チョン・ユンチョル監督の韓国映画。結構面白かった。
実は私は「動物」が好きです。映画に動物が出てくると過敏に反応し、必要以上に感動してしまいます。
(ただし、動物を擬人化した映画はそんなに好きではなく、動物が動物なまま登場するシーンが好きという事です。)
だからこの映画で1カットだけですが、シマウマと一緒に主人公チョウォンが走るとこが大好きです。そこで泣きました。
もちろん、シマウマが走ってたからこの映画は素晴らしい、とか言う気はないです。
でも一番のクライマックスにシマウマを持ってきて、チョウォンの純朴さとか、命あるものへの賛歌を詠い上げるセンスはいいと思います。
動物園とかペットショップとかで癒された気になる人間どもの心の隙を見事に突いてくる、計算しつくされた絶妙なタイミングでのシマウマ登場です。
動物園と言えば、この映画では動物園のシーンが重要な伏線として機能しています。かわいい動物さんたちに囲まれ(ほんとは動物が囲われてる場所なんだけど)、生活に疲れた人間どもが現実を忘れ心をリフレッシュした気にさせる動物園。しかしチョウォンにとっても、その母親にとっても、あの動物園での出来事が強いシマウマじゃないや、トラウマとなって心に刻まれます。トラウマってのは別にTiger & Horse って意味じゃなく、精神的衝撃と訳される心理学用語"Trauma"です。
ヒヒーン、ブウブウ、パオーン、ガオーって叫びはコミュニケーション超困難な自閉症の少年を母に連想させたのでしょうか?それはフカヨミってもんかも知れませんが、ともかく母は動物さんたちに癒されるどころか、より激しく現実的な問題ばかりが頭をかすめ、最愛の息子の手を離してしまいます。息子は大大大好きなシマウマさんのブースのところで、シマウマよりもっともっと大好きだった母に捨てられた悲しみをひしひしと感じています。
癒し係の動物さんたちと、崩壊しかかった家族愛とがいい対比となっていますね。
このシーンがあるから、クライマックスのマラソン大会のシーンが活きてきます。
ここで母は、映画の中で二度目の「息子の手を離す」ということをやらかします。ただし最初の手離しは純粋に自分のエゴからだったのに対し、二度目で手から離したのはチョウォンでなく、チョウォン捉えていた自分のエゴでした。息子が何を望んでいるかが、理由は説明できないけど100%理解できちゃったのです。動物園で手を離されたチョウォンはどうしようもなく絶望的な思いで檻に閉じ込められたシマウマさんを見て涙ぐむのですが、マラソン大会で手を離されたチョウォンは、アフリカの草原と思われる広大な大地を元気いっぱいに駆けて行くシマウマさんを、笑顔で追いかけて行くのです。
なんかシマウマのことばっかり書いてますね。
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この映画は、そのものずばり、コミュニケーションというものをテーマにしています。
自閉症という、自分の意思を他者に対して表現できない人と、いかに意思疎通をはかるか。
マラソンしなさい!!はエゴっぽいし、マラソンなんてしちゃいけません!!は過保護っぽい。
当の本人が、喜んでるのか我慢してるのか苦しんでるのか冷ややかに分析してるのか、さっぱり判らない以上、誰も確かな根拠のあるアドバイスができない。息子と私は一心同体よ、と信じて自分が正しいと思った事をやり通すしかない。
けれど、一心同体という考え方がそもそも間違っていたのかもしれない。自閉症だろうとなんだろうと、人間には意思がある。自分がどうしてもやりたくて仕方ないことに直面した時、あの動物園の一件以来10数年自分を掴んで離さなかった手を振りほどき、少年は前に進み出た。
人間をなめるんじゃねえ。やりたい事には向かって行くぜ・・・との監督の叫びと供に、少年は走り出して行く。意思の疎通より前に、相手の意思を尊重したまいって具合に。
まあ、実話をもとに再構築したフィクションであるとはいえ、実際、自閉症の人が走るに任せるのが、接し方として正しいかどうかは判りません。複雑で難しい問題なんでしょう。しかし、「人間賛歌」を描く上で、この映画のマラソン大会はあまりに見事なシーンとなっていました。
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とまあ、絶賛ととられそうなことを色々書いてきましたが、正直言うと教育映画的堅苦しさが先行して、身を乗り出すようなわくわく感があったのは、前述のシマウマくらいだったんですね。
自閉症の子供とその親とコミュニケーションとマラソンとシマウマについての考察、という感じの内容で、色々と考えさせられはしたし、所々泣いたりもしたんですが、トータルとしての高揚感に乏しかった気がします。
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俳優はみな素晴らしかった。少年(チョ・スンウ)も母親(キム・ミスク)も素晴らしかったのはもちろんですが、個人的に「弟」(ペク・ソンヒョン)が気になります。
「言ったじゃないか! 何十回も! 何百回も!! 何千回も!!」という時の顔、目、表情は、チョウ・ユンファが乗り移ったようでした。チョウ・ユンファってのは動物の学名ではなく、かつて亜州影帝と呼ばれていた香港の大スターのことですよ。
具体的にどのユンファと似ていたかと言うと、「男たちの挽歌」の「三年だ!! 三年も待ったんだ!!」と言う時のユンファとそっくりでした。
熱い男が多いなあ。韓国は。
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自主映画撮ってます。松本自主映画製作工房 スタジオゆんふぁのHP
実は私は「動物」が好きです。映画に動物が出てくると過敏に反応し、必要以上に感動してしまいます。
(ただし、動物を擬人化した映画はそんなに好きではなく、動物が動物なまま登場するシーンが好きという事です。)
だからこの映画で1カットだけですが、シマウマと一緒に主人公チョウォンが走るとこが大好きです。そこで泣きました。
もちろん、シマウマが走ってたからこの映画は素晴らしい、とか言う気はないです。
でも一番のクライマックスにシマウマを持ってきて、チョウォンの純朴さとか、命あるものへの賛歌を詠い上げるセンスはいいと思います。
動物園とかペットショップとかで癒された気になる人間どもの心の隙を見事に突いてくる、計算しつくされた絶妙なタイミングでのシマウマ登場です。
動物園と言えば、この映画では動物園のシーンが重要な伏線として機能しています。かわいい動物さんたちに囲まれ(ほんとは動物が囲われてる場所なんだけど)、生活に疲れた人間どもが現実を忘れ心をリフレッシュした気にさせる動物園。しかしチョウォンにとっても、その母親にとっても、あの動物園での出来事が強いシマウマじゃないや、トラウマとなって心に刻まれます。トラウマってのは別にTiger & Horse って意味じゃなく、精神的衝撃と訳される心理学用語"Trauma"です。
ヒヒーン、ブウブウ、パオーン、ガオーって叫びはコミュニケーション超困難な自閉症の少年を母に連想させたのでしょうか?それはフカヨミってもんかも知れませんが、ともかく母は動物さんたちに癒されるどころか、より激しく現実的な問題ばかりが頭をかすめ、最愛の息子の手を離してしまいます。息子は大大大好きなシマウマさんのブースのところで、シマウマよりもっともっと大好きだった母に捨てられた悲しみをひしひしと感じています。
癒し係の動物さんたちと、崩壊しかかった家族愛とがいい対比となっていますね。
このシーンがあるから、クライマックスのマラソン大会のシーンが活きてきます。
ここで母は、映画の中で二度目の「息子の手を離す」ということをやらかします。ただし最初の手離しは純粋に自分のエゴからだったのに対し、二度目で手から離したのはチョウォンでなく、チョウォン捉えていた自分のエゴでした。息子が何を望んでいるかが、理由は説明できないけど100%理解できちゃったのです。動物園で手を離されたチョウォンはどうしようもなく絶望的な思いで檻に閉じ込められたシマウマさんを見て涙ぐむのですが、マラソン大会で手を離されたチョウォンは、アフリカの草原と思われる広大な大地を元気いっぱいに駆けて行くシマウマさんを、笑顔で追いかけて行くのです。
なんかシマウマのことばっかり書いてますね。
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この映画は、そのものずばり、コミュニケーションというものをテーマにしています。
自閉症という、自分の意思を他者に対して表現できない人と、いかに意思疎通をはかるか。
マラソンしなさい!!はエゴっぽいし、マラソンなんてしちゃいけません!!は過保護っぽい。
当の本人が、喜んでるのか我慢してるのか苦しんでるのか冷ややかに分析してるのか、さっぱり判らない以上、誰も確かな根拠のあるアドバイスができない。息子と私は一心同体よ、と信じて自分が正しいと思った事をやり通すしかない。
けれど、一心同体という考え方がそもそも間違っていたのかもしれない。自閉症だろうとなんだろうと、人間には意思がある。自分がどうしてもやりたくて仕方ないことに直面した時、あの動物園の一件以来10数年自分を掴んで離さなかった手を振りほどき、少年は前に進み出た。
人間をなめるんじゃねえ。やりたい事には向かって行くぜ・・・との監督の叫びと供に、少年は走り出して行く。意思の疎通より前に、相手の意思を尊重したまいって具合に。
まあ、実話をもとに再構築したフィクションであるとはいえ、実際、自閉症の人が走るに任せるのが、接し方として正しいかどうかは判りません。複雑で難しい問題なんでしょう。しかし、「人間賛歌」を描く上で、この映画のマラソン大会はあまりに見事なシーンとなっていました。
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とまあ、絶賛ととられそうなことを色々書いてきましたが、正直言うと教育映画的堅苦しさが先行して、身を乗り出すようなわくわく感があったのは、前述のシマウマくらいだったんですね。
自閉症の子供とその親とコミュニケーションとマラソンとシマウマについての考察、という感じの内容で、色々と考えさせられはしたし、所々泣いたりもしたんですが、トータルとしての高揚感に乏しかった気がします。
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俳優はみな素晴らしかった。少年(チョ・スンウ)も母親(キム・ミスク)も素晴らしかったのはもちろんですが、個人的に「弟」(ペク・ソンヒョン)が気になります。
「言ったじゃないか! 何十回も! 何百回も!! 何千回も!!」という時の顔、目、表情は、チョウ・ユンファが乗り移ったようでした。チョウ・ユンファってのは動物の学名ではなく、かつて亜州影帝と呼ばれていた香港の大スターのことですよ。
具体的にどのユンファと似ていたかと言うと、「男たちの挽歌」の「三年だ!! 三年も待ったんだ!!」と言う時のユンファとそっくりでした。
熱い男が多いなあ。韓国は。
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ほかに
カーウァイ科トニー目、ウー科レスリー目(←絶滅)、ジャッキー科ジャッキー目などありますね
>こっちゃん様
笑ってた笑ってた
シマウマさんも笑ってほしかったですね
>chishiさま
ペンギンの公開はこっちでは、盆休みごろです
うらやましいな
>aq99さま
・・のとこ、いつも面白いですね。
けっこう楽しみにしてますよ
>AISYA323さま
実話ものの宿命っていうか、真面目系映画人の宿命って感じがします
このあたりは、実話モノの宿命…ってトコですよね。
よろしく~。
同じ韓国映画で障害者を扱った「オアシス」という映画にも動物がでてきました~。
で、シマウマといえば、「ゼブラーマン」ですかね~。
勝手にイメージしててごめんくさい。
おいらは今度の水曜日に堪能する予定っす!
あの笑顔がもう一度見たい。
そう思わせてくれる映画でした
こっちゃん
映画でも分類学があったら,科とか目でウー科ユンファ目とか出来そうですね。
あ,映画の話…(汗)あのシマウマのエピソードには,わしもしみじみしました。
社会規範ってのと野生とは,そもそも相容れないものですし。そこにああいった自然のどうしようもない力で産まれた障害を持つ人々を絡める巧さがありましたよね。
動物に視線いかないのが正しい見方だと思います
監督の「そこじゃねーよ!!」ってお叱りが聞こえてきそうです。
>kossy様
皇帝ペンギン観たーい
ふと思ったのですが、白黒系の動物は癒しキャラだね。
パンダ、ペンギン、シマウマ・・・
白黒の蜘蛛とか蛇は除く
>優みゃ☆様
よかったです。タイトルは「シマウマ」でも良かったかも。
韓国映画の邦題っぽくいくと「シマウマと走る」
チョウォン、母親、コーチ、皆が変わっていく姿が感動的でした(涙)。
チョウォンのシマウマと楽しそうに走ってる姿、とてもよかったですよね!
実は観てないのです。
観たい観たいと思っているのですが・・・
シマウマの映画といえば『レーシング・ストライプス』
かなり子ども向けなのに楽しんでしまいました。
明後日、『皇帝ペンギン』の試写会が当たり、観に行ってきますです!動物、動物・・・
動物ですかぁ、そこに視点は行きませんでしたねぇ。 人にはいろいろな感じ方があるということなのですね。
私は自閉症のことなどは全然わかりませんがこの映画を楽しめました。韓国では凄いヒットになってるってことですよねぇ。