昨日のTBSラジオ「夕暮れ阿久悠」のコーナーは最終回だったそうですが、最後の曲はジュリーの「ヤマトより愛をこめて」J友様は、ご主人と聴いていたそうです。
『ラジオ夕暮れの阿久ゆうで、ヤマトより愛をこめてが流れました。初め大野さんが歌う「ヤマト」を少しのあと、ジュリーのを。このコーナーもラストで、ラストにふさわしいジュリーの熱唱でした♪ 主人も上手いねと聴いてました!』
J友様、お知らせ有難うございます(^-^)
その大野さんのインタビューはこちら⇒http://www.ntvm.co.jp/int/b5.html
※音楽一家の子供時代、スパイダース時代、作曲家時代と、詳しくご自身の話をされています。ジュリーについてのところだけ、抜き出しました。「時の過ぎ行くままに」の作曲がコンペになって、井上さんが カンカンになって怒ったとか・・・(‐”‐)↓
『三つの顔・その(2)…時代をになうヒットメーカー』
作曲家としては、作詞・阿久悠氏とのコンビによる沢田研二の一連のヒットシリーズ「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」「サムライ」等々-まさに沢田研二のヒット曲全盛時代を作り出されてこられました。
続いては、大野先生のもうひとつの顔である、時代をになうヒットメーカーとして、沢田さんとの思い出などお伺いしてみました…
「彼(沢田研二)は、ヴォーカルとしては絶品の楽器ですね。(僕が)まだスパイダースの頃から、彼の声の強さを羨ましいと思ってましたね。日劇ウエスタンカーニバルなんかは、ぶっ続けで一週間もあるんですが、スパイダースのマチャアキ(堺正章)なんかは、3日目位で声がかれちゃうんですよ。ところが彼は、まったく平気で、その強さたるや…物凄いものがありましたね。」
大野先生が、歌手・沢田研二の曲を初めて手掛けられたきっかけは、TVドラマ「悪魔のようなあいつ」の挿入歌「時の過ぎゆくままに」からでした。 しかし、この曲が大野サウンドに決まるまでには、当時、阿久悠氏の作詞を、当代の人気作曲家たち6人が競作の末、みごと大野作品が選ばれたというだいそれた逸話が残されています…。その時のいきさつからお聞かせ願いますか?
「当時、久世さん(ドラマ演出家の久世光彦氏)のところに、井上堯之と一緒に打合わせに行ったんですが…彼はコンペ(競作)と知ってカンカンになって怒りましてね。(笑)『とんでもないよッ!』て。
でも僕は、打ち合わせの段階で早く(家へ)帰りたいなって…というのも、もう頭の中で(作曲した)メロディーが充満してるんですよ。だから(久世さんの)話し半分位聞いて、もう家へ帰ったらすぐ作って、あくる日持って行きました。さすがに久世さんも『もう出来たの!?…』と驚いていましたけどね。(笑)」
その後は、作詞家・阿久悠氏とのゴールデンコンビにより、沢田研二の大ヒットブームを巻き起こす訳ですが…そもそも、沢田さんの曲を作られる時は、どの様なことをイメージされたのでしょうか?
「彼(沢田研二)の曲を作る時には、まず歌う姿が頭の中にでてきて…テレビの映像ですね。 どういう音程から声を発しているか?が聞こえてくるんですよ。この音だッ!ていうそんな所から発想するんですけどね。
例えば“勝手にしやがれ”だと、あまりデレっとしたものじゃあない、ちょっと強いもの。それに阿久さんとのコンビは、殆ど詞が先(に作られること)が多かったですね…
当時“勝手にしやがれ”というタイトルが、ちょっとキツいんじゃないかって言うんで、もしボツになった時、もうひとつ代わる曲を用意しとかなきゃならない。そこで2曲目はメロ先(=先に作曲すること)で作って、詞をあとでつけた…それが、次に出すシングルのB面になって、結局(1曲目の)『勝手にしやがれ』を出すことになった。
でもあの時は、『勝手にしやがれ』のレコーディングを明日にひかえて、普通ならアッという間に出来るはずの大野克夫が…出来ないんですよ、曲がね。
井上堯之に『あすレコーディングだけど、まだ出来ないんだよ…』って言ったら『出来なきゃしょうがない。スタジオ、キャンセルだよね』と。
そういう話をしながら家に帰ってピアノに向かうと、あっという間にイントロが出てきた…ちょっときわどかったですね。
でもそんな具合なのに、当時沢田研二のLPを年間2枚も出していましたからね。僕は『2枚は無理じゃない…1枚でいいんじゃない?』と言ったんだけど、当時所属していた事務所が、いや2枚出すと言って譲らなかったですね。』
スパイダースや井上バンドの大野さん、作曲家としての大野さん以外は、意外に知らない大野さんですが、ちょっとだけ知った気になりました。
井上バンドの変遷
(1972年)
井上尭之(ギター)【元・スパイダース】【PYG】
大野克夫(ピアノ、キーボード)【元・スパイダース】【PYG】
原田裕臣(ドラムス)【元・ミッキーカーチスとサムライ】【PYG】
岸部修三(ベース)【元・タイガース】【PYG】
(1974年)
井上尭之(ギター)
大野克夫(キーボード)
岸部修三(ベース)
原田裕臣(ドラムス)
→ミッキー吉野グループ
速水清司(ギター)【元・ジプシーブラッド】
(1974年)
井上尭之(ギター)
大野克夫(キーボード)
岸部修三(ベース)
田中清司(ドラムス)【元・ソウルメディア】
速水清司(ギター)
(1975年)
井上尭之(ギター)
大野克夫(キーボード)
佐々木孝典(ベース)
鈴木二郎(ドラムス)
速水清司(ギター)