今年最後の小説レビューです。
今回ご紹介するのは「細雪(下)」(著:谷崎潤一郎)です。
-----内容-----
全面開戦の気配が忍び寄るなか、雪子と貴族出の男性との縁談がまとまり、蒔岡家には安堵の空気が満ちる。
一方、金銭問題が露見し絶縁された妙子は満身創痍の身に新たな命を宿すーー。
生んで欲しい云うねん。
……そないせえへなんだら、啓ちゃんが諦めてくれへんねんわ。
「源氏物語」完訳後、当局の圧力を拒み、描きあげた現代の王朝風絵巻物。
絢爛たる谷崎の記念碑的大作。
-----感想-----
※「細雪(上)」のレビューをご覧になる方は
こちらをどうぞ。
※「細雪(中)」のレビューをご覧になる方は
こちらをどうぞ。
冒頭、雪子に沢崎という名古屋の富豪とのお見合いの話が来ます。
辰雄の姉の菅野という現在は未亡人になっている人がお見合いの話を持ってきました。
この時幸子は37歳、雪子は33歳、妙子は29歳です。
お見合いのため、幸子、悦子、雪子、妙子の四人は菅野未亡人の家を訪れます。
幸子が菅野未亡人に相手の沢崎という男のことを聞いてみると、このお見合いは幸子の想像を絶するほどずさんで、菅野未亡人は沢崎のことを何も調べていませんでした。
愕然とする幸子ですが、次の日に控えたお見合いに向けて気持ちを切り替えます。
明日は明日の風が吹く。
幸子のこの言葉は良いと思いました。
戦後すぐの頃の、昭和前半に出版された昔の小説でもこの言葉が使われているのかと驚きました。
お見合いの場において幸子は沢崎が菅野未亡人と話しながらもしきりに雪子の容貌を見ているのを見逃さなかったとあり、流石に鋭いと思いました。
このお見合いの後、蘆屋に帰る幸子達と別れ雪子は一人で電車に乗って東京の本家に行きます。
その車内で雪子はかつて義兄の辰雄が持ってきたお見合いの話を、既に結婚目前まで話が進んでから土壇場で断った時のことを思い出していました。
辰雄が義兄の権力で無理に縁談を押し付けてきたことに雪子だけでなく幸子と妙子も反発し、辰雄に意地悪をして困らせるために三人で同盟を組んで縁談を断ったとのことです。
単にお見合い相手が気に入らないというだけでなく辰雄に意地悪をして困らせてやろうというのが陰湿だなと思います。
雪子のお見合いがどうにも上手くいかないことから、幸子はこれまでとはお見合いに対する気持ちが違うものになります。
今までは雪子を「どこへ出しても恥ずかしくない妹」として人に見せびらかすくらいの優越的態度で臨んでいたのですが、沢崎とのお見合いを境に「また駄目なのでは」とすっかりビクビクするようになってしまいます。
幸子は同じ妹でも妙子よりも雪子のほうをより愛しています。
雪子には37歳の若さで結核で亡くなった母の面影があるとのことです。
下巻でもなかなか良い縁に恵まれない雪子を不憫に思い涙を流す場面が何度か出てきます。
幸子は妙子の変化に気づきます。
妙子と奥畑啓三郎が一緒にタクシーに乗って移動しているのを目撃したこともあり、奥畑との復縁を悟ります。
一時期質素にしていた妙子はまた身だしなみにお金をかけるようになっていました。
貞之助は妙子と奥畑の関係に不快感を示し、本家に伝えるべきだと言います。
そして「僕はこいさんが僕のほんとうの妹か娘やったら、云うことを聴かん場合には此方も勘当してしまうけど、……」と言い、妙子の奔放過ぎる振る舞いに大分嫌気が差しているようでした。
幸子のほうは「夫は少しあの妹を悪く思い過ぎている。あれでこいさんは、何と云ってもお嬢さん育ちのところがあって、芯は気の弱い、人の好い女なのである。」と胸中で語っていました。
「芯は気の弱い人の好い女」という見方が興味深く、奔放過ぎる振る舞いをして周りに迷惑をかけ続けている妙子は果たして人の好いところがあるのか気になるところでした。
本家の鶴子が大阪に来た時、「西下」という言葉が使われていました。
「東上」は競馬で関西の馬が関東のレースに乗り込む時によく聞くのですが「西下」はあまり聞いたことがなかったです。
やがて本家の鶴子から幸子に手紙が来て、妙子の不良ぶりに愕然としているという内容でした。
そして妙子と奥畑の交際をやめさせるため、妙子をしばらく本家に来させるように言ってきます。
さらに、辰雄は妙子が本家に来るのを嫌がるようなら幸子の家にも置かないようにし蒔岡家と絶縁させるように言っていて、鶴子もそれに賛成とのことです。
妙子は本家の辰雄が大嫌いで「本家と一緒に暮らすぐらいなら死んだ方がまし」とまで言っていて、ついに絶縁を突きつけられることになります。
幸子は今までも本家と妙子の間に立って苦労していました。
幸子によるともし幸子が見ていなかったら妙子はもっと不良になっていただろうとのことです。
久しぶりに丹生(にう)夫人が登場し、美容院の井谷とともに、雪子に新たなお見合いの話を持ってきます。
丹生夫人も井谷も江戸っ子気質でせっかちな性格のため、このお見合い話は凄い勢いで進んでいきます。
お見合い相手は橋寺福三郎という薬剤会社の重役をしている男で、丹生夫人はこの男をお見合いの場に「恐らく異議もないでしょうし、あっても私が否応なしに引っ張り出します」と言っていました。
やがて橋寺側も雪子側も強引に引っ張り出される形でお見合いになります。
このお見合いの頃、「もうその時分、街でタクシーを拾うのは難しくなって来ていた」とありました。
支那事変(現在で言う日中戦争のこと)から刻一刻と事態が緊迫して大平洋戦争が近づく中で、次第に街を走るタクシーも減っていたようです。
雪子はとても内向的な性格をしていて、ある時橋寺に無愛想な対応をしてしまいます。
そんな雪子を幸子はもどかしく思い、いらついていました。
妙子が食中毒で重症になってしまいます。
絶縁されてアパートを借りて一人暮らししている妙子は相変わらず奥畑との交際を続けていて、この時は最初奥畑の家で寝込んでいて、その後病院に移ります。
奥畑が寝込む妙子の傍でタバコを吸う場面があり、病人の傍でタバコを吸うのはマナーとして最悪だと思いました。
奥畑の家には「婆や」という、奥畑を赤子の時から育ててきた人が一緒に住んで身の回りの世話をしています。
そして一人暮らしをする妙子には幸子の家の女中、お春が行って身の回りの世話をしています。
この婆やがお春に奥畑と妙子について今まで見てきたことを語ったことから、幸子達にも妙子の酷さが明らかになります。
幸子達から見た奥畑と、婆やから見た奥畑が全然違っていて面白かったです。
また幸子達から見た妙子と、婆やが語る妙子も全然違っていて、どちらの側にも身内贔屓があるなと思いました。
ちなみに妙子は奥畑を金づるのように考えて、他の男と付き合う傍ら、奥畑にもそれなりに気のある素振りを見せて、せいぜい利用するだけして捨てようという腹です。
幸子が妙子の酷さに愕然として考え込む場面で、「妙子の暗黒面」という言葉が出てきました。
暗黒面という言葉を聞くと自然とスターウォーズが思い浮かびます。
そして「細雪」はスターウォーズより前に出ているので、オリジナルで暗黒面という言葉を使ったということです。
谷崎潤一郎さんの言葉のセンスに驚かされました。
春になり、貞之助、幸子、悦子、雪子で毎年恒例のお花見をしに京都に出掛けます。
その際、「今年は時局への遠慮で花見酒に浮かれる客が少ない」とあり、花見にも遠慮が出ていました。
また妙子が回復した時に
「花と云う花は一重も八重も残らず散り」という表現があるのが目に留りました。
これは桜の花のことで、一重はソメイヨシノのことで八重は八重桜のことだと思います。
八重桜はソメイヨシノが散ってから咲き始めます。
妙子が寝込んでいた期間を「花と云う花は一重も八重も残らず散り」と表すのが良い表現の仕方だと思いました。
普段は内気で思っていることをあまり語らない雪子ですが、ごく稀に沢山語ることがあります。
雪子が普段とは打って変わり理路整然と妙子に奥畑への酷い仕打ちを批判する場面がありました。
私も妙子の奥畑を利用するだけして捨てようとする考えは酷いと思います。
やがて雪子に、公卿(くげ)華族で子爵(ししゃく)の位を持つ人を父に持つ、御牧(みまき)実という人とのお見合いの話が来ます。
藤原氏の血を引く名門の出とありました。
その頃妙子がやけに疲れやすくなっていて、やがて妊娠が発覚します。
この昭和初期の時代では結婚もしていないのに妊娠するのは今とは比べ物にならないくらい世間から批判される行為だったようで、雪子の新たなお見合いにも影響が出かねない情勢でした。
妊娠の事実を前に、幸子の10ページにも及ぶ心境吐露は印象的でした。
こいさんは、あたしや、あたしの夫や、雪子ちゃんたちが、本家の厳しい云い付けに背き、数々の犠牲を払って迄も庇ってやった好意を無にして、あたし等を何処へも顔向け出来ないような羽目に追い込んだら、痛快だとでも云うのだろうか。
どこまでも自分のことしか考えない妙子に、幸子は今までで一番気持ちがまいってしまっていました。
それでもこの現実を前に、どうにかして説得して堕胎させるか、それとも雪子のお見合いがまとまるまで人里離れた場所に隔離して極秘で出産させるか、策を考えていました。
雪子のほうは御牧実とのお見合いがついに上手く行くお見合いになっていたので、そのまま無事に結婚してほしいと思いました。
三浦しをんさんの
「あの家に暮らす四人の女」、綿矢りささんの
「手のひらの京」で、それぞれ本の帯の紹介文にその名前があったことから興味を持った「細雪」。
これら女性姉妹や姉妹的なものを主人公にした作品の代表的作品として引き合いに出されるのも納得な面白い作品でした。
日本文学史に残る名作とのことで、現代文学で名前が出てきたのがきっかけでこういった作品を読んでみるのも時には良いものだと思います。
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