閏月王郢は鎭海節度使裴璩に敗れ、一味の裏切りもあり敗死した。
王仙芝は江南に向かい、二月鄂州を落とした。黄巣はそのあと山東地方を荒らし、鄆・沂州を陥落させ、天平節度使薛崇を敗死させた。
二月には昭義軍・六月忠武軍、九月には鹽州軍、十月には河中軍、十二月には桂管軍で軍乱がおき、多くは節度使等が逐われた。
これは軍の統制が崩壊し、軍人の自立が始まったことを示している。
十一月王仙芝は、招討副使宦官楊復光の説得で帰順を考え、幹部の尚君長を派遣したが、討伐軍の別將宋威は功を焦ってこれを殺し決裂させた。
怒った仙芝は荊南を攻撃し陥落寸前まで追いつめた。
王仙芝は江南に向かい、二月鄂州を落とした。黄巣はそのあと山東地方を荒らし、鄆・沂州を陥落させ、天平節度使薛崇を敗死させた。
二月には昭義軍・六月忠武軍、九月には鹽州軍、十月には河中軍、十二月には桂管軍で軍乱がおき、多くは節度使等が逐われた。
これは軍の統制が崩壊し、軍人の自立が始まったことを示している。
十一月王仙芝は、招討副使宦官楊復光の説得で帰順を考え、幹部の尚君長を派遣したが、討伐軍の別將宋威は功を焦ってこれを殺し決裂させた。
怒った仙芝は荊南を攻撃し陥落寸前まで追いつめた。