イタリアの風に吹かれて ~con te partiro~

前世(かこ)から未来(いま)へと紡がれし時の記憶
あなたと交わした約束の欠片を辿る遥かなる愛しき旅

【 空 海  -至宝と人生- 】                     三夜 連続放送 の ご案内

2011年08月06日 17時42分39秒 | テレビ番組

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8月7日(日)~8月9日(火)、BSプレミアムで3夜連続

 【 空海 ~至宝と人生~ 】 が放送されるようです

(因みに再放送は8月21日午前~午後にかけてBSプレミアムで

 纏めて放送されるようです。私はHDD録画予約済みです)

先日の夜中、一足早く 番組のダイジェスト版が

放送されていましたが僅か15分程の番組案内も

興味深い内容でした。その時のアナウンサー番組案内を

中心に、一部番組HPから抜粋した内容を

ここに纏めたので ご紹介します。

番組内で流れているBGMも美しいものでした。

清らかな水が流れるが如く、魂の奥底の記憶を

思い出させてくれるかのような、古(いにしえ)を

ふうっと感じさせて貰えるような心地良い音霊に

皆様も、暫し癒されてみては如何でしょうか?

1200年前、四国山中で

己の進むべき道を一心に求める若者がいた。

ある朝、洞窟から見えたのは空と海だけが広がる光景。

それを自らの名前にした空海。

空海は、唐の時代の中国に渡り新しい形の仏教、

密教を齎(もたら)し、日本の文化や思想に

大きな影響を与えた。

密教の教えは言葉だけでは伝わらない。

目に見える形にして伝えようと空海が残したものは

それまでには無かった怒りの仏像。

(日本で初めて怒りの表示用の仏像を造った)

国家の安寧から五穀豊穣、無病息災までを祈る

秘密の儀礼。また、優れた書は、

平安時代の三筆と称えられている。

仏の宇宙を描いた曼荼羅も

空海が日本に初めて齎した。

 

8月7日(日) PM7:30~9:00 第1集 『仏像革命』

平安時代の日本に空海が齎した密教の仏像は、

2011年7月~9月まで東京国立博物館に展示されています。

京都 東寺の講堂に並ぶ21体の仏像。

 空海が晩年に構想した 『立体曼陀羅』

中央の座を占めるのは、密教の本尊、大日如来。

その周りを様々なポーズと表情と仏像が囲む。

宇宙の創造をもたらした梵天、

凛々しい表情を称える帝釈天は

宇宙を統治する、と言われている。

空海を主人公にした歴史小説を

18年執筆している作家、夢枕 獏氏が

強い関心を抱いているのは、

日本では空海が初めて造ったと言われている、

圧倒的な力で迫る怒りの表情をした仏像である。

激しい行相をあらわす明王像

れまでの仏像は、慈悲の心を顕し、

 怒りをあらわにしたものはなかったという。

 空海は怒りの仏像を中国で知った。

 804年、31歳の空海は、新しい仏教を求めて、

 唐の都 長安へ向う。何故、怒りの仏像なのか?

夢枕氏は、かつての長安、現在の西安を訪ねる。

 そこには唐の時代の、数少ない密教の仏像が

残されていた。『立体曼荼羅』の中にある

降三世明王(ごうざんぜみょうおう)

怒りの表情をしている。密教では怒りを顕す明王が

人々を災いから守ると共に、その恐ろしさで

人々を導くとされている。慈悲だけでなく、

怒りの仏を持つ密教に空海は求めるものを見つけた

夢枕氏は考え、「慈悲の仏だけでは収まりきれない、

癒しきれないものを人間は持っているという

ベーシックなものが空海には有ったと思う。その時に

空海が必要としたのは怒りとか怖いもの」と、氏。

 夢枕氏は、怒りの仏像に込めた空海の思いを探り、

ドラマの脚本を書いた。

空海はどのように仏像を造って行ったのか、

 仏師 松本明慶氏の指導のもと、

日本で初めて怒りの仏が生れた様子を再現する。

 それまで日本にはなかった怒りの仏の誕生、

 空海がもたらした仏像の革命を描く。

 

8月8日(月)PM8:00~9:30 第2集『名筆の誕生』

 空海が残した直筆の書から空海の人生を辿る。

年齢を重ねると共に、多才な書を残した空海。

その豊かな表現は、日本の書の歴史に

大きな足跡をのこした。空海青春の思いを

戯曲仕立てでかいた国宝、ろうこ指帰(しいき)は

空海24歳の時、仏教を志し出家したことを

自ら綴ったもので、現存するものでは最も古い、

空海の直筆である。当時、仏教界の第一人者だった

最澄に贈った手紙がある。

それは「風信(ふうしん)むんしょ」、で始まる『風信帖』。

空海が40代を迎える時の書で、行書と草書を見事に

使いこなしている。この書を交わした頃最澄は

空海の弟子の1人となる儀式を受け、

空海の名声は高まっていく。48歳になった空海の、

奇っ怪とも称される書が残されている。

それは太くかすれて波打つ独特の文字。

「読ませるものではなく、見せるもの」と、語るのは、

書家 岡本光平氏。岡本氏は、30年に渡って

空海の書体を研究してきた。

読ませる文字ではなく、見せる文字。

空海はどんな思いを込めたのか?

62歳で生涯を閉じた空海が、

晩年に書いたと伝えられる書には、

【 人の短所を言ってはいけない。

自分の長所を自慢してはいけない。】と言う

教訓を書いたこの書は文字の崩し方や連ね方に、

日本独特の表現が生れていると言われるが、

空海の書としては異質のものである。

書家の石川九楊氏はこの書に

やがて誕生する ひらがなの芽生えを見る。

空海が残した数々の名筆、そこに秘められた物語を

2人の書家と共に読み解く。

8月9日(火)   PM 8:00~9:30

第3集  『 曼荼羅の宇宙 』

空海自らが 

「密教の教えは深く、文字では伝えられないので

絵図を用いて表現する」と、語っているように

密教美術は造形の宝庫であり、多彩さと秀逸は

仏教美術の中でも群を抜いておりその頂点に立つのが

縦4.2m、横3.9mの巨大な『両界曼荼羅図』。

空海が中国から持ち帰った密教。

その世界を目に見える形で表現したのが曼荼羅。

色彩を施したものでは現存する最古の両界曼荼羅は

平安時代の色づかいが鮮やかに残っている。

大小様々な仏達。その数 およそ1800。

界を示す仏、怒りの仏、

森羅万象が仏の姿で表されている。

1つ1つの動きや表情には

どんな意味が込められているのか?

仏たちの宇宙とも言われる

曼荼羅の宇宙を訪ねるのは、

国際的に活躍される気鋭のダンサー森山開次さん。

(この方のダンスは舞台で何度か拝見させて頂きましたが

 肉体美もさることながら、卓越したその表現力は

 本当に本当に素晴らしいものでした。踊る為に

 生れてきた方、そんな風に感じさせられました。

 番組内では曼荼羅から得たパワーを新作のダンスにして

 表現されるようなので こちらもとても楽しみにしています)

森山さんは、仏達の手や仕草を読み解く為

密教発祥の地、インドの舞踊にヒントを求め、

空海が修行した場所を訪ねる。

空海が自ら制作に関わった曼荼羅がただ1つ

残っている。現存最古の両界(りょうかい)曼荼羅。

当時の色合いは殆ど失われ仏の形もよく分からないが

X線を使った調査で見えてきたのは

金と銀によって描かれた仏の姿だった。

当時の技法を使って復元された曼荼羅が

奈良 国立博物館にある。金と銀で描かれた仏達が

今にも動き出すかのように輝く。

森山さん曰く

「エネルギーが身体の中のエネルギーとなって身体の中を

動かしてくれる、身体の中を巡ってくれる、

それが動きとなって踊りにしたいな、

という思いはあります。」 とのこと。

仏達のエネルギーに満ちた空間、曼荼羅。

空海が中国からもたらした至高の美の神髄に迫る。


夏 物 語

2011年08月06日 06時07分33秒 | 

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    見上げし 空の雲の表情 見て 思う

     一心に鳴く セミの様 見て 思う

揺れる風鈴 耳底に ふれる振動 感じて 思う 

隣家から 流れ たゆたう 蚊取り線香の香に

        日本の風情 みてとれる 

巡りくる季節の中に 身を置いて 毎年 思う

     暑き夏、感じる深い 物悲しさよ


あるブログとの出逢いから

2011年08月06日 03時03分08秒 | 日々思い感じること

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8月5日は 観劇でした。(マチネ)

また、エネルギーと感動をチャージして頂きました。

朝、外出する前に、

ある方のブロク゛を初めて拝見していました。

長めの文や短い文などを、サーッと一気に

100近く流し読みをさせて頂きました。

この方は3月11日の大地震を言い当てた方の様でした。

昔から、不思議な能力を授かっていた方という事が

ブログを拝読して分かりました。

「ブログに綴られている内容はもしかしたら

心無い人達からの中傷を受ける事になったりは

しないのだろうか」と、ご本人様とお逢いした事も

面識もない私ですが、一瞬、その方の事を

案じてしまうほど、歯に衣着せず、スパッと正直に、

ご自身の思いを言葉に載せて綴っておられました。

ブログを拝読する中で この方が最近、

書籍を出されたことを思いがけず知りました。

私は「この本を読みたい」という心境にかられ、

外出する前の、限られた時間に、

地元の書店ではなく、少し離れた、

でも 時々書籍を注文している少し大きい書店に

この本の在庫確認の電話を入れました。

というのは、この書籍は恐らく人気で

既に売り切れているように感じさせられたからです。

仮に重版されるとしても、既に8月に入っており、

お盆も近いので、中継ぎや出版社は

休みに入る為、入手出来たとしても、

秋になってしまうのではないかと、一瞬のうちに

色んなことがバーッと脳裏をよぎりました。

書店に在庫確認をした所、やはり でした。

この書籍は人気が高く既に2、3度重版されており、

出版社でも品薄になってる事も確認できました。

が、しかし、です。

運良く、電話を入れた書店には丁度1冊在庫があり

お取り置きして頂く事が叶いました。

出来れば すぐに読みたい書籍でしたので、

とても嬉しく思いました。書籍は、観劇の帰りに

途中下車をして早速 取りに行きました。

この書店では 午後にも発注していたこの書籍が

更に5冊入ってくる、という事でした。

普段は本当に腰が重く、のんびり、のほほん、

ボーッ と している私なのですが

ひと度 お尻に火がつけば(笑)

そして、何かこれ! というものや、

そこに ピカッと光る 【的】 を感じると、

とたんに 物凄い動物的直感が働き、

頭がブーンとフル回転し

(何故か今、Dr.スランプ アラレちゃんの

キーンと走る姿がポッとよぎりました)

行動的な私へと 変身します(笑)

今回もそんな直感が功を奏してくれた様です。

帰宅後、パラパラと 読み始めましたが、

「 しっくりくる いいご本だなぁ~」と、

私は感じさせられました。

(現在4冊の本を同時に読んでいます)

スピリチュアル関連の書籍は

今や書店に 所狭しと 並んでいますが、

「ん?」と 思う 眉つばものも多いと感じる中、

この書籍は、ビンゴでした。

実は帰宅後、この書籍をデジカメに写したので、

昨日中にブログでご紹介するつもりでいましたが、

何故か?アップしようとする直前に突然 私の中で

声なき声から 待った! がかかったので

今回は勿体ぶる訳でもなく見送る事に致しました。

けれど、思うのです。

このブログにお立ち寄り下さっている皆様の中で

もし この書籍を本当に必要とお感じになり

欲しいとお思いになるのであれば、

ご自身で情報を辿っていかれて真剣にお探しになれば 

きっと 【求めよ、さらば 与えられん】が如く、

それはちゃんと ご自身の元へと引き寄せられてくる

と、私はそんな風に思いました。

自分が本当に必要と感じたものに対しては、

人というのは、凄い集中力を発揮し、

一生懸命になり 時間を割くように思います

ただ たまたま 何となく知ったこと、とは違うので

本当に欲しいと思う物を手にした時の歓びというのは

言い尽くせぬものがあるのではないかと想像します。

そしてそれは、本当の意味でご自身の血肉となって、

ご自身の人生をより鮮やかに彩る、

意味ある出逢いに繋がる様なそんな気が致しました。

私の反省点なのですが、そして 今 現在も

かつての その癖に引っ張られない様に 時々

自身を振り返り、自己点検をしている最中なのですが

私は長い間、人様(友人)から聞かれていなくても

本来の性質がお人よしの姐ご肌なので(苦笑) 

自分の知っている事や、自分が学んだ講座の内容、

更には苦心し時間をかけて 漸く辿りついた

レアな情報なども近しい人には何等疑問に思う事なく

当たり前のようにお知らせをしていました。

時には人と人のご縁を結んだり、

ある分野のお勉強をしている友人には、

その先生をご紹介したり、人から相談を受けると、

無意識に自分の事を後回しにして

相手の為に時間を割いたりというのを

長年 やり続けてしまっていました。

しかしスピリチュアルな学びをする中で有り難い事に

漸く本来の私自身が、私の気持ちが目覚め、

育ってきました。現在は自分の心地良いペースで

スピリチュアライズされた日々を送るようになりました。

そんな私が当時の自分を振り返った時改めて思うのは

相手が本当に知りたいと望み教えて欲しい、と

直接言葉でちゃんと伝えてくれる迄は むやみやたらに

何でもかんでも、それがその人にとっては

例え プラスと思われる事であったとしても 

意地悪などではなく、ある意味心を鬼にして

敢えて自分からお知らせをしたりしないように

心がけるようになりました。そして、さりげなく

私の大切な砦、境界線を越えてくるような方には 

申し訳ないなぁ、と思わないで

( まだ思ったりしますが ) 

NOを伝えよう、という意識になってきました。

今では 【 自分の時間 】 を

とても大切に思っているので、友達も

そんな私の時間の事を大事に思ってくれる方でないと 

お付き合いは難しいなぁと自然に思う様になりました。

私は ごく、ごく普通の人間なので、1年365日、

毎日 研ぎ澄まされていて、常にブレずに穏やかで、

怒ったりもせず、愚痴も言わない、悩みもない、

ルンルンな人間ではありません。

落ち込んだり、悩んだり、イライラしたり、

弱っている時には温かな言葉をかけて欲しいなぁ~と

思うこともあります。また、お仕事として人様の悩みや

お話を伺うという立ち位置ではないので

無意識に 私に対して、

「頂戴、頂戴 私をなんとかして頂戴」オーラを発し

頼ってくる方、私が一方的に励まし続け、

何等 与え続けなければならないような方は

正直 心がとても しんどいので、今では

そういう方からは自然に離れるようにしています。

本当の友達というのは、お互いに高めあい、

認め合い、お互いを思い合う、

そんな対等な関係のように思えてなりません。

私は、自分が何か友達に相談に乗って欲しい事が

ある時はどんなに親しくてもそこに胡坐をかかないで

また 年下であるとかないとかも関係なく、

友達は親子ではないので、必ず自分の言葉で

「○○について話を聴いて貰っていい?」と伝えます。

そして聴いて貰った後には、

「スッキリした。元気が出てきた」なんて言葉ではなく

私の為にその人が割いてくれた、貴重な時間に対して

まず、「話を聴いて頂いて本当に有難う」と伝えます。

私は人の心の機微に敏感です。それは思うに

小さい頃から多くの人と接っし、

友達と元気にかけずり回って遊んでいた中で、

自然に人間ウオッチングを重ねた故ように思います。

そんな事から親しい友達ほど相手が何も言わなくても

その表情や瞳の輝き、文字、声のトーンで、

悩みがあるとか、話したいことがあると察知します。

今までは友達だからと、当たり前の事として 

特に疑問に思うこともなく

「shokoちゃん聴いて貰っていい?」と打診する前に

自分の方から「大丈夫?」と聞いていました。

けれど、言葉もまだおぼつかない

小さなお子達と向き合っているのとは違うので

最近では、お友達が自分の口で、言葉でちゃんと、

「相談に乗って貰っていい?」と伝えてくれるまでは、

たとえ気づいていたとしても、実際は辛いのですが

意地悪をしているというのでもなく 黙っています。

自分が何も言わなくても相手が察知して聴いてくれる

というのは、甘えであり依存のような気がするのです。

そしてそれは、親と子の関係にのみ

成り立つように思うのです。

どんな時にも、私達を常に見守って下さっているという、

魂の親である 酸いも甘いも噛みわけた 守護霊は、

「聴かれなければ答えない」というスタンスだそうです。

なのに、肉体を持ち、この物質世界で生きている私達

失敗を何度も繰り返す 私達未熟な人間が、

相手からお願いをされても、聴かれてもいない事を、

伝えてしまうのは、ある意味 越権行為の出すぎた事

なのではないだろうか、と ここ数年 思うに至りました。

私も、そして皆さんも 自分の存在を

やっぱり 大切に思って欲しいですよね?

私達は 人から ぞんざいに扱われる為に

生を受けたのでもなく、大切に思う友達と居て

ココロがなんか寂しいな、と哀しみを抱える為に

友達と出逢い関係を紡いでいるのではありませんよね。

時々思うのは、友達というのは目に見えない事、

つまり話や悩みを聴いたからといって、お仕事と違って、

ドライに割り切って

「はい、今貴女の話を1時間聴いたから○円支払ってね」

という 関係ではないからこそ、

本当に有り難いと 私は、思うのです。友達というのは

基本、何を言っても許され、受け止めてくれる

肉親とは違います。なので もし 友達が友達の大切で

貴重な自分の時間を無条件に、快く、割いてくれたら

それは当たり前ではない、大きな思い遣りだという事を

認識し、本来は 有ることが難しい、【有り難し】であると

いうことを謙虚に受け止め、感謝なさるのが

気持ちの良い関係を紡いでいける様な気が致しました。

信頼するある方に随分昔に伺ったことがあります。

それは、「健全な親子関係を紡げなかった人というのは

友達同士で親子関係をしてしまうので揉める」と。

そしてまた、「あなたは自分の事は後回しにして

人の為には無償になってやってあげすぎよ」とも。

( 確かにそうだったのです・・・ )

私は広く浅く人と交流するタイプではないので

親友、と呼べる人もそんなに多くいませんが、

学生時代から20年以上の付き合いになる、

親しくしていた友人がいました。

お互いの家を行き来し、お互いの両親とも顔を合わせ

おばあちゃんになってもきっと、友達でいるだろう、と

お互いに思っていた大切な友人でした。

けれど、数年前 哀しいことですが、

ある事をきっかけに、私の方から

お友達を降りることを手紙で伝えました。

彼女は私の事を、良くも悪くも何を言っても許される、

何を言っても受け止めてくれる、親、肉親と、

いつしか無意識に思い、勘違いをしていました。

ある時期、精神的に落ち込んでいた私に対して

彼女から届いた手紙には、ご自身の生れたばかりの

お子さんの写真が数枚入っていました。

そして手紙には、友達の事細かな近況や

お子さんの事がダーッと連ね 書いてありました。

私はそれまでも時々、お子さんの成長ぶりや

彼女の近況なども 今までも そうしてきた様に

ちゃんと手紙で触れていたにも関わらず、

彼女は私が、お子さんの事で、思った以上に

質問をして来ない事に何か物足りなさを感じたのか?

ある時、悪びれず しかも堂々と、

そして当たり前のように 私に手紙で

「親友だったら友達がどんな風に子育てをしているか

知りたくなって質問するのが普通だと思う」etc、と

あった時、私の中で今まで積み上げてきたものが

サーッと音を立てて崩れるのを感じました。

そして、怒りの感情が頭をもたげました。

自分で言うのもなんですが、私は自分の話ばかりを

一方的にする人間ではないと思っています。

人のお話を伺うのは とても為になるので好きです。

友達や知人と話をする時には色々とご質問したり

相手のお話に耳を傾けています。

(聴き上手、ほめ上手とも言って頂きます)

彼女の実のお兄さんが いかに優秀であって、

その奥さんの家具のセンスがいいとか、彼女の

姪っ子さんがどうのこうの、と言う話にも

今迄 疑問に思うことなく話の腰を折らず

普通に話しを聴いていました

彼女は いい所も沢山ある、心優しい人でしたが、

当時、私なりに分析をして思ったのは、

私も何度かお会いし接した事のある母様との関係が

やはり健全ではなかったと、感じました。

母親に言われるままに押さえつけられて育った彼女は

いつしか自分の思いを呑み込み、我慢し続け、

本心を母親に言えないまま成長していった。

彼女の屈折した心理は、友達である私を、

無意識に 親や姉妹の様に見たててしまっていた

本来は、親にぶつける溜まりに溜まった感情の

一切合財を彼女は常に私に向けそして話した。

私は時に辛抱強く、そして彼女が安心して

話が出来る様に、見守るように、

その時は、特に違和感に感じることもなく

受け止めていたように思います。

それを、彼女は当然の事、そして永遠に続く関係と

錯覚してしまったのかもしれません。

今は もう お付き合いはありませんが、

私が 【 親しい仲にも礼儀あり 】 を

より強く意識する様になった、

友達とのほろ苦い経験でした。

けれど、彼女との出逢いを通して沢山の事を

学ばせて貰ったのもまた事実です。

全ては自分を磨いてくれる、

意味のある出逢いなんですよね。きっと。

思いがけず、この場であまりに個人的な事を

沢山 開示してしまいました

まだ、私の心の中に 傷、として

残っていたのかもしれませんね。

お付き合い頂き有難うございました。