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現代人はキリスト教を信じられるか:バーガーの同名の本を読んで

2011-11-15 09:37:47 | キリスト教
これは社会学者として知られるピーター・L・バーガーが、2004
年72歳の時にリベラルなキリスト教徒として書いた本である。今
日人はいかにしてキリスト教信仰を肯定できるかという問いにつ
いて、率直に著者個人の思いや経験も含めて書いている。従って
学術書ではないが、社会学を下敷きにし博学な神学知識を駆使し
ているので、大変興味深いキリスト教信仰の検証となっている。

バーガーは自分が懐疑的で信仰を前提としない、私を拘束するも
のはない、と断っている。しかし、内容は使徒信条に沿ってキリ
スト教信仰を肯定できないかという姿勢が基調となっている。前
半で批判的な論調が予期されたが、後半では信仰に理解を示す内
容となる。

以下、主な内容を紹介したい。「現代という時代から逃避するこ
となくキリスト教徒であり続けるには、」「懐疑と信仰のバラン
ス」が不可欠である。そしてキリスト教を信奉するとすれば、そ
れは現代人の知的前提に適応できるものでなければならない、と
述べる。

19世紀に新約聖書の史的研究が起こり、歴史学は従来のイエス
解釈を受け入れられないという共通理解が広まった。それは新約
のイエスの記述がみな信仰の立場から描かれているからである。
ルドルフ・ブルトマンは、新約聖書の世界観、言い換えるとこの
世界に超自然的な力が介入していること、特に超自然的な存在で
あるキリストが介入するという考え方は現代人には受け入れ難い
という。それで彼はキリスト教のメッセージを現代人が理解でき
るようにするためには、神話的な飾り物を取り除き、非神話的な
言い方に翻訳しなければならないと主張した。いわゆる「非神話
化」である。バーガーも聖書の記述には「われわれが平気で度外
視してよいと思っているものも多い」と現代人を代表して言う。

では、キリスト教徒であり続けることはどうしてできるのか。こ
のことについて、バーガーは「そうだそうだ、このことだ!と思
わず言ってしまう時に生じる」感動(末日聖徒の言うみたまに感
じる瞬間)が、自身の経験とその宗教伝統との間の「つながり」
となる。そのつながりを注意して探し求め、意識することと評者
は読んだ。

宗教組織は二つの機能を果たさなければならないとバーガーは言
う。ひとつは「その宗教の発祥のもととなった宗教経験の核心を
維持し、次世代へ伝える」こと、第二は「その宗教的経験を社会
的に受け入れ可能なものに」すること。受け継いだものに「社会
が受け入れられるように解釈を施し、正常な社会生活の営みを吹
き飛ばしてしまうことのないように」することである。[lds教会
も正にこの二つの機能を果たしている。]バーガーはこの二つが
しばしば互いに緊張関係にあることを認めている。

信徒は各自特定の伝統が自分に与えてくれたものを受けとめ、他
の源泉から来るものにも心を開いた状態にしておくことが求めら
れるという。現代に生きる信徒の姿であろう。

バーガーは「死」を「人間性を否定する残酷なもの」と見、死に
抵抗する人類のために頁をさいている。関連して、意識のある自
己「わたし」とは一体何なのか、を論じている。

この著は現代社会に生きるキリスト教徒のために、大局から明快
に解説してくれる。大変示唆に富み、繰り返し読む価値のある本
である。読み応えのある本であった。

--- --- ---

ピーター・L・バーガー著、森本あんり、篠原和子訳「現代人は
キリスト教を信じられるか 懐疑と信仰のはざまで」教文館 2009

Peter L. Berger, QUESTION OF FAITH A Skeptical Affirmation
of Christianity, 2004
本ブログ関連記事 2005/03/01 近代社会における信仰(異端) 


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2 コメント

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日本の哲学者西谷啓治も (沼野)
2012-06-12 16:16:31
哲学者の西谷啓治がある叢書の紹介冊子に次のような文を寄せていた。「現代においてキリスト教は信ずるに足るか?」という見出しで一部引用すると次の通り。

「この叢書にあげられた思想家たちは、心の底から、内発的に、かの問いを打ち出したのであって、それはおそるべき勇気の賜物ではなかったか。キリスト教というものをキリスト教の内部から根本的に問い直そうとする姿勢を示した。キリスト教の人々がそういいう勇気を示し得るかぎり、キリスト教は信ずるに足るのである。
 将来の世界がどうなろうと、それはキリスト教を度外視しては考えられない。」

 この叢書の名前は、武藤一雄編「現代キリスト教思想叢書」全14巻。白水社。シュライエルマッハー、トレルチに始まりエリオット、ウェスレー、ヘーゲル、キルケゴール、ヴェーユ、ベルジャーエフ、ティリッヒ、バルト、ブルンナー、ブルトマン、ラーナー、ボンフェッファーなどそうそうたる名前が並ぶ。刊行は1973年頃。
 
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恵まれた世界ではどうでしょう。 (トマ2)
2012-06-16 01:49:44
戦後日本がキリスト教を国教にすることを断念しています。理由は仏教が日本人に定着していたからだとされているようです。更に物質に満たされた現代世界では宗教自体が重要に思われなくなった。また、何かと不思議がられるような宗教と勘違いされるのがいやなため、門を叩く人が珍しい状況になったと考えられる。
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