今回ご紹介するのは「むらさきのスカートの女」(著:今村夏子)です。
-----内容-----
近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性のことが、気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で働きだすように誘導し、その生活を観察し続ける。
狂気と紙一重の滑稽さ。
変わりえぬ日常。
〈わたし〉が望むものとは?
デビュー作「こちらあみ子」で三島由紀夫賞受賞。
第二作「あひる」が芥川賞候補となり、河合隼雄物語賞を受賞。
第三作「星の子」でも芥川賞候補となり、野間文芸新人賞を受賞。
唯一無二の視点で描かれる世界観によって熱狂的な読者が増え続けている著者の代表作。
2019年7月期、第161回芥川賞受賞作。
-----感想-----
今村夏子さんの小説を読むのは今回が初めてでした。
昨年の夏、書店でこの作品が芥川賞受賞作として平積みされているのが目に留まり、作者が中国地方の広島県出身ということもあり興味を持ち購入しました。
しかし当時は小説を読む気力がなくなっていた時期で、その後もなかなか気力が戻らず一年後の今やっと読むことが出来ました。
デビュー作から次々と文学賞を受賞し、ついに芥川賞受賞まで上り詰め、小説界のサラブレッドのような人だと思います
作者名の「今村」と「夏子」はとても印象的でした。
昨年の1~5月にかけて世間の注目を集めた、新潟県を中心に活動するアイドルグループNGT48で起きた暴行事件に敵方で登場した人達の名前です。
なので一瞬「えっ」と思いましたが、さすがに名前に罪はないなと思い読み始めました。
冒頭、主人公の家の近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれる人が居ることが語られます。
いつ見かけても紫色のスカートを穿いているとのことで、「むらさきのスカートの女」という呼ばれ方からも不気味な人であることが伺われました。
主人公は女性で、常にむらさきのスカートの女を観察していて自身のことは「黄色いカーディガンの女」と称しています。
むらさきのスカートの女は近所でかなり有名な存在で、この人が現れるとみんな色々な反応をするとありました。
知らんふりをする者、サッと道を空ける者、良いことあるかもとガッツポーズをする者、反対に嘆き悲しむ者(一日に二回見ると良いことがあり、三回見ると不幸になるというジンクスがある)の四つに大別されるようです。
むらさきのスカートの女にはどんなに人通りの多い時間帯でも決して誰にもぶつからずスイスイ人込みをすり抜けていく得意技のようなものがあります。
中にはわざとぶつかりに行く人もいますが成功した人は誰もいないとのことで、幽霊みたいな人だなと思いました。
また子供達の間では、ジャンケンをして負けた子がむらさきのスカートの女の肩にタッチして逃げるという遊びが流行っていて、老若男女問わず普通ではない存在と見られているのが分かりました。
主人公は毎日むらさきのスカートの女のことを観察していて、「友達になりたいと思っている」と胸中で語っていました。
私はそれを見て、さすがにただ興味があるだけで一日中観察するのは異常だと思うので、そういった思いがあって少しだけホッとしました。
しかし害を加える気がなくても友達になりたいだけで毎日観察するのはやはりまともではない気がし、そういうのは監視と言うのではと思いました。
エスカレートするとストーカーになりかねないとも思いました。
主人公の近所の公園には、「むらさきのスカートの女専用シート」と呼ばれる座る場所があります。
そして主人公は日頃の観察によってむらさきのスカートの女がどんな日にそこに座るかも分かっています。
間もなくそこに座るのが分かっていたある日、専用シートのことを知らないスーツ姿の男がそこに座りましたが、主人公は事情を話してどいてもらおうとしていました。
私はそれを見て狂気じみているなと思いました。
公園は公共の設備なので、どのシートに座るかはその人の自由です。
むらさきのスカートの女が専用シートに座って食べたクリームパンは描写を見て美味しそうだなと思いました
少し固めのカスタードクリームと薄いパン生地が特徴で、上には焦げたスライスアーモンドがたっぷり載っているとありました。
アーモンドの部分は口に入れるとパリパリと良い音がするとあり、クリームパンのしなやかな食感との良いアクセントになると思います。
そしてパン生地が薄いと自然とカスタードクリームが多めになるはずで、カスタードクリーム好きな私には嬉しいです。
主人公は何と、資金繰りが苦しくなって家賃が払えなくなっています。
むらさきのスカートの女の観察をしている場合ではないのではと思いました。
この辺りまで読んでいるうちに主人公の異様さが面白いなと思い、いったいむらさきのスカートの女への思いはどうなっていくのか気になりました。
主人公は仕事を探すむらさきのスカートの女のために求人情報紙を取って来て専用シートに置いておいてあげたりもします。
やがてむらさきのスカートの女が面接に受かって働くことになりますが、事務所に入って制服を渡される様子などが詳しく描写されていて、主人公の働く職場だと分かりました。
ホテルの部屋の清掃の仕事で、自己紹介でむらさきのスカートの女の名前が日野まゆ子だと分かりました。
それまで不気味に描かれていたのでどうなるのかと思いましたが、まゆ子は意外にも先輩達から気に入られます。
チーフ陣と呼ばれるリーダー的な人達とまゆ子が話している時に権藤チーフという人が居て、この人が主人公でした。
勤務初日の夕方、公園に行ったまゆ子は何と今まで馬鹿にされていた子供達と一緒に鬼ごっこをして遊んで仲良くなります。
その様子を観察していた権藤の「見学していただけなのに、のどがからからに渇いていた」という言葉は印象的でした。
今までは観察するとともにどこかで「行動パターンは予測出来る」と思っていたまゆ子が手の届かない遠い場所に行ったように感じたのではと思いました。
事務所の所長がまゆ子に話しかけ、チーフ陣の名前を次々と挙げ全員個性が強烈と言っている中に権藤の名前が出てこないのは印象的で、あまり存在感がないのかも知れないと思いました。
チーフ陣の中でも特に個性と発言力が強い塚田チーフがまゆ子のことを凄く信頼したのも印象的で、まゆ子が順調に働いて行けるのを決定付けました。
一方の権藤は他のチーフ達の話の輪に入れてもらえず邪険にされているのが分かりました。
所長はまゆ子の姿勢を買い、いずれチーフにしたいと思っていることを告げ、冒頭の不気味さからは考えられないようなことなのでこれには驚きました。
まゆ子がこの仕事をずっと続けたいと考えてくれているのが嬉しかったとありました。
ある人の思いが他の人に良い影響を与えるのは素晴らしいことだと思います。
権藤は変わらずまゆ子と友達になりたいと思っていますが、読んでいてその画策ぶりに狂気を感じました。
まともに話しかけてお話をしながら仲良くなっていくことが出来ず、画策をして無理やり友達になろうとするのは歪んでいると思います。
まゆ子が異例の早さでトレーニング期間を終了し、一人で部屋の清掃が出来るようになります。
休みの日の過ごし方も今までより出歩く回数が増えて活動的になり、公園の子供達からはまゆさんと呼ばれ親しまれるようになります。
働き始めて2ヶ月が過ぎようとしていて、不気味なむらさきのスカートの女は今や優秀な清掃スタッフとして一目置かれ、子供達からも親しまれ、まさに絶頂期を迎えたように見えました。
しかし栄光は長くは続かず転落が待っていました。
まゆ子が所長と付き合っているという噂が立ち、これも最初の頃のまゆ子のイメージからは考え付かないことで驚きました。
権藤は噂が本当なのか確かめようと尾行していて、凄い執着だと思いました。
この作品は最初はむらさきのスカートの女の異様さを描いた小説だと思いましたが、実際には権藤の異様さが描かれていると思いました。
やがてまゆ子が所長の愛人になり時給も不当に高くしてもらっているという噂が広まり、チーフ陣から無視されるようになります。
そしてまゆ子はきつい香水を付け爪にはマニキュアを塗るようになり、私はそれを見て外見が派手になったのとは対照的に破滅が近いと思いました。
終盤の展開は衝撃的で、まさかこんなことになるとはと驚きました。
今村夏子さんは同じ芥川賞作家でも綿矢りささんなどに見られるような秀逸な比喩表現をするタイプとは違い、作品全体の世界観で魅せるタイプの作家さんという印象を持ちました。
私は今村夏子さんの世界観なら扱う題材によってはいずれ直木賞も狙えるのではと思いました。
芥川賞は純文学小説、直木賞はエンターテイメント小説で求められるものは違いますが、両方を手に出来る可能性を秘めた作家さんな気がします。
本屋大賞もいずれ受賞しても不思議はないと思うので、これからの益々の活躍を楽しみにしています
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