今回ご紹介するのは「オールド・テロリスト」(著:村上龍)です。
-----内容-----
「年寄りの冷や水とはよく言ったものだ。
年寄りは、寒中水泳などすべきじゃない。
別に元気じゃなくてもいいし、がんばることもない。
年寄りは、静かに暮らし、あとはテロをやって歴史を変えればそれでいいんだ」
怒れる老人たち、粛々と暴走す。
唯一無比の最新長編!
-----感想-----
物語の語り手は「希望の国のエクソダス」で週刊誌記者として登場したセキグチ。
この作品での西暦は2018年で、希望の国のエクソダスの10数年後が舞台になっています。
ただ希望の国のエクソダスを読んでいなくても問題なく読める内容です。
今作でのセキグチは週刊誌が廃刊となり、フリーの記者だったため仕事を失っていました。
冒頭、セキグチのところにかつての上司から電話がかかってきます。
ルポを書けと言うのです。
ヨシザキというおじいさんが「NHKでテロをやる」と電話をかけてきて、セキグチにルポを書いて欲しいと指名してきたとのことでした。
電話でヨシザキは「私は今でも満州国の人間です」と妙なことを言っていました。
当初はヨシザキの発言を軽視していたセキグチですが、しかし。。。
だが、やがておれは、自分の無知を後悔することになる。
満州国の亡霊とも言える人間たちに、おれ自身と、そしてこの日本が翻弄され、やがて破滅の危機にさらされることになるのだが、そんなことが想像できるわけもなかった。
私がオールド・テロリストと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、かつての安保闘争で暴れていた中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)や核マル派(革命的共産主義者同盟マルクス主義派)、民青同(日本民主青年同盟)などの極左過激派テロリスト集団です。
これらの団体は今も世代を変え暴れていますが、安保闘争当時の人達はオールド・テロリストというような年代になっています。
ただこの作品ではこれらの実在する極左テロリスト集団がモデルではなく、満州国の亡霊がテロリストになります。
そして渋谷のNHKで本当にテロが発生します。
若い男が実行し、何人もの人が死傷する惨事となりました。
その場に行っていたセキグチも危ない目に遭いました。
ヨシザキという老人がなぜテロのルポを書く人間としてセキグチを指名したのか、これが謎でした。
セキグチは短期契約社員として昔の職場に復帰します。
ルポを書きつつ、テロ事件を追っていくことになります。
ヨシザキについては本名が太田浩之ということは分かりましたが、そのちらつく影を捕まえることはなかなかできないです。
テロ事件を追って行く中で、セキグチは駒込にある文化教室を訪ねることになります。
そこにはカリヤという、日本刀で中国服を着た人形の首を飛ばす物騒な人など、老人達がたくさんいました。
この人達がこの作品の題名でもある「オールド・テロリスト」に違いないと思いました。
ここにはカツラギユリコという謎の若い女もいて、物語に大きく関わっていくことになります。
この文化教室では来西杉郎(きにしすぎお)という姿の見えない謎の男からセキグチにメッセージも送られてきました。
ちなみにこの作品は架空の近未来日本を舞台にしているだけに、違和感を感じる部分もあります。
作品内では大不況がずっと続き若者達は無気力で夢遊病者のように描かれていますが、今の希望が持てるようになってきた日本との解離が結構あるなと思います。
やがて次のテロが起こります。
今度のテロは東京の池上商店街で起こりました。
今度のはかなり生々しく、読んでいてゾッとしました。
前回のNHKでのテロと同じく今回も犯人は若い人で、老人達に操られているように見えました。
老人達の目的は日本を焼け野原にすることと明らかになります。
終戦直後から復興の時期にかけては巨大な需要がありました。
焼け跡には何もない代わりに巨大な需要があるということで、もう一度その時代に戻すというのです。
さらには三度目のテロが発生。
歌舞伎町の新宿ミラノという映画館で発生しました。
このテロでは可燃材と毒ガスが使われ、死者867人、重傷者を入れると被害者は一千人を超える大惨事になりました。
このテロの現場にはセキグチとカツラギ、それにマツノ君というセキグチが復帰した会社の社員の人も居たのですが、三人とも混乱状態になりなかなか逃げることができませんでした。
特にカツラギとマツノ君は混乱ぶりが著しく上手く歩いたり喋ったりできない状態になっていて、なかなか逃げられない姿が読んでいてもどかしかったです。
ただ目の前で大惨事が起こるとこうなることもあるかも知れないです。
この大惨事の後、セキグチはカツラギに連れられ、コンドウという全身に管の入った老人に会うことになります。
コンドウという老人は満州に縁があり、日本の政財界に絶大な影響力を持っています。
テロを主導している老人達は元々はコンドウが作ったネットワークです。
しかしその一部が暴走を始め、コンドウの意思とは違う大虐殺テロに走り出しているため、彼らを止めてくれとセキグチに頼んできました。
コンドウに自分の素性まで完全に調べ上げられていることを知り、もう駄目だと思ったセキグチは覚悟を決め、暴走している老人テロリスト達を止めるために動いていきます。
話が進んでいくと、老人テロリスト達は第二次世界大戦時にドイツが作った88ミリ対戦車砲という兵器まで持っていることが明らかになります。
敗戦後のどさくさに紛れて満州から運び込んでいたとのことです。
やがてコンドウの他にもう一人の重要人物であるミツイシが登場。
70代半ばなのですがとても若々しく、セキグチが初めて見た時は60代そこそこと思ったくらいです。
88ミリ対戦車砲を日本に運び込んだのは彼の父親でもあります。
ミツイシ、太田、カリヤなど、老人達が一斉に集まる場面があり、これはいよいよオールド・テロリスト達が表に出てきて暴れ出すのだと思いました。
88ミリ対戦車砲も登場。
迫撃砲や軽機関銃など、武器も大量に保有しています。
88ミリ対戦車砲が狙う先にあるのは原子力発電所。
「あなたたちは歴史を目撃するわけですよ。歴史といえば、ほとんどの日本人は、教科書の中でしか知らない。だが歴史とは、年号でも、過去の出来事でもない。世の中の軸が変わることだ。そのことが今夜、少しだけわかると思うよ」
ミツイシがこんなことを言っていました。
「年寄りは、静かに暮らし、あとはテロをやって歴史を変えればそれでいいんだ」
この言葉も登場します。
暴走するオールド・テロリスト達によって日本は一体どうなってしまうのか、興味深く読んでいきました。
ちなみに太田が「自分達が88ミリ対戦車砲で原発を狙っているのは、秘密保護法によって大手のメディアは報道できない」と言っていましたが、これは違うのではと思いました。
特定秘密保護法は国家の重要な情報をその情報に携わる者が意図的に漏洩させたりしないようにする法律です。
テロリストが犯行声明を出しているのであればむしろ報道するのが世界的にも当たり前で、この作品での法の運用は現実世界とだいぶ違っていると思いました。
もう一つ、終盤に登場した中国についてのセキグチの考えには疑問を持ちました。
「日本政府は中流層の没落で拡大し続ける経済格差、増税、崩壊寸前の年金、社会保障などによって爆発寸前の国民の怒りを逸らす対象として、中国を利用してきた」とあったのですが、これは明らかに違っています。
中国の場合は現在進行形で南シナ海、南沙諸島を侵略してフィリピン、台湾、ブルネイ、ベトナム、マレーシアと激しく対立し、陸においてもインドやブータンの領土を侵略してやはり激しく対立。
日本の尖閣諸島についても領海侵犯を繰り返し、ついには領空侵犯までし、領土を侵略しようとしています。
武力で他国の領土、領海を奪い取る凄まじい覇権主義国家ぶりを露わにしています。
つまり本当に危険だから危険と言っているのであって、国民の不満を逸らすために利用しているというのは見当違いな話です。
また、中国がインドやロシアやイランとも手を組みアジアの覇権国として影響力を増すばかりとも書いてありました。
インドの名誉のために言っておくと、インドは中国に領土の一部を侵略され、激しく対立しています。
大の親日国としても知られていて、尖閣諸島を侵略されそうになっている日本とは同じ立場にあることから、協力して中国の侵略を阻止しようとしています。
なのでこの作品でのインドの扱いはあんまりだなと思いました。
この辺りは作者の村上龍氏が1969年頃に全共闘(全学共闘会議)という学生による反日左翼団体で活動していたくらいなので、そういった思想が作品に現れているように感じました。
作品全体を通して、セキグチは目の前で起きている光景に大きく動揺し精神安定剤を飲んでいる場面が多かったです。
ただ凄惨なテロの現場に居たり、恐るべきオールド・テロリスト達を前にしたら仕方ないかと思います。
そしてセキグチはこのオールド・テロリスト達の考えにシンパシーを覚えると言っていましたが、私はそうは思わないです。
いかなる理由があろうとテロは許されない行為です。
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