放射線分解も調べるのか

本研究では、エウロパやエンケラドスの氷の中にあるバイオマーカーの放射線分解をシミュレートするために、純粋なアミノ酸ではなく、死んだ微生物中のアミノ酸の放射線分解を調べています。

その理由は、もしエウロパやエンケラドスに生命が存在するとすれば、バイオ分子は個々の遊離分子としてだけでなく、細胞構造の一部としても氷に組み込まれていると予測されるからです。

氷の中に溶けている死んだ細胞の一部である有機分子の放射線分解率は、氷のマトリックスに溶けている同じ遊離有機分子の放射線分解率とは異なる可能性があります。

例えば、死んだ細胞内のバイオ分子は、細胞膜によって放射線分解によって生成された酸化剤から部分的に保護され、その結果、分解が遅くなる可能性があります。

放射線分解の速度が遅ければ、将来の生命探査ミッションに必要な掘削深度が浅く済むことになります。

本研究では、死んだ細胞内のアミノ酸が、純粋なアミノ酸と比較して、放射線分解に対してどのように反応するのかを調べています。
その結果、バクテリアの細胞物質が、放射線によって生成された反応性化合物からアミノ酸を保護している可能性があることが分かりました。

また、アミノ酸はケイ酸塩ダストと混合すると放射線分解が促進されることも明らかになっています。


どの領域をどこまで掘削すればよいのか

惑星の自転方向に対して、進行方向の反対側にある半球のことを後半球と言います。
エウロパの後半球は、公転運動の進行方向に対して反対側に位置していて、特に高緯度地域では、隕石の衝突が少ないので、アミノ酸などの有機物が比較的多く残っている可能性があります。

具体的には、表面から約20センチの深さまで掘削すれば、アミノ酸の10%が放射線分解を逃れて残っている可能性があることが示されました。
これは、後半球が、進行方向に向いている半球(前半球)に比べて、隕石の衝突頻度が低いためだと考えられています。

でも、後半球だからと言って、どこでも有機物が残存している訳ではありません。
エウロパの表面は場所によって放射線量が大きく異なり、後半球の高緯度地域以外では、有機物が分解されてしまう可能性が高いことが指摘されているためです。

一方、エンケラドスでは表面から数ミリの深さまでであれば、アミノ酸は放射線分解に耐えて残存できることが示されました。
これは、土星の磁場によって銀河宇宙線が遮られること、そしてエンケラドスの南極付近から噴出するプルーム(水柱)によって、地下海の物質が頻繁に表面に供給されているためだと考えられます。


将来の探査ミッションに向けて

これらの実験結果は、将来のエウロパやエンケラドスでの探査ミッションにおいて、生命の痕跡を探すための重要な手掛かりとなります。

エウロパやエンケラドスにおける生命探査をさらに進展させるために重要となるのは、“より詳細な放射線環境の調査”、“さまざまな有機物を用いた放射線分解実験”、“探査機による現地の調査”です。

特に、エウロパの“Europa Lander”やエンケラドスの探査計画などの将来のミッションでは、これらの実験結果を踏まえて、生命の痕跡を探すのに最適な掘削深度を決定する必要があります。

今回の実験結果が示唆しているのは、エウロパやエンケラドスといった氷天体の表面付近にも、放射線分解を逃れた有機物が残存している可能性でした。
このことは、将来の生命探査に向けて重要な知見と言えます。


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ホットジュピターは高偏心移動によって形成される? これまでに発見されたどの惑星の軌道よりも離心率が大きいガス惑星を発見

2024年07月19日 | 宇宙 space
木星ほどの質量を持つガス惑星が、主星の恒星から極めて近い軌道(わずか0.015~0.5au程度:1天文単位auは太陽~地球間の平均距離)を、高速かつ非常に短い周期(わずか数日)で公転する天体があります。
主星のすぐそばを公転し表面温度が非常に高温になるので、灼熱の木星型惑星“ホットジュピター”と呼ばれていて、系外惑星の発見初期に多く見つかっていました。

ちなみに、太陽系最大の惑星である木星は、太陽の周りを約4000日かけて公転しています。
同じようなガス惑星なのに、如何にホットジュピターの公転周期が短いのかが分かりますね。

これまでの研究から、ホットジュピターは当初から高温の環境にはなく、“コールドジュピター”として、より寒冷で遠い場所で形成されたのではないかと考えられています。
でも、どのようにして現在観測されているような、主星に接近したガス惑星へと進化したのかは、大きな謎になっています。
この研究は、ペンシルベニア州立大学とNSF国立赤外線天文学研究所(NSF NOIRLab)のArvind Guptaさん、マサチューセッツ工科大学(MIT)の学部生Haedam Imさんたちの研究チームが進めています。
本研究の詳細は、イギリスの科学雑誌“Nature”に“A hot-Jupiter progenitor on a super-eccentric retrograde orbit”として掲載されました。
図1.コールドジュピターからホットジュピターになる途中のガス惑星“TIC 241249530 b”のイメージ図。(Credit: NOIRLab/NSF/AURA/J. da Silva.)
図1.コールドジュピターからホットジュピターになる途中のガス惑星“TIC 241249530 b”のイメージ図。(Credit: NOIRLab/NSF/AURA/J. da Silva.)


どの惑星の軌道よりも離心率が大きい惑星

今回の研究では、地球から約1100光年彼方の恒星を167日周期で公転している、“TIC 241249530 b”というホットジュピター形成途上の惑星を発見しています。

“TIC 241249530 b”が周回しているのは離心率が大きい軌道、つまり楕円形の軌道でした。
離心率とは、公転軌道が真円からどの程度離れているのかを示す値。
真円は0、楕円は0よりも大きくて1よりも小さく、放物線は1、双曲線は1よりも大きくなります。

“TIC 241249530 b”の離心率は0.94と大きく、主星の恒星に非常に接近した後、遠く離れた場所場まで移動し、再び戻ってくるという動きを繰り返しています。

もし、“TIC 241249530 b”が太陽系内に存在したとすると、太陽から水星までの距離の10分の1まで接近し、その後地球の軌道を超えたあたりまで離れ、再び太陽に近づくという軌道を描くことになります。

研究チームの推定によると、“TIC 241249530 b”の軌道は、これまでに発見されたどの惑星の軌道よりも離心率が大きいそうです。


“TIC 241249530 b”の軌道離心率が大きい理由

“TIC 241249530 b”が公転している主星は、太陽よりもわずかに高温で、大きく、重い主系列星“TIC 241249530”です。
この恒星は、太陽の約1.24倍の質量と1.404倍の半径を持っていて、年齢は約32億年と推定されています。

また視線速度の測定から、この恒星が連星系の一部であることが明らかになっています。
“TIC 241249530 b”の主星には、“TIC 241249532”という伴星が存在し、この伴星は投影距離で1664AU離れたところに位置しています。

連星系とは、2つの恒星がお互いの重力で結びつき、共通の重心を中心に公転している天体のこと。
“TIC 241249530 b”の軌道離心率が大きいのは、この連星系の伴星の重力相互作用によって軌道が徐々に変化したためと考えられています。

現在の“TIC 241249530 b”の軌道は、楕円形をしていて、主星の周りを1周するのに約167日かかっています。

研究チームが予測しているのは、10億年後に“TIC 241249530 b”は、より短期間で、より真円に近い軌道に移動していること。
その時点で、“TIC 241249530 b”は完全にホットジュピターへと進化を遂げていると考えられます。


軌道はどのようにして進化していくのか

今回の研究では、“TIC 241249530 b”の軌道がどのようにして進化してきたのか、そして今後数億年の間にどのように進化していくのかを調べるため、惑星の軌道力学のシミュレーションを行っています。

研究チームは、惑星“TIC 241249530 b”、主星“TIC 241249530”、そしてもう一つの近接した恒星“TIC 241249532”との間の重力相互作用をモデル化。
2つの恒星“TIC 241249530”と“TIC 241249532”が連星系で互いに公転しているのに対し、惑星“TIC 241249530 b”はより近いほうの恒星“TIC 241249530”を周回していることを観測していました。
この2つの軌道の構成は、サーカスのパフォーマーが腰の周りにフープを回し、手首の周りに別のフープを回しているようなものでした。

そこで本研究では、それぞれ異なる初期条件を設定した複数のシミュレーションを実施。
どの条件が数十億年かけて進化すると、現在観測されている惑星と恒星の軌道の構成になるのかを調べています。

そして、最も近い結果を得られたシミュレーションを現在から未来へと進めています。
これは、この2つの軌道の構成が、今後数十億年の間にどのように進化していくのかを予測するためでした。

シミュレーションで明らかになったのは、“TIC 241249530 b”がホットジュピターへと進化する過程にある可能性が高いことです。
数十億年前、“TIC 241249530 b”は主星から遠く離れた寒冷な領域で、円軌道を描きながら公転する“コールドジュピター”として形成されました。

でも、主星と伴星の軌道系射角がズレていたので、その重力相互作用により“TIC 241249530 b”の軌道は徐々に歪み、離心率が大きくなっていきました。

シミュレーションでは、さらに10億年後の軌道も示されています。
この時、惑星“TIC 241249530 b”の軌道は、主星“TIC 241249530”の潮汐力によって極めて近い円軌道で安定し、惑星は完全にホットジュピターになるはずです。


高偏心移動によってホットジュピターが形成される

研究チームによる観測と、惑星の進化に関するシミュレーションは、ホットジュピターが高偏心移動によって形成されるという説を裏付けるものになります。

高偏心移動とは、惑星の軌道が他の恒星や惑星との相互作用によって時間の経過とともに徐々に変化し、その結果、軌道が大きく変化するプロセスです。
このプロセスでは、惑星の軌道はぐらつき、徐々に縮小していきます。

今回の発見だけでなく、他の統計的研究からも、ホットジュピターの一部は高偏心移動によって形成されたはずであることが明らかになっています。

“TIC 241249530 b”の発見と、その後の軌道進化のシミュレーションは、ホットジュピターがどのように形成されるかについて重要な手掛かりを提供しています。
この発見は、太陽系外惑星がいかに多様性に富んでいて、その形成過程が複雑であることを示す好例と言えます。


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ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が明かす褐色矮星の嵐と複雑な大気構造

2024年07月18日 | 褐色矮星
褐色矮星は、木星のような巨大ガス惑星と太陽のような恒星との中間的な性質を持つ天体で、その性質が注目されてきました。

“WISE 1049AB”は地球から最も近い褐色矮星の連星系で、その近さと明るさから、褐色矮星の詳細な研究に最適な天体として知らています。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光装置“NIRSpec”と中間赤外線観測装置“MIRI”を用いて“WISE 1049AB”を観測。
“WISE 1049AB”の大気組成、時間変動、およびそれらの波長依存性を詳細に調査しています。

本研究により、褐色矮星の大気機構や天候に関する理解は飛躍的に進歩しました。
今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による更なる観測や、より高度な大気モデルを用いた解析により、褐色矮星の気象条件と大気機構の理解が飛躍的に進むことが期待されています。
この研究は、エディンバラ大学のBeth A Biller教授を中心とした研究チームが進めています。
本研究の詳細は、天文学と天体物理学の研究を取り扱う査読付きの学術雑誌“Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(王立天文学会月報)”に掲載されました。
図1.地球に最も近い褐色矮星“WISE 1049AB”のイメージ図(メイン写真)。(Credit: ESO-I. Crossfield-N. Risinger)褐色矮星の荒天のイメージ図(挿入図)(Credit: NASA. Secondary Creator Credit: NASA—JPL-Caltech—University of Western Ontario—Stony Brook University—Tim Pyle)
図1.地球に最も近い褐色矮星“WISE 1049AB”のイメージ図(メイン写真)。(Credit: ESO-I. Crossfield-N. Risinger)褐色矮星の荒天のイメージ図(挿入図)(Credit: NASA. Secondary Creator Credit: NASA—JPL-Caltech—University of Western Ontario—Stony Brook University—Tim Pyle)


巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体

褐色矮星は、巨大ガス惑星と恒星の中間に属する天体で、その重さは木星の13倍から80倍あります。

そのような質量の天体では、(恒星と異なり)水素の核融合が起こらず、(惑星と異なり)重水素やリチウムの核融合が起こりますが、存在量が非常に少ない原子核を素にしている反応なので、すぐに停止してしまうことに…
その後は、赤外線放射をしながらゆっくりと冷えていくことになります。

一方、質量以外では、重い惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を示すと考えられています。
褐色矮星は高温のタイプでも表面温度は2000度未満で、なかには100℃を下回って水の雲を持つ例すらあります。
この点で、褐色矮星は巨大ガス惑星の非常に重いタイプとみなすことができます。

“褐色矮星”は、恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の興味深い星です。
木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を持つと期待されるので、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも褐色矮星は重要な存在と言えます。

褐色矮星には、宇宙空間を単独で漂う“孤立型”と、恒星を周回する“伴星型”の2種類が存在しています。
また、“褐色矮星”の一部は、強力な磁場を持つことが知られていますが、その正確な起源は分かっていません。


褐色矮星の大気中に存在する分子の検出

これまでの地上望遠鏡では、地球の大気に吸収されてしまうので赤外線波長域での観測が困難でした。

そこに登場したのが、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用の“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”です。
2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、赤外線観測に特化した高性能な望遠鏡で、宇宙空間から地球大気の干渉を受けずに観測を行うことができました。

約6光年という宇宙スケールでは非常に近い距離に位置する褐色矮星の連星系“WESE 1049AB”を、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高い感度と高分解能によって、大気中に存在する水(H2O)、メタン(CH4)、一酸化炭素(CO)などの分子を明確に検出することに成功。
これらの分子は、褐色矮星の大気の温度、圧力、化学組成などを理解する上で重要な指標となります。

さらに、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データから明らかになったのは、“WISE 1049AB”の大気が時間とともに大きく変化すること。
これは、これまでの褐色矮星の観測ではとらえることができなかった、大気中の雲の動きや嵐の発生を示唆していました。


多層構造を持つ褐色矮星の大気

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データの詳細な解析から、“WISE 1049AB”の大気には複数の層が存在し、それぞれの層で異なる物理状態を持つことが明らかになりました。
これは、褐色矮星の大気がこれまで考えられていたよりも、複雑な構造を持つことを示唆しています。

それぞれで以下のようなことが明らかになっています。

WISE 1049A
  1. 水蒸気の吸収線が顕著に見られることから、大気中には水蒸気が豊富に存在することを示唆している。
  2. 8.5μm以上の波長域ではスペクトルが平坦になる傾向があり、これは小さなケイ酸塩粒子でできた雲の存在を示唆している。
  3. 時間変動は、WISE 1049Bと比較して小さく、比較的安定した大気状態を持つことが考えられる。

WISE 1049B
  1. WISE 1048Aと比較して、水蒸気の吸収線が弱く、メタンの吸収線が強くみられることから、WISE 1049Aよりも低温であることが示唆される。
  2. 8.5μm以上の波長域ではスペクトルが急激に減少していて、これはWISE 1049Aとは異なる大気構造を持つことを示唆している。
  3. WISE 1049Aと比較して、時間変動が大きく、活発な大気活動を持つことが考えられる。
  4. 特に、2.3μm以下と8.5μm以上の波長域では二重ピーク型の変動が見られ、4.2μmから8.5μmの波長域では単一ピーク型の変動が見られる。

これらのことから、“WISE 1049AB”の大気に見られる時間変動は、大気中に存在する雲の不均一な分布や、大気循環による雲の放射フィードバック、非平衡化学反応によって生じるホットスポットなどが原因として考えられます。

また、褐色矮星の大気中では、ケイ酸塩などの物質が凝縮して雲が形成されます。
この雲の分布が不均一な場合、褐色矮星の明るさや色が時間とともに変化すると考えられます。

褐色矮星の大気中では、地球の大気と同様に、対流や風などの大規模な循環が発生しています。
この大気循環によって雲の分布が変化し、それがさらに大気循環に影響を与えるというフィードバック機構が働くことが考えられます。

褐色矮星の大気中では、恒星のように一様に加熱されている訳ではなく、場所によって温度が異なる場合があります。
このような温度差によって、特定の化学反応が促進され、周囲よりも高温になるホットスポットが形成されることがあるようです。

“褐色矮星”は、恒星と惑星の中間の質量を持つ、太陽系には存在しない種類の興味深い星です。
木星のような巨大惑星と軽い褐色矮星は、ほとんど同じ性質を持つと期待されるので、巨大惑星の進化や大気を調べる上でも褐色矮星は重要な存在になります。

本研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡により、褐色矮星の大気機構や天候に関する理解が飛躍的に進歩しました。
今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いたさらなる観測や、より詳細な理論モデルの構築によって、褐色矮星の大気の謎が、さらに解明されていくことが期待されています。

特に、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は“WISE 1049AB”のような比較的地球に近い褐色矮星だけでなく、より遠くにある褐色矮星や、褐色矮星よりもさらに質量の小さい天体“自由浮遊惑星”の大気の観測も可能にしてくれるはずです。

これらの観測を通して、惑星と恒星の形成過程や、惑星系における多様性に関する理解が深まることが期待されます。


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