今回の出張は金曜日。
折角なので、尾道で一泊して猫の細道観光をしようと思っていたのですが、土曜日はかなり強い雨の予報。
そんな日に行ったら、本当に坂道を滑って転げ落ちそうだったので、泣く泣く予定変更。
広島駅前で一泊しました。
そして、こんな時だけ予報はバッチリと当たり、ホテルから外にも出られないほどの大雨・・・
いっそこのまま帰ろうかとも思ったのですが、屋内ならと記事タイトルの博物館に行くことに。
前日の平和記念公園の余韻もあり、戦時中の日本の様子や、現在の防衛についても学ぼうと思った次第。
例によって前置きが長くなりましたが、いざ大和ミュージアムへ!
JR呉線の終点、呉駅からほぼ屋根のあるところを歩いて行けます。
雨のせいもあるのか、館内はかなり混みあっていました。
入場して最初に目に入るのが、大和ミュージアムのシンボル10分の戦艦「大和」です。
見学する人の大きさとの対比で分かるように、すごく大きいです。
下から、横から、上から見学することができます。
大きすぎてカメラに収まりません。
大和ミュージアムの正式名称は「呉市海事歴史科学館」。
HPによると、
「戦艦「大和」を建造した軍港、日本一の海軍工廠のまちとして栄え、戦後は、世界最大のタンカーを数多く建造する明治以降の「呉の歴史」と造船・製鋼を始めとした各種の「科学技術」を紹介する博物館。」
とありますが、何と言ってもこの1/10スケールの大和のインパクトが強いです。
そうは言っても、私自身「戦艦大和」と聞くと、宇宙戦艦ヤマトの方を思い出してしまう手合い。
どのように作られ、最後はどうなったのか全く知識がありませんでした。
ここでしっかり学んだという次第。
呉は終戦までは東洋一の軍港、日本一の海軍工廠として繁栄したそうです。
戦後はその技術を生かし、造船業が盛んになりました。
そういえば、私が子供だった頃は「日本は造船・鉄鋼をはじめとする重化学工業の国」でした。
こちら展示室入口近くにあったヤーロー式ボイラー。実物大の罐焚きの光景を再現しています。
蒸気機関車ならまだイメージできますが、戦艦の罐ともなるとその重労働ぶりが偲ばれます。
この他、色々な展示と解説を見ていきました。
呉で建造された艦艇一覧です。
別の展示室には零式戦闘機の模型の展示がありました。
上から大型展示室の様子を見たところです。
私自身は、これまで全くと言っていいほど「戦争モノ」に興味がありませんでした。
それどころか、戦争に関するものに触れることも避けていたかもしれません。
なので、大和が終戦の年に沖縄に特攻出撃して米空軍に攻撃されて沈没したことすら知りませんでした。
乗組員の大半がなくなりその数2740名。
多くの一般市民が犠牲となった原爆とは違い、乗組員は全て死ぬ覚悟で戦地に向かったとのこと。
それでも目的地に到着する前に沈没させられたのですからさぞ無念だったと思います。
今、大半の日本人はこのような作戦に参加するよう言われたら「ヤダ」と拒否するでしょうが、
世界に目を向けるとまだまだ似たような状況が現在進行形であることに愕然とします。
大和が沈む海底の調査が行われ、最新技術を駆使して元の姿が分かるようになったそうです。
最高軍事機密だったため、当時の写真や書類がほとんど残っていなかったとのこと。
上の2枚の写真は、海底の船から回収された船体や装備品の一部です。
大和ミュージアムでは、現代の造船科学などの展示もありました。
そこは修学旅行の生徒で一杯だったのでパスし、次にお隣の「てつのくじら館」に向かいます。
雨はまだまだ降り続いています。
ここは海上自衛隊呉資料館、通称「てつのくじら館」です。
ここでは、実物の潜水艦の中を見学することができます。
展示を見ていると、ボランティア説明員が声をかけて、細かく解説してくださいます。
かつて自衛隊で潜水艦に乗っておられたOBの方だそうです。
一番詳しく説明されていたのが機掃について。
今も残る海中の機雷除去は自衛隊の任務の一つとのことで、詳しい展示がありました。
そして、一番の目的の潜水艦試乗!
残念!艦内は撮影不可でした。
とても狭くて、この中で数週間から数か月過ごすなんて、閉所恐怖症の私には信じられません。
ボランティアの方に、選抜されるのか伺ったら、希望した上で選ばれるようでした。
やはり基本は希望なのですね。
少しお腹が減ってきたので、ここで海上自衛隊名物のカレーをいただくことに。
数量限定あきしおカレーです。
スパイシーでとても美味しかったですよ!
ご飯が潜水艦型なのがなかなかいいですよね。
そろそろ雨も小止みになっていることを期待したのですが、相変わらずのザーザー降り。
広島港行きのフェリーがあるとのことなので、乗り場まで行ったのですが・・・
途中、上からてつのくじら館が良く見えました。
自衛隊の艦艇も。
残念ながら、次のフェリーが1時間以上後だったので、JRで広島まで戻ることに。
この土砂降りがやまなかったら、もう京都に帰ろうかなと思いながら・・・
【撮影:2024/10下旬 広島県呉市】