今回ご紹介するのは「お待ちしてます 下町和菓子 栗丸堂2」(著:似鳥航一)です。
-----内容-----
浅草の仲見世通りから少し外れると、懐かしい雰囲気の和菓子屋が見えてくる。
店主の栗田は気風のよい青年で、まだ若いが腕も確かだ。
最近、栗田がそわつくことがあるらしい。
どうも、可憐な女性がよく店に訪れるからだとか。
葵はたいそう和菓子に詳しく、栗田すらその知識に驚くことがあるという。
下町の日常にも悲喜こもごもはある。
この店はそういうことに縁があるようで。
二人はなんだかんだで関わることになってしまう。
和菓子がもたらす、今日の騒動は?
-----感想-----
この作品は
「お待ちしてます 下町和菓子 栗丸堂」の続編となります。
今作は以下の三話で構成されています。
雷おこし
饅頭
桜餅
「雷おこし」では、季節は二月半ばの晩冬。
冒頭、栗田は馴染みの老舗喫茶店で葵と待ち合わせをしていました。
そして葵について「明らかに素人ではないが、自分のことを殆ど語らないので、今もって栗田は彼女の素性を知らずにいる。内心かなり気になるところだ」とあり、やはり葵が何者なのか気になっているようでした。
合流した栗田と葵は雷門通りを歩いています。
そしてお店のことを話している中で、葵から「新しいお菓子を考えてみたらどうか」というアドバイスを受けます。
新商品の開発について、栗田も前向きに考えます。
その時、雷おこしの専門店で騒ぎが起きます。
椙山(すぎやま)さんという雷おこし専門店の主人が怒り心頭でコートを着た眼鏡の男を店から追い出していました。
今は忙しくて話を聞いていられないという椙山さんは、自分の代わりにその男の相談に乗ってやってくれと栗田に頼んできます。
男の名前は小此木(おこのぎ)と言い、都内在住の38歳です。
昨年妻に先立たれて、現在は中学生の息子との二人暮らしです。
小此木は事情があって浅草一美味しい雷おこしを探しています。
しつこく色々聞いているうちに、多忙な椙山さんを激怒させてしまったようでした。
小此木の息子の和哉は中学一年生の13歳。
妻が転勤先で車の衝突事故により亡くなってしまい、妻と一緒に引っ越していた和哉を連れ帰ってきたものの、別居中の三年ですっかり変わってしまい、小此木とはまともに口も利いてくれないとのことです。
そんな時、「和哉の大好物は”おこし”」と教えてくれた妻の言葉を思い出した小此木は、妻の故郷でもある浅草にやってきて浅草一の雷おこしの店を探し歩いていたのでした。
大好物の雷おこしで息子に心を開いてもらおうとしたのでした。
しかし小此木が椙山の店で買っていった雷おこしは和哉の口に合わなかったようで、一口食べた途端にまずいと言って吐き出し、激怒してしまいます。
それでまた椙山の店に来て、揉めることになっていたのでした。
作品内で雷おこしについての説明もありました。
雷おこしとは、蒸した米を煎って膨らませて、それに落花生、水飴、砂糖などを混ぜて固めた干菓子の一種だ。
おこし自体はもっと昔からあったが、『家を興す、名を起こす』という縁起を担ぎ、江戸時代、浅草雷門の近くで露店商が売り始めたのが雷おこしの発祥とされる。
雷門の近くで売ったのが始まりなので「雷おこし」になったという、言葉遊びの側面もあります。
ちなみに私は雷おこしより、同じ浅草名物の「人形焼き」のほうが好きです
ここは好みが分かれるところですね。
栗田は小此木の一件に随分と熱心に相談に乗ってあげるのですが、それには栗田自身の過去の思い出が絡んでいました。
栗田が小此木の息子と同じ中学一年だった頃、父の栗田一貴に中学卒業後は店を継がず、進学すると言ったことがあります。
中学卒業後に店を継ぐのが前提になっていることに疑問を感じ、反発心を抱いていた頃でした。
その後、店を継ぐ前に両親が交通事故に遭い亡くなってしまったことから、小此木と和哉の境遇に自分と重なるものを感じたのだと思います。
一体和哉の口に合う雷おこしとはどんなものだったのか、栗田は葵とともに試行錯誤していきました。
最後は「なるほど、それのことだったのか」という感じで、無事に解決しました。
わずかな作り方や材料の違いで劇的に食べ心地が変わるのだなと思いました。
また、この話でも前作に引き続き、葵が暴力行為に過剰反応する様子が描かれていました。
前作では手首に傷のある様子が描かれていたし、どんな素性なのか気になるところです。
「饅頭」では、時期は3月初旬になります。
栗田は新商品の開発をしていて、葵に味を見てもらっていました。
その後二人は浅草演芸ホールに行き、お得意様に菓子を届けに行きます。
そのお得意様とは、春光亭福耳(しゅんこうていふくみみ)。
30代半ばの浅草生まれの噺家(はなしか)で、多くの兄弟子をごぼう抜きにして真打に昇格した華々しい過去を持つ人です。
その福耳の師匠が春光亭大笑(たいしょう)で、落語界の重鎮です。
福耳の弟子には小耳(こみみ)がいて、こちらはまだ高校生くらいでかなりの若さです。
福耳は今日の寄席で一番得意な演目『饅頭怖い』を披露します。
この演目をやる前、楽屋でいつも実際に饅頭を食べ、それによって集中力を高めて噺の世界に入っていくとのことで、それで栗田は饅頭を届けに来たのでした。
「小麦粉と砂糖と餡だけで作った、いわゆる普通の饅頭だ。シンプルだが、添加物は使っておらず、安価で美味しいので、栗丸堂の商品の中でも人気がある」という描写を見ていたら私も饅頭が食べたくなってきました。
この作品はいろいろな和菓子が出てきて、読んでいると自然と興味を惹かれます。
福耳の演目『饅頭怖い』が始まる前に事件が発生します。
楽屋で福耳がぴくりとも動かずに突っ伏していて、何者かに睡眠薬で眠らされたとのことでした。
そして傍には6個のうち3個が食べられた饅頭の箱があり、状況から見て饅頭に睡眠薬が仕込まれていたのではという展開になります。
これには栗田も激怒します。
和菓子職人として、自作の饅頭をこんな風に使われることほど業腹なものはない。
そして葵とともに福耳の食べた饅頭に睡眠薬を仕込んだのは誰なのか、犯人を探していくことになります。
今回は簡単なミステリーのような犯人探しの話になっていました。
栗田が福耳に渡した、餡と小麦粉で作ったクラシカルな蒸し饅頭について、興味深い一文がありました。
『深蒸しの濃い煎茶と共に食すと、シンプルな素材が互いを引き立て合い、苦味、渋味、甘味が調和した格別な美味しさを味わえる。』
これはたしかにそうだなと思います。
饅頭と日本茶は相性が良いと思います
また、「あんパンと牛乳は抜群に相性が良い」というのも納得でした。
この作品を読んで久しぶりにその組み合わせで食べてみようと思いあんパンと牛乳を買ってきたのですが、やはり美味しかったです
この作品に出てきたようなシンプルな饅頭と牛乳も相性が良いというのも納得ですし、他にはどら焼きと牛乳も相性が良いのではと思います。
それと、「あんパンのルーツは饅頭」というのは知りませんでした。
明治時代に今も続く『木村屋總本店』の創業者、木村安兵衛さんが酒饅頭から発想して開発したとのことです。
「日本人は饅頭が好き。だったら饅頭みたいにパンに餡を詰めれば……という発想から作ってみたら大好評で、それ以後、色々な菓子パンが作られるようになっていったようです。
「桜餅」は3月半ばの、早めの桜が咲き始める頃の話。
冒頭は葵の語りで始まりました。
「葵の家には、ある種の厄介事を抱えた者が多々相談に来る。古くからの伝統技術と多くの情報が集まる場所だから、強い後光効果があるらしく、頻繁に助言を求められる」とあり、やはり只者ではないようでした。
また「今は人生のエアポケット的な状況にある」ともあり、何か事情を抱えていることが窺われました。
その葵が冒頭、不良高校生三人組に絡まれてピンチを迎えます。
そこを助けてくれたのが栗田に何かと絡む浅羽怜(あさばりょう)でした。
怜の妹の浅羽楓が入院していて、栗田と葵は怜に連れられて病院に行きます。
楓は大学受験に失敗したのがショックで入院していました。
大きな挫折によりご飯も喉を通らなくなっています。
医者の話では楓は精神的な要因の摂食障害で、何を食べても吐いてしまいます。
栗田は怜に頼まれ、楓のために大好物である桜餅を作ることになります。
大好物であれば食べられて、それをきっかけに他のものも食べられるようになるのではと怜は考えていました。
桜餅には二種類あるというのは知りませんでした。
関東風の「長命寺桜餅」と関西風の「道明寺桜餅」があります。
長命寺桜餅は小麦粉で生地を作り、薄い焼き皮でクレープのように餡を包み、桜の葉を巻いたもの。
道明寺桜餅は、道明寺粉で生地を作り、蒸して作った粒味のある餠生地で饅頭のように餡を包み、桜の葉を巻いたものです。
桜餠を作ろうとした栗田と葵ですが、桜餠を包む桜の葉の塩漬けは短期間では作れないため、それを手に入れるために怜の運転する車で伊豆半島の松崎町というところに向かいます。
そこは和菓子屋の桜餠に使われる桜の葉の七割を生産する日本一の産地とのことです。
やがて着いたのは「桜葉漬元、御園商店株式会社」というところ。
ここでは葵が「お嬢様」と呼ばれ、従業員達が一斉に頭を下げて出迎えていました。
また、葵の苗字が「鳳城(ほうじょう)」だということも分かります。
少しだけ、どんな人物なのかが垣間見えました。
やがて完成した桜餅を楓のところに持っていき、葵が楓に語った言葉は印象的でした。
「人間、生きてれば色々ありますよね」
「受験とか、就職とか、他にも色々―頑張ってきたことが駄目になった時、心が真っ暗になることってあると思います。真面目にやってきた人ほどショックは大きいです。世の中が一時的に嫌いになってしまうことだって、あると思うんです」
葵自身の経験をもとに語っているのが分かる言葉で、自身も辛い経験をしてきたのだと思います。
私も辛い経験をしたり苦しい時期を過ごしたりしたことがあるので、心が真っ暗になるというのはよく分かります。
精神的なショックが食欲にも反映されやすく、楓ほどではないですが大きく食欲がダウンすることがあります。
また、怜が楓に語った言葉も印象的でした。
「人生が真っ暗闇に思える時だって、気にかけて支えてくれる奴が必ずそばにいる。手を取り合えば乗り越えられるんだ!」
これは良い言葉で、苦しい時でも気にかけて支えてくれる人がいるというのは本当にそのとおりだと思います。
そしてそういう人こそ、最も大事にすべき存在なのだと思います。
今作では葵がどんな人物なのか少しだけ垣間見えたので、次巻ではさらに明らかになると思います。
浅草を舞台にした和菓子と人情の物語、とても面白いので次巻を楽しみにしています
※図書レビュー館を見る方は
こちらをどうぞ。
※図書ランキングは
こちらをどうぞ。