今回ご紹介するのは「フルタイムライフ」(著:柴崎友香)です。
-----内容-----
この春、美大を出てOLになった喜多川春子。
なれない仕事に奮闘する春子だが、会社が終わると相変わらず大学の友人とデザインを続けたり、男友達にふられたりの日々。
ようやく仕事にもなれた頃、社内にリストラの噂がでて、周囲が変わり始める。
一方、昼休みに時々会う正吉が気になり出した春子にも小さな心の変化が訪れて…
新入社員の10ヶ月を描く傑作長篇。
-----感想-----
柴崎友香さんの作品を読むのは今回が初めてです。
今月17日に「春の庭」で第151回芥川賞を受賞された柴崎友香さん。
先週末に図書館に行った時、ふと柴崎さんの作品が気になったので、どんなものがあるのだろうと思いコーナーを見ていきました。
そして目に留まったのがこの「フルタイムライフ」です。
今日マチ子さんの素朴で温かみのあるカバーイラストと本の裏の内容紹介文を見て、面白そうなので読んでみようと思いました。
主人公は社会人一年目でOLになったばかりの喜多川春子。
春子はエビス包装機器という機械の会社の事務職に就いていて、経営統括部という部署にいます。
会社があるのは大阪の心斎橋なので、登場人物はほとんどの人が大阪弁です。
物語は最初が5月で、その後は2月まで1つの章で1ヶ月ずつ進んでいきます。
冒頭からオフィスでの仕事の様子が描かれていて、春子はシュレッダーで大量の書類を裁断していました。
コピー機でコピーを取ったりするシーンも多く、事務職だけあってオフィス内の事務の仕事を色々やっていました。
会社では次から次へとすごくたくさんの人が登場してきて、みんな苗字だけで「○○さん」という形容で、少ししか登場しない人ばかりなので、なかなか全員を覚えるのは難しいです
これはまさに会社での色々な人が行き来する人の流れだなと思います。
解説の山崎ナオコーラさんが「読み始めたときに、誰が誰だか分からない感覚に陥る」と書いていて、たしかにそうだと思いました。
しかしそれでも特に問題なく読めてしまうのは、それらの人物が主人公にとってものすごく重要な人物というほどではないからだと思います。
業務上あまり関わりのない人であっても話しかけてきたりといったことがあるものです。
そんな時はこの人誰だろうと思いつつも無難に話をしたりもします。
「5月」の章で、午後ずっとシュレッダーで書類を裁断していた春子が「こんなんでいいのかな」と心境を語っていた部分にはちょっと共感しました。
たしかに何も考えずひたすらシュレッダーで書類を裁断するような仕事をしていると、こう思うことがありますね。
春子は事務職で事務全般を扱ってはいますが、もともと求人票に書いてあった仕事内容は「社内報の編集・デザイン」です。
シュレッダーやコピー、パソコンの入力などの合間に、社内報を作成している様子も描かれています。
美術系の大学のデザイン科で学んでいた春子は、漠然とデザイン関係の仕事をしたいと思っていましたがなかなか上手くいかず、このままだとアルバイトになるかと思っていた卒業間近にこの求人を紹介してもらい、縁あって入社となりました。
すごく淡々と日々が過ぎていっていました。
良い意味で淡々としていて、それほど忙しくはない今の職場は春子にも合っているようでした。
プライベートでは大学時代の友達、樹里とよく一緒に行動し、好きな人に振られたり、新たに好きな人ができたりしながら過ぎていっていました。
「11月」の章で「会社が終わる時間に外が暗いと、もう一日が終わったみたいで悲しい」とあって、この気持ちはよく分かりました。
帰る時に既に夜になっているというのは、特に夏場は切なくなります
「わたし、辞めようかなと思ってる」
春子が同じ職場で頼りにしている先輩からこう切り出されて、戸惑う場面がありました。
お昼も一緒に食べるし、おやつも一緒に食べるし、むかつくことがあった時は一緒に愚痴を言っている先輩です。
会社なので退職していく人は必ずいるんですよね。
一緒にお昼を食べているグループの、他の部署の先輩も一人結婚して寿退職することになり、さらには会社もリストラをすることになり、春子は環境の変化に直面していました。
それでも淡々とした語り口の文章を読んでいると、きっとその変化にも淡々と順応していけるんだろうなと思わせてくれるものがありました
リストラに揺れる社内で、みんな辞めたいと思わないのかという話になった時、「私は会社なくなるまでおる」と言っている先輩がいて、すごく印象的でした。
「なんていうか、この仕事、好きみたいなんですよね。おもしろいでしょ?」とも言っていて、こんなふうに仕事をはっきりと好きと言えるくらい充実しているのは素晴らしいと思います。
春子が語っていた心境の中で、すごく良いと思ったのが以下の言葉です。
必要なのは、なにかするべきことがあるときに、それをすることができる自分になることだと思う。
するべきことが来た時、それをする決断をすることもそうでしょうし、するべきことができるように、力を付けておくこともそうだと思います。
そして同じページで
明日の朝起きて会社に行っても同じように思ってるかどうかはわからない
とも言っていて、これはウケました(笑)
人の心は常に揺れ動いていますから、これはほんとにそのとおりだと思います。
色々考えながら、進んでいければそれで良いのではないでしょうか。
そうしているうちに春子も、もうじき頼りにしている先輩がいなくなってしまう職場で、リストラによる組織改編に揺れる会社で、自分の働き方を確かなものにしていけるのではと思います
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