ポスト印象派の巨匠フィンセント・フォン・ゴッホの死の謎に迫るアート・サスペンス。世界から集められた125人の画家がゴッホのタッチを忠実に再現し、描かれた62450枚の油絵をアニメーションにした前代未聞の作品です。
百聞は一見に如かず。まずはこの予告動画をご覧になってみてください。
ゴッホの代表作の数々が、独特の燃え上がる炎のようなタッチのまま命を吹き込まれ、動いています。ひと目見て衝撃を受け楽しみしていた作品ですが、期待以上にすばらしく夢のような時間をすごしました。19世紀の油絵が現代に飛び出し、3Dいや4D映画を見た時以上の強烈な映像体験を味わいました。
と同時にどうやってこの映画を作ったんだろう、と気になってしかたがありませんでした。あとからその方法を知って、さらに驚愕しました。メイキングだけで、一本のドキュメンタリー映画が作れそうです。
映画はまず、肖像画に似た俳優さんたちが同じ衣装を着て演じ、風景画をもとにしたセットを作って実写撮影します。この映像をキャンバスにトレースし、画家たちがゴッホのタッチを再現して油絵に仕上げます。それを高解像度カメラで撮影し、動く部分を描き直して次のコマを撮影。
こうして撮影された一連の写真をつなげることでアニメーションを作るのだそうです。1秒当たり12コマで、全部で62450コマ。それを世界中から選ばれた125人の画家たちが描いています。日本からも古賀陽子さんという方が選ばれ、参加されたそうです。
映画では「ローヌ川の星月夜」「夜のカフェ」「アルルの寝室」「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」などのおなじみの風景画を背景に、「タンギー爺さん」「郵便夫ジョゼフ・ルーラン」たちが生き生きと動きます。回想場面はゴッホの油絵ではなく、モノクロの水彩画で描かれ、区別されていました。
ストーリーは、銃で自殺したとされるゴッホの死の謎に迫ります。郵便配達夫の父から、ゴッホが弟タオに宛てた最後の手紙を届けるようたのまれた息子のアルマンが、画材商のタンギー爺さんや、ガシェ医師など、ゴッホと関わりのあった人たちを訪ねながら、人生の足跡をたどります。
映画を見ながら、これはゴッホだからこそできた作品ではないかと思いました。37年の短い生涯で800点以上の作品を残したこと。作品は具象画で、特に風景画と人物画が多いこと。ピカソのような抽象画家や、ルノアールのように人物画が圧倒的に多い画家ではなしえなかったかもしれません。
今は写真を油絵風に加工するソフトもあるので、CGでちゃちゃっとできちゃいそうな気がしてしまいますが、このタッチを表現するには手描きでなければありえなかったそうです。1枚の絵は映像の中ではほんの一瞬ですが、それがかけがえのない作品を形作ることの重みに圧倒されました。