銭湯の散歩道

神奈川、東京を中心とした銭湯めぐりについて、あれこれ書いていきます。

ノーベル賞で見る銭湯の適温

2022-06-02 09:00:00 | 銭湯考

2021年のノーベル賞生理学・医学賞は、「温度受容体および触覚受容体の発見」に授与されました。
人体の視覚や聴覚の仕組みは早い段階から分かっていたのですが、温度センサーに関しては20年近く前までほとんど分かっていませんでした。
20世紀末期にその実像を明らかにしたのは、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校のジュリアス氏と、米スクリプス研究所のパタプティアン氏です。

じつはこのノーベル賞を受賞した発見には、日本人の富永真琴さん(名前は女性ぽいですけど男性の方です)という方が関わっていました。
遺伝子配列を分離するクローニング技術を学ぶためにジュリアス研究所へと留学した富永さんは、カプサイシン(お馴染みの方も多いかと思います)という辛みの成分がどの受容体で反応するのか探っていました。
やがて富永さんが所属する研究チームは、TRPV1という受容体を発見します。
TRPV1は、ショウジョウバエが持つ光の受容体と構造が酷似していました。
辛み成分に反応する受容体をみつけたジュリアスさんはミーティングの中で、「トウガラシは食べると熱を感じるから、TRPV1は熱にも反応するかもしれない」と提案し、試しに確認してみたところなんとTRPV1は熱にも反応することが判明したのです。このことがノーベル賞受賞につながりました。
英語でhotは、「辛い」と「熱い」の両方の意味を持ちますが、人間に備わったTRPV1受容体はまさに辛さと熱に反応するものだったのです。
そして興味深いのは、その反応温度です。43℃以上になるとTRPV1はカプサイシンがなくても反応を示しました。

スーパー銭湯のような大型温浴施設だとほとんどが42℃を上限に設定しています。これは快適な温度が42℃までであることを経験的に踏まえたものなのですが、ノーベル賞受賞はその温度設定が科学的に正しかったことを証明しました。

ただ、古い銭湯だとそれ以上のところがほとんどです。高いところになると47、8℃。極端な場合は、50℃以上のところもあります。

これも科学的に説明が可能で、人は痛みを感じると痛みを和らげるためにβ-エンドルフィンという神経伝達物質が分泌されます。それが痛覚を抑えるとともに脳の報酬系に働きかけてドーパミンが放出されるのです。ドーパミンは脳内麻薬とも呼ばれ、快楽を引き起こします。
この高温による気持ちよさの正体は、TRPV1を介した痛みのトレードオフによって得られた快感だったわけです。

こうした高温による楽しみ方は昭和初期から続く一つの文化ではありますが、近年の研究成果を踏まえると、やはり42℃ぐらいに抑えるのが適切と言えるかもしれません。
何事も行きすぎた行為は決して良い結果をもたらさず、銭湯に限らずですが程よいバランスをみつけて楽しむのが一番ではないかと思います。