今回ご紹介するのは「下町ロケット」(著:池井戸潤)です。
-----内容-----
研究者の道をあきらめ、家業の町工場・佃製作所を継いだ佃航平は、製品開発で業績を伸ばしていた。
そんなある日、商売敵の大手メーカーから理不尽な特許侵害で訴えられる。
圧倒的な形勢不利の中で取引先を失い、資金繰りに窮する佃製作所。
創業以来のピンチに、国産ロケットを開発する巨大企業・帝国重工が、佃製作所が有するある部品の特許技術に食指を伸ばしてきた。
特許を売れば窮地を脱することができる。
だが、その技術には、佃の夢が詰まっていたー。
男たちの矜恃が激突する感動のエンターテインメント長編!
第145回直木賞受賞作。
-----感想-----
昨年の秋にドラマ化されたこの作品、直木賞受賞作であり、池井戸潤さんの作品の中で一番最初に読んでみたかった作品です。
物語は次のように構成されています。
プロローグ
第一章 カウントダウン
第二章 迷走スターダスト計画
第三章 下町ドリーム
第四章 揺れる心
第五章 佃プライド
第六章 品質の砦
第七章 リフト・オフ
冒頭、種子島宇宙センターで実験衛星打ち上げロケットの打ち上げが行われるところから物語が始まります。
主人公である佃航平はそのロケットのエンジンの開発者として携わっていました。
エンジンの名前はセイレーンと言い、新開発のシステムを搭載した大型水素エンジンです。
このエンジンを開発するために佃は大学で7年、宇宙科学開発機構の研究員になってから2年の歳月を費やしてきました。
しかし打ち上げは失敗。
予定経路から外れてしまったためやむ無くロケットは爆破され、海の藻屑と消えていきました。
これがプロローグで、ここから本格的に物語が始まっていきます。
宇宙科学開発機構の研究員をしていた佃は7年前、父の死に伴って家業の佃製作所を継ぎ社長になりました。
佃製作所の業種は精密機械製造業です。
佃は現在43歳になっていて、「図体がでかい」とありました。
社長の佃のほかに、経理部長の殿村直弘、営業第一部長の津野薫、営業第二部長の唐木田篤、オタクタイプの技術開発部長である山崎光彦ら、佃製作所の社員がたくさん登場します。
第一章の冒頭、主要取引先の京浜マシナリーの徳田という調達部長から「今までエンジン部品を納品してもらっていたが、来月末までで取引終了にしてほしい」と突如告げられ、佃は困惑します。
社長からキーデバイス(重要部品)の内製化方針が出て、下請けに頼むのではなく自分のところで造ることにしたと言うのです。
売り上げが一気に10億円も減ってしまうため、赤字になることが避けられません。
佃製作所の主要取引先銀行(メインバンク)は東京都大田区にある白水銀行池上支店です。
佃はその白水銀行池上支店から三億円の融資をお願いしに行きますが、応対した融資課の融資担当者、柳井哲二という課長代理の反応は芳しくありませんでした。
回りくどい言い方で「研究開発費にお金を遣いすぎ」と言っていました。
「佃製作所が出願したバルブシステムの特許は、世界的に見てもトップレベルにある」と佃は力説しますが、冷たくあしらわれてまるで相手にしてもらえません。
「御社の技術開発力を評価している者は、当行にはひとりもいません」とまで言っていました。
この冷たさには、景気の良い時には頼むから融資させてくれとばかりに強引にお金を貸し、景気が悪くなると途端に貸し剥がしにかかる銀行の体質が思い浮かびました。
苦しい懐事情の佃製作所に、東京地方裁判所からの訴状が送られてきます。
訴えてきたのはナカシマ工業という小型エンジン分野でライバル関係にある東証一部上場メーカーです。
佃製作所の「ステラ」という高性能小型エンジンの最新型が、ナカシマ工業が開発したエンジンの模倣であるとし、特許侵害を理由に販売差し止めを求める訴状内容になっていました。
ただしこれは全くの言い掛かりで、佃や津野は怒りを露にします。
ナカシマ工業は「マネシマ工業」とも言われていて、売れるとなるとさっさとその分野に参入してくるのがナカシマ工業の戦略であり、業界で「マネシマ工業」と揶揄される所以とのことです。
全くの言い掛かりでありながら損害賠償90億円まで求める酷い会社でした。
ナカシマ工業が佃製作所を特許侵害で訴えたと間髪入れずにプレス発表し、それを聞いた白水銀行池上支店は一気に態度を硬化させます。
佃と殿村が訴訟のことを報告に行くと、課長代理の柳井に加え支店長の根木節生(ねぎせつお)が出てきて、迷惑な失敗者を糾弾するような対応をされます。
根木は「裁判で負けたら御社のエンジンは販売継続すら難しい。それ以前に、90億円もの損害賠償をしなければならないとなると、会社の存続そのものが無理」と、佃製作所が裁判に負けると決めつけたようなことを言ってきます。
「銀行というのは最悪の事態を想定するものでしてね」とも言っていました。
「訴えられたからといって、最悪の事態を想定して融資をしないだなんて、あんまりですよ」と食い下がる佃に対し、「結果がわかっているのなら、誰も裁判なんかしないんじゃないんですか」と突き放す根木。
「勝算があるからナカシマ工業だって訴えたんです。ナカシマ工業ですよ、あのナカシマ」とやはり佃製作所が裁判に負けると決めつけたことを言っています。
佃は胸中で次のように述懐しています。
法廷では裁判官の心証として大企業が有利だという話もショッキングだが、実は法廷などまだマシなほうで、本当に不公平なのは実社会のほうなのだ。
この世の中では圧倒的に大企業が有利である。
大企業が裁判をすれば、「あの会社が訴えるぐらいだから、その会社はよほど悪どいんだろう」と誰もが思う。
いくら「ウチは悪くない」と主張したところで、信用してはもらえない。
これは理不尽だなと思いました。
そして切ないです。
ナカシマ工業という大企業が「特許侵害だ」と訴えると、世間は「佃製作所が悪い」と一方的に思い込む傾向があります。
かくして、佃製作所は創業以来最大の危機を迎えることになりました。
殿村の見積りでは、銀行から融資を受けられない今、一年の間に裁判の勝負がつかなければ佃製作所は倒産します。
佃は家庭もあまり順調ではなく、家に帰っても娘の利菜はろくに返事もしてくれません。
今年中学二年生になる利菜は半年ほど前からまともに口をきいてくれなくなったとのことです。
これは思春期にはわりとよくあることかと思います。
また、かつては沙耶という妻がいましたが、佃が社長業を継いだ翌年、価値観の違いから離婚しています。
沙耶も佃と同じく大学の研究者の道を歩んでいました。
セイレーンの打ち上げ失敗の責任を取って佃が研究所を退職する時、沙耶は「そんなことで辞めるんだ」と軽蔑したことを言っていて、そこから関係がギクシャクしていきました。
そして出ていった沙耶から唐突に家に電話がかかってきます。
用件は佃製作所がナカシマ工業に訴えられた件で、良かったら知財専門の凄腕弁護士を紹介しても良いという提案でした。
三田公康という、ナカシマ工業で訴訟を担当している男はかなり悪どいことを言っていました。
「この世の中には二つの規律がある。それは倫理と法律だ。会社に倫理など必要ない。会社は法律さえ守っていれば、どんなことをしたって罰せられることはない。相手企業の息の根を止めることも可能だ」
この悪どい三田の指揮のもと、ナカシマ工業は佃製作所に卑劣極まりない裁判攻勢をかけていきました。
裁判で劣勢に立たされる中、佃は会社の顧問弁護士である田辺の裁判対応に不信感を募らせていきます。
やがて沙耶が紹介しても良いと言っていた知財関係では国内トップクラスの凄腕弁護士、神谷に裁判を頼むことになります。
佃製作所はナカシマ工業だけではなく、帝国重工とも絡んでいくことになります。
帝国重工は日本を代表する大企業であり、同社の宇宙航空部は政府から民間委託された大型ロケットの製造開発を一手に引き受ける宇宙航空関係の国内最大のメーカーです。
この帝国重工がロケットに搭載する新型水素エンジンのバルブシステムの特許を申請したのですが、既に同じ内容の特許が存在するため申請は認められませんでした。
特許を取得していたのは佃製作所でした。
新型水素エンジンを開発していた宇宙航空部の主任、富山敬治は特許の申請が認められなかったことにだいぶ狼狽していました。
そしてこの事態に帝国重工は慌てます。
帝国重工社長の藤間秀樹はキーテクノロジーは内製化するという方針のもと、「スターダスト計画」という大型ロケット打ち上げプロジェクトを発表していました。
それが初期段階の新型エンジンの開発で頓挫することになります。
何としてもこの特許が欲しい帝国重工は佃製作所に触手を伸ばしてきます。
宇宙航空部の部長、財前道生から特許の売却を提案され、佃は戸惑います。
ナカシマ工業との裁判の影響で資金繰りが苦しくなっているので特許を売れば窮地を脱することができますが、帝国重工の上を行く早さで開発した大事な特許を手放すことになります。
売却にこだわる帝国重工と「売却ではなく特許使用を認める契約」にしたい佃製作所で意見は合わず、この話し合いは難航します。
佃製作所の中でも「資金繰りに窮しているのだから今すぐにでも売却すべき」と主張する営業第二部長の唐木田と「売りたくない」と主張する技術開発部長の山崎などで意見の対立が起きていました。
この特許を巡る帝国重工との話し合いから物語は意外な展開を見せていくことになります。
印象的な言葉もありました。
「傷つけたほうは簡単に忘れても、傷つけられたほうは忘れられない」
「自分の都合のいいときだけすり寄ってくるような商売はよしてくれ。いいときも悪いときも、信じ合っていくのが本当のビジネスなんじゃないのか」
両方とも佃の言葉です。
「自分の都合のいいときだけすり寄ってくるような商売はよしてくれ」の言葉を見て、以前どこかで聞いた「苦しい時でも見捨てないでそばにいてくれるのが本当の仲間」という言葉を思い出しました。
自分の都合のいいときだけすり寄ってくるような人は、都合が悪くなればサッと離れていきます。
佃には自分のエンジンでロケットを飛ばしたいという夢があります。
その夢を追いかけるため、新型水素エンジンのバルブシステムの特許を使った大勝負をしていくことになります。
佃製作所が強気の攻めに出て、序盤とは打って変わった展開になります。
私は当初この物語は特許を巡る裁判を中心に進んでいくのかと思いましたが、真の山場は帝国重工との特許を巡る攻防でした。
また、佃製作所の社内からは「社長の夢で突っ走るのはやめてくれ」という意見もあり、物語の中盤からは社内の不協和音も気になるところでした。
中小企業の社長を主人公にした技術者達の物語、面白かったです。
続編も出ているのでいずれ読んでみたいと思います
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