ブッシュ政権で副大統領(バイスプレジデント)を務めたディック・チェイニーの伝記映画の体裁であるが、副大統領がアホな大統領の背後で超大国の権力を握っていったそのカラクリをコメディ風味に解き明かしていく。
笑うに笑えない話なのに、やはり笑いが勝ってしまうところにこの映画の強さがある。
そう、この映画の強さは徹底的なバカバカしさにあるのだ
ブッシュ政権下におけるイラク戦争は大義がなくイラクは9.11テロとも関係なく、大量破壊兵器も持っていなかった。
・・・くらいのことは誰でも知っているだろう。
そしてあの時のジョージ・ブッシュという男が、悪い奴でアホっぽいってこともマイケル・ムーアの影響大かもしれんが知ってた。
ついでにプチディスりするとそんなアホなブッシュ政権を熱く支持していたのは小泉純一郎と自民党公明党連立政権である。
しかしブッシュがムーアの言うようなアホだとしたら、果たしてあんな大それた侵略戦争などできるのだろうか?
俺はその黒幕にして悪知恵の出どころはラムズフェルドだと思っていた。
対してこの映画ではその黒幕にして悪知恵担当はチェイニーだったのだと説明し、ラムズフェルドすらチェイニーの駒みたいなもんだったと言う。
もちろんこの映画で言うことを全部真に受ける必要はない。しかし極めて無口だった男が政権内のいたる所に自身のオフィスを作らせ、決して表に出ることなくバカなブッシュに代わって政策決定を行っていったという話はなかなか説得力がある。
そしてマスコミ等も利用した印象操作で国民の大部分が気づきもしないうちにチェイニーの望む方向に舵を切っていくところは、我が国の政治にも言えることでとても恐ろしい。
ヒラリーすら印象操作にまんまと引っかかっていたことを示唆している。そんなんだからトランプに負けるんだよ
また、その説明の件の中でちらりと現在(2019年5月時点)の「バイス」であるペンスの姿を映したりして、よくしゃべって目立つ奴より、無口で目立たない割に強い権限を持っている奴に気をつけろ、と映画は観客に訴えかけてくる。
そうかもしれない。安倍や麻生よりもっと悪い奴らが密かに我が国を狂わせていて、あいつらはただの報道官みたいなものかもしれない。
この映画のチェイニーはつかみどころのない人物で、極めて不気味だ。
彼は分かりやすい悪者ではない。彼が権力を操っていた動機が何だったのか、この映画ではそれを示していない。それはこの映画の欠点ではなく、チェイニーという人物に対する取材不足でもなく、映画に不気味な余韻を漂わせることに成功している。
少なくともこの映画でチェイニーは信念や理想のために動いていたとは思えない。家族のため?私情? そのどれでもない。
私利私欲のためとも思えない。一応バイスとして権力を握ることで莫大な利益を上げたらしいことは示されるが、彼はお金や権力拡大だけが目的だったとは思えない。
何か、権力を握る方法に気づき、アメリカを、世界を操る方法に気づいたのでそれを実践してみた・・・ような。
さりとて子供がゲームに興じるようなつもりとも違う。淡々と、世界を操る方法を一つ一つ試していったような
楽しんでいるのでもなく、努力をしているのでもなく、気づいたからやってみた感じ。科学者が原爆の作り方に気づいたから作ってみたようなものかもしれない。
この映画でチェイニーという男の葛藤はほとんど描かれない。唯一の葛藤は娘が同性愛を告白した時くらいだったように思う。
葛藤がないというのは物語的にかなり特殊で、普通は物語への興味を萎えさせないために、主人公は観客と感情を同期させる、いわゆる感情移入というのを促すために、悩みを持たせるのである。「ヒトラー最期の12日間」でさえ、ヒトラーへのある種の感情移入をさせる作りになっていた。
こんなに主人公への感情移入をさせない物語は他には「ウルトラマン」くらいではないかと思うくらいだ
彼はものすごい努力を重ねたり、激しい競争に勝ったりして権力を手に入れたのではなく、本当に「やり方に気づいた」だけのように見える。
映画の冒頭で示された通り、チェイニーは無口だったので、努力や競争の過程を言わなかっただけかもしれない。
冒頭の若き日のチェイニー、まだ俺たちが知るクリスチャン・ベールの姿からさほど離れていない姿のシーンから、ワシントンDCでチェイニーがラムズフェルドと出会うまでの結構な年月が一挙に端折られている。
その時にはすでに見た目もだいぶクリスチャン・ベールっぽくなくなっている。本当はあの間に彼にも妻にも色々なことがあったはずだが、そこをバッサリ捨てることでチェイニーの不気味さはより際立っているのである。
だが世界はいともたやすく「やり方に気づいた人」によってめちゃくちゃにされ得ることをこの映画は示している。
安倍晋三やトランプを産み出し得る民主主義の欠点をこの映画は伝える。
直近歴史の検証としてこれほどベストなタイミングはないだろう。
オバマ時代に作られていたらただの共和党ディスりでしかなく、安倍晋三のよく言う「えー、すなわち民主党政権時代のいわゆる悪夢のころと比べていただければつまり…」…云々とあまり質が変わらない
ブッシュ現職のころのオリバーストーンによる「ブッシュ」もどこかただのブッシュDisりでリベラル内の内輪ウケだけだった印象が無くもなく(この映画でチェイニーはリチャード・ドレイファスが演じていた)、オバマ当選に貢献していたとは思えない。
トランプの二選目を控えたこのタイミングで2代前の共和党政権と歴史を検証する意義は、政治映画としてよりリベラル目線なら効果的、保守目線なら狡猾と言えるだろう。
とは言えだ
この映画の最大の魅力は最初にも書いたが、徹底的なバカバカしさである。
同じ監督の「マネーショート」はリーマンショックが起こるのを見抜いていた人たちがいて信用売りで儲けた話であったが、だから何?的な、正直ユーモアはほぼ感じず、結末は分かり切ってるし笑える要素は無かった。
といってもアメリカではアカデミー賞の作品賞候補にもなったくらいだから評価はされていたわけだけど、あの映画には全く乗れず、同じく結末は分かり切っている「バイス」に乗れる理由は何か?
それはブッシュをはじめとする、実在かつ超有名な人たちの存在だろう。
チェイニーがパパブッシュと初めて出会った時の、彼の息子にして後の大統領ジョージJr.登場シーンのあの可笑しさの正体は何だろう
それはブッシュJr.のことを心から軽蔑している私の気持ちに他ならないのだが。
でも結構物語が進んでしばらくしてからの真打登場感の半端なさ
あのアホが現れたぜ!!ってのをこれ見よがしではなく、引きの画で2~3秒(体感時間)のカットでちらりと映す、あのリベラルギャグ的あつかい
サム・ロックウェルは顔はブッシュに似ていないが、行動や雰囲気で俺たちのある意味「理想」のブッシュを完全に再現してくれた。
「スリービルボード」の差別主義者に続いてのブッシュ役で彼は完全に俺たちリベラル映画ファンの心をわしづかみにした。別に映画左翼って言ってくれても全然かまわないのだけど。
ブッシュがイラク戦争開戦に際しての国民に向けてのテレビ演説の際に、あんなに激しく貧乏ゆすりをしていたかは知らない。だがブッシュの貧乏ゆすりから、バグダッド市民の爆撃音に震える足へのモンタージュは、映画編集としては完ぺきだ。
事実の再現ではなく、映画による権力を持つ物と持たざる者との関係の表現において究極だ。
ブッシュがらみ以外でもこの映画は数々のバカバカしい演出が、いちいちキテるのだがそうしたギャグ演出が、いちいち映画的ユーモアにあふれているので、映画好きとしてはツボにはまる
いい話にまとめたかのような前半終了時の感動的な音楽とテロップ、さらにはエンドロールまで流し始める徹底ぶり
そして本当のエンドクレジット中に突如差し込まれる、右派と左派の口論と殴り合いなどなど
リベラル臭がぷんぷんとはいえ、全編政治状況を皮肉りつつ、映画的過剰演出を笑いに昇華できたのも、政治性から逃げなかったためではないかと思う
チェイニーと妻のシェイクスピア風のベッドトーク(マクベスの引用かと思って、マクベスを読み返したが該当するような場面や台詞はなかった。リア王も読み返してみたが無かった。あれは引用なのか、シェイクスピア風な脚本家による創作なのか、どっちだろう)
そしてシェークスピアのみならず数々の映画的記憶をめぐる引用やオマージュにも心がざわつく
語り部である男がチェイニーにとってのどういう人物なのか、終盤ぎりぎりまで明かされない。だがついに唐突な見事すぎるサプライズ演出の末にその正体が明かされる。
ナレーターが実は○○○って映画はいくつかあるが、私はこれは「サンセット大通り」へのオマージュではないかと思う。
サンセット大通りの監督のビリー・ワイルダーは反ユダヤ主義あふれるヨーロッパから命からがら逃げてきた人で、国家権力による人権蹂躙の犠牲者だ
そしてエンドクレジットにかかるウェストサイド物語の名曲「アメリカ」だが、その舞台を作り上げたジェローム・ロビンスは赤狩りで標的にされ転向を余儀なくされアメリカ政府に対して仲間を売ってしまった暗い過去を持つ。彼を非難するのは簡単だが権力のプレッシャーに押しつぶされた彼は、時代の犠牲者だと思う。
「アメリカ」についていえば作曲のレナード・バーンスタインだってユダヤ系の元共産党員で赤狩りでは辛酸を舐めた人である。
何が言いたいかといえば、国家権力の犠牲者たちへの鎮魂の思いがこの「バイス」にはあるなんじゃなかろうかと思う。
民主主義を好き放題に操る奴を産むのもまた民主主義である。
要は、正義を語る奴にも、何も語らない奴にも、気をつけろ!!と、この映画は全世界に笑いをもって届けようとしているのだ!!
まとめるとバイスはポリティカルコメディというより、ポリティカル&コメディ。2000年代を検証しつつ2010年代のみならず全世界の民主主義の未来への問題提起をする、笑ってる場合じゃないが笑っちゃう映画として、かなり心に残る超傑作でありました。
これは、あまりこういうこと書きたくないけど、2019年の年間ベスト当確くらいのすごいポリティカルコメディです!!