宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の中心部に中間質量ブラックホールの強力な証拠 太陽の8200倍の質量を持つようです

2024年07月12日 | ブラックホール
今回の研究では、20年以上にわたるハッブル宇宙望遠鏡の観測データから、天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の中心に、太陽の8200倍の質量を持つ中間質量ブラックボールが存在する強力な証拠が発見しています。

この発見は、ブラックホールの進化におけるミッシングリンクと考えられている中間質量ブラックホールの形成と成長に関する重要な手掛かりとなるはずです。
この研究は、マックス・プランク天文学研究所のNadine Neumayerさんたちの研究チームが進めています。
図1.今回の研究では、ハッブル宇宙望遠鏡が20年以上に渡って撮影した500枚以上のオメガ星団の画像データが使用。天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の最も内側にある7つの高速で動く星を検出している。これらの恒星は、中間質量ブラックホールの存在を示す有力な新証拠となる。(Credit: ESA/Hubble & NASA, M. Häberle (MPIA))
図1.今回の研究では、ハッブル宇宙望遠鏡が20年以上に渡って撮影した500枚以上のオメガ星団の画像データが使用。天の川銀河最大の球状星団“オメガ星団”の最も内側にある7つの高速で動く星を検出している。これらの恒星は、中間質量ブラックホールの存在を示す有力な新証拠となる。(Credit: ESA/Hubble & NASA, M. Häberle (MPIA))


天の川銀河の中で最大の球状星団

オメガ星団(NGC 5139)は、ケンタウルス座の方向約1万7700光年彼方に位置する球状星団です。
肉眼でも観測が可能で、南半球の星空観察の愛好家にとって人気のある天体一つでもあります。

球状星団は、星団のうち数百万個以上の恒星が重力で集合し、概ね球状の形をとったものを球状星団と呼びます。
数百光年以内に数万個以上の恒星が密集しています。
オメガ星団を構成する星々の数は約1000万個で、その規模は天の川銀河の中で最大の天体になります。

オメガ星団は、その巨大な規模だけでなく、他の球状星団とは異なるいくつかの特徴を持っています。
例えば、通常の球状星団よりも高速で回転していて、その形状は著しく平坦です。
また、他の大きな球状星団に比べて約10倍も大きく、小さな銀河に匹敵するほどの質量を持っています。

これらの特徴は、オメガ星団が過去に経験した複雑な進化の歴史を示唆していて、その中心に中間質量ブラックホールが存在する可能性を高めるものとなっています。


確実な発見例がほとんど無いブラックホール

ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”が存在すると考えられています。

私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。

また、大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”も宇宙には多数存在しています。

一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無いブラックホールもあります。
それが、太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”です。

超大質量ブラックホールは、恒星質量ブラックホールが合体を繰り返すことで形成されたとも考えられています。
なので、この2つのブラックホールの中間くらいの質量を持つ中間質量ブラックホールもあるはずなんですねー

このことから、中間質量ブラックホールは、ブラックホールの進化過程を理解する上で重要なカギを握ると考えられています。
でも、これまでその候補天体は、ごくわずかしか発見されていませんでした。

今回のオメガ星団における発見は、中間質量ブラックホールの形成場所や、その成長過程を解明する上で、貴重な手掛かりとなる可能性があります。

質量によって分類される3種類のブラックホール

1.恒星質量ブラックホール
太陽の数倍から数十倍の質量を持つ、比較的小さなブラックホール。
大質量の恒星がその一生の最期に、自身の重力によって崩壊して形成されると考えられている。
2.中間質量ブラックホール
太陽の数百倍から数万倍の質量を持つブラックホール。
恒星質量ブラックホールと超大質量ブラックホールの中間に位置し、その形成過程や進化についてはまだ多くの謎が残されている。
3.超大質量ブラックホール
太陽の数百万倍から数十億倍という、非常に大きな質量を持つブラックホール。
ほとんどの銀河の中心に存在すると考えられていて、銀河の進化と密接に関係していると考えられている。


何らかの強い重力源の影響を受けている7つの星

ブラックホールは、極めて高密度で強い重力を持つ天体で、光さえも脱出できないので直接観測することはできません。
そのため、ブラックホールその存在を知るためには、周囲の天体の動きへの影響から間接的に推測されてきました。

そこで、今回の研究では、ハッブル宇宙望遠鏡が20年以上に渡って撮影した、500枚以上のオメガ星団の画像データを使用。
これらの画像は、当初ハッブル宇宙望遠鏡の機器の調整を目的としたものでした。
それらの画像が結果的には、星団の中心付近の星の動きを長期間にわたって追跡するのに、理想的なデータセットになった訳です。

研究チームは、これらの画像データから、星団中心付近にある約140万個の星の速度を測定し、その動きを分析。
その結果、7つの星が星団の重力から脱出してしまうほどの非常に速い速度で移動していることが明らかになります。

これらの星は、通常の進化過程では説明できないほどの高速で移動していたんですねー
この7つの星の速度と軌道は、星団の中心に、目に見えない非常に重い天体が存在していることを強く示唆していました。

このことから研究チームが考えたのは、これらの星を星団の中心に繋ぎ止めている重力源は、中間質量ブラックホールである可能性が非常に高いということ。
最終的に本研究では、7つの星の高速な動きを説明するために、星団の中心に太陽の約8200倍の質量を持つ中間質量ブラックホールが存在すると結論付けています。

今回の発見は、中間質量ブラックホールの存在を示す強力な証拠と言えますが、まだ確認には至っていません。
このため、研究チームはブラックホールの質量や位置をより正確に特定するのに、さらなる観測を計画しています。

特に、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、オメガ星団の中心に位置するブラックホールの謎を解明する上で、重要な役割を果たすと期待されています。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、ハッブル宇宙望遠鏡よりも高い感度と解像度で観測することができるので、ブラックホール近傍の星の動きを、より詳細にとらえることが可能になります。

オメガ星団の中間質量ブラックホールの研究は、ブラックホールの形成と進化、そして銀河の形成と進化の関係を理解する上で、重要なカギを握っています。
今後の観測と研究の進展により、これらの宇宙の謎が解き明かされることが期待されます。


こちらの記事もどうぞ


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測が示唆 表面に液体の水が存在する可能性のある居住可能な氷の系外惑星

2024年07月11日 | 系外惑星
くじら座の方向約48光年彼方に位置する“LHS 11140”は、太陽の約5分の1の質量を持つ赤色矮星です。
この赤色矮星“LHS 1140”のハビタブルゾーン内を公転しているのが、“LHS 1140 b”という興味深い系外惑星です。

この惑星は、その大きさから、当初はミニネプチューン、つまり水素を主成分とする厚い大気の層を持つガス惑星だと考えられていました。
でも、近年の観測により、“LHS 1140 b”はミニネプチューンではなく、岩石や水に富むスーパーアースの可能性が高まってきたんですねー

そして、2023年12月に行われたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた観測により、“LHS 1140 b”の質量と半径がより正確に測定され、その組成に関する重要な情報が得られました。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測から示唆されたのは、太陽系外惑星“LHS 1140 b”が、表面に液体の水が存在する可能性のある、居住可能な氷の世界である可能性でした。
地球から約48光年離れた“LHS 1140 b”は、生命存在の可能性を探る上で、非常に興味深い研究対象となるようです。
この研究は、モントリオール大学の博士課程に在籍するCharles Cadieuxさんが率いる天文学者のチームが進めています。
本研究の成果は、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal Letter”に掲載が受領されました。
図1.系外惑星“LHS 1140 b”は、木星の衛星エウロパのように完全に氷に覆われた世界(左)かもしれないし、液体の海と曇った大気を持つ世界(中央)かもしれない。“LHS 1140 b”は地球の1.7倍の大きさ(右)で、太陽系外での液体の水の探査において有望視されている。(Credit: B. Gougeon/Université de Montréal)
図1.系外惑星“LHS 1140 b”は、木星の衛星エウロパのように完全に氷に覆われた世界(左)かもしれないし、液体の海と曇った大気を持つ世界(中央)かもしれない。“LHS 1140 b”は地球の1.7倍の大きさ(右)で、太陽系外での液体の水の探査において有望視されている。(Credit: B. Gougeon/Université de Montréal)


ハビタブルゾーンを公転するスーパーアース

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測から、太陽系外惑星“LHS 1140 b”が表面に液体の水が存在し、居住可能な氷の世界である可能性が示唆れました。
このため、くじら座の方向約48光年彼方に位置する“LHS 1140 b”は、生命存在の可能性を探るうえで、非常に興味深い研究対象と言えます。

“LHS 1140 b”は、太陽の5分の1程度の大きさの赤色矮星“LHS 1140”のハビタブルゾーン内を公転するスーパーアース(地球より大きな岩石惑星)です。

表面温度がおよそ摂氏3500度以下の恒星を赤色矮星(M型矮星)と呼び、実は宇宙に存在する恒星の8割近くは赤色矮星で、太陽系の近傍にある恒星の多くも赤色矮星です。
太陽よりも小さく、表面温度も低いことから、太陽系の場合よりも恒星に近い位置にハビタブルゾーンがあります。

ハビタブルゾーンとは、恒星からの距離が程良く、惑星の表面に液体の水が安定的に存在できる領域。
この領域にある惑星では生命が居住可能だと考えられています。
太陽系の場合は地球から火星軌道が“ハビタブルゾーン”にあたります。


大気や水が存在する兆候

当初、“LHS 1140 b”はミニネプチューン、つまり水素を主成分とする厚い大気の層を持つガス惑星だと考えられていました。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡や赤外線天文衛星“スピッツァー”、ハッブル宇宙望遠鏡、トランジット惑星探査衛星“TESS”など、複数の宇宙望遠鏡による詳細な観測データから、“LHS 1140 b”はミニネプチューンではなく、岩石または水に富むスーパーアースであることが明らかになります。

2023年12月に実施されたジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測では、“LHS 1140 b”の重要な情報が得られています。
この観測データと、過去のハッブル宇宙望遠鏡、“スピッツァー”、“TESS”による観測データを組み合わせた結果、“LHS 1140 b”は地球の大気と同様に、窒素を豊富に含む大気を保持している可能性が示唆されました。

“LHS 1140 b”の分析結果からは、この惑星が岩石惑星としては予想よりも密度が低く、その質量の10%から20%が水で構成されている可能性も示唆されています。

さらに、“LHS 1140 b”の大気組成を決定するため、透過分光観測も実施されました。

地球から見て系外惑星“LHS 1140 b”が、主星“LHS 1140”の手前を通過(トランジット)している時に、系外惑星の大気を通過してきた主星のスペクトル“透過スペクトル”を調べています。

個々の元素は決まった波長の光を吸収する性質があるので、透過スペクトルには大気に含まれる元素に対応した波長で光の強度が弱まる箇所“吸収線”が現れることになります。

この“透過スペクトル”と“主星から直接届いた光のスペクトル”を比較することで吸収線を調べることができ、その波長から元素の種類を直接特定する訳です。

分析の結果からは、窒素が主成分である可能性も示唆されていて、これは“LHS 1140 b”が地球に似た大気を保持し、表面に液体の水が維持されている可能性を支持するものでした。


表面を覆う氷の下に存在する液体の海

現在のモデルによると、“LHS 1140 b”が地球に似た大気を持っている場合、惑星の表面は氷で覆われ、その下に液体の海が存在する可能性があります。

“LHS 1140 b”の自転と公転の周期は同期しているので、この海は常に恒星に面している領域がある“サブステラーポイント(恒星が天体の真上に位置する点)”に位置すると考えられています。
その直径は約4000キロと推定され、これは大西洋の表面積の約半分に相当します。
さらに、この海の表面温度は20℃という温暖な環境である可能性もあります。


さらなる観測への期待

“LHS 1140 b”は、ハビタブルゾーンに位置し、大気と液体の水の存在の可能性があることから、今後の居住可能性の研究にとって非常に有望な候補と言えます。

“LHS 1140 b”の大気について、窒素が豊富に含まれているかどうかを確認し、他のガスの有無を調べるには、さらなるジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測が必要となります。

特に、“LHS 1140 b”の二次大気の多様性を詳細に調査し、恒星の活動による影響を適切に評価するには、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線撮像・スリットレス分光器“NIRISS”/SOSSモードと近赤外線分光装置“NIRSpec”/G395の両方による広範囲な波長域をカバーする観測が不可欠となります。

これらの観測を通して、“LHS 1140 b”は地球を超えた生命の存在を解明するための重要な手掛かりを提供してくれる可能性があります。


こちらの記事もどうぞ


【三大流星群】夏の風物詩“ペルセウス座流星群”が今年もやってくる! 2024年の見頃はいつ? どの方角を見ればいいの?

2024年07月10日 | 流星群/彗星を見よう
“ペルセウス座流星群”は、12月の“ふたご座流星群”や1月の“しぶんぎ座流星群”と共に三大流星群と呼ばれていて、年間でも1,2を争う流星数を誇っています。

2024年の“ペルセウス座流星群”の活動が最も活発になる“極大”を迎えるのは、8月12日(月)23時頃と予想されています。
なので、多くの流星が見れそうなのは、12日深夜から13日未明にかけてになります。

11日から13日にかけての3夜でも普段よりも多くの流星が見れそうです。
いずれの夜も、21時頃から流星が出現し始め、夜半を過ぎて薄明に近づくにつれて流星の数が多くなることが予想されています。

予想極大時刻の12日23時頃は、それなりに多めの流星が見られそうです。
ただ、放射点がまだ低く、空の暗い場所で観察した場合の流星数は、1時間当たり25個程度…
最も多く流星が見れそうなのは、さらに放射点が高くなる13日の夜明け近く。
こちらは、空の暗い場所で観察したすると、1時間当たり40個程度の流星数が予想されています。

12日と14日の夜明け近くにも多めの流星数が予想され、空の暗い場所で1時間当たり20個程度の流星が見れそうです。

なお、各夜とも夜半前に月が沈もので、流星数が多くなる夜半から明け方までの時間帯は月明かりの影響がなく、良い条件で観察できそうです。

ただ、ウェザーニュースによると絶好の流星日和とはいかないようです。(2024.08.10更新)
低気圧や前線などの大きな転機の崩れは予想されていませんが、湿った空気の影響を受けやすい気圧配置が予想されているので、天気が好条件とはいい難い状況…
東日本から北日本の太平洋側では、日本の東に広がる太平洋高気圧の縁を回って流れ込む湿った空気により、雲が広がりやすい予想です。
中国東北区には前線を伴った低気圧が進んでくるので、九州などでは天気が下り坂になりそうです。
他の地域では雲が散在するものの、観測のチャンスがあるそうです。
図1.放射点が高くなる13日の夜明け近くだと最も多くの流星が見れそう。
図1.放射点が高くなる13日の夜明け近くだと最も多くの流星が見れそう。


夜空のどこを見ればいいの?

流星が、そこから放射状に出現するように見える点を“放射点”と呼びます。

流星群には、放射点の近くにある星座や恒星の名前が付けられています。
“ペルセウス座流星群”の場合はペルセウス座の辺りに放射点があるので、この名前が付けられたというわけです。

ただ、流星が現れるのは、放射点付近だけでなく、空全体なんですねー

流星は、放射点から離れた位置で光り始め、放射点とは反対の方向に移動して消えます。
いつどこに出現するかも分からないので、なるべく空の広い範囲を見渡すようにします。

あと、流星の数は放射点の高度が高いほど多くなり、逆に低いほど少なくなります。
なので、放射点が地平線の下にある時間帯には、流星の出現は期待できません。

また、目が屋外の暗さに慣れるまで、最低でも15分間ほどは観察を続けるといいですよ。

レジャーシートを敷いて地面に寝転んだり、背もたれが傾けられるイスに座ったり… 楽な姿勢で観察を楽しんでください。


“ペルセウス座流星群”とは?

“ペルセウス座流星群”は、少なくても2000年近くは継続して観測されている歴史ある流星群です。

記録も紀元前から始まり、様々なところで記録に残っていて、その量はかなり膨大なものになります。

約135年周期で太陽系を巡っているスイフト・タットル彗星(109P/Swift-Tuttle)が“ペルセウス座流星群”の母天体になります。
母天体とは、チリを放出して流星群の原因作っている天体のことです。

現在スイフト・タットル彗星は地球から遠く離れた位置にありますが、彗星から放出されたチリは彗星の軌道に広がって分布しているんですねー

地球は毎年同じ時期に、このスイフト・タットル彗星の軌道を通過。
軌道に残されたチリの帯に突入することで、チリが地球の大気圏に飛び込んで燃え尽きるところを流れ星として見ることになります。


こちらの記事もどうぞ


宇宙にジュエルリングを発見! ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が見つけたのは重力レンズ効果を受けて明るく輝くクエーサーだった

2024年07月09日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
宇宙で輝くジュエルリング(宝石の指環)をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえました。
その正体は、地球から約60億光年彼方に位置するクレーター座にあるクエーサー“RX J1131-1231”。
前景銀河による重力レンズ効果で、“RX J1131-1231”の像は明るく弧状に歪み、さらに4つの像が分離して観測されています。
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえた宇宙で輝くジュエルリング(宝石の指環)。前景銀河による重力レンズ効果で、クエーサー“RX J1131-1231”の像は明るく弧状に歪み、さらに4つの像が分離して観測されている。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, A. Nierenberg)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡がとらえた宇宙で輝くジュエルリング(宝石の指環)。前景銀河による重力レンズ効果で、クエーサー“RX J1131-1231”の像は明るく弧状に歪み、さらに4つの像が分離して観測されている。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, A. Nierenberg)


天然の拡大鏡“重力レンズ効果”

重力レンズ効果は、アインシュタインの一般相対性理論によって予測された現象で、大質量の天体の周りで時空が歪むことで光の経路が曲げられて発生します。

恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象。
光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりする効果があります。

重力レンズ効果は、天文学者にとって天然の拡大鏡の役割を果たし、遠方の天体をより詳細に観測することを可能にしてくれます。


最も重力レンズ効果が顕著に表れているクエーサー

クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体です。

クエーサー“RX J1131-1231”の場合、地球と“RX J1131-1231”の間に位置する前景銀河の重力が、背後に位置する“RX J1131-1231”からの光を曲げています。
この重力レンズ効果により、“RX J1131-1231”の像は明るく弧状に歪み、さらに4つの像が分離して観測されています。

“RX J1131-1231”は、これまで発見された中で最も重力レンズ効果が顕著に表れているクエーサーの一つと考えられています。
このため、天文学者にとって、クエーサーとその中心に位置する超大質量ブラックホールを研究するための貴重な機会を提供してくれています。


ブラックホールの進化と回転速度

クエーサーは、非常に遠方に位置するにもかかわらず、極めて明るく輝いている天体です。
その莫大なエネルギー源は、クエーサーの中心にある超大質量ブラックホールに落ち込む物質だと考えられています。

クエーサーから放射されるX線の測定は、中心ブラックホールの回転速度を推定する手掛かりとなります。
そして、ブラックホールの回転速度は、その成長過程と密接に関係しています。

例えば、ブラックホールが主に銀河同士の衝突や合体によって成長した場合、多量の物質が供給されることで安定した降着円盤(※1)が形成され、その結果としてブラックホールは高速で回転すると考えられています。
一方、ブラックホールが周囲の物質を少しずつ、ランダムな方向から取り込みながら成長した場合、回転速度は遅くなる傾向にあります。

観測から分かっているのは、“RX J1131-1231”のブラックホールが光速の半分以上の速度で回転していること。
これは、このブラックホールが合体を経て成長したことを示唆しています。
※1.降着は、中心にある重い天体の重力によって、周囲から物質が落下してくること。ブラックホールへ降着する物質は角運動を持つため、中心天体の周囲を公転しながら降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤状の構造を作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡と重力レンズでダークマターの謎に迫る

NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用の望遠鏡が“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”です。

初期の銀河からの光は非常に暗い上に、宇宙の膨張により遠方からの光ほど赤方偏移(※2)するため、発した時は可視光線であっても地球に届くまでに赤外線にまで波長が引き伸ばされてしまいます。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、このようにはるか遠方に位置する暗い天体でも、重力レンズ効果を用いた観測に適しています。
※2.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡に搭載された中間赤外線観測装置“MIRI”を用いて“RX J1131-1231”を観測することで、ダークマターの性質をこれまで以上に小さなスケールで調べることができます。

ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる謎の物質。
宇宙の質量の約85%を占めていると考えられています。

重力レンズ効果は、ダークマターの分布や性質を研究するための強力なツールとなり、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、ダークマターの謎を解明する上で重要な役割を果たすと期待されています。

“RX J1131-1231”の重力レンズ効果は、クエーサー、ブラックホールの成長、そしてダークマターの性質を研究するための貴重な機会を提供しています。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高感度で高分解能な能力と相まって、重力レンズ効果は宇宙の最も遠い領域についてより深く理解することに役立つはずです。


こちらの記事もどうぞ


ナノヘルツ重力波が重力場によって曲げられる現象“解析レンズ効果”を用いた宇宙の膨張速度“ハッブル定数”の決定

2024年07月08日 | 宇宙 space
近年のパルサータイミングアレイ(PTA)によるナノヘルツ重力波の発見は、基礎科学に新たな可能性をもたらしました。

今回の研究では、この発見に基づき、重力波の解析レンズ効果を利用した宇宙膨張の精密測定の可能性、特にハッブル定数測定への応用についてです。
この研究は、トロント大学大学のDylan L. Jowさん、 Ue-Li Penさんの研究チームが進めています。


光や重力波などの波が重力場によって曲げられる現象

解析レンズ効果とは、光や重力波などの波が、天体などの重力場によって曲げられる現象です。
特に、波長がレンズ天体のサイズと同程度か、それ以上の場合は、幾何光学的なレンズ効果ではなく、解析レンズ効果が支配的となります。

パルサータイミングアレイで観測されるナノヘルツ重力波は、波長が約1パーセクと非常に長いので、銀河円盤のような比較的小さな天体でも解析レンズ効果を引き起こします。
銀河円盤をレンズとした場合だと、その質量から計算されるアインシュタイン半径は1パーセクよりもはるかに小さいので、ナノヘルツ重力波に対しては解析レンズ効果が支配的となります。

解析レンズ効果を受けると、重力波の振幅と位相はレンズ天体の重力場の影響を受けることになります
特に、複数のレンズ天体によって解析レンズ効果が働く場合、それぞれのレンズからの重力波は干渉し合い、複雑な干渉パターンが生じます。
図1.銀河円盤によるナノヘルツ重力波の解析レンズ効果。幾何光学では、アインシュタイン半径がレンズの光学的深度を決まる。(Credit: Dylan L. Jow, Ue-Li Pen)
図1.銀河円盤によるナノヘルツ重力波の解析レンズ効果。幾何光学では、アインシュタイン半径がレンズの光学的深度を決まる。(Credit: Dylan L. Jow, Ue-Li Pen)


宇宙の膨張速度“ハッブル定数”の決定

宇宙の膨張速度は、天体の赤方偏移と距離の関係から求められます。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまいます。
この現象を赤方偏移(記号z)といいます。
一方、距離は天体の見かけの明るさやサイズなどから推定できます。

解析レンズ効果を受けると、重力波はレンズ天体の周囲を通ることになるので、直接進むよりも到着が遅れてしまいます。
この時間遅延は、レンズ天体までの距離、レンズ天体の質量、そして宇宙の膨張速度に依存します。

レンズ天体の赤方偏移と、解析レンズ効果による時間遅延を測定することで、宇宙の膨張速度を表すハッブル定数を高精度で決定することができます。


パルサータイミングアレイを用いた手法

パルサータイミングアレイは、天の川銀河内に散らばる複数のパルサー(中性子星の一種)を観測することで、ナノヘルツ重力波を検出する手法です。
各パルサーからの重力波信号の時間変化を精密に測定することで、重力波の方向と距離を推定することができます。

このパルサータイミングアレイをフェーズドアレイとして利用することで、解析レンズ効果を高感度で検出できる可能性があります。
フェーズドアレイとは、複数のアンテナを組み合わせることで、電波や音波などの到来方向を制御する技術です。
パルサータイミングアレイの場合、各パルサーをアンテナと見なし、それぞれの信号に適切な時間差を与えることで、特定の方向からの重力波を選択的に受信することができます。

個々のレンズ銀河からの解析レンズ効果は非常に微弱なので、直接観測することは困難です。
そこで、本研究ではスタッキング分析と呼ばれる手法を用いることで、複数のレンズ銀河からの信号を合成し、検出感度を向上させることを提案しています。

スタッキング分析では、まず広視野の分光サーベイ観測によって、重力波源の方向にある多数の銀河の赤方偏移と位置を測定します。
次に、各銀河が解析レンズとして働く場合の時間遅延を、宇宙論モデルに基づいて計算。
そして、各パルサーからの重力波信号を、計算された時間遅延だけズラして足し合わせることで、複数のレンズ銀河からの信号を合成します。

スタッキング分析によって得られた合成信号の強度を、様々なハッブル定数を仮定した宇宙論モデルと比較することで、最適なハッブル定数を推定することができます。


高精度な宇宙の膨張速度測定の課題

“スクエア・キロメートル・アレイ(SKA : Square Kilometer Array)”などの次世代の超大型電波望遠鏡の登場により、パルサータイミングアレイの感度が飛躍的に向上すれば、解析レンズ効果を利用した高精度な宇宙の膨張速度の測定が可能になると期待されています。

“SKA”は、オーストラリアと南アフリカに建設中の世界最大級の電波望遠鏡です。
その高い感度と分解能により、これまでのパルサータイミングアレイでは検出できなかった微弱な重力波信号をとらえることができると期待されています。

ただ、解析レンズ効果を利用した宇宙の膨張速度の測定を実現するためには、克服すべき課題もいくつかあります。

1.高精度なパルサータイミングモデル
解析レンズ効果による時間遅延は非常に小さいので、それを検出するのに必要となるのが、パルサーの到達時間の変動を極めて高精度で測定することです。
そのためには、パルサーの運動や星間物質による信号への影響などを正確に補正する必要があります。

2.広視野の分光サーベイ観測
スタッキング分析を行うには、重力波源の方向にある多数の銀河の赤方偏移と位置を正確に測定する必要があります。
そのためには、広視野かつ高精度な分光サーベイ観測が不可欠です。

3.レンズ銀河の固有運動の影響
レンズ銀河は、宇宙の膨張だけでなく自身の重力によって運動しています。
この固有運動は、解析レンズ効果による時間遅延に影響を与えるので、正確なハッブル定数を測定するためには、その影響を考慮する必要があります。

ナノヘルツ重力波の解析レンズ効果を利用することで、これまでの手法では達成できなかった精度で、宇宙の膨張を測定できる可能性があります。
さらに、“SKA”のような次世代の超大型電波望遠鏡の登場により、この測定が現実味を帯びてきました。
今後、技術的な課題を克服することで、宇宙の進化史やダークエネルギーの謎に迫ることが期待されます。


こちらの記事もどうぞ