今回ご紹介するのは「竜宮電車」(著:堀川アサコ)です。
-----内容-----
思い通りにならない、うまくいかない人生。
もし、願いを叶えてくれるアイテムがあったら……。
大人だけじゃなく、子どもも、神さまだって、ままならない世の中。
でも、アレがあれば、どんな憂いも取りのぞける。
「幻想」シリーズで人気の著者が書き下ろしで贈る切ないけれど優しい物語。
-----感想-----
漢字に丁寧に振り仮名が振られていることから、中学生、高校生に向けて書かれているように思いました。
物語は次の三編で構成されています。
竜宮電車
図書室の鬼
フリーター神さま
「竜宮電車」
中沢周作は27歳のシステムエンジニア。
付き合っている三好志穂美とは一緒に暮らし始めて5年になります。
なかなかプロポーズができず、周作は「長すぎる春」と言っていました。
周作はいつも同じ夢を見ます。
電車に乗ろうとして駅の中で迷っているのですが、切符が違うと言われその電車に乗れません。
その電車こそが「竜宮電車」と呼ばれる電車です。
ある日周作が勤めている会社「Fコネクト」に行くと、オフィスに見慣れない背広姿の中年男が居て、何だか慌ただしい雰囲気になっていました。
アルバイトの新井里奈が会社が倒産したこと、さらには社長の福末昭一郎氏が夜逃げしたことを教えてくれ、周作は呆然とします。
システム部長の館野はショックで倒れてしまいました。
周作は家に帰ってから志穂美に会社の倒産のことを伝えたのですが、その日は志穂美の誕生日でした。
ぐずぐずしている周作に代わって志穂美は結婚してほしいと伝えようとしたのですが、周作に先に会社の倒産のことを話され、話の腰を折られてしまいました。
志穂美は周作のいつまでもプロポーズしない怠慢と間の悪さに愛想を尽かして家を出ていってしまいました。
この周作の間の悪さはどうしようもないなと思います。
新井里奈はFコネクトの倒産は計画倒産ではないかと予想します。
館野部長の実家は賛海閣という老舗旅館であり、そのボンボンである館野部長はFコネクトに対し五千万円もの資金を投じていました。。
そのお金を返してくれと言われた社長の福末昭一郎氏は館野部長の五千万円を返さなくて済むように会社を計画倒産させたというのが里奈の読みです。
周作は当初「小動物みたいな子」と評していましたが、見た目の小動物さとは裏腹に里奈の読みは探偵並みに凄く鋭いです。
周作の叔母は「洞窟」という喫茶店を経営しているのですが、悪性腫瘍にかかって現在は入院しています。
その叔母が失業した周作のために二百万円も工面してくれるのですが、周作は五千万円を返してもらえず窮地に立たされた館野部長にそのお金を貸してあげます。
しかし館野部長もまた社長と同じく暗黒面に堕ちてしまったのか、そのお金を持ったまま行方をくらませてしまいます。
周作は里奈に協力してもらい館野部長の行方を追います。
何だか周作は踏んだり蹴ったりの目に遭う人だなと思いました。
ちなみに周作は常に誰かに後をつけられているようで、背後に誰かの気配がすることが何度かありました。
誰が後をつけているのか気になるところでした。
「図書室の鬼」
大貫ツトムは桃之井学園中等部に通う中学三年生。
ツトムは帰宅部なのですが家にいるのが苦手で、放課後は図書室に行って過ごしています。
家に帰るとツトム曰く「ママゴン」が居て、ツトムはその環境が苦手なようです。
ツトムが好きだった小田ユウナは転校し、病気になり亡くなったとありました。
また、中村コウキという友達がいて、ツトムの母はコウキの父が経営している会社で働いています。
そしてツトムの母、「ママゴン」はコウキの母に対抗意識を燃やしています。
離婚して母子家庭で、収入も多くないにも関わらず無理をしてコウキと同じ私立の桃之井学園に通わせたことからもそれがうかがえました。
また、ツトムの母は他人の悪口を言うのが大好きで、家庭でもそんな話ばかりしているため、これはツトムでなくても嫌がるだろうと思いました。
この話には福末という、今月から桃之井学園の校務員として働いている男が登場しました。
これは「竜宮電車」に登場した株式会社Fコネクトの社長、福末昭一郎でした。
なぜ中学校の校務員になったのか気になるところでした。
「幻想シリーズ」がそうであるように、堀川アサコさんの作品ではその話に登場した人物が他の話にも少し登場し、話同士が少しだけリンクしていることがよくあります。
亡くなる前の小田ユウナが送ってきた手紙には興味深いことが書いてありました。
『いいことを教えてあげます。うちの学校の図書室にある鬼という字がタイトルについた本を自分の年の数だけ読めば、どんな願いもひとつだけかなうんだって。これけっこう本当なんだよ。じゃあ、また手紙書きます』
この後ユウナは亡くなってしまいましたが、ツトムは手紙の内容に興味を持っていました。
ツトムの願いは「ユウナに会いたい」です。
この話では「逆は真ではない」という言葉が何度か出てきます。
意味は、例えば「人は死ぬ。そしてその逆はない」というものです。
ツトムもコウキもユウナに想いを寄せていて、お葬式に行くことに抵抗があったため、二人とも式には行きませんでした。
これはユウナの死を受け止められなかったからだと思います。
ただお葬式の様子は気になったため、二人は担任の日野先生にお葬式のことを聞こうと思い、式から帰ってきたであろう日野先生の自宅を訪れます。
日野先生の家のリビングでツトムは妙な違和感がしていました。
その違和感の正体が何なのか気になりました。
「フリーター神さま」
語り手は神仁(じんひとし)、通称ジンジン。
遠海(とおみ)神社に奉られている神様です。
神社の神様の視点で書かれた物語は珍しいと思いました。
ある若者が遠海神社の本殿に参拝していて、参拝の描写で「鈴緒(すずのお)を持って本坪鈴(ほんつぼすず)を鳴らす」とありました。
あの鈴の正式名称が鈴緒と本坪鈴なのは初めて知りました。
神社には珍しい名前のものが色々あって興味深いです。
神仁の姿は人に見えたり見えなかったりします。
神仁自身が「ここでは見えるようにする、ここでは見えないようにする」と選択することができます。
神仁は神様でありながら人に化けて働いてきました。
ただし一つの仕事が長く続いたことはないため、よくハローワークに行っています。
そのハローワークで、「竜宮電車」に登場した中沢周作と話す場面がありました。
「竜宮電車」にもその場面があり、二つの話はリンクしていました。
神仁は荒川景子という人が店長を勤める「フローリスト・景」という花屋で働くことになります。
ただし神仁は「おれは神は神でも疫病神かも知れない」と言うように、働くお店がよく潰れます。
そのため「フローリスト・景」にもよくないことが起こるのではと心配するのですが、まさに心配していたとおりの展開になります。
「フローリスト・景」に舞衣という中学時代の同級生がやってくるようになり、同じく中学時代の同級生だった桜子という人の悪口を言いながら長時間居座るということが続きます。
これには景子もまいってしまいました。
さらに景子の夫、荒川泰明は桃之井学園中等部で教師をしているのですが、泰明が同僚の女性教師と浮気をしているという怪文書が届くようになります。
景子の周囲に不穏なことが起きるようになりました。
興味深かったのが舞からたびたび悪口を言われていた桜子という人です。
景子、舞衣、桜子は修学旅行で自由行動のグループが一緒だったようです。
遠海神社の神主の妻、御厨(みくりや)千絵は副業で看護師をしているのですが、ある日「病院に中学校の時の同級生が来て、私達は修学旅行の自由行動のグループも同じだった」と言っていました。
ここにも修学旅行の自由行動のグループが出てきました。
千絵の話から、病院に来たのは「図書室の鬼」に登場した日野先生だろうと思いました。
となると舞衣に猛烈に悪口を言われている桜子とは日野先生のことなのかと思いましたが、人物像があまりにかけ離れていて違和感を持ちました。
さらに「図書室の鬼」で日野先生の母が日野先生の下の名前を呼んでいる場面があったのでその場面を読み返してみると、より強い違和感を持ちました。
ミステリーのような物語になっていました。
また、この話にも竜宮電車という電車のことが出てきます。
竜宮電車に乗りさえすれば、誰しも憂いのない場所に行くことができるとありました。
そして竜宮電車に乗り、この「フリーター神さま」で憂いを持っていた人達も憂いから解放され、最後は良い形で終わってくれたのが良かったです。
あとがきを読むと「フリーター神さま」に登場した遠海神社の神様、神仁の物語をまた書きたいとありました。
淡々としていながらも興味深い神様なので作品が出たらそちらも読んでみたいなと思います。
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