住まいの安全 心の健康 住まい塾 21

住まいの安全性、食物の安全性、政治の危険性、感動の共有
心と体のリラクゼーション、誰かに秘密を話すストレス解消

≪兵站≫と云う行為 ・・・・??

2019年10月08日 | 日記

  この春から、息子は身障者枠で軍隊の様な『組織』に、採用されることになり、現在も、毎日せっせと、その組織に通わせて頂いている。
このままの状況で仕事が続けば、ウブな息子は、前にブログで書いた、上山の一膳飯屋で、『独りで、ブツブツと訳の判らない言葉』を、他人に聞こえよがしに、発しながら食べている、オジサンの様に、ある意味、精神に障害が残るのではないかとの、危惧さえ覚えざるをえない。



  実は、『神』によってこの仕事に導かれたであろう事を、弊ブログに書いて、良い物か悪い事なのか、自分でも判断が付きかねていた。 
ある意味、私たちの年代では、困難な出来事は殆ど自分を、神の国に導く為の『神の試練』と云う、考え方が身に染みているからであろうか・・・。
それでも、後方支援を疎かにすれば、最前線への不安が、一抹の不安でない全面的な不安と云う事になり、どす黒い雲が心を覆いつくすような気がする。

  今も、どこかであの『おしん』が、再々放送されているようですが、筆者、中村雅俊氏が発した言葉『おしんの、・・信・心・辛・・』と、 姑役で数々の憎まれ口を浴びせ続けた高森和子氏、今でも思い出せば、虫唾が走る・・  あの言葉の数々。


  息子の病気は、ブログを始めから継続して読んで頂いている方には、手に取るように、解るかと思いますが、『JIA』と云うのは自己免疫疾患で、全身の関節が劣化する病気で一生継続する場合が多い。
それは、肉体的な原因ばかりでなく、メンタル的な、自律神経の錯乱に寄っても、引き起こされ悪化する場合がある。 一般的知識としては、原因不明、何種類かの原因にかんする論文は、有るのだが・・・・。   身障者として、仕事をさせる場合、その病気のことは雇用者側に配慮が有ってしかるべきと思うのだが、甘いのだろうか・・。  全くと言って、今のその組織では、そのような気配りは感じられない。



  歩くときに、負担がかかるので職場には、ステッキを持たせているのだが、使うか使わないは、その時の本人の体調によるので一概には、言えない。
同じ、フロアーの古参兵は、「ステッキ、そこへ置くと邪魔でしょー」・・とかいう様で、どこに置いて良いとかの、サゼスチョンは無いらしい。

  もひとつ、意味不明の指示命令・・・・?
君の弁当大きすぎるので、「もっと小さな弁当にしなさい!」  正確な発言ではないかもしれないが、とのこと。
お弁当は、筆者の係り、小さい時から、10種類程の食物を並べて、一つでも多く好む物を、口に運んで食べてもらいたい、その時に食べたい物を、食べられるように努力して来た。 
どんなに多く食べ物を残しても、怒ったりしないで育てて来た。  「何も食べたくない」と云う言葉ほど、心を打ち震わせ、悩ませ、悲しませる言葉は無い。  
「他人がどうして、そんなことに、口を挟むのだ!」・・ 筆者は少し強く息子に聞いた。
本人は言いたがらないが、どうやらお弁当を食べている時間に、いろいろと世間話、仕事の話、その他もろもろ・・と有るらしい。  多分、外食に出たら体験することの無い、嫌がらせ・・? 



  ご飯(米)を食べていると、昼食の時間が余計にかかると本人が言うので、毎日サンドウィッチ、・・・それでも、古参兵は弁当時間に何やら(秘密情報を?)教え込みたいとでも云うのか、まさか愚にも付かない思想で洗脳したい訳でも無かろう。

一つ補足させてもらいますと、あごの骨も間接の一種で、病気の影響で無理に速く動かさないように、我が子は、子供時代から、ゆっくり無理をさせないで、食べる習慣で育てて来た。  食事時間は、よそ様の子供さんより、余計時間を要することなど、それでも、他人に説明した記憶はない。  食事時間と云う自由時間、ストレス無く食べるのが、ベストと云う信念があるからで、「ア~だコ~だ」言う方に、悪意を感ぜざるを得ない。




  仕事内容にしても、十年一日のごとく守った遣り方を、自分だけの仕事のやり方として、オープン化、共有化しないで、自分がフロアーの主体(ボス)としての地位を維持させたい様な感じさえ疑われる。
本来、仕事と云うものは、自分が経験した失敗や無駄な労働を、後輩にさせないように、常に仕事内容を進化させるべきであろう。  組織が、有機的であれば当然なのであるが・・・。

  フローチャート作成、分析、同じような仕事をしている人に、知恵を出し合って貰い、法に対する解釈や情緒的な個人の判断が入らないように、スムースに『IT化』し、解釈の平準化、どんな無能な新人でも間違いなく、手ばやに仕事を消化できるようにするのが、当然そこにいる人々の責務と云えるのではないだろうか。

 或いは、社外のシステムエンジニア2~3名、そこで仕事の内容を精査させ、『IT化』というベクトルに合わせて貰えば、早々に『IT化』出来ると思うのだが・・、岡目八目と云う言葉、大切な格言です。

 こういうことは、組織的な欠陥と云うか、前例踏襲重視による弊害であろう。  仕事柄、優秀な人は2~4年で配置転換、ゼネラルマネージャーとして、育てて行こうと云う組織の暗黙の伝統と了解が有るのかとも思うが、これでは古参兵は、自分の仕事内容を或いは、自分が考えた遣り方を、他人に教えたりするのを、好まないのだろう。





  解らないことが有ったら、自分で調べなさい・・・って・・。   何処の何を調べるかのサジェスチョンくらいは、新入社員には配慮が必要な気がしないでもないが、現場ではそうでも無いらしい。  何時までも、過去の書類を引っ掻き回していると、「解らないことが有ったら、聞きなさいって・・・」、「エッ・・・エ~~~~~」    自分が、その部署でした新人時代の苦労を、他人にも体験させたい・・・、 親心・・・・・かも知れないが・・?


  学校しか経験の無い若者が、軍隊と云うより義務教育の延長線上の様な会社にお世話になった場合、それまでの長い歴史の中で、仕事の遣り方を昇華させられなかった組織が、まるで、脱皮したかのように、見事に仕事内容、命令系統、責任の取り方、等が変わり続けようとする姿勢が有れば良いのだが、その組織が硬直化している場合、改革するよりも、事なかれ主義で流された方が、楽には楽であろう。  現在の、システムを変えなければ、益々その傾向は激しくなるばかりでは無いだろうか・・・?

  今更、『IT社会』と云うまでもない、ペーパレス社会、あるいは、クレジット社会に入っている事を自覚出来ない人など、皆無であろう。  極端に言えば『IT化出来ない仕事』など、有りはしないのだろうが、必要なことは、自分の覚えたテクニカルな知識を、まな板に挙げようとする『覚悟』が有るかどうかと云うに事に尽きる。
 



  最近又、先生による変な事件が、世間をにぎわしている。  いじめは良くないを、教える立場の人々が、同僚をいじめて、どういう風に責任を回避できると踏んだのか、興味の湧くところである。
あれもこれも、公務員に特徴的、特権的な思い込みに基づくものではないのか・・・。  

  新人採用時、民間企業での5年間の労働修業期間を、公務員には必須、先生も行政の方々も、同様の必須条件を付ければ、役所に赴く庶民(納税者)の気持ちを、慮れるようになるのではないか・・・。
組織自体が、芯腐れ病のような状態で、自己自身での組織改革は望むべくもなく、諦めるしかないと云うのが、当面の結論だと云うことなのだろうか・・・・・?
現況では、選出される代議員に、それを実行してもらうより他に、方法は無いのだが、それほど知恵と、知識と、度胸を持った方は、お見受けできないようである。