さすらうキャベツの見聞記

Dear my friends, I'm fine. How are you today?

マラナ・タ と アナテマ

2009-04-26 23:51:39 | Sunday 聖書雑学
マラナ・タ、と言えば…


(…ある先輩の兄弟(=クリスチャン)の手紙も思い出すが…)



 今は地元に戻った、元同居人が
「『マラナ・タ』?なんだ、それ」
と、きょとんとしたことがあった。

キャベツ「え、知らないの!?? 人によっては、手紙の最後に書く人もいるじゃん。コリント第一の1番終わりのところを見てみろよ」

と、二人、いそいそと新約聖書を開いた。

コリント第一。

16章。

キャベツ「ほれ。22節、読んでみ~」

同居人「22節。『主(しゅ)を愛さない者はだれでも、のろわれよ。主よ、来て下さい』
    …で、注は…『アナテマ』?
    ああ、こっちが『マラナ・タ』か、『主よ、来て下さい』っていう意味か」
(ちなみに、アナテマは古代ギリシャ語、マラナ・タはアラム語…2011年5月改め


しばし、じっと眺めたあと、彼はこう言った。

同居人「でも、オレ、『アナテマ』が気になる。『アルテマ』 注1)に似てるし。たぶん、オレとKなら、こっちを覚えちまうと思う。
    『アナテマ、アナテマ、アナテマ』って」

キャベツ「いや、…そっちはあんまり覚えなくていい…究極魔法じゃないし。『呪われよ』とかって言うもんじゃない」


(…というわけで、αναθεμαは禁、でお願いします。
 パウロが言っているから、といってもダメです。

 (もしも万が一)誰かが使っていても、それは真似なさらぬように。)










【注】
1)アルテマ:FFわかる人なら、多分、わかる。
コメント (1)
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朝ごとに新しい

2009-04-26 21:38:36 | Sunday 聖書
(写真は、「自由学園明日館」の昔の生徒たちが描いた出エジプト記の壁画。文字はヘブル語とのこと。戦時中は隠されて、最近?の復旧の際、発見されたらしい。昨年11月頃撮影。)






   『私たちが滅(ほろ)びうせなかったのは、主(しゅ)の恵みによる。
    主のあわれみは尽きないからだ。

    それは朝ごとに新しい。
    「あなたの真実は力強い。

     主こそ、私の受ける分です。」と
     私のたましいは言う。
     それゆえ、私は主を待ち望む。』


     (旧約聖書・哀歌3章22-24節)




 私たちクリスチャンが、他の方々と何か違うとしたら、それは、ただ主(神様のこと)が救ってくださった、ということしかない。

 それは、主の恵みによるのみ。

 「私の受ける分」…(哀歌の時代背景はともかく、これを説明するのに、イスラエルとその相続地、できたらレビ人まで、簡潔明瞭に説明できる人がいたら、それ、教えてくださいf(^_^;))
       将来頂ける約束のもの、または希望と言っても、たぶん、間違いではないと思う。

   日々、主がどんなに恵んでくださったかを味わいつつ、将来、未だ見ぬものを楽しみにしつつ。ときには-いや、しばしば-嘆きつつも、私たちの全能者なる御方の憐れみは、尽きないことを感じる。


   私をさえ憐れんでくださったのだ。
   なおのこと、私の愛する人々が-大切な友人たちが、家族が、この世界に生きている人々が滅びないように、恵みが満ち溢れるようにと願わずにはいられない。






    マラナ・タ。

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