来る12月11日、昨年まで開催されていた11月の水都おおがきハーフマラソンと新春3日開催のおおがき新春マラソン(10km)を統合する形で今回おおがきハーフマラソンが開催された。どうでもいいが、公式HPでもおおがきマラソンとおおがきハーフマラソンと、二つの名称が混在して使われており、こういう基本的なところもしっかりしてほしい。
以前の大会にはそれぞれ何度か参加していた。
ハーフの方は沿道の応援がひょっとしたら日本一くらい少なくて「体育系」の大会などとも表されていた。コースも地味だけど走りやすい平坦なコースで(ただ伊吹おろしはきつい)、いびがわマラソンの2週間前くらいに開催されることからいびがわ出場者のトレーニングに最適な大会とされていた。
新春マラソンの方は、千葉ちゃんをゲストに商店街の目抜き通りをメイン会場に、時節柄も手伝って大勢の人で賑わった。距離も2009年第1回開催時は中途半端な5.2km、翌年は7.5km、その後5kmになったり一定せず、まあなんというかお祭りか商店街のちょっとしたイベントのようなノリだった。確か昨年から10kmになったんじゃなかろうか。
折角なんだから、せめてハーフ、できればフル開催をという声は少なからず出てたんじゃないかと思う。
そして今年新春マラソンの雰囲気を色濃く残しながら距離をハーフにして生まれ変わった。地元の私としては正直不安の方が強かった。何せエントリー枠が5000人。いつまで経っても満杯にならず、大幅定員割れじゃないかと思ってたら、なんとか定員に達した。5000人と言えば大垣周辺の人だけってわけはないので「さて、ちゃんとしたオモテナシができるだろうか?」という心配がよぎる。昨年までのハーフみたいに沿道に人がほとんどいないと言うようなことになったら、もう誰もやってきてはくれないな。これはマラソンの評判を落とすにとどまらない。大垣市の姿勢と責任感が問われる、ということを果たして運営サイドはどれくらい意識しているだろうか?
前日の受付で、事前にわたすものをセットしてなくてその場で1つずつ箱から取り出したり、それらを入れる袋なりがなかったり。空いてたから良かったけど大丈夫か?私は近いからいいけど、荷物をたくさん持って受付にやってきたランナーはバラバラにわたされた書類やゼッケンやタグを持つのが大変だろうな。会場回りにコレといった案内もなくみんなうまく見つけられるだろうか?
明日の運営もこの延長だとすれば・・・
曇り空。最高に快適なスタートまでの時間。ただし地元民のみだったようで・・・
スタート地点まで歩いて行けるというこの大会だけに許されたメリットを最大に利用。着替えはもちろんトイレも自宅で済ませ、ウエアにロングダウンコートを着て出かける。10分前までに指定されたブロックに並べば良いと言うことでぎりぎりまでアップを行いスタート直前に家人にコートを預ける。けっこう寒かったけど実に快適。
細かなところはともかく景色、ロケーションともぎふ清流マラソン並の素晴らしいコース。
5000人ということでスタートからしばらくは思うように走れないが気にしない。左足の痛みもあるし(朝ロキソニンを飲んだ)、足の様子を見ながら、まずは歩かず完走がいつも通りの目標。ハーフで歩いたことはさすがに一度もない。2度目のハーフ、関シティで突然の膝の激しい痛みで全く動けなくなったことが一度だけある。
今回は密かに1時間45分切りを頭に置いてはいた。というのも初ハーフが7年前の犬山での1時間44分26秒で、1時間45分はキロ5ペースであり、いずれにしても私にとって1つの指標になっているからだ。
大垣城前をスタートして墨俣の一夜城まで行き折り返すように大垣城に戻る。途中、市内の名所を巡るコースだが、昨年までと違い市街地の主要道路を走る区間が多く、コース設定には苦労されたと思う。都市型マラソンは便利だけど、道路を長時間閉鎖しなければならず、地元市民や企業の理解・協力が欠かせない。フルのコースは閉鎖時間が長くなるから簡単にはいかない。
心のこもった沿道の応援と「いびがわ」ばりの長いハイタッチ
コースは市街地から郊外へ。沿道の応援は少し減ったとはいえほぼどこにもいてくれていささか驚いた。事前に100年も前からコース沿いで商売をしている地元の方に話を聞いたけど、特に主催者からの何の案内も協力依頼もなかったそうだ。やっぱり応援は期待できないか、と思っていたのだ。しかし、けっこうみんな楽しそうに応援してくれている。子供からお年寄りまで。道端で、自宅前で。楽しんでいてくれてる様子がうれしい。
5kmくらいだろうか、旧揖斐川橋梁を通過。まあ一見ただの古い鉄製の橋だが、歴史的な価値があるらしく重要文化財に指定されている。この橋を渡るために土手へ上がるのが1つめの急坂となる。
最初の給水ポイントが知る人ぞ知る、というかTV番組か何かをきっかけにちょっとしたブームになった縁結びの神をまつる結神社。5.9km地点。ここから墨俣城前まで約3km。まわりはほぼ田圃で、コース沿いで野焼きをしている方がいて、自分も煙の匂いが少し気になったが風向きによっては苦しくなったかもしれない。協力を頼んでなかったのかどうなのか。この墨俣一夜城付近の川沿いはは桜並木で春ならすばらしい景色に違いない。
墨俣城の入り口、秀吉出世橋からすぐ南下するのだが、ここがまた5月にはあじさいの名所なのだ。年に何回も開催するわけにも行かないだろうが、季節ごとに楽しみの多いコースではある。
あじさいは咲いてなかったが、子供達がハイタッチを待ってくれていた。いびがわ名物だけど、このおおがきハーフのハイタッチもなかなかだった。このあと市街地に戻って大垣東小中学校前近く、興文小前でもハイタッチを待つ子供達の長い列があった。もちろん全部ハイタッチしましたよ。こういうのは多少タイムロスしても楽しまないと。しかも、必ずしもタイムロスではなくて、元気をもらってアドレナリンが出てスピードが増したりする。
2つめの坂が大垣城へ戻る途中13~14kmあたり、揖斐川を渡る大安大橋。こちらは近代的な橋で、このあたりから、望む西の山々---池田山、伊吹山、関ヶ原、養老山、多度山を経て伊勢湾近くに山の端が落ちるまで壮大なパノラマを一望できる。これはなかなかの圧巻。気持ちいい。
足の痛みをこらえ目標達成
足の痛みは和らぐこともなく、靴の中でアッパーに甲の同じところが当たらないように時々指を動かしながら走った。今日のお供も、一端退役させたスカイセンサー。ほんと、この靴が私にとっては最高に走りやすい靴である。
坂の上り下りはほぼ、先述の2カ所のみで、そのときだけペースが落ちたけれど、ほぼキロ5ペースを維持していた。距離表示が5kmごとと、昨年までと同じ運用で、当然今回不評を買った。ただ、ここでタイムを読み上げてくれていたのは個人的には大いに刺激になって、10kmからずっと目標の1時間45分ペースから2分遅れであることを認識しており、意外とスタートまで時間がかかったことから、ラストで頑張ったら、ひょっとしたらネットで1時間45分を切れるんじゃないかと思って少しだけ力をためていた。
15km付近から道路の下をくぐるところは非常に道幅が狭く、3人横には並べなさそうだ。苦肉のコース設定であることをうかがわせる。このあと北へ向かいソフトピアを目指すのだが、この幹線道路は完全に通行止めにすることはできなかったようで、コーンを置いて1車線だけを走路としていて、やはり狭いうえ、結構な交通量なので、怖いという人もいたようだ。警察がしっかりコントロールしてくれていたし個人的には危険を感じるようなことはなかったが、昨今、車が誤って人の列につっこむといった事故も多いので心配の声が上がるのもわからなくはない。
ソフトピアまで行かず手前で左折して一部規制のコースは終わり、以前全日本実業団女子駅伝のコースだった道路へ。2010年まで28年間岐阜女子駅伝と呼ばれ日本のトップ選手の走りを間近で見られる貴重な機会だった。総合体育館前は6区間のうちの第4中継所としてたすき渡しをする場所になっていた。市街地には本当に多くの声援があふれていて、有名な大会にも負けない素晴らしい雰囲気だった。
市街地に入ると、いくつか「ここを走るのか」と思うような狭い道や小さく急な曲がりなどもいくつかあり、その最たるものはおそらく20km地点の「奥の細道結びの地記念館の駐車場を使った曲がりくねったコースで、近年一押しのこの記念館をどうしてもコースに入れたい気持ちはわかるが、案の定ランナーのひんしゅくを買うことになった。ここはさすがに他の大会では見たこともないようなレイアウトだった。
ただ、このあたりも記念館だけじゃなくて、水門川沿いの桜と住吉灯台(芭蕉がここで船に乗って三重に下った)がなんとも情緒のある美しい空間を作り出してもいる観光名所でもある。折り返しになっていてランナー同士がすれ違う。
残り1km余り。わたしもスパートを掛けた。20~21kmは4'43と最速ラップだった。例によってあとちょっとだというのに、なかなかゴールにたどり着かない。さらに存在感のないゴールゲートでゴールラインがわかりにくく(ここもひんしゅくを買った)最後の最後少しひょしぬけだった。
ああ、でもなんだか、概ね想像以上の素晴らしいコースと思いも寄らない心のこもった応援の連続に、感動してしまっていた。タイムもネットで5秒、1時間45分を上回った。
走後はぜんざいをいただき、身体も温まったとはいえ、濡れたウエアはちょっと寒いし、何より足が痛くて、次々やってくるランナーを見やりながら早々に自宅に戻った。
「ガッキー」ではなく(残念ながら)、今日はガッキー並の人気だった「オガッキー(おがっきい)」と記念写真を撮った。本当は家人も一緒に映ったのだが、恥ずかしがり屋のためプロフィール写真にとどめておくことにした。
大会運営への厳しい評価を糧に来年での改善を
いくつかは書いたけど、ランネットにたくさんのランナーが厳しくも暖かいコメントを記入してくれた。それを読んで、地元以外のランナーにとっては荷物預かりやトイレなどに大いに不便な大会だったと知った。第1回ということで少し大目に見てもらって、来年以降も継続して参加してもらえるように運営サイドは宝の山でもあるランナーのコメントに真摯に対応してできる限りの改善を施してもらいたい。こんなに素晴らしいところも多いのだから。市民のみなさんの応援もいただけることがわかったのだし、これはしっかりとした大会にして市民のコミュニケーションと大垣市のPRの重要なイベントに育てて欲しいと思う。
最後になりますが、今年もこのブログを訪れていただいた皆さんに感謝申し上げます。
来年が、今年よりはいい年になりますように。皆様のご多幸をお祈りして、今年最後のブログとさせていただきます。
ありがとうございました。
<おしまい>
以前の大会にはそれぞれ何度か参加していた。
ハーフの方は沿道の応援がひょっとしたら日本一くらい少なくて「体育系」の大会などとも表されていた。コースも地味だけど走りやすい平坦なコースで(ただ伊吹おろしはきつい)、いびがわマラソンの2週間前くらいに開催されることからいびがわ出場者のトレーニングに最適な大会とされていた。
新春マラソンの方は、千葉ちゃんをゲストに商店街の目抜き通りをメイン会場に、時節柄も手伝って大勢の人で賑わった。距離も2009年第1回開催時は中途半端な5.2km、翌年は7.5km、その後5kmになったり一定せず、まあなんというかお祭りか商店街のちょっとしたイベントのようなノリだった。確か昨年から10kmになったんじゃなかろうか。
折角なんだから、せめてハーフ、できればフル開催をという声は少なからず出てたんじゃないかと思う。
そして今年新春マラソンの雰囲気を色濃く残しながら距離をハーフにして生まれ変わった。地元の私としては正直不安の方が強かった。何せエントリー枠が5000人。いつまで経っても満杯にならず、大幅定員割れじゃないかと思ってたら、なんとか定員に達した。5000人と言えば大垣周辺の人だけってわけはないので「さて、ちゃんとしたオモテナシができるだろうか?」という心配がよぎる。昨年までのハーフみたいに沿道に人がほとんどいないと言うようなことになったら、もう誰もやってきてはくれないな。これはマラソンの評判を落とすにとどまらない。大垣市の姿勢と責任感が問われる、ということを果たして運営サイドはどれくらい意識しているだろうか?
前日の受付で、事前にわたすものをセットしてなくてその場で1つずつ箱から取り出したり、それらを入れる袋なりがなかったり。空いてたから良かったけど大丈夫か?私は近いからいいけど、荷物をたくさん持って受付にやってきたランナーはバラバラにわたされた書類やゼッケンやタグを持つのが大変だろうな。会場回りにコレといった案内もなくみんなうまく見つけられるだろうか?
明日の運営もこの延長だとすれば・・・
曇り空。最高に快適なスタートまでの時間。ただし地元民のみだったようで・・・
スタート地点まで歩いて行けるというこの大会だけに許されたメリットを最大に利用。着替えはもちろんトイレも自宅で済ませ、ウエアにロングダウンコートを着て出かける。10分前までに指定されたブロックに並べば良いと言うことでぎりぎりまでアップを行いスタート直前に家人にコートを預ける。けっこう寒かったけど実に快適。
細かなところはともかく景色、ロケーションともぎふ清流マラソン並の素晴らしいコース。
5000人ということでスタートからしばらくは思うように走れないが気にしない。左足の痛みもあるし(朝ロキソニンを飲んだ)、足の様子を見ながら、まずは歩かず完走がいつも通りの目標。ハーフで歩いたことはさすがに一度もない。2度目のハーフ、関シティで突然の膝の激しい痛みで全く動けなくなったことが一度だけある。
今回は密かに1時間45分切りを頭に置いてはいた。というのも初ハーフが7年前の犬山での1時間44分26秒で、1時間45分はキロ5ペースであり、いずれにしても私にとって1つの指標になっているからだ。
大垣城前をスタートして墨俣の一夜城まで行き折り返すように大垣城に戻る。途中、市内の名所を巡るコースだが、昨年までと違い市街地の主要道路を走る区間が多く、コース設定には苦労されたと思う。都市型マラソンは便利だけど、道路を長時間閉鎖しなければならず、地元市民や企業の理解・協力が欠かせない。フルのコースは閉鎖時間が長くなるから簡単にはいかない。
心のこもった沿道の応援と「いびがわ」ばりの長いハイタッチ
コースは市街地から郊外へ。沿道の応援は少し減ったとはいえほぼどこにもいてくれていささか驚いた。事前に100年も前からコース沿いで商売をしている地元の方に話を聞いたけど、特に主催者からの何の案内も協力依頼もなかったそうだ。やっぱり応援は期待できないか、と思っていたのだ。しかし、けっこうみんな楽しそうに応援してくれている。子供からお年寄りまで。道端で、自宅前で。楽しんでいてくれてる様子がうれしい。
5kmくらいだろうか、旧揖斐川橋梁を通過。まあ一見ただの古い鉄製の橋だが、歴史的な価値があるらしく重要文化財に指定されている。この橋を渡るために土手へ上がるのが1つめの急坂となる。
最初の給水ポイントが知る人ぞ知る、というかTV番組か何かをきっかけにちょっとしたブームになった縁結びの神をまつる結神社。5.9km地点。ここから墨俣城前まで約3km。まわりはほぼ田圃で、コース沿いで野焼きをしている方がいて、自分も煙の匂いが少し気になったが風向きによっては苦しくなったかもしれない。協力を頼んでなかったのかどうなのか。この墨俣一夜城付近の川沿いはは桜並木で春ならすばらしい景色に違いない。
墨俣城の入り口、秀吉出世橋からすぐ南下するのだが、ここがまた5月にはあじさいの名所なのだ。年に何回も開催するわけにも行かないだろうが、季節ごとに楽しみの多いコースではある。
あじさいは咲いてなかったが、子供達がハイタッチを待ってくれていた。いびがわ名物だけど、このおおがきハーフのハイタッチもなかなかだった。このあと市街地に戻って大垣東小中学校前近く、興文小前でもハイタッチを待つ子供達の長い列があった。もちろん全部ハイタッチしましたよ。こういうのは多少タイムロスしても楽しまないと。しかも、必ずしもタイムロスではなくて、元気をもらってアドレナリンが出てスピードが増したりする。
2つめの坂が大垣城へ戻る途中13~14kmあたり、揖斐川を渡る大安大橋。こちらは近代的な橋で、このあたりから、望む西の山々---池田山、伊吹山、関ヶ原、養老山、多度山を経て伊勢湾近くに山の端が落ちるまで壮大なパノラマを一望できる。これはなかなかの圧巻。気持ちいい。
足の痛みをこらえ目標達成
足の痛みは和らぐこともなく、靴の中でアッパーに甲の同じところが当たらないように時々指を動かしながら走った。今日のお供も、一端退役させたスカイセンサー。ほんと、この靴が私にとっては最高に走りやすい靴である。
坂の上り下りはほぼ、先述の2カ所のみで、そのときだけペースが落ちたけれど、ほぼキロ5ペースを維持していた。距離表示が5kmごとと、昨年までと同じ運用で、当然今回不評を買った。ただ、ここでタイムを読み上げてくれていたのは個人的には大いに刺激になって、10kmからずっと目標の1時間45分ペースから2分遅れであることを認識しており、意外とスタートまで時間がかかったことから、ラストで頑張ったら、ひょっとしたらネットで1時間45分を切れるんじゃないかと思って少しだけ力をためていた。
15km付近から道路の下をくぐるところは非常に道幅が狭く、3人横には並べなさそうだ。苦肉のコース設定であることをうかがわせる。このあと北へ向かいソフトピアを目指すのだが、この幹線道路は完全に通行止めにすることはできなかったようで、コーンを置いて1車線だけを走路としていて、やはり狭いうえ、結構な交通量なので、怖いという人もいたようだ。警察がしっかりコントロールしてくれていたし個人的には危険を感じるようなことはなかったが、昨今、車が誤って人の列につっこむといった事故も多いので心配の声が上がるのもわからなくはない。
ソフトピアまで行かず手前で左折して一部規制のコースは終わり、以前全日本実業団女子駅伝のコースだった道路へ。2010年まで28年間岐阜女子駅伝と呼ばれ日本のトップ選手の走りを間近で見られる貴重な機会だった。総合体育館前は6区間のうちの第4中継所としてたすき渡しをする場所になっていた。市街地には本当に多くの声援があふれていて、有名な大会にも負けない素晴らしい雰囲気だった。
市街地に入ると、いくつか「ここを走るのか」と思うような狭い道や小さく急な曲がりなどもいくつかあり、その最たるものはおそらく20km地点の「奥の細道結びの地記念館の駐車場を使った曲がりくねったコースで、近年一押しのこの記念館をどうしてもコースに入れたい気持ちはわかるが、案の定ランナーのひんしゅくを買うことになった。ここはさすがに他の大会では見たこともないようなレイアウトだった。
ただ、このあたりも記念館だけじゃなくて、水門川沿いの桜と住吉灯台(芭蕉がここで船に乗って三重に下った)がなんとも情緒のある美しい空間を作り出してもいる観光名所でもある。折り返しになっていてランナー同士がすれ違う。
残り1km余り。わたしもスパートを掛けた。20~21kmは4'43と最速ラップだった。例によってあとちょっとだというのに、なかなかゴールにたどり着かない。さらに存在感のないゴールゲートでゴールラインがわかりにくく(ここもひんしゅくを買った)最後の最後少しひょしぬけだった。
ああ、でもなんだか、概ね想像以上の素晴らしいコースと思いも寄らない心のこもった応援の連続に、感動してしまっていた。タイムもネットで5秒、1時間45分を上回った。
走後はぜんざいをいただき、身体も温まったとはいえ、濡れたウエアはちょっと寒いし、何より足が痛くて、次々やってくるランナーを見やりながら早々に自宅に戻った。
「ガッキー」ではなく(残念ながら)、今日はガッキー並の人気だった「オガッキー(おがっきい)」と記念写真を撮った。本当は家人も一緒に映ったのだが、恥ずかしがり屋のためプロフィール写真にとどめておくことにした。
大会運営への厳しい評価を糧に来年での改善を
いくつかは書いたけど、ランネットにたくさんのランナーが厳しくも暖かいコメントを記入してくれた。それを読んで、地元以外のランナーにとっては荷物預かりやトイレなどに大いに不便な大会だったと知った。第1回ということで少し大目に見てもらって、来年以降も継続して参加してもらえるように運営サイドは宝の山でもあるランナーのコメントに真摯に対応してできる限りの改善を施してもらいたい。こんなに素晴らしいところも多いのだから。市民のみなさんの応援もいただけることがわかったのだし、これはしっかりとした大会にして市民のコミュニケーションと大垣市のPRの重要なイベントに育てて欲しいと思う。
最後になりますが、今年もこのブログを訪れていただいた皆さんに感謝申し上げます。
来年が、今年よりはいい年になりますように。皆様のご多幸をお祈りして、今年最後のブログとさせていただきます。
ありがとうございました。
<おしまい>