これはしみた
自分の中では「コーダ」を超えて今年のベスト1級ってその並び…(にする自分のあざとさ)
主人公に感情移入させる映画ではない。主人公は発生言語で喋れないことも相まって心情をほぼ語らない。人間なんて結局1人でしょ、という旨の彼女の台詞もある。我々は傍観者にならざるを得ない。頑張れと叫んでも彼女には聞こえない。
しかし我々も目を澄ませ、彼女の気持ちを苦しさを理解した気になれる…が、痛みに耐え生き苦しさに耐え不安と恐怖と向き合う彼女の本当の勇気は想像するしかなく、きっと想像以上だろう。それでも多分戦い続けることを選んだケイコに、私たちは言葉でなく気持ちでエールを送る
年末ギリギリに素晴らしい映画に出会えて、心からありがとうと思う
良くも悪くも想像の域を出ないメジャーな大作にはない、チャレンジャー感覚
特に日本映画の場合、低予算映画にこそ未来を感じる(のもまた不幸かもしれないけど)
何はともあれ、岸井ゆきのさんのスパーリングだけは全ての人に見てほしい
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ここからはネタバレ注意
ケイコがなぜ戦っているのか?あるいは、何と戦っているのか?そこら辺は説明されない。
しかし、言い方悪いが、チビで、オンナで、しかも聾の彼女は、私たちが考えるよりはるかに多くの色々なものと戦っているのだろう
例えば、コンビニで、マスクをつけた店員に「ポイントカードありますか?」と言われても何のことかわからない。
コロナ禍は、「聞こえない」人たちに、我々よりずっと多くの生きづらさを感じさせたのだろう。
ただそういう、我々にも想像可能な生きづらさとは別な部分の、彼女の戦う目的や理由のコアの部分はわからない。映画では一切の説明がない。
それでも彼女の、相手を殺すくらいの気持ちにならなければ戦う意味がない…という思いこそ、本作における主人公の目的だったのかもしれない。それは『ロッキー』における「世界チャンピオンに勝つ」であり、『ロッキー3』における「虎の目を取り戻す」であり、『ロッキー4』における「親友の仇を討ちアメリカの誇りを取り戻す」に近いものなのだ。
そしてクライマックス
ケイコは吠える
それこそ、相手を殺すくらいの勢いで勝負の世界に入ることを、ケイコは成し遂げたのだ。魂の勝利といってもいいかもしれない。
しかし、それより前のシーンにおけるコーチの台詞が伏線になってもいて、感情のまま前に出たことによって相手のカウンターを喰らい、無様にリングの上に崩れ落ちるのだ。
もっと前のシーン
ジムの練習生に対するコーチの叱責
「なに2キロも体重増やしてるんだ!お前の試合だろ!自分に負けるな!」
もちろん、聾のケイコには聞こえていないのだが
しかし、ケイコは自分に勝った
戦うココロを持てなかった自分に勝てた
あの瞬間、確かに殻を破った
だが、相手には負けた。試合には負けた。
あそこで勝てば、もしかしたら彼女以外の周りの愛する人たちの何かも変わったかもしれない。
だが彼女は負けた
まるで、自分が勝てなかったから、自分の唯一の居場所でもあったジムを失ったような感覚
どんなに練習しても、戦うココロを身につけることに成功しても、結局、何もかも失ってしまったかのような、やるせなさ
そんなことをいつもの練習場所の荒川の土手でぼんやり考えていると…
対戦相手に偶然会う
自分よりもっとボコボコにされた顔の…あざだらけの顔の…作業着姿の女から、こないだの試合ありがとうございました、と声をかけられる
発声言語でも手話でもなく、それこそ拳で語り合った相手だ。
私を認めてくれる者が、ボクシングの世界には、確かにいる
ファイターとしてのアイデンティティをケイコは獲得する
そして、いつもの練習のロードワークのコースである新川の土手を彼女は走り出す
そこからのエンディングで、音楽はなく、風の音、少し遠くの高速道路から響く車の音など、彼女を包んでいる現実音(しかし彼女には聞こえていない音)をBGMがわりにエンドクレジットとなる
しかし多分、ケイコは戦っている。戦い続けることを選んだのだろう
彼女に聞こえない音に包まれながら、外見では孤独に、しかし対戦相手がいる限り孤独ではない世界で
ケイコよ
戦え
どんなに足掻いてももがいても、社会には何も与えない戦いかもしれない
しかし、自分と、同じリングに立つ相手と、リングサイドに立つコーチたちのために、ろくに観客のいないホールだが、少なくとも数人の人生に意味を与えるために、そして自分の生きる意味のために、戦え
結局人間は孤独でしょ的な発言が前半にあったが、この映画は人間は孤独じゃないことを教えてくれた
戦えケイコ
ジャブを打て
ストレートを放て
ケイコよ、お前が殴った数だけ、お前とお前以外の人生に価値を、意味を与えているのだ
そんな映画…
隅田川、荒川らへんのドブくささがとてもこの映画にマッチしている
東京の東側に住んでてよかった
ここらは、意外に「映える」
そんなことを気づかせてもくれた
『ケイコ目を澄ませて』
監督:三宅唱
原作:小笠原恵子「負けないで!」
脚本:三宅唱、酒井雅秋
撮影:月永雄太
出演:岸井ゆきの、三浦友和
2022年12月25日 ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞