陸王
埼玉県行田市にある老舗の足袋製造会社が、会社の存続をかけてランニングシューズの開発に挑戦する、ビジネス・エンターテイメント小説です。
埼玉県行田市にある「こはぜ屋」は100年の歴史をもつ老舗の足袋製造会社。社員20数名の小さな会社で、足袋ひとすじに長年がんばってきましたが、和装品の市場縮小に伴い、業績は低下の一途にありました。そこで会社の生き残りをかけ、足袋作りのノウハウを生かして、ランニングシューズ”陸王”の開発に乗り出しますが...。
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池井戸潤さんのお仕事小説が好きなので楽しみにしていましたが、期待通りにおもしろかったです。読んだあとで、昨年秋に役所広司さん主演でテレビドラマ化されたことを知りました。Wikipediaで、縫製課のリーダーに阿川佐和子さん、こはぜ屋を救う会社社長に松岡修造さんといったキャスティングを知り、なるほど~とにやにやしました。
テイストとしては「下町ロケット」に近い、勧善懲悪のサクセスストーリー。地域に根差した特定の強みを持つ零細企業が、資金難や大手ライバル会社の妨害など、さまざまな困難を乗り越えて成功への一歩を踏み出すという爽快な物語です。悪を徹底的に打ちのめすわけでないところが池井戸さんらしく、気持ちのよいストーリーとなっていました。
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手探り状態で新しい事業を始めた企業に、すぐに優れた商品が開発できるはずもなく、こはぜ屋は何度も壁にぶつかりますが、苦あれば楽あり、一難去ってまた一難、捨てる神あれば拾う神あり、そのたびに不死鳥のようによみがえります。そう来たかという意外性のある展開がおもしろく、最後まで飽きることなく引きつけられました。
こはぜ屋がもともと持っていた強みは、100年間培ってきた足袋作りと縫製の技術、小さな会社ゆえの家族のような社員の結束の強さなどがありますが、それだけではトップアスリートを支える最高品質の商品は生み出せません。新たに必要となる素材の開発、専門家からの適切なアドバイス、設備投資に必要な資金も必要となります。
でも最終的に成功の決め手となるのは、結局のところ、人と人との信頼関係につきるのではないかということを、節目節目でかみしめました。これは池井戸作品における、一貫したテーマになっているように思います。
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たとえば社長の宮沢が、理想のソール(靴底)を探し求めてたどり着いた飯山は、かつて倒産して借金取りに追われ、自堕落な生活を送っている世間的には信用度ゼロの男です。ふつうだったらリスクを避けて絶対に近づきたくない相手ですが、宮沢は彼を信用し、こはぜ屋の顧問として迎え入れるのです。
あるいは宮沢の息子の大地は、大学を卒業したものの就職が決まらず、求職活動をしながらこはぜ屋でくすぶっていました。自分が認められないことで自信を無くし、働くことに対して情熱が抱けなかった彼が、陸王の開発に打ち込むことでやりがいと責任を見出し、成長していく姿に清々しい感動を覚えました。
最初に登場した時は、失意のどん底にいた2人が、最後にこれほど化けるとは誰も想像がつかなかったと思います。^^
実業団のランナーである茂木の挫折と苦悩、そしてそこからのドラマティックな復活劇にも心打たれました。こはぜ屋の社員たちは、自分たちの挑戦と茂木の復活を重ねて見ていたと思います。偶然にも本を読んでいたのがちょうどオリンピック期間と重なっていたこともあり、本書に登場するアスリートたちのドラマがよりリアルに胸に響きました。