昨年4月22日の朝日新聞の人の欄に、ごく薄の「魔法のフライパン」で世界デビューする鋳造会社社長の記事がありました。
肥後のことばですが「新しいものをいつも欲しがる人を“わさ(早稲)もん好(ず)き”」と言います。
まさに“わさもんずき”を任ずる私、早速、その会社をPCで探して「魔法のフライパン」を購入しました。注文するのが早かったのか1週間くらいで「魔法のフライパン」は我が家の一員となりました。
それを使った“うちの奥さま”の喜ぶことよろこぶこと。使い勝手が良く、料理は早く仕上がり料理のおいしさが抜群と。「ありがとうさん」と久しぶりに奥さまからお誉めの言葉を頂きました。“わさもんずき”の面目躍如たるものです。
「魔法のフライパン」。形のよさもありますが、厚さは1.5ミリ軽量でデザインも素晴らしく、使わないときは、台所を見渡す白い壁にインテリアとして下げられています。
今年4月、孫が京都の大学に進み1人で生活することとなりました。その準備が大変でした。生活に必要な品々をそろえるのに母親(娘)は大変だったようです。ところが孫が、包丁とフライパンはいらないと言ったそうです。
我が家には、退職記念のときに京都錦市場の有名店で買った包丁があります。包丁の柄には奥さまの名前が彫ってあります。孫が大学に入る前に我が家を訪れたときのこと、食事のあとで料理の話になりました。そこで「包丁」と「魔法のフライパン」を見せたところ、とても素敵だと話していたことを思い出しました。その時、孫が瞬間欲しそうな目をしたのを見逃していたようです。
後日、大学の入学祝い何がよいねと訪ねると、孫は即座に我が家で使っている「包丁」と「魔法のフライパン」をくださいといいました。母親に包丁とフライパンはいらないと言っていた意味がこれだったのですね。「包丁」と「魔法のフライパン」多分欲しかったのでしょうがそれ以上に私たちとのつながり、これまでのふれあい、その気持ちを形にして京都に持って行きたかったのではないでしょうか。
嬉しくなってしまいました。中古品だがどうぞ大事にしてください。よろこんでさしあげますよと。その日を境に魔法のフライパンは我が家を離れ京都へ旅たちました。
しばらくは、孫は今何を食べているのだろう。魔法のフライパン役に立っているだろうかと、我が家での話は尽きませんでしたが、現実の問題、わが家の料理は古い鉄のフライパンです。何か不便でなりません。
”うちの奥さま”と相談しもう1つ「魔法のフライパン」を買おうと決め、製造元に注文したのです。前よりも大きな28センチの魔法のフライパンです。
注文承りましたのメールをすぐにいただきました。ところが、ぎょぎょです。製造が間に合わず2年半後の納入となりますとあります。大変な人気だと初めて知りました。頼めばすぐにくると思っていたのは間違いだったと気付きました。
残念でした、高齢の私たち2年半あとまで元気でいることが出来るだろうか。元気でいたとしても体力はますます衰えるばかり。そうすれば魔法のフライパン少しでも小さい方がよいのではと。28センチを26センチに変更させていただきました。
あと29ヵ月と28日......、毎日、暦を眺めながら「魔法のフライパン」のくる日を待っています。孫の「魔法のフライパン」も京都で大活躍していることしょう!