白樺小舎便り(しらかばごやだより)

北信濃の田舎暮らしの日々

春待ち人

2018年01月26日 22時16分03秒 | 日記

極寒の日本列島ですが、この地はさほどの大雪もなく、気温こそ低いのですが、例年の大寒と比べてそれほど違っているとは思えません。

ホットスポットという言葉がありますが、言ってみれば反ホットスポットといった感じで、ここだけ寒波の襲来から逃れているような気がします。

それでもいつものランニングコースである千曲川の堤防の上は雪道になっており、ちょっと走る気になりません。

それではプールにと2日ほど通いましたが、1日目は顔見知りの奥様がプールの監視員をしており、2日目は以前から風呂であったりしたことがある肌会わねえなあという男とかち合い、プールは自分にはあまり向いていないと家に籠っておりました。

やっぱりプールの中よりも、山に登ったり、ランニングしたり、野外の方がいいなあと思うのです。

本も何冊も読んでいますが、今ブームになっているという吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』コミック版は読み終えました。

80年前に書かれたというその原書は、日本が戦争へと向かう中で書かれたのですから、反体制の書です。

人間の生き方について、世の風潮に流されるのではなく、良心や知性に基づいて、社会の発展の方向に沿ってこそ立派な生き方ができるのだと、わかりやすく説いています。

例えば物を生産する人々を、高級車に乗って消費するだけの人より下等な人間だと見下してはいけない。例えばナポレオンについて、民衆の革命の先頭に立ち王制を倒した点は評価できるが、それ以降の自分の権力を民衆の望む方向とは違った方向に使い始めたナポレオンは評価できない。例えば何事かを成し遂げようとすれば今ある最高の知識を身に付けたうえで新しい一歩を踏み出せなければならない。大きな歴史の目で見れば人類の進歩に貢献しない行為など大きな流れの淵で起こる小さな逆流に過ぎない(この表現は私流の言い方)。

さて、このように見たとき、時の権力者は歴史を人類進歩の方向に進めているのでしょうか。

この本が現代の若者たちに読まれているというのはひとつの大きな希望だと思うのです。

春を待ちながら、少しずつ今年の信州百名山残り19座の登頂計画を練り、甲州街道歩きの地図を調べ、キャベツの苗の世話をし、落語を聞き、ゆったりと過ごしています。

 

この間歩いた甲州街道の写真も、全体を流して見たあと、改めて一枚一枚見ています。

前にもアップしたおかめ神社をもう少し詳しく取り上げてみます。

何といっても『笑う門には福来る』福の神なのですね。

そして、鈿女の字は 金田女(かねため)神社であるそうな。

良くお参りしておきました。


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