2月の某日、実家にて棺に入った祖父と対面。
死装束に死化粧、棺の上には魔よけの短刀が少しだけ刃を出し、斜めに置かれていました。
そのときは何とか泣かずにいましたが、納棺のときはダメでした。
納棺師から「これから三途の川を渡り、長い旅になるので、そのための旅支度をしてあげましょう」と説明があり、みんなで旅支度をすることに。
故人に近い遺族が順番に白の頭巾や白の手甲をつけたり、足袋を履かせたりしていきました。
私は手甲をつけたのですが、祖父の組み合わされた手を前に、しばらく呆然としていました。
納棺師の方から「さあ、手甲を」と促す声が聞こえたのですが、私の目は祖父の動かない手に吸い寄せられていて、納棺師の方の声も何だか遠くから聞こえてきているような感じで、なぜか全く体が動きませんでした。
その後もう一度促され、ようやく手甲を着けることができました。
祖父の手に触れたときのあの圧倒的な冷たさ、今でもはっきりと覚えています。
いくらドライアイスで冷やされているとはいえ、死んでしまった人の手はここまで冷たくなるのか…と衝撃を受けました。
ここでも何とか泣くのを堪えていましたが、その後、棺に花を入れたり、祖父の好きだったものを入れたりするときには、とうとう限界がきてしまいました。
どれだけ堪えようと思っても次から次に涙が溢れてきて、どうにもなりませんでした。
ついに「ああ、これはもうダメだ」と限界がきたのを悟り、気持ちのタガが外れたのか、両目に入れていた力がフッと抜けていきました。
その瞬間、両目から涙が溢れ、頬を伝っていきました。
おそらく結構下の畳に落ちていったのではと思います。
驚いたのはその涙の熱さで、頬がその熱さを感じ取っていました。
ずっと堪えていたからなのか、今まであんなに熱い涙は流したことがないというくらい、温度の高い涙でした。
ものすごく冷たかった祖父の手と、ものすごく熱かった私の涙。
この二つが、今でも忘れられません。
というわけで、どうしても書いておきたかったので、納棺のときのことを記事にしました。
そして申し訳ないのですが、このブログはしばらくお休みします。
せっかく充実しているときなので残念ですが、仕方ありません。
最後、小説や映画のレビューを書けたのは、読書日和らしくなって良かったかなと思います。
ツイッターのほうでは何かつぶやいているかも知れないので、気が向いたらたまに様子を見てみてください。
それでは、またいずれお会いしましょう