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衝撃波による加熱はどのようにして起こるのか? 宇宙で最もエネルギーの高い現象の一つ銀河団合体を観測

2024年07月06日 | 銀河・銀河団
宇宙は、銀河、星、ガス、そして目に見えないダークマターが複雑に絡み合い、重力によって支配された広大な空間です。

その中で銀河団は、最大で数千もの銀河が集まり、高温のプラズマに包まれ、巨大なダークマターのハローに囲まれた、宇宙最大の構造物として知られています。
この銀河団の形成と進化は、宇宙の構造形成と進化を理解する上で重要なカギを握っていると言えます。

銀河団は、静的な存在ではなく、絶えず進化し、互いに影響を及ぼし合っています。
その進化において、特に重要な役割を果たすのが、銀河団同士の合体です。
銀河団の合体は、ビッグバン以来、宇宙で最もエネルギーの高い現象の一つで、莫大な量のエネルギーを開放し、銀河団の構造と進化に劇的な変化をもたらします。

銀河団の合体が起こると、銀河団内媒体(ICM)と呼ばれる、銀河団内の銀河間空間に存在する高温プラズマは、激しい衝撃波と乱流にさらされます。
これらの衝撃波は、銀河団内媒体を加熱し、磁場を増幅し、超相対論的粒子の加速を引き起こすなど、銀河団の物理的性質に大きな影響を与えることになります。

このため、衝撃波は銀河団合体の過程を理解するための貴重な手掛かりとなります。
衝撃波面は、銀河団内媒体の密度、温度、圧力の急激な変化として観測され、その形状や強度から、合体の進行状況やエネルギー解放のメカニズムを推測することができます。

衝撃波の強さは、マッハ数と呼ばれる無次元量で表されます。
マッハ数は、流体の速度と音速の比で、マッハ数が大きいほど衝撃波は強く、銀河団内媒体へのエネルギー注入も大きくなります。

今回の研究では、赤方偏移z=0.34に位置する合体銀河団“SPT-CLJ 2031-4037”を、X線天文衛星を用いて観測。
その結果に焦点を当てています。
この銀河団は、約800兆太陽質量という質量を持ち、X線光度は1.04×1045erg/sと推定されています。
この研究は、アラバマ大学のPurva Diwanjiさんが率いる研究チームが進めています。
図1.“SPT-CLJ 2031-4037”の0.5‐7.0keVエネルギー領域の点光源を除去し、σ=3ガウスで平準化した露出補正画像。北が上、東が左。北西に一次衝撃波、南東に表面輝度エッジが見える。最も明るいX線のピークは表面輝度エッジの後ろにあり、青い十字で示されている。一次衝撃波の後方にもX線のピークがあり、赤い十字で示されている。緑の線は“チャンドラ”の等高線。(Credit: Diwanji et al., 2024.)
図1.“SPT-CLJ 2031-4037”の0.5‐7.0keVエネルギー領域の点光源を除去し、σ=3ガウスで平準化した露出補正画像。北が上、東が左。北西に一次衝撃波、南東に表面輝度エッジが見える。最も明るいX線のピークは表面輝度エッジの後ろにあり、青い十字で示されている。一次衝撃波の後方にもX線のピークがあり、赤い十字で示されている。緑の線は“チャンドラ”の等高線。(Credit: Diwanji et al., 2024.)


非常に激しいエネルギー現象“銀河団合体”

今回の研究では、NASAのX線天文衛星“チャンドラ”を用いて“SPT-CLJ 2031-4037”を観測。
“チャンドラ”は、高温プラズマからのX線を観測することに特化した高性能なX線天文衛星で、銀河団の衝撃波の研究に威力を発揮します。

“チャンドラ”の観測データから明らかになったのは、“SPT-CLJ 2031-4037”には2つの衝撃波面が存在することでした。
強い衝撃波面は北西に、弱い衝撃波面は南東(南東端)に位置していました。
強い衝撃波面では、表面輝度のエッジを挟んで密度が3.16倍に跳ね上がり、マッハ数は3.36。
一方、弱い衝撃波面では、密度の跳ね上がりは1.53倍、マッハ数は1.36でした。

この観測結果が示唆しているのは、“SPT-CLJ 2031-4037”における銀河団合体が非常に激しいエネルギー現象ということ。
特に、強い衝撃波面のマッハ数3.36は、これまでに“チャンドラ”によって発見された合体衝撃波面の中でも、非常に高い値でした。


衝撃波による銀河団内媒体の過熱メカニズム

衝撃波は、銀河団内媒体の過熱に重要な役割を果たすと考えられています。
でも、その具体的なメカニズムについては、まだ完全には解明されていません。

現在、提案されているのは、大きく分けて以下の2つのモデルになります。

1.衝突平衡モデル
このモデルでは、衝撃波面通過後にイオンと電子が衝突を繰り返すことでエネルギーを交換し、最終的には熱平衡状態に達すると考えられています。

2.瞬間衝撃波加熱モデル
このモデルでは、衝撃波面通過時にイオンが電子よりも効率的に加熱。その後、熱伝導などによって電子の温度が上昇すると考えられています。

“SPT-CLJ 2031-4037”の観測データが示していたのは、衝突平衡モデルを支持する結果。
観測された衝撃波の電子温度は、瞬間衝撃波加熱モデルで予測される温度よりも低く、衝突平衡モデルの予測に近い値でした。


合体による銀河団の進化

“SPT-CLJ 2031-4037”での強い衝撃波面の発見は、銀河団合体における衝撃波加熱のメカニズムを理解する上で、重要な手掛かりとなります。

銀河団合体は、宇宙の大規模構造の進化、銀河の形成と進化、宇宙の物質進化など、様々な宇宙論的な問題と密接に関係しています。
なので、“SPT-CLJ 2031-4037”のような合体銀河団の観測は、これらの問題を解明するために不可欠と言えます。

今後のより詳細な観測を通して、銀河団合体における衝撃波加熱のメカニズム、ひいては宇宙の進化と構造形成に関する理解が深まることが期待されます。

銀河団は、宇宙の進化と構造形成において重要な役割を果たしています。
にもかかわらず、その形成過程や進化の詳細については、まだ多くの謎が残されています。

例えば、以下のようなものがあります。
1.銀河団の質量の大部分を占めるダークマターの正体は何なのか?
2.銀河団内媒体はどのように加熱されるのか?
3.銀河団内の磁場はどのように生成され、進化しているのか?

これらの謎を解き明かすために、世界中の研究者が観測や理論の両面から精力的に研究を進めています。
今後、より高性能な宇宙望遠鏡やスーパーコンピュータの登場により、銀河団の研究はますます進展していくことが期待されます。


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133億光年彼方の銀河“SPT0615-JD1”内に5つの若い星団を発見! 宇宙再電離時代に高密度で大規模な星団が形成されていた

2024年07月05日 | 銀河・銀河団
私たちの天の川銀河には、何十億年もの間、自らの重力で集団を保ちながら生き延びてきた星団“球状星団”(※1)があります。
※1.恒星の集まり。特に、恒星同士の重力で集団を保つ星団を自己重力星団と呼ぶ。今回見つかった5つの星団は自己重力星団だということが分かった。星団のうち数百万個以上の恒星が重力で集合し、概ね球状の形をとったものを球状星団と呼ぶ。数百光年以内に数万個以上の恒星が密集している。
球状星団は、宇宙初期に生まれた、いわば化石のような天体だと考えられています。
でも、いつどこで形成されたのかは、未だに良く分かっていませんでした。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(※2)を用いて、宇宙年齢4億6千万年の時代に銀河“SPT0615-JD1”内に、5つの若い星団を発見。(“SPT0615-JD1”の別名はコズミック・ジェムズ・アーク(Cosmic Gems arc)は、宇宙宝石の円弧を意味する。)
発見した星団は、これまでの中で最遠方のもの、球状星団の祖先となる可能性がありました。
※2.ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心になって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用宇宙望遠鏡。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として、2021年12月25日に打ち上げられ、地球から見て太陽とは反対側150万キロの位置にある太陽―地球間のラグランジュ点の1つに投入され、ヨーロッパ宇宙機関と共同で運用されている。名称はNASAの第2代長官ジェームズ・E・ウェッブにちなんで命名された。わずか2年の間に、初期宇宙の銀河の観測で革新的な成果を数多く上げている。本研究の成果もその一つとなる。
このことから分かったのは、発見された星団は天の川銀河の球状星団より質量が大きく、恒星の数密度が非常に高いことです。
この発見により、初期宇宙の若い銀河で球状星団がどのように誕生したのかを、解明する大きな一歩になると期待されます。
さらに、銀河の進化にとって重要な大質量星や、ブラックホールの種の形成についても、新たな視点をもたらす可能性があるようです。
この研究は、早稲田大学、千葉大学、名古屋大学、筑波大学などの天文学者の国際チームが進めています。
本研究の成果は、2024年6月24日付のイギリスの科学雑誌“Nature”の電子版に、“Bound star clusters observed in a lensed galaxy 460 Myr after the Big Bang”としてオンライン掲載されました。
図1.今回発見された星団。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, L. Bradley (STScI), A. Adamo (Stockholm University) and the Cosmic Spring collaboration)
図1.今回発見された星団。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, L. Bradley (STScI), A. Adamo (Stockholm University) and the Cosmic Spring collaboration)


宇宙再電離時代に存在した銀河“SPT0615-JD1”

宇宙が誕生したと考えられているのは約138億年前のこと。
その約4億6000万年後、宇宙はまだ若く、星や銀河が形成され始めたばかりの時代でした。
この時代は“宇宙再電離時代”(※3)と呼ばれ、宇宙の進化において重要な転換期にあたります。
※3.生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にあった。でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られる。この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離されていく。これにより、宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れていく。この現象を“宇宙再電離”と呼ぶ。今回発見された星団は、宇宙再電離を引き起こした紫外線源という可能性もある。
銀河“SPT0615-JD1”は、この宇宙再電離時代に存在した銀河の一つで、地球からは非常に遠方に位置しています。
その距離は約133億光年、つまり133億年前の姿が今の地球に届いていることになります。

もちろん、そのような遠方の天体を観測することは容易ではありません。
でも、“重力レンズ効果”と呼ばれる現象を利用することで、より鮮明な観測が可能になります。

重力レンズ効果は、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象。
光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりする効果があります。

対象となった“SPT0615-JD1”は、“SPT-CL J0615-5746”という前景の銀河団による重力レンズ効果により、長辺がおよそ100倍に拡大されて観測。
取得された画像には、小さな輝点の連鎖が、鏡に映したように対象に並んでいました。

今回の研究では、この重力レンズ効果を利用することで、“SPT0615-JD1”をこれまで以上に詳細に観測することに成功しています。


非常に狭い領域に密集している5つの若い星団

“SPT0615-JD1”の観測に用いられたのは、最新の宇宙望遠鏡“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”でした。
観測の結果は驚くべきもので、“SPT0615-JD1”の中に5つの星団が存在することが明らかになります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が無ければ、このような若い銀河の星団を見つけることはできなかったはず。
今回の観測結果は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の驚異的な感度と解像度が、巨大な前景銀河団による重力レンズ効果と相まっ出たものでした。

星団とは、数百から数百万個の星々が密集して形成された天体のことです。
発見された星団は、いずれも形成から5000万年未満と非常に若く、チリや金属が非常に少ないという特徴を持っていました。
また、その質量は太陽の約100万倍と見積もられていて、これは天の川銀河で見られる一般的な若い星団よりもはるかに大規模なものと言えます。

さらに、これらの星団が位置しているのは、わずか70パーセク(約230光年)という領域内…
5つの星団は、非常に狭い領域に密集していることになります。

重力レンズ効果による拡大を考慮すると、それぞれの星団の実際の大きさは約1パーセク(約3.26光年)と推定されます。
これは、局所宇宙における典型的な若い星団と比べて、約1000倍も高い星密度に相当していました。

このことは、星団の内部で起こっている何らかの物理過程を示唆するもので、銀河の進化にとって重要な大質量星や、ブラックホールの種の形成について新たな視点を与えてくれるはずです。

初期宇宙に存在する超大質量ブラックホールの起源などを説明するのに、高密度な星団中でブラックホールの合体頻度が高まることで、より大質量なブラックホールが誕生するという仮説や、恒星同士の合体が暴走的に起こることで超大質量の恒星が誕生するという仮説などが、理論的に提案されてきました。
今回発見された高密度な星団は、まさにその舞台となる可能性を秘めていると言えます。


宇宙再電離時代の銀河進化に新たな知見

これらの観測結果から、研究チームはこれらの星団が重力的に束縛された星系“原始球状星団”である可能性が高いと結論付けています。
原始球状星団は、数十万~数百万個の星が球状に密集した天体で、銀河の形成と進化において重要な役割を果たしたと考えられています。

これまでの観測では、宇宙初期に球状星団が形成された証拠は、ほとんど得られていませんでした。
でも、“SPT0615-JD1”の観測結果は、宇宙再電離時代という宇宙初期においても、すでに球状星団の形成が始まっていたことを示唆しています。

今回の研究は、“SPT0615-JD1”の観測を通して、宇宙再電離時代における星団形成と銀河の進化に関する新たな知見をもたらしました。
特に、高密度で大規模な星団が宇宙初期に既に形成されていた可能性は、これまでの銀河形成モデルに再考を迫る重要な発見です。

今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡をはじめとする次世代望遠鏡を用いた更なる観測により、宇宙初期の星団形成と銀河進化の謎が、さらに解き明かされることが期待されます。


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多くの銀河の中心に存在する超大質量ブラックホールの成長と進化の謎に迫るシミュレーション

2024年07月04日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
宇宙の広大無辺な広がりの中で、最も神秘的で抗いがたい魅力を放つ天体の一つに、多くの銀河の中心に存在する超大質量ブラックホールがあります。
このブラックホールは、想像を絶するほどの強大な重力を持ち、銀河全体の進化に計り知れない影響を与えていると考えられています。

今回の研究では、最新のコンピュータシミュレーション技術を駆使することで、超大質量ブラックホールを取り巻く高温の円盤“降着円盤”がどのようにして形成され、進化していくのかを、これまでにない精度で解明すことに成功しています。

このシミュレーションは、天文学者たちが1970年代から持ち続けてきた降着円盤に関する概念を覆し、ブラックホールと銀河の成長と進化に関する新たな発見への道を切り開くものになります。
この研究は、カリフォルニア工科大学の天体物理学者チームが進めています。
本研究の成果は、“The Open Journal of Astrophysics”誌に掲載されました。
図1.降着円盤と呼ばれる物資の渦巻く円盤に囲まれた超大質量ブラックホール(クエーサー)のイメージ図。(Credit: Caltech/Phil Hopkins group)
図1.降着円盤と呼ばれる物資の渦巻く円盤に囲まれた超大質量ブラックホール(クエーサー)のイメージ図。(Credit: Caltech/Phil Hopkins group)


莫大なエネルギーで輝く天体“クエーサー”

超大質量ブラックホールは、その強大な重力によって周囲の物質を飲み込んでいます。
でも、これらの物質は角運動を持つため、超大質量ブラックホールの周囲を公転しながら降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤状の構造を作ります。

降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測されることになります。

このように、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込む過程で生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体をクエーサーと呼びます。

クエーサーは、活動的な超大質量ブラックホールで、その明るさは私たちの天の川銀河のような銀河全体をはるかに凌駕します。
宇宙の初期に形成されたと考えられていて、その形成と進化は、銀河の形成と進化と密接に関係していると考えられています。


ブラックホールの成長を支えるエンジン

降着円盤は、超大質量ブラックホールの成長と進化を理解する上で、極めて重要なカギとなります。
でも、その形成過程や物理的性質には、まだ多くの謎が残されています。

例えば、降着円盤がどのようにして形成されるのか、その形状や大きさを決定する要因は何なのか、といった疑問です。
これらは、天文学者たちにとって長年の課題となっています。

これまでの理論的な研究では、降着円盤の形状はクレープのように平らだと考えられてきました。
でも、実際の天文観測では、降着円盤はエンジェルケーキのようにフワフワとした形状をしていることが明らかになっています。

この矛盾を解消するために、カリフォルニア工科大学の研究チームは、最新のコンピュータシミュレーションを用いて、降着円盤の形成過程を詳細に解析しています。


降着円盤は磁場によって支えられ形状を維持している

今回の研究では、“FIRE(Feedback in Realistic Environments)”と“STARFORGE”と呼ばれる、2つの大規模な宇宙シミュレーションプロジェクトで開発された技術を組み合わせることで、超大質量ブラックホール周辺の物理現象を、これまでにない精度で再現することに成功しています。

“FIRE”プロジェクトの目的は、銀河の形成や進化など、宇宙における大規模な構造形成をシミュレーションすること。
一方、“STARFORGE”プロジェクトは、個々の星形成領域など、より小さなスケールでの物理現象に焦点を当てています。

これら2つのプロジェクトで培われた技術を統合することで、初期宇宙から現在に至るまでの超大質量ブラックホールの成長と進化を、広範なスケールでの追跡を可能としています。
特に、今回のシミュレーションで注目しているのは、降着円盤の形成過程における磁場の役割でした。

これまでの理論的な研究で考えられていたのは、降着円盤の形状や安定性は、主にガスの圧力と重力によって決まること。
でも、今回のシミュレーションの結果、磁場が降着円盤の構造と進化に、予想以上の大きな影響を与えてることが明らかになりました。

シミュレーションにより判明したのは、降着円盤の磁場の圧力が、ガスの熱による圧力よりも1万倍も大きいことでした。
これは、降着円盤が、磁場によって支えられ、その形状を維持していることを示唆しています。

今回のシミュレーションは、降着円盤がなぜフワフワとした形状をしているのかを説明する、新たな手掛かりを提供してくれています。

シミュレーションの結果、降着円盤の磁場は、ガスを乱流状態にかき混ぜることで、円盤をフワフワとした状態に保っていることが明らかになりました。
これは、磁場が降着円盤の構造と安定性に、大きな影響を与えていることを示す明確な証拠となります。

この発見は、降着円盤に関するこれまでの理解を大きく覆すものです。
これまでの理論では、降着円盤は重力によって薄く平らな形状に押しつぶされると考えられていました。
でも、今回のシミュレーションは、磁場が重力に対抗する力として働き、降着円盤をフワフワとした状態に保っていることを示しています。


大規模構造と小規模構造の物理法則をシームレスに統合

今回の研究の画期的な点は、超大質量ブラックホールの降着円盤という極小のスケールから、銀河全体の進化という巨大なスケールまで、単一のシミュレーションで繋ぎ合わせた点にあります。
これは、これまでのシミュレーションでは不可能だった手法で、宇宙物理学の研究に新たな扉を開く画期的な成果と言えます。

この成果を達成するため、研究チームが使用したのは“GIZMO”と呼ばれる独自のシミュレーションコードでした。
このコードは、“FIRE”プロジェクトと“STARFORGE”プロジェクトの両方で使用できるように設計されたもので、大規模構造と小規模構造の物理法則をシームレスに統合することができました。

このシミュレーションは、初期宇宙に存在するガス雲から始まり、重力によって収縮していく様子を追跡しています。
ガス雲の中心部では、物質が高密度に集中し、やがて超大質量ブラックホールが誕生。
さらに、シミュレーションを進めていくと、ブラックホールの周囲に降着円盤が形成され、物質が円盤を介してブラックホールへと落下していく様子が再現されます。

今回のシミュレーションは、降着円盤の質量、密度、厚さ、物質のブラックホールへの落下速度、形状(非対称性など)に関する予測を変更する可能性があります。
これらのパラメータは、ブラックホールの成長速度や、周囲の銀河への影響を決定する上で非常に重要だからです。

例えば、降着円盤がこれまでの予測よりもフワフワとしている場合、ブラックホールへの物質の供給速度は遅くなり、ブラックホールの成長速度も遅くなる可能性があります。
また、降着円盤の形状が非対称だと、ブラックホールから噴出されるジェットの方向が変化し、周囲の銀河に異なる影響を与える可能性があります。

本研究の成果は、超大質量ブラックホールの成長と進化に関する理解を深める上で、極めて重要な一歩となるものです。
特に、降着円盤の形成過程における磁場の役割が明らかになったことで、ブラックホールの成長速度や、周囲の銀河への影響など、関連する多くの研究分野に大きな進展が期待されます。

研究チームでは、さらに高解像度のシミュレーションを行うことで、降着円盤の形成過程をより詳細に解析し、ブラックホールと銀河の進化における謎の解明に挑む予定です。
特に、銀河同士の衝突合体におけるブラックホールの活動や、初期宇宙に誕生した初代星の形成過程など、多くの謎の解明に貢献することが期待されます。


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冥王星に地下海は存在しない? 巨大衝突がもたらしたハート模様の謎に迫る

2024年07月03日 | 冥王星の探査
2015年のこと、NASAの探査機“ニューホライズンズ”による観測で、冥王星の表面に巨大なハート型の構造が発見されましました。

この“ハート”は、その独特な形状、地質学的組成、標高の謎から、科学者たちの関心を集めることに。
特に、その西側を占める涙滴型の領域“スプートニク平原”の起源は、大きな謎に包まれていました。

今回の研究では、この謎を解明するために、数値シミュレーションを用いた研究を実施。
角度と速度が比較的低い衝突が、スプートニク平原のような非対称な地形を形成することを確認したそうです。
この研究は、スイスのベルン大学とアリゾナ大学の研究チームが進めています。
本研究の成果は、英科学誌“Nature”系の天文学術誌“Nature Astronomy”に掲載されました。
図1.冥王星への巨大でゆっくりとした衝突が、表面にハート形の構造をもたらした。(Credit: University of Bern, Illustration: Thibaut Roger)
図1.冥王星への巨大でゆっくりとした衝突が、表面にハート形の構造をもたらした。(Credit: University of Bern, Illustration: Thibaut Roger)


冥王星の初期に起こった巨大天体との衝突

今回の研究では、スプートニク平原が、冥王星の初期に起こったと考えられる、巨大天体との衝突によって形成された可能性が高いことを明らかにしています。

衝突した天体の大きさは、直径約640キロと推定されていて、これはアリゾナ州の南北の距離とほぼ同じ大きさです。
この衝突は、冥王星の初期の歴史における、非常に劇的な変化をもたらすイベントだったと考えられています。


白く輝くハートも型の地形“トンボ―領域”

“トンボ―領域”とも呼ばれるこのハートも型の地形は、その白く輝く姿が人々の目を引き付けました。

この白い色が示していたのは、周囲よりも多くの光を反射する物質、すなわち高いアルベド(反射率)を持つ物質で覆われていることでした。
でも、このハート型の領域は、単一の物質で構成されている訳ではありません。

スプートニク平原は、約1900キロ×3200キロの広大な領域を占めていて、これはヨーロッパまたはアメリカの約4分の1に相当しています。
そして、この領域は、冥王星の表面の大部分よりも、約4キロも標高が低いという特徴を持っていました。

研究チームの調査により明らかになっているのは、冥王星の表面の大部分が、水の氷の地殻を覆うメタンの氷と、その派生物で構成されていること。
これに対し、スプートニク平原は、主に窒素の氷で満たされています。
この窒素の氷は、衝突後に標高の低いスプートニク平原に急速に蓄積したものと考えられています。

ハート形の東側も、薄い窒素の氷の相で覆われていて、その起源は完全には解明されていません。
でも、スプートニク平原と関連している可能性が高いことが指摘されています。


斜めの角度からの衝突で生まれた非対称な地形

スプートニク平原は、単に円形に窪んでいるのではなく、涙滴型のような独特の細長い形状をしていて、赤道付近に位置しています。
これられの特徴から分かるのは、冥王星に衝突した天体が、正面衝突ではなく、斜めの角度から衝突したことを強く示唆していることです。

今回の研究では、“Smoothed Particle Hydrodynaicsシミュレーションソフトウェア”を用いて、様々な条件下における衝突を再現。
このシミュレーションでは、冥王星と衝突天体の組成、衝突天体の速度と角度を変化させ、衝突がスプートニク平原の形成にどのような影響を与えるのかを検証しています。

その結果、斜めの角度からの衝突が、実際にスプートニク平原のような非対称な地形を形成することを確認。
さらに、シミュレーションから、衝突天体の組成についても特定することができました。


左右対称な形状には低速な衝突も必要だった

シミュレーションから得られた、もう一つの重要な発見もあります。
それは、衝突天体の核が、冥王星の核に沈み込むことなく“splat”として残った可能性が高いということでした。

これは、冥王星の核が非常に冷たく、衝突による熱にもかかわらず岩石の硬さを保っていたためだと考えられています。
また、衝突の角度と速度が比較的低かったことも、核が“splat”として残った要因として挙げられます。

もし、衝突天体の核が冥王星の核に沈み込んでしまっていたら、スプートニク平原は、現在のような涙滴型ではなく、左右対称な円形に近い形状になっていたと考えられます。

このことから、衝突の速度が比較的低かったことが、スプートニク平原の形成において重要な役割を果たしたことが分かりました。


冥王星の地下に海は存在するのか?

冥王星の内部構造についても、研究チームは新たな疑問を投げかけています。

シミュレーションの結果から、スプートニク平原を形成したような巨大衝突は、冥王星の比較的最近の時期に起こったというよりも、その歴史の非常に早い段階で起こった可能性の方が、はるかに高いことが示唆されています。

ただ、このことは新たな謎を生み出すことになりました。
スプートニク平原のような巨大な窪地は、周囲よりも質量が小さいので、時間の経過とともに冥王星の極に向かってゆっくりと移動すると予想されるからです。

でも、スプートニク平原は、現在も赤道付近に位置していて、極への移動は確認されていません。

この謎については、冥王星の地下に液体の水の海“地下海”が存在するという仮説が、これまで提唱されていました。
この仮説では、地下海の存在によってスプートニク平原の地殻が薄くなり、地下海が上向きに膨らむことで質量分布が変化。
これにより、スプートニク平原が赤道付近に留まっていると説明しています。

このことについて、今回の研究では地下海の存在を必要としない、新しい仮説が提示されています。

シミュレーションの結果からは、衝突天体の核を構成する物質が冥王星の核に“splat”することで、局所的な質量の過剰が生じことが示唆れました。
これにより、スプートニク平原を赤道付近に留めている可能性があります。

この新しい仮説は、冥王星の地下に海が存在しない、あるいは非常に薄い海しか存在しない可能性を示唆していて、今後の冥王星研究に大きな影響を与える可能性があります。

冥王星の“ハート”の謎は、まだ完全には解明されていません。
スプートニク平原の移動速度を推定することで、地下海の有無や冥王星の進化の過程に関する更なる情報を得ることが期待されます。


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木星の上層大気は意外と複雑だった… 謎めいた大気現象をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が観測

2024年07月02日 | 木星の探査
木星は夜空で最も明るい天体の一つで、晴れた夜には肉眼でも容易に見つけることができます。

地球から見える木星の極地には、明るく鮮やかなオーロラがあります。
でも、木星の上層大気からの光は弱いので、地上の望遠鏡を用いた詳細な観測は困難でした。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて、木星の象徴的な大赤班の上空を観測。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高い赤外線観測能力によって、これまで見ることができなかった木星上層大気の詳細な姿をとらえることに成功し、様々な特徴を発見しています。

これにより、かつては特徴が無いと考えられていた大赤班の領域が、複雑な構造や活動の宝庫だと分かりました。
研究チームは、悪名高い大赤班の上空にある木星の上層大気を、これまでにない精度で研究することができたそうですよ。
この研究は、英国レスター大学のHengil Melinさんたちの研究チームが進めています
本研究の成果は、英科学誌“Nature”系の天文学術誌“Nature Astronomy”に掲載されました。
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”と近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いて得られた大赤班周辺の木星大気の画像。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて木星の特徴的な大赤班の上空を観測することで、これまで見られなかった様々な特徴を発見している。以前は何の変哲もないと考えられていたこの領域には、様々な複雑な構造と活動が存在することが分かった。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, Jupiter ERS Team, J. Schmidt, H. Melin, M. Zamani)
図1.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”と近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いて得られた大赤班周辺の木星大気の画像。ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて木星の特徴的な大赤班の上空を観測することで、これまで見られなかった様々な特徴を発見している。以前は何の変哲もないと考えられていたこの領域には、様々な複雑な構造と活動が存在することが分かった。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, Jupiter ERS Team, J. Schmidt, H. Melin, M. Zamani)


ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による大赤班上空領域の観測

2022年7月のこと、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡に搭載された近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いて、木星の象徴的な大赤班の上空領域が観測されています。

これまでの観測から予想されていたのは、木星の赤道付近の上層大気は、太陽光の量が地球のわずか4%しかないので、均質な状態にあること。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測の結果、この領域には、暗い弧や明るい斑点など、複雑な構造や活動があることが明らかになりました。

当初、この領域は、研究チームにとって退屈な存在だと思われていました。
でも、実際には、オーロラと同じくらいか、それ以上に面白く思える存在になっていました。


上層大気の形状や構造を変化させるメカニズム

研究チームは、太陽光がこの領域からの光を生み出している一方で、上層大気の形状や構造を変化させる別のメカニズムが存在するに違いないと考えています。

この構造を変えることができるものの一つに、重力波があります。
重力波は、砂浜に打ち寄せる波が砂紋を作るように、大気中に波紋を作り出します。
これらの波は、大赤班周辺の乱流のある下層大気で発生し、上層へと伝播することで、上層大気の構造や発光を変化させる可能性があります。

これらの大気波は、地球でも観測されることがあります。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が木星で観測したものに比べるとはるかに弱いものです。

研究チームが考えているのは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による追加観測を行うことで、これらの複雑な波のパターンが木星の上層大気の中で、どのように移動しているのかを調査すること。
これにより、この領域のエネルギー収支や特徴が、時間とともにどのように変化するのかが解明されることが期待されます。


木星氷衛星探査機“JUICE”による観測のサポート

今回のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測結果は、2023年4月に打ち上げられたヨーロッパ宇宙機関の木星氷衛星探査機“JUICE”による観測をサポートする可能性があります。

“JUICE”は“JUpiter Icy Moons Explorer”の略で、木星氷衛星単計画を意味します。
木星の大型氷衛星であるガニメデ、カリスト、エウロパにターゲットを絞った初めての探査計画になります。

氷衛星には、太陽系形成当時の材料物質が残っていると期待されています。
そうした物質は、ガス惑星である木星からは得難いものなんですねー

太陽系最大の惑星で、太陽系形成時に重要な役割を果たしたであろう木星の歴史を氷衛星から得ることが、“JUICE”の目的の一つになっています。

さらに、もう一つの重要な目的があります。
それは、氷衛星の地下に存在すると考えられている海の調査です。

日本が観測装置の一部を担当しているガニメデ高度計“JUICE-GALA”はJUICE衛星とガニメデとの間の距離を測定することで、木星の周りを回るガニメデ衛星の形状変化をとらえて、ガニメデ衛星の地下海構造を明らかにする予定です。

海の有無を調べるだけでなく、熱源や栄養源など、生命に欠かせない要素を探し、地球外生命が存在する可能性を追求することになります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による今回の観測は、木星の上層大気に関するこれまでの理解を覆すものでした。

赤道付近の上層大気は、これまで考えられていたような均質な状態にはなく、複雑な構造や活動が存在することが明らかになりました。
今回の発見は、木星の大気現象、特に重力波の影響について、さらなる研究を促進するものになると期待されます。


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