久しぶりに「小説」カテゴリ以外の読み物となります。
今回ご紹介するのは「ユング名言集」(著:カール・グスタフ・ユング、編:フランツ・アルト、訳:金森誠也)です。
-----内容-----
完璧ではなく充実した生を求めよ!
「分析心理学の巨人」による考察が凝縮された151の言葉。
-----感想-----
名前は聞いたことがあるユングについて、「ユング名言集」という本があったので読んでみることにしました。
偉人の言葉ということで、どんな言葉を遺したのか興味深かったです。
ユングの言葉について特に興味深かったものを紹介し、感想や意見を書いていきます。
P26 完全を望むな
自己の完成に向かって努力することは立派な理想である。
しかし私は次のように言いたい。
「お前はとうてい達成できないことに向かって努力するよりもむしろお前ができることを何か実現させよ」
これは一気に高いところに行こうとするのではなく、階段を一歩一歩上っていく方が良いということだと思います。
まず目標を高くし過ぎないことです。
また、高い目標を持つのは良いですが、そこに向かう道は一足飛びで行こうとするのではなく、自分の足元を見ながら一歩一歩行きましょうということだと思います。
P37 暗い性質も私の一部だ
これは自分自身が嫌だと感じている欠点のことです。
ただし、欠点があるのは悪いことではないです。
そういった性質も全て入れて、その人が形作られています。
P45 情熱地獄の恐怖
自分の情熱の地獄のような有様を通り抜けたことのない人間は、自分の情熱をけっして克服することはできない。
ここでの情熱とは、後悔の念や憂鬱な気持ちに沈み込んでいってしまうこととありました。
つまり「自分の情熱の地獄のような有様」とは、物凄く後悔したり憂鬱な気持ちになったりすることです。
これを経験したことのない人は自分の情熱をけっして克服することはできないとユングは言っています。
言い換えれば、物凄く後悔したり憂鬱な気持ちになったりした経験のある人は、自分の情熱を克服することができるということです。
P60、61 「ペルソナ」について書かれています。
ペルソナとは、もともと俳優が舞台でかぶることにより自分が演ずる役割をはっきりさせる仮面のこと。
ペルソナとは、その人には本来ないものでありながら、本人および他人が、その人の実情とみなしているもののこと。
その人の本来の姿ではないものを演じていて、本人も周りの人もその姿がその人の性格、普段の立ち居振る舞いだと思っているということで、ユングはこれを「ペルソナ」と名づけました。
「ペルソナ」という、社会的な役割を果たすために演じている仮面の後ろに、その人本来の姿が隠れているとのことです。
P92 生きる上で欠陥は不可欠
私たちの罪、あやまち、それにもろもろの欠陥は、私たちにとってはまさに必要不可欠である。
それというのも、それらがなければ私たちの精神の価値ある発展の可能性が奪われてしまうからだ。
欠陥があるのは悪いことではないということです。
自分自身にどんな欠点があるかを客観的に把握することができれば、その欠点を補うための対策を立てることができ、ユングの言う「精神の価値ある発展」につながっていきます。
P101 外的個性と内的個性
私は人それぞれの外的立場、性格をペルソナと名づけ、そして内的立場、性格をアニマ(魂)と名づけている。
ペルソナに続き、アニマという言葉が出てきました。
言葉の表現が抽象的で意味を捉えずらいのですが、なかなか面白いです。
「人には外向けの態度に個人差があるのと同様に、内的にもそれぞれの個性があることが認められている」とあり、これは人それぞれの考え方の特徴のことだと思います。
P134 人が個性を育成しつつ人生行路を歩むとき、しばしばあやまちを犯すことがある。さもなければ生は完全ではない。
これは間違いがあって当たり前ということであり、それが人生です。
P155 私たちはけっして「各人がなすべきこと」ではなく、「各人ができること」「各人がやらねばならないこと」に従って行動すべきである。
これは「その人なりにできることをやれば良い」ということだと思います。
P207 現にある物が大切なのだ
事物の存在がきわめて重要なのは、私にとって「それが現にある」ということであって、けっして、「そんなものはない」とか「それは前にはあったが今はもはやない」などということではない。
「そんなものはない」と卑屈になるのではなく、今あるものを見ましょうということです。
今あるものが何かを冷静に見つめ、それを認識し大事にすることが、前を向くことにつながっていくのだと思います。
P214、215
私は自分のわがままな心からつくり出された、多くの愚行を後悔している。
しかし、こうした愚行に走らなかったならば、私はけっして自分の目標に到達できなかったであろう。
今までの失敗があって、現在の到達点にいるということです。
失敗した道は無駄ではなく、目標到達への糧として現在につながっています。
P232 他人に接して苛つくことのすべては自分自身の理解に役立つ。
これは「人は鏡」ということです。
相手がやっていることで嫌だなと感じることは、自分自身が普段から嫌だなと思っていることです。
例えば周りに聞こえるように愚痴ばかり言っている人を見て嫌だなと感じるのは、自分自身が愚痴ばかり言うことを嫌なこと、やってはいけないことと思っているからです。
自分がよくないことと思っていることを相手が平気でやっているから、見ていて不快になります。
全体的に言葉が漠然としていて難しかったです。
ただその中で、何を伝えようとしているのか意味を感じとるのが面白かったです。
心理の概論を語っているため抽象的な表現になるのだと思いますが、抽象的な言葉から意味を感じ取れた時には達成感があるものだなと、この作品を読んで思いました。
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