◎小悟何回、大悟何回
無聞思聡は、最初に独翁和尚の下で「不是心、不是仏、不是物」という公案で参禅した。その後、六人のグループでお互いに深めていった。
次に淮西の教無能禅師から「無字」の公案をもらった。
その後淮上の敬兄に「あなたは6、7年参禅しているようだが、どんな境地か。」と質問されて、無聞はしどろもどろになり、悟っていないことがバレた。
無聞は、敬兄に「それでは、どうすればよいのでしょうか」と問うた。敬兄は、「端的な意を知ろうと思うなら、北斗を南に向かって看(み)よ」と教えてくれて去って行った。※南を向けば北斗星は見えない。が、北斗を南に向かって看(み)よ。
以後35日間、無字の公案はやらずに、「端的な意を知ろうと思うなら、北斗を南に向かって看(み)よ」の公案に取り組んだ。その間、歩いて歩いていることを忘れ、坐って坐っていることを忘れるという状態だが、どうしてもこの公案が解けなかった。ある時皆と坐禅している際、食事時にふっと心がゆったり清らかになった。この時感情も想念も破裂し、一枚一枚皮を剥いでいく(シュンニャ)ようになった。目の前の人も物も一切見ないこと虚空のようであった。
半時ばかりして我に返って、全身から汗が流れた。そこで「端的な意を知ろうと思うなら、北斗を南に向かって看(み)よ」の公案を悟り得た。敬兄に伺ってその見解が正しいことを確認してもらえた。
だが、自分では、境地が自由自在(洒落)ではないことを自覚していたので、その後香巌山に入って一夏を修行した。そこは坐禅中に蚊がひどく、痛さに両手を組んでいれなかったが、痛みの肉体感覚から離れ、歯を食いしばってこぶしを握りしめ、ただひたすら無字の公案に取り組んで、忍びに忍んでいた。
すると、思わず身心が寂静となり一軒家の四方の壁が崩れたようになり、身体は虚空のようになり一つとして心にかかるものはなくなった。午前8時に坐り始め午後二時に定から出た。自分でわかった、仏法が人を裏切るものではなく、ただ自分の努力や工夫が足らないだけであることを。
だがこれでも小さな隠れて見えない妄想が滅し尽くされていなかったので、さらに光州の山中に坐ること六年、陸安山中でも六年、また光州の山中に三年にしてようやく大悟(頴脱)した。
(以上禅関策進/汝州香山無聞聡禅師から)
よく禅では小悟何回、大悟何回などと言う。だが、いわゆる大悟ですら不完全だったり戻ったりする。あるいは、真正の大悟ですら彼にとって一片の素敵な思い出になってしまう(ダンテス・ダイジ)。
この話のように大悟した後、悟後の修行(聖胎長養)をするケースや、もう一度大悟にチャレンジするケースもあるだろう。また大悟の後に生存しないケースもある。大悟の後に酒徳利を抱えて街をうろうろするのもよい。どれが善い悪いなどは言えない。
それでも今日も冥想を。
無聞思聡は、最初に独翁和尚の下で「不是心、不是仏、不是物」という公案で参禅した。その後、六人のグループでお互いに深めていった。
次に淮西の教無能禅師から「無字」の公案をもらった。
その後淮上の敬兄に「あなたは6、7年参禅しているようだが、どんな境地か。」と質問されて、無聞はしどろもどろになり、悟っていないことがバレた。
無聞は、敬兄に「それでは、どうすればよいのでしょうか」と問うた。敬兄は、「端的な意を知ろうと思うなら、北斗を南に向かって看(み)よ」と教えてくれて去って行った。※南を向けば北斗星は見えない。が、北斗を南に向かって看(み)よ。
以後35日間、無字の公案はやらずに、「端的な意を知ろうと思うなら、北斗を南に向かって看(み)よ」の公案に取り組んだ。その間、歩いて歩いていることを忘れ、坐って坐っていることを忘れるという状態だが、どうしてもこの公案が解けなかった。ある時皆と坐禅している際、食事時にふっと心がゆったり清らかになった。この時感情も想念も破裂し、一枚一枚皮を剥いでいく(シュンニャ)ようになった。目の前の人も物も一切見ないこと虚空のようであった。
半時ばかりして我に返って、全身から汗が流れた。そこで「端的な意を知ろうと思うなら、北斗を南に向かって看(み)よ」の公案を悟り得た。敬兄に伺ってその見解が正しいことを確認してもらえた。
だが、自分では、境地が自由自在(洒落)ではないことを自覚していたので、その後香巌山に入って一夏を修行した。そこは坐禅中に蚊がひどく、痛さに両手を組んでいれなかったが、痛みの肉体感覚から離れ、歯を食いしばってこぶしを握りしめ、ただひたすら無字の公案に取り組んで、忍びに忍んでいた。
すると、思わず身心が寂静となり一軒家の四方の壁が崩れたようになり、身体は虚空のようになり一つとして心にかかるものはなくなった。午前8時に坐り始め午後二時に定から出た。自分でわかった、仏法が人を裏切るものではなく、ただ自分の努力や工夫が足らないだけであることを。
だがこれでも小さな隠れて見えない妄想が滅し尽くされていなかったので、さらに光州の山中に坐ること六年、陸安山中でも六年、また光州の山中に三年にしてようやく大悟(頴脱)した。
(以上禅関策進/汝州香山無聞聡禅師から)
よく禅では小悟何回、大悟何回などと言う。だが、いわゆる大悟ですら不完全だったり戻ったりする。あるいは、真正の大悟ですら彼にとって一片の素敵な思い出になってしまう(ダンテス・ダイジ)。
この話のように大悟した後、悟後の修行(聖胎長養)をするケースや、もう一度大悟にチャレンジするケースもあるだろう。また大悟の後に生存しないケースもある。大悟の後に酒徳利を抱えて街をうろうろするのもよい。どれが善い悪いなどは言えない。
それでも今日も冥想を。