今の日本が、まるで寂しい子のような気がしてくる。
本当はお金も何もないのに、急に振り向いてもらえたのが嬉しくて、なけなしのものを
大盤振る舞いしてしまうような。
「やっと認めてもらえた」というような安堵感、だが、
相手の望む通りのことをしなければ、そっぽをまた向かれるという怖れがあるような、不安定感。
まだ、3.11の傷跡はそこかしこにあるけれど、
ひたひたと、次の“波”が来そうな、変な感じがする。
この感覚が、杞憂なのか錯覚なのか、わからないが、
どこかで、緊張が、高まっているような気がする。
-それは、領海のことではない-
だが、さすがに、ジンバブエのようなことは起こらないだろう、と思いたい。
************
「たよりにならない富(とみ)に望みをおくのではなく、
すべてを与えて楽しませてくださる神に 望みを置くように」
と、聖書はいう。(cf.新約聖書・テモテ第一 6:17)
************
恐らく、外で何があろうとも、
主日に、人々が集まり、祈ることは変わらないだろう。
だが、「あのとき、助けたじゃないか」と、たとえ、日本が言えたとしても、
誰も助けてくれないような-助けられないような-、そんな気がする。
本当はお金も何もないのに、急に振り向いてもらえたのが嬉しくて、なけなしのものを
大盤振る舞いしてしまうような。
「やっと認めてもらえた」というような安堵感、だが、
相手の望む通りのことをしなければ、そっぽをまた向かれるという怖れがあるような、不安定感。
まだ、3.11の傷跡はそこかしこにあるけれど、
ひたひたと、次の“波”が来そうな、変な感じがする。
この感覚が、杞憂なのか錯覚なのか、わからないが、
どこかで、緊張が、高まっているような気がする。
-それは、領海のことではない-
だが、さすがに、ジンバブエのようなことは起こらないだろう、と思いたい。
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「たよりにならない富(とみ)に望みをおくのではなく、
すべてを与えて楽しませてくださる神に 望みを置くように」
と、聖書はいう。(cf.新約聖書・テモテ第一 6:17)
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恐らく、外で何があろうとも、
主日に、人々が集まり、祈ることは変わらないだろう。
だが、「あのとき、助けたじゃないか」と、たとえ、日本が言えたとしても、
誰も助けてくれないような-助けられないような-、そんな気がする。