75回目の終戦記念日の今日の新聞記事には、「戦争が人を悪魔にした」という一文があった。しかしこれは間違った思いであり考えと言わざるを得ない。
戦争が起き発生するのは、人類が「知恵」を持ったことに起因する。
知恵を持ってして、「便利で快適で豊かな生活」を目指していった。それは自然から資源を採集し、加工製品化していき、それは便利豊かさを得るとともに、その加工技術や製品は軍事転用され戦争を激化させていく。
これは資源没収と権力拡大を目的にしている。
ところがこうした行為は、自殺行為といっていい。それというのは、資源採掘は自然環境を破壊する行為に他ならないからだ。その上に製品への加工行為は、更なる環境破壊行為を行うことになる。大気汚染、水質汚染、温暖化らにより、台風や大雨、地震等の自然災害の多発をもろに受けてる。これは自然と戦争していて、巨大な攻撃に晒されているといえる。自然に対する尊厳と尊崇が亡くなっているからだ。自然を人間だけのものという思い上がりから、人と人との争いに止まらず、人類の行為が自然を敵に回していることの自覚が求められる。
これは宗教の世界によって、開かれていく。
戦争が起き発生するのは、人類が「知恵」を持ったことに起因する。
知恵を持ってして、「便利で快適で豊かな生活」を目指していった。それは自然から資源を採集し、加工製品化していき、それは便利豊かさを得るとともに、その加工技術や製品は軍事転用され戦争を激化させていく。
これは資源没収と権力拡大を目的にしている。
ところがこうした行為は、自殺行為といっていい。それというのは、資源採掘は自然環境を破壊する行為に他ならないからだ。その上に製品への加工行為は、更なる環境破壊行為を行うことになる。大気汚染、水質汚染、温暖化らにより、台風や大雨、地震等の自然災害の多発をもろに受けてる。これは自然と戦争していて、巨大な攻撃に晒されているといえる。自然に対する尊厳と尊崇が亡くなっているからだ。自然を人間だけのものという思い上がりから、人と人との争いに止まらず、人類の行為が自然を敵に回していることの自覚が求められる。
これは宗教の世界によって、開かれていく。