今回ご紹介するのは「本を守ろうとする猫の話」(著:夏川草介)です。
-----内容-----
お金の話はやめて、今日読んだ本の話をしよう。
高校生の夏木林太郎は、祖父を突然亡くした。
祖父が営んでいた古書店『夏木書店』をたたみ、叔母に引き取られることになった林太郎の前に、人間の言葉を話すトラネコが現れる。
君自身が旅を続けなさい。
メロスが最後まで走り続けたように。
『神様のカルテ』著者が贈る、21世紀版『銀河鉄道の夜』!
-----感想-----
「神様のカルテ」著者の夏川草介さんが初めてそのシリーズ以外の小説を書いたので、興味を持って読んでみました。
「序章 事の始まり」
高校生の夏木林太郎(なつきりんたろう)は幼い頃に両親が離婚し、さらに母が若くして他界したため、小学校に上がる頃には祖父の家に引き取られました。
その後はずっと祖父と二人暮らしでした。
ところがある日の朝、その祖父が亡くなってしまいます。
「夏木書店」という祖父が経営していた小さな古書店が残されます。
林太郎が書架に並ぶ書籍を眺める場面で、「堂々たる威儀と威厳をにじませて」という言葉がありました。
威厳はよく聞く言葉ですが威儀は聞いたことがなく、調べてみたら「いかめしく重々しい動作。立ち居振る舞いに威厳を示す作法」とありました。
威厳が見た目の雰囲気なのに対し、威儀は立ち居振舞いのことを言うようです。
祖父が亡くなり不登校になった林太郎を心配して、高校の一年先輩で友達の秋葉良太が夏木書店に様子を見に来ていました。
二人の会話を見ていると、林太郎はかなり淡々と喋り感情の読めないタイプのようです。
友達も良太以外にはほとんどいないとありました。
また、林太郎は今まで会ったこともなかった叔母の家に引き取られることになります。
「第一章 第一の迷宮「閉じ込める者」」
数日のうちに夏木書店を離れなければならない林太郎は書棚を眺めながら途方に暮れます。
そんな時、突然店の中で「ひどく陰気な店だな」と声がします。
驚いた林太郎が振り返ると、そこには一匹の猫がいました。
猫は言葉を話し、「わしはトラネコのトラだ」と名乗りました。
そして林太郎に「お前の力を借りたい」と言ってきます。
ある場所にたくさんの本が閉じ込められていて、その本を助け出すために力を貸せとのことです。
猫が人の言葉を話し、さらに力を貸せと言ってきていることに林太郎は戸惑います。
するとトラは次のように言っていました。
「大切なことは常にわかりにくいものだぞ、二代目」
「多くの人間がそんな当たり前のことに気がつかないで日常を過ごしている。”物事は、心で見なくてはよく見えない。一番大切なことは目には見えない”」
これはサン=テグジュペリさんの「星の王子さま」の引用とのことで、トラはかなり本に詳しいようです。
トラの雰囲気に祖父と似たものを感じた林太郎は戸惑いながらも力を貸すことにします。
案内された先はこの世のものとは思えない大邸宅でした。
その大邸宅には様々な飾り物が置いてあり、「世界中の物が手当たり次第、なんでも置いてある感じだね」と林太郎が言うと、虎が次のように言っていました。
「なんでもあるように見えて何もない」
「哲学も思想も趣味もない。どれほど外面は豊かに見えても、蓋を開けてみれば中身はただの借り物の寄せ集め。貧困のきわみと言うしかない」
なかなか哲学的なことを言う猫だと思います。
藍の着物を着た、幽霊のような雰囲気を持つ女性に案内され、大邸宅の中を進んでいく林太郎とトラ。
やがて行き着いたのは壁、床、天井の全てが白一色の巨大な空間で、そこには何十列もの白いショーケースがあり、その中身は全て本でした。
その一番奥には真っ白いスーツを着た長身の男がいて、この大邸宅の主です。
男はこれまでに57622冊の本を読んだと言っていました。
そして一度読んだ本は二度と読むことはなく、ショーケースの中に鍵をかけてしまっておくと言っていました。
かなり傲慢な話し方をする男で、読んでいて嫌な人だなと思いました。
「私のように時代をリードする識者は、常に大量の書籍を読み続けることで、己の知識や哲学を鍛え続けていく必要がある」などと言っていました。
男によって閉じ込められた本を解放するのがトラの願いで、林太郎は男と対決することになります。
林太郎はかつて学校を休みがちになりがむしゃらに夏木書店の本を読んでいた時に祖父からかけられた言葉を思い出します。
「たくさんの本を読むことはよい。けれども勘違いしてはいけないことがある」
「本には大きな力がある。けれどもそれは、あくまで本の力であって、お前の力ではない」
これは印象的な言葉で、大事なことだと思いました。
「第二章 第二の迷宮「切りきざむ者」」
林太郎の祖父はかなり立派な人物だったらしく、かつて、昔祖父と一緒に働いたことのある老紳士が夏木書店に来た時、「お前のおじいさんは、世の中のいろいろな混乱した問題を、少しでも良い方向に持って行こうと懸命に努力をしていた」と言っていました。
「力及ばず、志半ばにして、社会の表舞台から退場した」とも言っていて、どんなことをしていたのか気になりました。
再びトラが現れ、力を貸せと言います。
世界中の本を集めてつぎつぎと切り刻んでいる男がいるので、それをやめさせるのがトラの願いです。
その時、夏木書店に林太郎のクラスの学級委員長、柚木沙夜(ゆづきさよ)がやってきます。
林太郎とは正反対の活発な子で、第一章では不登校の林太郎のために連絡帳を届けてくれていました。
沙夜にもトラの話す言葉が分かり、持ち前の活発さで林太郎とトラが向かう先について行きます。
林太郎と沙夜とトラが行き着いたのは、多数の白衣の男女が忙しげに行き交う広々とした空間でした。
壁は書庫になっていて、膨大な数の本が並べられています。
そこは「読書研究所」と呼ばれ、読書に関する様々な研究をしている世界最大の研究施設とのことです。
果てしない下り階段を下りて行った先に「所長室」があり、丸々と太った恰幅のいい人物がいました。
男は鋏で次々と本を切り刻んでいました。
男は「読書の効率化」という研究をしていると言います。
「速く読むための研究」で、その手法は速読に男の開発した新技術を融合させた恐るべきものでした。
もはや本を本とも思わない無茶な読み方なのですが、男の言葉には意外と核心に迫るものもあります。
男の理論に押され気味の中、林太郎は祖父の「本を読むことは、山に登ることと似ている」という言葉を思い出し、男と対峙します。
「第三章 第三の迷宮「売りさばく者」」
冒頭で沙夜と良太が話していました。
先輩の良太がバスケットボール部部長とあり、さらに季節が冬なことから、良太は高校二年、林太郎と沙夜は一年かなと思いました。
沙夜は良太を「浮薄(浅はかで軽々しいという意味)」と評していてあまり良い印象を持っていないらしくつっけんどんな態度を取りますが良太は全く意に介していなかったです。
この話でもトラが力を貸してくれと言ってきて、今回も沙夜がついて行きます。
またトラは「第三の迷宮の主人は、いささか厄介だ」とも言っていて、今までより強敵のようです。
行き着いたのは、青空のもと両側に本を無造作に積み上げてできた壁がある場所でした。
そこを進んでいくと巨大な高層ビルがあり、入り口から出てきた女性が「世界一の出版社、「世界一番堂書店」にようこそ」と言っていました。
案内され社長室まで行くと、天井に巨大なシャンデリアがある高級感の漂う室内に、真っ白な頭髪の痩せた初老の紳士が待っていました。
とても丁寧な言葉を話すのですが、明らかな敵意を持ってもいました。
夏木書店のことも知っているらしく、「今時売れもしない難解な本を山のように並べて、自己満足にひたっている時代遅れのむさ苦しい古本屋でしょう。義理も責任も重圧もないお気楽な身分でまことにうらやましいですね」と露骨に喧嘩を売っていました。
このビルからもそして周りのビルからも、窓から次々と本が投げ捨てられる驚きの光景がありました。
その光景を社長は「今の現実の世界ですよ」と言っていました。
さらに社長は次のように言っていました。
「ここは天下の大出版社。毎日山のように本をつくり、それを社会に向かって売りさばく。そうして得た利益でさらに多くの本をつくり、また売りさばく。どんどんどんどん売りさばいて、また利益を積み上げる」
何だか一作品ごとの発行部数は落ちているのに発行する本の点数は増え、凄く作品の回転が早くなっている今の出版業界のことを言っているかのようです。
社長は丁寧そうに見えて傲慢な態度で本を売るための理論を言っていました。
「心理も倫理も哲理も、誰も興味がないんです。みんな生きることにくたびれていて、ただただ刺激と癒しだけを求めているんです。そんな社会で本が生き残るためには、本そのものが姿を変えていくしかない。敢えて言いましょう。売れることがすべてなのだと。どんな傑作でも、売れなければ消えるんですよ」
「本は消耗品」と言いゴミ同然に扱う社長に対し、林太郎は社長の言葉の中の矛盾に気づき立ち向かっていきました。
「第四章 最後の迷宮」
クリスマスイブの日、林太郎は叔母の家への引っ越しの日を迎えていました。
過ぎていく時間について、林太郎は次のように語っていました。
時間は容赦なく過ぎていく。そういうものだということを林太郎は肌で感じて知っている。どんな悲しいことや苦しいことや、理不尽なことが起こっても、時間が立ち止まって林太郎を待っていてくれるわけではない。流されるまま流されて、それでもなんとか今日までやってきたのである。
これは悲しいことや苦しいことや理不尽なことが起き不安定になった状態でも時間は止まって林太郎の回復を待ってはくれず、過ぎていく日々と向き合っていかないといけないということです。
ただ起きたこと自体は時間が過ぎたほうが受け止められるようになるので、こういった時期はあまり活発なことはせず、静かに日々を過ごしていくのが良いのではと思います。
既に引っ越しの準備を終えていた林太郎の前に、またもやトラが姿を現し力を貸してくれと言います。
かなり手強い相手のようで、珍しくトラの歯切れが悪かったです。
行き着いたのは一軒の小さな民家でした。
黒の礼服を着た初老の女性が待ち構えていて、林太郎と本について真剣な会話がしたいと言っていました。
女は「本についての理想と現実の違い」について問いかけてきました。
その内容は予想していなかったもので、この展開には驚きました。
この話では「世界で一番読まれている本」というのが出てきました。
それはどんな本なのかなと思い調べてみたら、どうやらキリスト教の聖書のようです。
たしかに世界中にキリスト教徒がいてしかも古くからの歴史もあるので、世界で一番読まれていそうな気がしました。
「終章 事の終わり」
祖父が亡くなって3ヶ月が経ちました。
トラが「青春ではないか」とからかっていた林太郎と沙夜の会話は最初の頃よりとても親しくなっていました。
この二人は性格は全く違っていてもよく相手のことを思いやっていて、いずれよき恋人同士になっていくのではと思いました。
そして林太郎も新たな心境で歩み出していました。
この作品を読んでみて、面白く読める小説だと思いました。
「神様のカルテ」という医療を題材にした小説を書いていた人がファンタジー要素のある小説を書くのは意外な気がしたのですが、なかなか合っているのではと思いました。
また他の作品が出たら読んでみたいと思います。
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