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ブラザースフォー・PPM・キングストントリオ・B・ディランのブレイク以降、70年に入ってからの日本には、アメリカのフォークシーンが、大波の様に押し寄せた。
僕の高校時代である。
若者が安っぽいギターを抱えて、公園などに繰り出した。で、警察などにも追われたりした。「反体制」の象徴フォークでもあったが、その「マネ」はすでにY・タクロウであったり、AKAちょうちんだったりして、およそフォークでは無かった!
だから、その後、簡単に「ニューミュージック」なんて暖簾に変わっても、へっちゃらだった。
アコギ持って、歌歌えば、フォークってもんじゃねーんだ!
エリック アンダーソン・はチョット異質だったな。
岡林氏や高石氏によって、日本語訳された「COME TO MY BEDSIDE]が一番有名かもしれない。
おいでよぼくのベットに♪・・・と歌われるこの歌、高校生の僕にはとっても「恥ずかしかった」が、それを、さらっと歌う、同級生に、ちょっと嫉妬だった。
そう歌う自由さが、フォークでもあった。
今は、もっとドギツイ歌詞が氾濫しているから、おったまげている。
俺が・オレガ!ってな、フォークの中にあって、エリックの歌はある種の「影」がいつも付きまとっていた。
その、スタイル!どこか、好きだった。
これ歌えたら!
って、何十年も思っている歌がある。何度も練習するが、力量のなさに、暫らくギター持って歌うのがいやになる。
今も、歌えたら「クロスロード」に立って悪魔に「魂を」売ってもいい!と思っている。
エリック アンダーソン作「THIRSTY BOOTS]。
こんなコメントでスミマセン。。。
さて。
文章や歌だけではなく、当時の
オ寒氏の写真も拝見したいのですが、
「悪魔に魂を売っても」無理でしょうか?
日本ではマイナーでした。
まだ現役、昨年日本にきました。
イメージが壊れるのがいやだったので、行きませんでした。
あれ、だめっす!
フラワームーブメント状態です。
あとでお見せします。
あんた誰!
それ、***警察署辺りから、入手のもんじゃないでしょうね?
目がつぶれるでー
「落ち着いた思慮深い大人」が昔を
懐かしんで語っている感じ。
私はそこに勝手な「虚像」を見ていた
ようです。
だって、みんな昔の写真、隠すんだもん。
全ては「森羅万象」と看たり!
ゲーテを紐解くまでもなく
「この一瞬よ止まれ!」と叫ぶもの。
汝の名は・・・・・。
masa氏の「寿司大会」成立の暁には
真実が明らかにされよう。
ゴ・ゴ・ゴ.・ゴ・ゴ・ゴ・・・・・・。
文学的世界。
さすがRESNDO氏。
やっぱり、ゴゴゴ氏でしたか?
しっぽが見えてたもんな。