ラッシーママのひとりごと

仕事を辞め好きな事に一日を費やしている主婦です。

箱根駅伝!

2009年01月03日 | 日記

昨日、今日との二日間、お正月の風物詩となりつつある“箱根駅伝”があった

ラッシーママはマラソンというと、何故か熱い血が騒ぐのです

以前ブログにも書いた事がありましたが、ラッシーママの学生時代は頭の方はパッパカパーでしたが、スポーツに関しては自信がありました(今では考えられませんが・・・)

毎年1月1日はお客様がいらしたり、出掛けるのは構わないのですが、2日3日の
“箱根駅伝”のある日はなるべく用事も最小限にして、朝7:00からテレビの前に座り、CM中にトイレに駆け込み、少しも見逃すまいと必死なのです

まず“箱根駅伝”に出られる条件は、23校中前年の上位10位迄シード権として
出場出来、残り12校を予選会で争う事になる。

但しシード権の中に「関東学連選抜」が入った場合は、予選会で上位13位迄が
出場出来る。

今回の“箱根駅伝”に出場する為には、去年の10月に「国営昭和記念公園」での
予選会が繰り広げられたが、その時の出場校45校の各校12名が20キロを走り、上位10人の合計タイムで上位10校が決定し、残り3校は「関東インカレ」の総合順位
とエントリー数をポイント化して合算したタイムで決まる。

この時から既に戦いは始まっているのである。

ラッシーママは、この予選会もテレビで観るが、13位と14位では“天国と地獄”程の違いがある。

13位迄に入れば“箱根駅伝”に出られ、14位では出られないのです。

この13位と14位との違いといっても、たった1秒の違い位しかないのですが、この1秒で片方は喜び、片方は泣き、観ている方も貰い泣き

そのような厳しい中から勝ち取った“箱根駅伝”なのですから、どんな成績だろうと
「箱根を走った」という自信は、どんなに苦しい時でも乗り越えていくでしょう。

                 総合優勝は東洋大でした。

           

           

           
                優勝の立役者・第5走者  柏原 竜二君


2日は「読売新聞社」前より各校5人が往路108キロを“箱根の山”を目指し、いっせいに走りぬけて行くが、どの大学も技量の差は殆ど無い。

4,5年前迄は第1、第2と中継所の数が増える毎に、先頭の人のタイムより一定の
時間が過ぎると「繰り上げスタート」で、襷を渡そうと走ってきても、受け取る走者が
既に走っていってしまい、“母校の襷を繋げなかった”と泣いている姿を目にしたが、今回の往路では「繰り上げスタート」は無かった。

それ程、各校のレベルの高さを示している。

3日は復路108キロを5人で「芦ノ湖」より「読売新聞社」を目指すが、前日の順位の大学が時間差毎にスタートして行ったが、下位2校のみが繰り上げスタートしただけでした。

“箱根駅伝”での山場は、5区、6区の山下り、山登りではめまぐるしく順位も入れ変わり、観てる方も興奮して頑張れ・頑張れ

復路の8区では城西大学の走者がアクシデントでリタイアしてしまい、母校の襷を
断ってしまい、泣いていたが、この走者は襷を繋げなかった事でこれから悩む事だろう。

もしこの走者が来年も走る機会があったなら、是非とも頑張って走り抜き襷を繋げて欲しい。

優勝候補の前評判の高かった、駒澤大学、東海大学は今年の成績は散々なもので
往路、復路を東洋大学と早稲田とで争っていたが、3位以下の順位はめまぐるしく
変わり、中でも凄かったのがシード権争い

各校の走者が互いに持久力の出し合いだが、技量には差が無く、先に諦めた方が
負けの為、みな必死の形相、観ているラッシーママもどの大学にも勝たせてあげたい

この“箱根駅伝”に出る為、何処の大学も練習練習に明け暮れ、苦しい時の連続でしたでしょう。

でも昨日、今日の皆で走り競っている姿は観ている人全員に感動をくれました。

結果はどうであろうと、これからの人生“箱根駅伝”で走ったという事を誇りにして生きていって下さい

感動をありがとう

 

 

 

 


 

 

 

 

コメント (6)
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