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集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

月末恒例10月の都庁第2庁舎前ビラ撒き

2008年10月31日 | 日記
10月29日(水)早朝はやや寒さが増してきたものの秋晴れの空の下、定例ビラ撒きを行った。わたくしの立ち位置は最も受取がよいNSビルとの連絡口。免職取消し訴訟で「校長の証言が出ました」と声を掛けるといつも以上に受取がよかった。
この定例ビラ撒きは2006年3月31日の増田都子さんの分限処分免職処分に対し5月から開始したので、2年半続いている。

2006年9月15日に提訴した増田さんの「分限免職」取り消し裁判は10月19日第1回口頭弁論があったのを皮切りにもう2年続いている。今年9月から証人尋問の段階に入り、すでに3回行われた。
第1回 2008年9月8日(月)13時~17時 631号法廷
 大江近・都教委指導部義務教育心身障害教育指導課長(現・渋谷区立上原中学校校長)
 樋川宣登志・都教委人事部課務担当係長(現・世田谷区立八幡山小学校副校長)
第2回 08年10月2日(木) 10時10分~17時 705号法廷
 当時の九段中校長
 守屋一幸・都教職員研修センター企画部企画課長(現・指導部高等学校教育指導課長)
 種村明頼・都教職員研修センター研修部企画課統括指導主事(現・杉並区教委教育人事企画課長)
第3回 08年10月30日(木)11時~17時 705号法廷
 酒井寛昭・千代田区教委指導課長(現・千代田区教委子ども教育部育成課長)
 橋爪昭男・都教委人事部職員課管理主事(現・豊島区立明豊中学校校長)、
 勝部純明・都教委人事部主任管理主事(現・都立国分寺高校校長)

分限免職処分のそもそもの発端は、増田さんが2005年6月29日(水)~7月6日(木)に千代田区立九段中学3年A組、B組、C組の社会科公民の「政治と人権を考える」という授業で配布した教材プリント「ノ・ムヒョン大統領への手紙」のなかの2つの文言が「不適切」というものだ。「ノ・ムヒョン大統領への手紙」とは、3月の2年生最後の授業で3・1演説を読み生徒が書いた手紙のことだ。28人分の生徒の手紙に増田さんが大統領へのあいさつ文を書き、そのなかで古賀俊昭都議(自民党・日野市選出)の都議会発言を引用し「歴史偽造主義者達」と呼んだこと、「歴史偽造で有名な」扶桑社の歴史教科書と表現した部分が不適切というものだった。
増田さんの大統領宛て私信の原文
1 04年10月26日の我が東京都議会文教委員会において、古賀俊昭という都議会議員(自民党)は言っています。「(我が国の)侵略戦争云々というのは、私は、全く当たらないと思います。じゃ、日本は一体どこを、いつ侵略したのかという、どこを、いつ、どの国を侵略したかということを具体的に一度聞いてみたいというふうに思います。(カッコ内は増田)(文教委員会議事録)などと、国際的には恥を晒すことでしかない歴史認識を得々として嬉々として披露しているのが我が日本国の首都の議会なのです。
2 侵略の正当化教科書として歴史偽造で有名な扶桑社の歴史教科書を「生徒たちに我が国に対する愛国心を持たせる一番良い教科書」などと公言して恥じない人たちですから。


きっかけは生徒が持ち帰ったこの資料をめざとく見つけた平泉澄のファンである保護者が都教委に連絡を入れたことである。早くも授業の3週間後の7月25日に都教委大江課長は区教委酒井課長に教材プリントに関して照会する文書を送付した。しかしその背景は闇に閉ざされていた。
それが9月8日の大江証人の証言ではっきりした。驚くべきことに発端は古賀都議が義務教育心身障害教育指導課長、総務課長、職員課長という中枢部門の課長を呼びつけ調査を命じたことだった。プリントを入手した保護者と古賀都議とは、都教委への手紙に「私の友人である古賀都議」と書く関係だったことも判明した。ウワサになっていた三都議の直接関与が明るみに出た瞬間である。
大江課長の証言
増田側弁護士「あなたの陳述書によると、この事件のきっかけは古賀都議に呼びつけられて資料(教材プリント)を示されたことからですね」
大江課長「はい。私の他に総務部総務課長、人事部職員課長がいました。(古賀)都議から九段中の保護者から授業で使った資料を手に入れたが『問題があると思うから捜査しなさい』といわれ、千代田区教委に調査をお願いしました。」

またこの隔離研修処分は、上司である校長を飛び越した処分であったことも10月2日の九段中学校長の証言で明らかになった。
校長の証言
酒井課長は「事故報告書の雛形を作成したから、その通り書いてくれ」と私の名前で増田教諭の処分を要請する事故報告書を書くように言われました。私はこれが「事故」という認識はありませんでしたので、「事故に関する報告事項」とか書いたために、6回か7回書き直しをさせられました。
増田さんの処分が出た8月30日は私は都庁に呼ばれて行っていましたが、「ここからはこちらでやります。もう用はないから帰ってください」と言われ、処分の書類関係はすべて区教委の人に渡され、
私は処分内容も何も知らないままでした。

また増田さん本人や校長も隔離研修命令を8月31日午後まで知らないうちに、産経新聞は8月31日朝刊で「戒告処分に加え、原告が研修命令を受ける予定」である旨を報道した。さらにこれに先立つ8月5日という早い段階で、この教材プリントに出ている生徒の意見を中傷する記事を掲載していた。
2000年春の国立二小・五小問題や2003年の七生養護学校性教育事件や10.23通達と同じく、この分限免職事件も三都議・産経新聞・都教委の三位一体の行動の結果であることが明白になりつつある。
なお校長は増田さんの勤務ぶりについて「勤務態度に問題はなく、職場での同僚との関係もよく、校務分掌の仕事もきちんとや」っていたと証言した。
都教委から調査依頼を受けた千代田区教委・酒井課長は8月1日夜10時30分ころと2日の午後、高原学校引率で軽井沢にいた校長に東京に戻るよう強要したが「生徒の命を預かっている校長が生徒や教員を置いて帰るわけにはいかない」と当然のことを主張したため、全国教頭会で宮崎に出張していた副校長を電話で呼び戻し、8月3日午後、増田さんの事情聴取を行った。
酒井課長の証言
増田側弁護士「なぜ、校長先生や教頭先生が帰るまで待てなかったんですか」
酒井「そのあとの校長のスケジュールや増田教諭のスケジュールをみると、そうするしかなかった」。さらに追及されると「都教委のほうからの回答期限の関係で」と答えた。
増田側弁護士「(研修の)目的を増田さんに言いましたか?」
酒井 「言っていません。(増田には)研修の目的としては一般的なものだけ(研修命令書に書きました)です」

古賀都議の圧力を受けた都教委が、まず隔離研修ありきで、いかに強引に区教委に迫ったのかよくわかる。
こうして9月1日から千代田区立教育研究所、9月17日から東京都教職員研修センターで研修を受けることになった。しかし研修とは名ばかりで、トイレに行くにも監視人の許可を要し、壁を前にし左右には衝立のある隔離席で、「転向声明」を書くことを強要するものだった。「たたかう!社会科教師」p125―134参照)
10月2日に証言した都教職員研修センターの守屋課長と種村統括指導主事は、増田側弁護士の「増田さんが『指導要領に反する授業』をした事実があるか? 『指導と評価の一体化』ができなかった事実があるか? 『個に応じた指導』ができなかった事実があるか、『地域・保護者の理解』が得られていなかった事実があるか? 『多面的多角的な考察を促せない指導』をした事実があるか、そもそも保護者は何人いたのか?」等々、質問したが、すべての質問に「調べていません」という答えを繰り返した。 

また3月31日付け分限免職処分を起案した橋爪管理主事と勝部主任管理主事は、10月30日に下記のように証言した。
橋爪管理主事と勝部主任管理主事の証言
増田側弁護士「あなたは分限免職案を起案するときに、増田さんの紙上討論プリントによって『教育公務員としての職務の遂行』にいかなる支障があったか、生徒にどんな悪影響があったということを具体的に調べましたか?」
橋爪 「調べていません。全く調べようとは考えませんでした。」

増田側弁護士「一人の保護者以外にこのプリントやそれを使用した授業を問題にした保護者はいましたか」
勝部 「聞いていません」
増田側弁護士(校長や副校長が、勤務状況良好、人間関係に特段の問題はないと事情聴取などで答えたことを述べ)「こうした点は『適格性欠如』ということで『免職』を決めるに当たり、参考にしましたか?」
勝部「参考にしていません」


増田さんの分限免職処分理由書に「その職に必要な適格性を欠く」地方公務員法第28条第1項第3号と自分で書き、「処分事由の有無の判断についても恣意にわたることを許されず、考慮すべき事項を考慮せず、考慮すべきでない事項を考慮して判断するとか、また、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つた違法のものであることを免れないというべきである」(最高裁判所1973年9月14日第二小法廷)という判例があるにもかかわらず、この証言である。

このように次々に新事実が明らかになる証人尋問、次回は12月1日(月) 13時10分―17時 631号法廷で、増田教諭の教え子、増田教諭本人尋問が行われる。
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2 コメント

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この続きが知りたいです。 (ゆー)
2013-01-18 12:53:50
どうなったのか気になります。近況報告お願いします。
返信する
Reこの続きが知りたいです (多面体)
2013-06-23 21:35:00
どうもありがとうございます。そのあとの動きは、2013年5月27日のの最高裁による上告請求却下まで含めて増田さん自身のHPに詳しいです。
  http://masudamiyako.com/
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