2012年12月に発足した第二次安倍政権は、閣議決定による集団的自衛権容認の解釈改憲、「戦争法」(安保法制)や共謀罪の強行採決など立憲政治の破壊、第一次安倍政権時の教育基本法改悪をはじめとする教育破壊が特徴だが、昨年6月成立した「働き方改革関連法」や12月の「改定出入国管理法」成立など雇用・労働分野の「破壊」活動でも猛威を振るっている。
「
企業ファースト化する日本―― 虚妄の「働き方改革」を問う」(竹信三恵子 岩波書店 2019.2 277p)を読んだ。企業ファーストの「ファースト」は、もちろんトランプのアメリカ・ファースト、緑のタヌキ・小池百合子都知事の都民ファーストと同じ使い方だ。安倍政権による「働き方改革」とは憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」や27条「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」、28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」など「労働者保護」という土台を根本から掘り崩し、国家とグローバル企業のほうを向いた「企業ファースト」政策にほかならぬことが解明される。
1章と2章では働き方改革の2つの謳い文句「残業の上限規制」と「同一労働同一賃金」のフェイクについて説明される。働き方改革の残業規制は「罰則付き規制」とはいうものの月100時間未満まで残業OKなので、厚労省の過労死基準レベルの残業を容認する制度である。
また「同一労働同一賃金」は「同一価値労働同一賃金」ではない。すなわち客観的な職務分析に基づく同一労働ではないため、異動や転勤に対応できるかどうかなどの前提条件を含めており、労働そのものに対する平等な評価ではない。
3章「公務の『働き方改革』の暗転」では、一般には安定した職業と思われている公務部門の働き方での非正規化の進展を扱う。図書館、保育所、給食調理などの職員の半数以上が非正規で、賃金水準は正規の3-4割という「官製ワーキングプア」を生み出していること。特別職非常勤公務員、臨時職員に加え2017年に会計年度任用職員という1年任期の有期雇用をつくり(2020年施行)、「官製ワーキングプア」を合法化する制度をつくった。
また小泉構造改革下での「公務員たたき」により、世間には公務員への誤解が広がった。
4章「『女性活躍』という資源づくり」は「女性が輝く」政策の欺瞞、すなわち女性の人権推進のための労働政策から企業の成長のための経済政策への転換であることを解説する。
安倍首相は、2013年4月に記者クラブのスピーチで「女性が輝く日本」を打ち出した。しかし、本来(憲法13、25,27条に保障された)個人の幸福のためであるはずの女性の3つの潜在力(労働力、消費力、出生力)が、「輝く」政策のもとで、企業や国のための「3つの資源」へと転換されていく。
5章「『企業ファースト社会』の作られ方」は「企業ファースト社会」の本質と構造について、総まとめのような章になっている。主として男性・正社員の「標準的労働力」の領域では最大1か月100時間未満の残業で過労死ギリギリ、高度プロフェッショナル制度と裁量労働制により残業規制なしで人員抑制できる。主として非正規で女性が多い周辺的労働力の領域では(日本型)同一労働同一賃金により低賃金が固定化され、そこから落ちこぼれ、不安定な就労をする野宿者など残余的労働力もある。一方、女性が標準的労働力や周辺的労働力の領域に駆り出された穴を埋めるため、家事やケアを担う新たな低賃金労働者として外国人労働力が導入されつつある。
これらの労働政策は官庁(経産省・財務省)とリフレ派「有識者」、経団連などのスクラムにより審議会や有識者会議にグローバル企業のトップや「有識者」が内側から入り込み、あるいは国家戦略特区を活用し、議会を経ず静かに密かにつくられていった。
6章「『本当の働き方改革』の作り方」は、わたしたちにとっての「本当の働き方改革」について、取り組み方を、学校やテレビ局の事例を入れて説明している。ネタバレ(タネ明かし)になるので、ここでは紹介しない。それに長めのプロローグとエピローグが付いている。
さらに2つの「現場との対談」が差し挟まれる。3章のあとの奈須りえ・大田区議会議員との「住民生活から考える「公務の働き方改革」」と5章のあとの鳥井一平・移住者と連帯する全国ネットワーク代表理事との「地域が求めるのは「担い手」の外国人」である。
「輝く女性」「一億層活躍」「高度プロフェッショナル制度」など、個々の政策については断片的に問題点を知っていたものがいくつかあったが、企業第一主義、国力増強、「グローバル企業」や「人材ビジネス」の成長やビジネスチャンスの拡大、「人材」という資源づくりの強化、といった政策を一貫する方向性や全体見取り図が提示された意義は大きい。
東京新聞には「働き方改革の死角」という長期連載(不定期)がある4/14(日)1・3面に「ネット内職報酬低すぎ」という記事が掲載されていた。テレビ番組のあらすじなどの文章作成、イラストやアプリ作成、商品発送など、ネットで仕事を受注する「クラウドソーシング」にいまや派遣労働者(136万人)をしのぐ170万人が従事する(厚労省の推計)。しかし時給計算すると、仲介業者がシステム利用料や振込手数料を徴収することもあり200円未満というケースもあるそうだ。こうした新しい「過酷なビジネス」は今後もいくつも出てくるだろう。
また4月9日(火)1・3面には「何年勤めても給料上がらない」「正社員なのに低賃金層拡大」という記事が掲載された。介護・保育、外食、小売などサービス業では定期昇給制度がなく、昇給額がきわめて少額の勤務先で働く正社員「低賃金層」が急拡大しているという内容だ。これらの記事を読む際に個々の現象だけでなく、全体を把握する目があると読み方が変わってくる。
以下は、読んでいてマークした雑感である。
「1980年代以降、グローバル化によって、製造業が、国境を越えて賃金の安い途上国へ移転し、男性雇用の不安定化・低賃金化、サービス産業化が広がった。そうした中で、女性個人の経済的自立の必要性、サービス産業での労働力需要、少子高齢化による労働力不足が、女性の労働力化を促した(p136)。「男性片稼ぎシステム」から女性の労働力化への移行の説明だが、わかりやすい。
「一億総活躍社会」の背景説明として「女性の「労働力」と「出生力」の利用→家庭内の介護・保育要員としての女性の不足→不足分を、税や労働時間規制による国・企業の負担ではなく、(1)高齢者・若者・主婦らのボランティア的低賃金労働、(2)外国人女性家事労働者、(3)三世代同居による高齢女性の無償労働の活用などで補填、これらを公的サービスではなく、新商品として人材ビジネス業界に開放し、女性の「消費力」の活用で「GDP600兆円」に寄与させる(加えて、高齢男性の再雇用や障害者雇用の促進で、新しい低賃金労働力を調達しつつ、年金や社会保障費を削減する)」(p153)という図式の説明に、なるほどと思った。
講演で受けそうなフレーズもところどころみられる。たとえば、「職場の働き方改革」というおいしそうな皮をかぶっているが、中身は労働の規制緩和という「働き方改革」の「毒まんじゅう」の図(p10)、「正規」とイレギュラーなパート、契約社員、派遣を「多様な働き方の一つ」として同列に並べることに対し、「体にいいパンやおいしいパンをつくるよう努力するのでなく、まずいパンや有毒なパンと栄養のないパンから〈最適〉なパンを〈選択〉しろと言うのと、どこか似ている」(p54)などである。
「現場との対話」が2つ入っている。とくに奈須りえ・大田区議との対話は、「住民生活から考える」というタイトルにふさわしい具体的なトピックスが多く、勉強になった。
たとえば保育士は低賃金で知られるが、内閣府と厚生労働省の人件費基準額があり、かつ東京23区では20%の地域加算がつき、1年目の保育士で462万円/年(2018年)である。しかし民営化した保育園でそれだけの給与が支払われていない場合、差額は会社の利益や内部留保に回っている可能性がある(p115)。また公園に保育園を建てれば固定資産税も賃料も払わなくてすむので、民間会社の利益率が上がる(p121)。
図書館の指定管理者制度が進められているが、選考評価基準のひとつに貸出冊数がある。そこで貸出冊数を増やすため、ベストセラーをたくさん買う傾向がある(p116)。
特養老人ホームの利用料、障害者施設の利用料も、体育館の使用料もプールの料金も費用もともに区の歳入・歳出に入らず「国民負担率」の統計に計上されないので、民営化により本当に減額できたのかどうかわからなくなり、実態を見誤る(p118)。介護保険のデイサービスやヘルパー派遣も同様に民営化されているので、税負担にカウントされず、見かけ上の国民負担率は低くなる(p118)。
民営化しても価格が下がらず、言われたことしかやらないから競争によるサービスもよくならない、利益は経営者、リスクは住民というようなことも起こる(p127)、委託、委託と仕事を切り売りするので隙間ができ、その隙間を埋めるために委託するのでさらに非効率になる(p128)ということも起こる。
本書に出ている提案、たとえば現場からの積み上げと逆包囲、働き手の拠点づくり、企業の枠を超えたネットワーク、SNSを利用したメディア戦略などは、抽象的で当たり前で実現可能性が低い「心細い」提案にもみえる。しかし安倍一強の暗闇社会で、「蜘蛛の糸」のような一本の救命用命綱にもみえる(芥川の「蜘蛛の糸」は、残念ながら結末は地獄へ逆落としになるのだが)。東京新聞で、1歳男児をもつ政治部女性記者が、2日間テレワークで自宅作業と取材をした体験を「柔軟な『働き方』 実践して見えた課題」としてまとめ、職場内で補い合う仕組みづくりの必要性をアピールしていた(4/23 4面「視点」)。これも、その実例のひとつだ。
なお、本書には、「生産性ワンダーランド」全体の見取り図(p166)、「働き方改革」関連年表、労働相談窓口が付いており親切なつくりになっている。
安倍のことばは、福島原発事故に関する「アンダーコントロール」(2013年の五輪誘致演説)、森友問題に関する「私や妻が関係していたということになれば、まさにこれはもう私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」(2017年)、辺野古のサンゴに関し「土砂投入に当たって、あそこのサンゴは移植している」(2019年1月)など、フェイクに事欠かない。さらに「忖度」による役人の国会偽証、公文書書き換え、データ改ざんなど政権そのもののウソつき体質が徹底している。まるで「振り込め詐欺」の手本のような政権だ。
雇用・労働分野でも、「同一労働同一賃金」といっても差別を固定化させる制度であったり、「罰則付き残業規制」といっても過労死基準レベルの残業を容認する制度であったり、「女性が輝く社会」といいながら、女性を経済成長のための「資源」として扱う制度づくりであったり、表面のイメージと内実と、常に二重の意味をもつ政策づくりだった。 また有効求人倍率の高まりや有効求人数の増加も「都合のいいデータ解釈」(p6)だそうだ。
本書にもジョージ・オーウェルの「1984年」が参照されている(p44)。半永久的に戦争を継続する平和省、歴史記録や新聞を改竄し続ける真理省、反体制分子容疑者に対する尋問と処分を行う愛情省などが出てくる1949年発刊のあの小説だ。言葉には必ず二重の意味が包含されているという点で、何年前からかはわからないが、わたしたちが住むこの国を描いた小説にも思える。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。
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企業ファースト化する日本―― 虚妄の「働き方改革」を問う」(竹信三恵子 岩波書店 2019.2 277p)を読んだ。企業ファーストの「ファースト」は、もちろんトランプのアメリカ・ファースト、緑のタヌキ・小池百合子都知事の都民ファーストと同じ使い方だ。安倍政権による「働き方改革」とは憲法25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」や27条「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」、28条「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」など「労働者保護」という土台を根本から掘り崩し、国家とグローバル企業のほうを向いた「企業ファースト」政策にほかならぬことが解明される。
1章と2章では働き方改革の2つの謳い文句「残業の上限規制」と「同一労働同一賃金」のフェイクについて説明される。働き方改革の残業規制は「罰則付き規制」とはいうものの月100時間未満まで残業OKなので、厚労省の過労死基準レベルの残業を容認する制度である。
また「同一労働同一賃金」は「同一価値労働同一賃金」ではない。すなわち客観的な職務分析に基づく同一労働ではないため、異動や転勤に対応できるかどうかなどの前提条件を含めており、労働そのものに対する平等な評価ではない。
3章「公務の『働き方改革』の暗転」では、一般には安定した職業と思われている公務部門の働き方での非正規化の進展を扱う。図書館、保育所、給食調理などの職員の半数以上が非正規で、賃金水準は正規の3-4割という「官製ワーキングプア」を生み出していること。特別職非常勤公務員、臨時職員に加え2017年に会計年度任用職員という1年任期の有期雇用をつくり(2020年施行)、「官製ワーキングプア」を合法化する制度をつくった。
また小泉構造改革下での「公務員たたき」により、世間には公務員への誤解が広がった。
4章「『女性活躍』という資源づくり」は「女性が輝く」政策の欺瞞、すなわち女性の人権推進のための労働政策から企業の成長のための経済政策への転換であることを解説する。
安倍首相は、2013年4月に記者クラブのスピーチで「女性が輝く日本」を打ち出した。しかし、本来(憲法13、25,27条に保障された)個人の幸福のためであるはずの女性の3つの潜在力(労働力、消費力、出生力)が、「輝く」政策のもとで、企業や国のための「3つの資源」へと転換されていく。
5章「『企業ファースト社会』の作られ方」は「企業ファースト社会」の本質と構造について、総まとめのような章になっている。主として男性・正社員の「標準的労働力」の領域では最大1か月100時間未満の残業で過労死ギリギリ、高度プロフェッショナル制度と裁量労働制により残業規制なしで人員抑制できる。主として非正規で女性が多い周辺的労働力の領域では(日本型)同一労働同一賃金により低賃金が固定化され、そこから落ちこぼれ、不安定な就労をする野宿者など残余的労働力もある。一方、女性が標準的労働力や周辺的労働力の領域に駆り出された穴を埋めるため、家事やケアを担う新たな低賃金労働者として外国人労働力が導入されつつある。
これらの労働政策は官庁(経産省・財務省)とリフレ派「有識者」、経団連などのスクラムにより審議会や有識者会議にグローバル企業のトップや「有識者」が内側から入り込み、あるいは国家戦略特区を活用し、議会を経ず静かに密かにつくられていった。
6章「『本当の働き方改革』の作り方」は、わたしたちにとっての「本当の働き方改革」について、取り組み方を、学校やテレビ局の事例を入れて説明している。ネタバレ(タネ明かし)になるので、ここでは紹介しない。それに長めのプロローグとエピローグが付いている。
さらに2つの「現場との対談」が差し挟まれる。3章のあとの奈須りえ・大田区議会議員との「住民生活から考える「公務の働き方改革」」と5章のあとの鳥井一平・移住者と連帯する全国ネットワーク代表理事との「地域が求めるのは「担い手」の外国人」である。
「輝く女性」「一億層活躍」「高度プロフェッショナル制度」など、個々の政策については断片的に問題点を知っていたものがいくつかあったが、企業第一主義、国力増強、「グローバル企業」や「人材ビジネス」の成長やビジネスチャンスの拡大、「人材」という資源づくりの強化、といった政策を一貫する方向性や全体見取り図が提示された意義は大きい。
東京新聞には「働き方改革の死角」という長期連載(不定期)がある4/14(日)1・3面に「ネット内職報酬低すぎ」という記事が掲載されていた。テレビ番組のあらすじなどの文章作成、イラストやアプリ作成、商品発送など、ネットで仕事を受注する「クラウドソーシング」にいまや派遣労働者(136万人)をしのぐ170万人が従事する(厚労省の推計)。しかし時給計算すると、仲介業者がシステム利用料や振込手数料を徴収することもあり200円未満というケースもあるそうだ。こうした新しい「過酷なビジネス」は今後もいくつも出てくるだろう。
また4月9日(火)1・3面には「何年勤めても給料上がらない」「正社員なのに低賃金層拡大」という記事が掲載された。介護・保育、外食、小売などサービス業では定期昇給制度がなく、昇給額がきわめて少額の勤務先で働く正社員「低賃金層」が急拡大しているという内容だ。これらの記事を読む際に個々の現象だけでなく、全体を把握する目があると読み方が変わってくる。
以下は、読んでいてマークした雑感である。
「1980年代以降、グローバル化によって、製造業が、国境を越えて賃金の安い途上国へ移転し、男性雇用の不安定化・低賃金化、サービス産業化が広がった。そうした中で、女性個人の経済的自立の必要性、サービス産業での労働力需要、少子高齢化による労働力不足が、女性の労働力化を促した(p136)。「男性片稼ぎシステム」から女性の労働力化への移行の説明だが、わかりやすい。
「一億総活躍社会」の背景説明として「女性の「労働力」と「出生力」の利用→家庭内の介護・保育要員としての女性の不足→不足分を、税や労働時間規制による国・企業の負担ではなく、(1)高齢者・若者・主婦らのボランティア的低賃金労働、(2)外国人女性家事労働者、(3)三世代同居による高齢女性の無償労働の活用などで補填、これらを公的サービスではなく、新商品として人材ビジネス業界に開放し、女性の「消費力」の活用で「GDP600兆円」に寄与させる(加えて、高齢男性の再雇用や障害者雇用の促進で、新しい低賃金労働力を調達しつつ、年金や社会保障費を削減する)」(p153)という図式の説明に、なるほどと思った。
講演で受けそうなフレーズもところどころみられる。たとえば、「職場の働き方改革」というおいしそうな皮をかぶっているが、中身は労働の規制緩和という「働き方改革」の「毒まんじゅう」の図(p10)、「正規」とイレギュラーなパート、契約社員、派遣を「多様な働き方の一つ」として同列に並べることに対し、「体にいいパンやおいしいパンをつくるよう努力するのでなく、まずいパンや有毒なパンと栄養のないパンから〈最適〉なパンを〈選択〉しろと言うのと、どこか似ている」(p54)などである。
「現場との対話」が2つ入っている。とくに奈須りえ・大田区議との対話は、「住民生活から考える」というタイトルにふさわしい具体的なトピックスが多く、勉強になった。
たとえば保育士は低賃金で知られるが、内閣府と厚生労働省の人件費基準額があり、かつ東京23区では20%の地域加算がつき、1年目の保育士で462万円/年(2018年)である。しかし民営化した保育園でそれだけの給与が支払われていない場合、差額は会社の利益や内部留保に回っている可能性がある(p115)。また公園に保育園を建てれば固定資産税も賃料も払わなくてすむので、民間会社の利益率が上がる(p121)。
図書館の指定管理者制度が進められているが、選考評価基準のひとつに貸出冊数がある。そこで貸出冊数を増やすため、ベストセラーをたくさん買う傾向がある(p116)。
特養老人ホームの利用料、障害者施設の利用料も、体育館の使用料もプールの料金も費用もともに区の歳入・歳出に入らず「国民負担率」の統計に計上されないので、民営化により本当に減額できたのかどうかわからなくなり、実態を見誤る(p118)。介護保険のデイサービスやヘルパー派遣も同様に民営化されているので、税負担にカウントされず、見かけ上の国民負担率は低くなる(p118)。
民営化しても価格が下がらず、言われたことしかやらないから競争によるサービスもよくならない、利益は経営者、リスクは住民というようなことも起こる(p127)、委託、委託と仕事を切り売りするので隙間ができ、その隙間を埋めるために委託するのでさらに非効率になる(p128)ということも起こる。
本書に出ている提案、たとえば現場からの積み上げと逆包囲、働き手の拠点づくり、企業の枠を超えたネットワーク、SNSを利用したメディア戦略などは、抽象的で当たり前で実現可能性が低い「心細い」提案にもみえる。しかし安倍一強の暗闇社会で、「蜘蛛の糸」のような一本の救命用命綱にもみえる(芥川の「蜘蛛の糸」は、残念ながら結末は地獄へ逆落としになるのだが)。東京新聞で、1歳男児をもつ政治部女性記者が、2日間テレワークで自宅作業と取材をした体験を「柔軟な『働き方』 実践して見えた課題」としてまとめ、職場内で補い合う仕組みづくりの必要性をアピールしていた(4/23 4面「視点」)。これも、その実例のひとつだ。
なお、本書には、「生産性ワンダーランド」全体の見取り図(p166)、「働き方改革」関連年表、労働相談窓口が付いており親切なつくりになっている。
安倍のことばは、福島原発事故に関する「アンダーコントロール」(2013年の五輪誘致演説)、森友問題に関する「私や妻が関係していたということになれば、まさにこれはもう私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」(2017年)、辺野古のサンゴに関し「土砂投入に当たって、あそこのサンゴは移植している」(2019年1月)など、フェイクに事欠かない。さらに「忖度」による役人の国会偽証、公文書書き換え、データ改ざんなど政権そのもののウソつき体質が徹底している。まるで「振り込め詐欺」の手本のような政権だ。
雇用・労働分野でも、「同一労働同一賃金」といっても差別を固定化させる制度であったり、「罰則付き残業規制」といっても過労死基準レベルの残業を容認する制度であったり、「女性が輝く社会」といいながら、女性を経済成長のための「資源」として扱う制度づくりであったり、表面のイメージと内実と、常に二重の意味をもつ政策づくりだった。 また有効求人倍率の高まりや有効求人数の増加も「都合のいいデータ解釈」(p6)だそうだ。
本書にもジョージ・オーウェルの「1984年」が参照されている(p44)。半永久的に戦争を継続する平和省、歴史記録や新聞を改竄し続ける真理省、反体制分子容疑者に対する尋問と処分を行う愛情省などが出てくる1949年発刊のあの小説だ。言葉には必ず二重の意味が包含されているという点で、何年前からかはわからないが、わたしたちが住むこの国を描いた小説にも思える。
●アンダーラインの語句にはリンクを貼ってあります。