それにしても暑いっすね~ クーラーなしで暮らせるはずの逗子でもたいへんなことになっております。
とりあえずじっとしていればなんとかやり過ごせるので、せっかくの大連休なのに日が暮れるまでな―んにも出来ません。日中ブラインドの埃をふき取る作業をしただけで汗だくになりました。
去年の今頃は母親が危篤状態で、鎌倉の病院と自宅を家族交替で行ったり来たりしていたものです。もう1年経つんですね。
2002年の6月に動脈瘤で寝たきりになってから昨年の8月に亡くなるまで4年―。自宅介護というやつも3年体験しました。
思えばこの3年間は、私にとって大変意味のあるものとなりました。
一言で語るのは難しいのですが、親との永久の別れというものはこんなふうにして受け入れるものなのだと納得しました。
自分でも不思議なくらい悲しくなかったんです。
うちのママンの場合、医者に「覚悟して下さい」と言われてから長かったですが、その時には家族としてしてあげられることは何もない(出来ることは全てやった)状態でした。
あんなに自宅と病院を頻繁に行き来したにもかかわらず、ちょっと会社に顔出ししたとたんに逝ってしまい、死に目に遭えなかったことにも後悔はありません。
結局臨終の瞬間に立ち会えたのは父親だけでしたが、私はママンがそう望んだのだと解釈しています。
なんだかんだでベタ惚れでしたから
あ、もし誰かを介護中の方がこれを読んでいらしたら忠告です。
後悔することがないように、自分の出来ることを全てしてあげて下さい。でも、出来ないことはしなくていいんです。
介護という行為のために自分の生活を犠牲にしてしまっては、介護対象者がただの負担となってしまいます。
今は保険もあるし、他人の手を借りるべきところはしっかり甘えてしまうことです。
盆提灯
お供え物の藁のお馬さん
さて、本日13日はお盆の入りでした。
父方の田舎からは盆提灯なるものが送られてきました。
いつも通り茄子と胡瓜で馬を作って迎え火をしましたが、やはり肉親の新盆となるとなんとなく特別な思いがするものですね。