4月1日に、新元号が「令和」となり、万葉集からの出典だと知らされました。5月4日には、天皇陛下の即位を祝う一般参賀が、皇居で行われ、14万人が訪れました。
10月22日には、180ヶ国からの賓客を招き、皇居で「即位の礼」が行われました。11月9日には、陛下の即位を祝う国民祭典の「祝賀式典」が、皇居前広場で催され、翌10日には、「祝賀パレード」がありました。日の丸の小旗を振ったり、デジカメを手にしたり、沿道では11万9千人の国民が、両陛下に手を振りました。
皇室の行事のあるたび、体調不良となられた皇后陛下が、かくも長期間にわたり、笑顔を絶やされず、陛下とお二人で、全ての公務を果たされる姿を拝見し、安堵すると共に、「新しい令和の時代が始まった、」という思いを、深くいたしました。
沿道の国民の祝福と歓迎を受けられ、涙を浮かべられていた皇后様の横顔が、テレビの映像で全国に流れました。それを見た時、私は確信いたしました。
「皇后陛下のご病気は、きっと治る。」
自分も含め、先帝陛下や天皇陛下について、私たち国民は、あまりに批判し過ぎたのでないかと、反省もいたしました。反論されないお立場であると分かっていながら、私たちは、言いたい放題を言い、結局は、大切な皇室を傷つけていたのではないかと、悔いるものがあります。
いつからそのようになられたのか、歴史に疎い私は知りませんが、天皇は常に無私で、お姿はそのまま、国民の投影ではなかったかと、そういう気がして参りました。国民がお慕いし、敬愛すれば、陛下もまた、そのようなお姿で国民に接せられる。国民が敵対し、攻撃すれば、陛下もまた、国民を敬遠される。武士が政権を握る世となって以来、天皇は権勢を離れられましたが、神話以来の伝統ある名家として、権威の中心におられます。
明治以後、大正、昭和、平成と、私の知る天皇は、全て国民と共に、国民のために、一生を捧げられた方々ばかりです。国民が望むのなら、重臣たちの勧める通り、陛下は軍服を召され、軍刀を手にされました。平服を差し出されれば、黙って腕を通し、国難の先頭に立たれました。
陛下を作るのは、国民であり、陛下は常に国民を思われ、国民のために存在される。思い上がった言いぶりではありますが、私の知る陛下のお姿です。即位のバレードで映し出された、皇后陛下の涙を拝見した時、一層その思いを強くいたしました。国民の多くが、これほどまで祝ってくれるのなら、自分は応えなければならない、病を克服しなくてどうすると、そう思われていたような気がしてなりません。
上皇陛下がNHKを通じて、「退位」の意向を示された時、私は大いに批判いたしました。天皇の国事行為は、憲法で定められ、内閣の輔弼のもとに行われるのであるから、憲法違反でないかと、異議を述べました。
しかし、新元号の制定、陛下の即位、「即位式典」「祝賀式典」「祝賀パレード」と、今日までの一連の流れを見ていますと、自ずと、「令和の教訓」が出てまいります。
上皇陛下がお元気なので、国民は安心して新陛下の即位を喜ぶことができました。悲しみの葬儀を経ず、喜びの式典を行い、新しい時代を祝うことができたのは、上皇陛下のおかげです。国民敬愛の中心として、歴史に生きてこられた陛下を、一庶民である私が、自分の思いだけで批判した愚かさを、知らされます。
思い返しますと、「令和の教訓」は、まだあります。国論を二分する難題についての、新しい対応への示唆です。
1. 皇室の護持
2. 憲法改正
3. 左翼と保守の対立
4. 在日問題 等々
どちらが正しいか間違いか、右か左か、善か悪か・・という具合に、二者選択の議論で、これ以上、日本を混乱させてはならないということです。異論を封じ、反対論を抹殺するという議論を捨て、激論はしても、常に寛容であるという姿勢を、政治家もマスコミも、国民も、身につけなくてなりません。日本は一神教の国でなく、八百万の神々の住む寛容の国ですから、私たちの中には、ご先祖様のDNA ( 和の精神 ) が生きているはずです。
二者択一の議論は、一神教の国々の文化であり伝統です。それを理解し認めながらも、日本には日本の議論の進め方があります。前記の1.から4.までの課題は、今後も日本の重要事ですが、国論を二分するような進め方をやめれば、難なく解決するという気がしてなりません。センセーショナルな記事を書き、売り上げを高めたい気持ちは分かるとしても、マスコミは、もっと工夫が必要です。煽り立てれば記事が売れるとか、視聴率が上がるとか、そういう国民が多数いた日本は、もうなくなりつつあります。
国民の批判を受けられつつも、信じるところを静かに進められた上皇陛下に、学びましょうと言いたくなりました。美しい和の時代となる、令和の御代です。マスコミだけでなく、政争の専門家である政治家諸氏もですが、一番肝心なのは、現在のネット社会で、一番多数を占める私たち国民が、「寛容」の議論を身につけることです。これが一番難しいのですが・・・、この私自身が、二者択一の喧嘩口調をやめ、「寛容」のブログを始めなくてはなりますまい。
意余って言葉足らず・・、話が、「令和の教訓」にうまくつながっているのか、自信はありません。息子たちと、訪問される方々の、「寛容」を期待するのみです。