今回ご紹介するのは「アレグロ・ラガッツァ」(著:あさのあつこ)です。
-----内容-----
中学でフルートに挫折した相野美由。
高校の入学式で、大人びた久喜さん、人懐こい菰池くんに出会い、頑なな美由の気持ちも徐々に変化が……。
不揃いな三人が吹奏楽部の春から夏までを素速く(アレグロ)駆け抜ける!
揺れ動く15歳の心を丁寧に綴る、はじける青春小説。
-----感想-----
桜蘭学園高校の入学式で物語が始まります。
主人公は新入生の相野美由で、冒頭美由は別の高校に進学した伊藤愛沙から「卒業しなくてはいけない」と思っていて、中学校時代に何かがあったのが分かりました。
両親は美由が小さい頃に離婚して父の陶介とは離れ、母の有希子に育てられました。
美由は母の良さを次のように言っていました。
相手が誰でも徹底して憎んだり、怨んだりしない。その手前で立ち止まることができる。悪口や愚痴をまったく口にしないわけじゃないけれど、口にしたことを恥じる気概を持っている。
口にしたことを恥じる気概を持っているの部分が凄いなと思いました。
人間よほどの聖人でもない限り、うんざりする人物への悪口や、うんざりする出来事への愚痴をこぼすことがあるかと思います。
今の悪口や愚痴はこぼすべきではなかったかもと感じた時に、恥じてもう言わないようにしようと意識出来るのは偉いと思います。
楽器の「フルート」について、次のようにありました。
フルートの音色は柔らかく清らかで品位がある。”銀色の貴婦人”とは言い得て妙な形容だ。
”銀色の貴婦人”は良い形容だなと私も思いました。
クラシックのコンサートや演奏会でフルートの演奏を何度も聴いてきましたが、まさに清らかで上品な音色をしています。
美由は6歳歳上の従姉妹、朱音の影響でフルートを始めました。
朱音と美由の会話で吹奏楽コンクールの流れについて書かれていました。
8月に県吹奏楽コンクールがあり、そこで選ばれると9月の支部大会に行き、そこで金賞を取ると10月に普門館で行われる全国大会の舞台に立てるとのことでした。
現在の全国大会の舞台は普門館ではなくなっていますが、作品世界の中ではまだ普門館なのが分かりました。
朱音は「そこの舞台に立つのが吹奏楽部員の憧れなんだ。高校野球の甲子園球場、サッカーの国立競技場みたいなものかな」と言っていて、かなり特別な場所なのだと思いました。
美由は中学校時代に愛沙とともに吹奏楽部に入りましたが二年で途切れたとあり、何があったのか気になりました。
美由が愛沙との会話で「差し障りのない、すらりと答えられるような質問が良い」と胸中で語っていて、相手の内側の迂闊に聞くとまずい部分に踏み込まないようにしていました。
これはよく分かり、無遠慮に聞いてほしくない部分を多かれ少なかれ持っている人は多いのではと思います。
美由は中学の吹奏楽部に入って半年経った時、顧問の岸川先生から次のように言われます。
「相野さん、吹奏楽ってね、人が楽器を選ぶんじゃなくて、楽器が人を選ぶのよ」
美由はフルートに選ばれる人になっていないのではということを言っていて、非常に印象的でした。
「楽器が人を選ぶ」は特に印象的で、人間が「この楽器にしよう」と思っても楽器側が選んでくれない場合があるのだと思います。
岸川先生は次のようにも言っていました。
「フルートって、人気の楽器だから希望者は多いの。でも、ものすごく人を選ぶ楽器なのよ」
クラシックのコンサートや演奏会に出掛けた時も、フルートの音色はきらびやかで良いなと思います。
しかし「ものすごく人を選ぶ楽器」と意識したことはなかったです。
コンサートや演奏会に登場する人達は、フルートを選んだだけでなくフルートからも認めてもらっているのだなと思いました。
ユーフォニアム奏者の愛沙が3年生の先輩のように音を出せないのを凄く悔しがっていた場面がありました。
「ユーフォニアムに申し訳なくて、悔しくてたまんないの」と言っていて、愛沙がユーフォニアムと真摯に向き合っているのがよく分かる言葉でした。
「自身達は1年なのだから、先輩の方が上手いのは当たり前」と言う美由とは意見が合っておらず、その後の決裂が予感されました。
美由は中学校の吹奏楽部でのことを「ささやかな挫折」と語り、「ささやかだけれど痛かった」とも語っていました。
高校で美由は同じクラスの菰池咲哉(さくや)、久樹友里香と話をするようになります。
久樹は言葉がぶっきらぼうで美由を戸惑わせることもありますが悪い人ではないようで、言い方が悪かったと謝っている場面もありました。
菰池が美由の家を訪れて話をします。
菰池も中学校時代に吹奏楽部に入っていて、小学生の時に見た久樹の天才的なパーカッションに憧れて最初はパーカッションをやろうとしていました。
しかし顧問の先生に向いていないと言われ、ユーフォニアムに転向したことを明かします。
美由、菰池、久樹の在籍する1年2組の様子の描写で印象的なものがありました。
開け放された窓から吹き込んでくる風は、微かに熱と湿り気を孕んでいる。これから、夏になろうかという風だ。
「これから、夏になろうかという風」が良い描写だと思いました。
春と夏の間にはそんな風が吹く時期があります。
特に5月にその風が吹くことがよくあり、夏の近付きを感じます。
菰池は久樹を吹奏楽部に誘うと言います。
3人で屋上でお弁当を食べながら話すことになり、屋上から見た空の描写がとても印象的でした。
ドアの向こうには、空があった。屋上じゃなくて、空が視界いっぱいに広がる。それは、春のように霞んでいない。濃く青く、光を存分に含んでいる。ぎらつくほどじゃないけど、これから猛々しく育っていく光だ。空は地上よりも一足早く、夏を迎え入れようとしている。
これもその通りで、やはり5月頃に空が力強くなったなと感じることがあります。
それまでの春の雰囲気と違い、夏を感じる空です。
菰池の吹奏楽部入部への誘いを拒否した久樹は自身をトラブルメーカーだと言い、何かがあって楽器の演奏が嫌になっているのが分かりました。
さらに菰池は美由も吹奏楽を一緒にやるよねと言ってきて、美由は戸惑います。
またそれまで久樹に様々なことを問いかけていた美由が、反対に問いかけられた時の考えは印象的でした。
それまで、さんざん問いかけてきた身とすれば、突っぱねるわけにはいかなかった。高校生には高校生の仁義ってものがある。
美由の考えは非常に良いと思いました。
やはりさんざん問いかけておいて、自身が問いかけ返されたら答えないのでは義理を通せず、対等なお付き合いとは呼べないと思います。
吹奏楽部の部長は3年の藤原香音(かおん)で、物語冒頭の入学式の日に美由と母親の並んだ写真を撮ってくれた人でもありました。
美由は香音から吹奏楽部の練習を見に来ないかと言われます。
やがて美由も久樹ももう一度吹奏楽をやる決意をし、菰池と3人揃って入部となります。
中学校でフルートに挫折した美由はどの楽器をやるかなかなか決められずにいましたが、藤原から「軽やかで小気味良い雰囲気が相野さんにピッタリのイメージ」とピッコロを勧められ、ピッコロ奏者になることを決意します。
久しぶりに楽器を吹いた美由は次のような心境になります。
あたしが出した音だ。久しぶりに楽器に触れた。音を出した。ピッコロに受け入れられた気がした。少し泣きそうになった。
「ピッコロに受け入れられた気がした」とあり、中学校時代の岸川先生の場面との対比になっていて、少し自信を取り戻したのではと思いました。
美由が調和の本当の意味に気付いた場面も印象的でした。
調和って、とても美しい。自分を囲い込むのではなく、広げること。広がり結びつくこと。
さまざまな楽器が調和してこそ、本物の吹奏楽だ。それぞれの個性を消し、融け合うのではなく、個々の音がリズムが特性が生きて繋がり、一つの曲になる。
個性を殺してはならない。むしろ際だたせながら、纏まっていく。
中学校時代の美由は、同調や協調、調和といった言葉を無遠慮に押し付けてくる者を嫌悪していました。
その時は個性を消して無理に周りに合わせるという意味合いだったのが、真の調和は個性を消すようなことはせずに纏まると知り、大きな飛躍の時を迎えたように思いました。
この作品は読書のはかどらない時期に読み始めたので、読み終わるのにかなりの時間がかかりました。
しかし読んで良かったと思う素敵な作品でした。
作品内に登場する景色などへの素敵な文章表現も、美由の目線で語られる印象的な言葉や心理も、読書をする時に楽しみにしていることです。
そういったものがたくさん登場する作品に巡り会えて良かったと思い、これを機にまた読書して行きたい気持ちになりました
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