読書日和

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「夢を与える」綿矢りさ のご紹介

2007-02-25 18:11:59 | 小説
今回が初めての記事となります。
ブログを使うのも初めてなのでドキドキしながら書いています。

さて、今回ご紹介するのは「夢を与える」(綿矢りさ著)という小説です。
綿矢りささんは2004年1月、史上最年少19才で芥川賞を受賞された方です。
そのときの作品は「蹴りたい背中」でした。
それから3年経ち、受賞後第一作となる「夢を与える」が発売されました。

装丁は女の子の横顔。
内巻き縦ロールの髪型が印象的です。

「私は他の女の子たちよりも早く老けるだろう」
これを見てこの作品が明るい内容ではない予感がしました。
さっそく読み始めてみると、すぐに綿矢さんの変化に気付きました。
インストールや蹴りたい背中のときとは文章の描写が全く違っているのです。
綿矢さん独特のテンポの良い軽快な言い回しが影を潜めていました。
しかし最初の1ページだけですぐに場面を思い浮かべられる構成は、蹴りたい背中をも上回っていると思います。

いきなり別れ話から始まり、最初「幹子」が誰なのかわかりませんでした。
主人公は「夕子」のはず…
読み進めていくと、幹子が夕子の母親だとわかりました。
物語は夕子の成長を中心に進んでいきます。
インストールも蹴りたい背中も、小説の中の時間は短かったので、これだけ長い時間を描くのは綿矢さん初の試みです。
また、小説のスケールもかなり大規模になっています。
夕子が経験するのは芸能界という謎の多い世界です。
テレビのCM、番組への出演、ドラマの撮影、F1の世界、どれも細かく描かれていて、綿矢さんは今回取材などもしたのでは?と思ってしまいます。

それにしても、夕子の人生は波乱に満ちています。
現実世界でここまで複雑な人生を歩む人はいるのでしょうか…?

夕子が一番生き生きして見えたのは「多摩」の家に行ったときだと思います。
そのときにはすでに両親の仲が最悪になっていたので、あまり幸せではないかも知れませんが、それでも「多摩」と話すときの夕子は楽しそうです。
この作品の中で唯一なごやかな場面だと思います。

さらに読み進めていくと、ついに綿矢さんらしい文章を見つけました。
111ページ
「マリさんにうながされて木の根に腰かけると、立っていたときよりも地面に繁る草が近づいて不安になった。低い、獣の目線だ。」
低い、獣の目線だ。の部分にインストールのときの軽快なテンポを感じました。
それでも、作品全体の雰囲気がすごくシリアスなので、この文も控えめなように思います。

同じく111ページで、もうひとつ良い文を見つけました。
「夜空を見上げると月が出ていて、月は薄く硬く、遠い異国の硬貨のようだ。」
これでなんとなくわかりました。
綿矢さんは意図的に軽快なテンポを封印しているのではと思います。
そして一文一文のインパクトより、全体の雰囲気に重点を置いた作品を作ろうとしているように感じます。

小説の中盤への移り変わりである、夕子の高校入学式は良い感じでした。
ここはかなり早いテンポで読むことができました。
この後の展開もすべてが上手く行くのではと思わせるような明るい展開でした。


134ページ
「将来はテレビを見ている人に夢を与えるような女優になりたいです」

小説の題名でもある「夢を与える」という言葉が登場しました。
言葉は美しいものの、夕子の心は複雑なようです。
夕子は本心ではそんなことは思っていないのです。
人によく思われる無難な答えとして「夢を与える」という言葉を使っているみたいです。
この辺りは段々夕子が大人に近づいていく様子が描かれていて、綿矢さんさすがだなと思います。
大人の考えって汚いものだと感じました。
こういった心の内を見抜く綿矢さんの力は全く鈍っていないようで、むしろ磨きがかかっているような気がします。

この直後、夕子はブレイクします。
「アケミ」さんの告別式でよろめく姿が報道されてのブレイク。
このあとはしばらく芸能界での話が進んで行きますが、活躍すればするほど、悲しく重い話になっていくのが読んでいてつらいです。
夕子の活躍ぶりは現実世界で言えば長澤まさみに匹敵すると思います。
まさか長澤まさみはこんなに乾燥した心ではないと思いますが…。
トップクラスの芸能人というのはみんな夕子みたいになってしまっているのかと不安になりますね…。


また強烈な文章を見つけました。
「自分も糸をのぼって天国へ行こうとしているのに、糸が切れるのが心配で、後ろから続く者を振り落とそうとしている。自分も糸をのぼってきたくせに。」

トップの座から転落するのが怖いという心情を現してますね…。
これは誰でも一度は思ったことがあるのではないでしょうか?
一度高みまで駆け上がるとなんとかその座を死守したい思いは醜いものですが、人間的な泥臭さがあって悪くはないと思います。


小説の後半は夕子の転落していくさまが痛々しくて読むのが辛かったです。
この展開になったらまずいという展開にことごとくなって、まさに転落です。
スキャンダル映像がネットに流出してからは完全に運に見放されたような感じですね。
「多摩」には会わせてあげてほしかったです。


クライマックスでもう一度「夢を与える」という言葉が出てきます。
「夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。だから夢を与える側は夢を見てはいけない。」

綿矢さんがなぜこの小説を「夢を与える」というタイトルにしたのかは疑問な点です。
タイトルのロマンチックさと実際の内容には随分ギャップがあるように思います。
主人公夕子が芸能界で夢を与える仕事をしたからでしょうか…?
どちらかというと、「夢を与える」ことの重さ、それに伴う犠牲を伝えたいのかも知れませんね。

夕子は転落してからはついに最後まで、復活することはありませんでした。
ここまで絶望的な終わり方では後味が悪い気がしますが、実際の芸能界で悪いことをした人達が平気で復帰するのよりは良いかも知れません。
実際の芸能人がこの本を読んだらどういう気持ちになるのか、興味深いところです。

綿矢さんは一番好きな作家なので、これからもたくさん作品を作って欲しいと思います。
それでは、これで「夢を与える」のご紹介を終わります。

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