今回ご紹介するのは「一瞬の風になれ 3 ドン」(著:佐藤多佳子)です。
-----内容-----
高校の最終学年を迎えた新二。
入部当時はまったくの素人だったが、今では県有数のベストタイムを持つまでに成長した。
才能とセンスに頼り切っていた連も、地道な持久力トレーニングを積むことで、長丁場の大会を闘い抜く体力を手にしている。
100m県2位の連、4位の新二。
そこに有望な新入生が加わり、部の歴史上最高級の4継(400mリレー)チームができあがった。
目指すは、南関東大会の先にある、総体。
もちろん、立ちふさがるライバルたちも同じく成長している。
県の100m王者・仙波、3位の高梨。
彼ら2人が所属するライバル校の4継チームは、まさに県下最強だ。
部内における人間関係のもつれ。
大切な家族との、気持ちのすれ違い。
そうした数々の困難を乗り越え、助け合い、支え合い、ライバルたちと競い合いながら、新二たちは総体予選を勝ち抜いていく――。
-----感想-----
※第一部のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。
※第二部のレビューをご覧になる方はこちらをどうぞ。
神谷新二や一ノ瀬連たち春野台高校陸上部の青春を描いた三部作の完結編。
冒頭からしばらくはオフシーズンの冬季練習です。
最終学年となる高校三年生でのインターハイ路線(地区大会→県大会→関東大会→インターハイ)に向けて、それぞれの課題と向き合う大事なトレーニング期間となります。
冒頭は、新二が手術を控えた兄の健一をお見舞いするところから始まります。
かなりギクシャクしてしまったこの兄弟、何とか元通りの関係に戻れたようで良かったです。
新二も健一の前向きな姿を見て、自分のやるべきこと、”走ること”に一層気持ちを強く持ったようでした。
3月末には鷲谷高校と桜が丘高校との合同合宿がありました。
その合同合宿で春高顧問の三輪先生が、短距離王国鷲谷の顧問の大塚先生にすごい宣言をします。
「今年は4継、鷲谷に勝ちますよ。100mも、総体の決勝で勝負しましょう」
4継(4×100mリレー)で今まで一度も勝ったことがない鷲谷を倒し、さらに100m個人では総体の決勝(インターハイ全国大会の決勝)で勝負だと言うのです。
三輪先生は、それを実現してくれるのは連と新二だと言います。
三輪先生のものすごい期待に驚く新二ですが、第一部の頃から着実に力を付けてきていて、全く無理というわけでもなさそうです。
そして三年生になり、春野台高校陸上部にも新入部員が入ってきました。
目玉は短距離ブロックの鍵山義人。
それまで4×100mリレーのメンバーは根岸、桃内、連、新二の4人でしたが、ショートスプリントを得意とする鍵山の走力はロングスプリントを得意とする根岸の走力を大幅に上回っていて、根岸に替わってリレーのメンバーになることが期待されています。
しかしこの鍵山がなかなかの問題児で、天才スプリンターである連に激しく憧れていて、常に連にまとわりついてあれこれ褒めたりしています。
当然連にはうざがられ、しかも二年の桃内のことは気に食わないのかほとんど無視しているので、桃内も相当鍵山にイラついています。
部長である新二はこの状態を放っておくわけにはいかず、どうにかできないものかと苦心します。
ただ、以前「他人の身体を借りてきてでももっと速く走りたい」と言っていた根岸はこの件について
「あいつが気に食わねえなんて言ってる場合じゃねえだろ。ウチにこれだけのショート・スプリンターが四人もそろうって奇跡を噛み締めろよ」
と言っていました。
鍵山、桃内、連、新二の四人ならインターハイ出場も夢ではない最高のリレーチームになります。
根岸は自身が出場にこだわることより、春高が最強の布陣で試合に臨むことに重きを置いていて、これはすごく大人だなと思います。
当然悔しさもあると思います。
しかしその鍵山が厚木で行われた県記録会で故障を発生。
一年前に連がやったのと同じ左太腿の裏側、ハムストリングスの肉離れです。
春高陸上部の歴史上最高のチームが出来上がるかと思いきや、なかなか上手くはいかないものです。
そんなわけで、インターハイ路線の序盤は鍵山なしで戦うことに。
ちなみにこの年のバトンパスは今までやってきたオーバーハンドパスからアンダーハンドパスに変更になりました。
鍵山を加えた4継メンバーを想定しての変更で、アンダーのほうがオーバーより、四人のタイム差が少ないメンバーに有効とのことです。
オーバーハンドパスが手のひらを上に向けた受け手に対して、上からバトンを渡すのに対して、アンダーハンドパスは手のひらを下に向けた受け手に対して、下からバトンを渡します。
この第三部では、100m、200m、4×100mリレー以外の競技についても結構試合シーンが描かれています。
女子の3000mではエースの鳥沢や新二が想いを寄せる谷口若菜が県大会出場をかけて走りました。
劇的な幕切れでかなり良かったです
新二もついに追い風参考ではなく公式な記録として10秒台を出します。
ラストはきつかった。とにかく手足がバラけないように必死で踏ん張ったけど、筋肉を制御する力が残っていなかった。100mなのにもがいてるみたい…。
という心境を見て、何だか昨年の4月にゴール前でフォームを崩しながらも10秒01の記録を出した桐生祥秀選手のことが思い浮かびました。
100mという短い距離でも最後は力を使い果たしてしまうようです。
地区予選を突破して臨む県総体の会場は、最初の週が川崎フロンターレのホーム・スタジアムである等々力陸上競技場、次週が三ツ沢公園陸上競技場です。
この県総体で新二は100mの自己ベストを更新して初めて決勝の舞台を走ります。
連や仙波、高梨と同じ舞台です。
そして決勝、
「位置について」
「用意」
「ドン!」
の場面はしびれました。
新二も連も6位以内に入り堂々の南関東大会出場決定です
さらに200mでも新二と連、そして4×100mリレーでも南関東出場が決定。
特にリレーの走りは凄かったです。
メンバーは1走が根岸、2走が連、3走が桃内、4走が新二。
ここまでの物語で間違いなく最高のリレーでした。
2位でバトンを受けたアンカーの新二は、1位を走る鷲谷高校のアンカー、仙波を追います。
三輪先生の
「仙波を後半で追い上げる選手を、俺は高校生で初めて見たぜ」
の言葉が物語るように、その走りは王者仙波も驚くほど驚愕のものでした。
そして三輪先生は
「勝負できる。南関東で。鷲谷と」
とついに鷲谷と勝負できるチームになったことを確信。
根岸と鍵山が交代する南関東大会では鷲谷を倒せる可能性が出てきました。
ただし南関東大会では鍵山ではなく安定感がある根岸を出そうという意見が新二や桃内にはあり、南関東でのリレーのメンバーをどうするかで揉めていました。
故障明けで問題児でもある鍵山より、根岸のほうが確実に南関東を勝ち抜いてインターハイに行けると考えたのです。
その話し合いの場での根岸の言葉は胸を打ちました。
「俺は、このチームが総体で優勝することを信じている。俺が入ったら、それは無理だ。でも、鍵山が完全にフィットしたら可能性がある。おまえら、誰も、そういう夢を見ねえのか?」
「日本一だ」
「全国で走るんじゃない。全国で勝つんだ。最後に」
根岸の夢はインターハイ出場ではなく、インターハイ優勝(全国制覇)
そのためには自分ではなく鍵山を出して経験を積ませるべきだと鍵山を推す根岸、立派でした
いよいよ南関東大会の舞台、千葉県へと出発です。
千葉総合スポーツセンター陸上競技場で四日間に渡ってインターハイ出場をかけた最後の戦いが繰り広げられます。
物語はここで最高潮を迎えます。
リレーは予選で硬さが出て大苦戦、しかし何とか突破、100mは新二も連も順調に予選、準決勝を突破。
そして
「ただいまから南関東男子100m決勝を行います」
「出場選手の紹介をいたします。第1レーン…」
「第4レーン、310番、一ノ瀬くん、春野台、神奈川」
「第5レーン、311番、神谷くん、春野台、神奈川」
この場面は読んでいてかなり気持ちが盛り上がりました
ついに決勝の舞台にやってきました。
この舞台には当然仙波もいますし、南関東屈指の強豪たちがずらりと揃っています。
そしてリレーも、
「ただいまから、南関東男子、4×100mリレーの決勝が行われます」
「第6レーン、鷲谷、神奈川、西くん、高梨くん、堺田くん、仙波くん、第6レーン、神奈川」
「第7レーン、春野台、神奈川、鍵山くん、一ノ瀬くん、桃内くん、神谷くん、第7レーン、神奈川」
とうとう迎えた決勝、鷲谷高校との対決
「位置について」
行けよ、鍵山。信じている。
号砲が轟いた。
物語はこの南関東大会で終わってしまうのですが、その先のインターハイでの戦いも読んでみたいと思う、素晴らしいラストでした。
表彰式で風にはためく春野台高校陸上部の部旗が思い浮かんできます
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-----内容-----
高校の最終学年を迎えた新二。
入部当時はまったくの素人だったが、今では県有数のベストタイムを持つまでに成長した。
才能とセンスに頼り切っていた連も、地道な持久力トレーニングを積むことで、長丁場の大会を闘い抜く体力を手にしている。
100m県2位の連、4位の新二。
そこに有望な新入生が加わり、部の歴史上最高級の4継(400mリレー)チームができあがった。
目指すは、南関東大会の先にある、総体。
もちろん、立ちふさがるライバルたちも同じく成長している。
県の100m王者・仙波、3位の高梨。
彼ら2人が所属するライバル校の4継チームは、まさに県下最強だ。
部内における人間関係のもつれ。
大切な家族との、気持ちのすれ違い。
そうした数々の困難を乗り越え、助け合い、支え合い、ライバルたちと競い合いながら、新二たちは総体予選を勝ち抜いていく――。
-----感想-----
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神谷新二や一ノ瀬連たち春野台高校陸上部の青春を描いた三部作の完結編。
冒頭からしばらくはオフシーズンの冬季練習です。
最終学年となる高校三年生でのインターハイ路線(地区大会→県大会→関東大会→インターハイ)に向けて、それぞれの課題と向き合う大事なトレーニング期間となります。
冒頭は、新二が手術を控えた兄の健一をお見舞いするところから始まります。
かなりギクシャクしてしまったこの兄弟、何とか元通りの関係に戻れたようで良かったです。
新二も健一の前向きな姿を見て、自分のやるべきこと、”走ること”に一層気持ちを強く持ったようでした。
3月末には鷲谷高校と桜が丘高校との合同合宿がありました。
その合同合宿で春高顧問の三輪先生が、短距離王国鷲谷の顧問の大塚先生にすごい宣言をします。
「今年は4継、鷲谷に勝ちますよ。100mも、総体の決勝で勝負しましょう」
4継(4×100mリレー)で今まで一度も勝ったことがない鷲谷を倒し、さらに100m個人では総体の決勝(インターハイ全国大会の決勝)で勝負だと言うのです。
三輪先生は、それを実現してくれるのは連と新二だと言います。
三輪先生のものすごい期待に驚く新二ですが、第一部の頃から着実に力を付けてきていて、全く無理というわけでもなさそうです。
そして三年生になり、春野台高校陸上部にも新入部員が入ってきました。
目玉は短距離ブロックの鍵山義人。
それまで4×100mリレーのメンバーは根岸、桃内、連、新二の4人でしたが、ショートスプリントを得意とする鍵山の走力はロングスプリントを得意とする根岸の走力を大幅に上回っていて、根岸に替わってリレーのメンバーになることが期待されています。
しかしこの鍵山がなかなかの問題児で、天才スプリンターである連に激しく憧れていて、常に連にまとわりついてあれこれ褒めたりしています。
当然連にはうざがられ、しかも二年の桃内のことは気に食わないのかほとんど無視しているので、桃内も相当鍵山にイラついています。
部長である新二はこの状態を放っておくわけにはいかず、どうにかできないものかと苦心します。
ただ、以前「他人の身体を借りてきてでももっと速く走りたい」と言っていた根岸はこの件について
「あいつが気に食わねえなんて言ってる場合じゃねえだろ。ウチにこれだけのショート・スプリンターが四人もそろうって奇跡を噛み締めろよ」
と言っていました。
鍵山、桃内、連、新二の四人ならインターハイ出場も夢ではない最高のリレーチームになります。
根岸は自身が出場にこだわることより、春高が最強の布陣で試合に臨むことに重きを置いていて、これはすごく大人だなと思います。
当然悔しさもあると思います。
しかしその鍵山が厚木で行われた県記録会で故障を発生。
一年前に連がやったのと同じ左太腿の裏側、ハムストリングスの肉離れです。
春高陸上部の歴史上最高のチームが出来上がるかと思いきや、なかなか上手くはいかないものです。
そんなわけで、インターハイ路線の序盤は鍵山なしで戦うことに。
ちなみにこの年のバトンパスは今までやってきたオーバーハンドパスからアンダーハンドパスに変更になりました。
鍵山を加えた4継メンバーを想定しての変更で、アンダーのほうがオーバーより、四人のタイム差が少ないメンバーに有効とのことです。
オーバーハンドパスが手のひらを上に向けた受け手に対して、上からバトンを渡すのに対して、アンダーハンドパスは手のひらを下に向けた受け手に対して、下からバトンを渡します。
この第三部では、100m、200m、4×100mリレー以外の競技についても結構試合シーンが描かれています。
女子の3000mではエースの鳥沢や新二が想いを寄せる谷口若菜が県大会出場をかけて走りました。
劇的な幕切れでかなり良かったです
新二もついに追い風参考ではなく公式な記録として10秒台を出します。
ラストはきつかった。とにかく手足がバラけないように必死で踏ん張ったけど、筋肉を制御する力が残っていなかった。100mなのにもがいてるみたい…。
という心境を見て、何だか昨年の4月にゴール前でフォームを崩しながらも10秒01の記録を出した桐生祥秀選手のことが思い浮かびました。
100mという短い距離でも最後は力を使い果たしてしまうようです。
地区予選を突破して臨む県総体の会場は、最初の週が川崎フロンターレのホーム・スタジアムである等々力陸上競技場、次週が三ツ沢公園陸上競技場です。
この県総体で新二は100mの自己ベストを更新して初めて決勝の舞台を走ります。
連や仙波、高梨と同じ舞台です。
そして決勝、
「位置について」
「用意」
「ドン!」
の場面はしびれました。
新二も連も6位以内に入り堂々の南関東大会出場決定です
さらに200mでも新二と連、そして4×100mリレーでも南関東出場が決定。
特にリレーの走りは凄かったです。
メンバーは1走が根岸、2走が連、3走が桃内、4走が新二。
ここまでの物語で間違いなく最高のリレーでした。
2位でバトンを受けたアンカーの新二は、1位を走る鷲谷高校のアンカー、仙波を追います。
三輪先生の
「仙波を後半で追い上げる選手を、俺は高校生で初めて見たぜ」
の言葉が物語るように、その走りは王者仙波も驚くほど驚愕のものでした。
そして三輪先生は
「勝負できる。南関東で。鷲谷と」
とついに鷲谷と勝負できるチームになったことを確信。
根岸と鍵山が交代する南関東大会では鷲谷を倒せる可能性が出てきました。
ただし南関東大会では鍵山ではなく安定感がある根岸を出そうという意見が新二や桃内にはあり、南関東でのリレーのメンバーをどうするかで揉めていました。
故障明けで問題児でもある鍵山より、根岸のほうが確実に南関東を勝ち抜いてインターハイに行けると考えたのです。
その話し合いの場での根岸の言葉は胸を打ちました。
「俺は、このチームが総体で優勝することを信じている。俺が入ったら、それは無理だ。でも、鍵山が完全にフィットしたら可能性がある。おまえら、誰も、そういう夢を見ねえのか?」
「日本一だ」
「全国で走るんじゃない。全国で勝つんだ。最後に」
根岸の夢はインターハイ出場ではなく、インターハイ優勝(全国制覇)
そのためには自分ではなく鍵山を出して経験を積ませるべきだと鍵山を推す根岸、立派でした
いよいよ南関東大会の舞台、千葉県へと出発です。
千葉総合スポーツセンター陸上競技場で四日間に渡ってインターハイ出場をかけた最後の戦いが繰り広げられます。
物語はここで最高潮を迎えます。
リレーは予選で硬さが出て大苦戦、しかし何とか突破、100mは新二も連も順調に予選、準決勝を突破。
そして
「ただいまから南関東男子100m決勝を行います」
「出場選手の紹介をいたします。第1レーン…」
「第4レーン、310番、一ノ瀬くん、春野台、神奈川」
「第5レーン、311番、神谷くん、春野台、神奈川」
この場面は読んでいてかなり気持ちが盛り上がりました
ついに決勝の舞台にやってきました。
この舞台には当然仙波もいますし、南関東屈指の強豪たちがずらりと揃っています。
そしてリレーも、
「ただいまから、南関東男子、4×100mリレーの決勝が行われます」
「第6レーン、鷲谷、神奈川、西くん、高梨くん、堺田くん、仙波くん、第6レーン、神奈川」
「第7レーン、春野台、神奈川、鍵山くん、一ノ瀬くん、桃内くん、神谷くん、第7レーン、神奈川」
とうとう迎えた決勝、鷲谷高校との対決
「位置について」
行けよ、鍵山。信じている。
号砲が轟いた。
物語はこの南関東大会で終わってしまうのですが、その先のインターハイでの戦いも読んでみたいと思う、素晴らしいラストでした。
表彰式で風にはためく春野台高校陸上部の部旗が思い浮かんできます
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