以下は日曜日の読書欄からである。
「21世紀の不平等」アンソニー・B・アトキンソン著
評者、一橋大学教授小塩隆士
格差是正ヘラジカルな政策提言
文中強調は私。
トマ・ピケティ著『21世紀の資本』、アンガス・ディートン著『大脱出』に続く、格差・貧困問題を扱う大著である。
著者はディートン氏と並んで格差・貧困問題を理論的・実証的に研究してきた世界的権威である。
昨年のノーベル経済学賞もディートン氏との同時受賞を予想する声が多かった。
ピケティ氏も大きな影響を受けた研究者の一人である。
本書は、ピケティ氏が「序文」で指摘するように、格差是正のための政策提言を展開する「行動計画に完全に専念した本」である。
『21世紀の資本』は、上位層への富の集中に焦点を当て、資本に対するグローバルな累進課税を提言するが、それだけで問題が解決できるかは疑問だ。『大脱出』は、所得だけでなく健康の格差にも目を向けさせる好著だが、政策提言としては途上国支援が中心だ。
国内の格差是正の処方箋を期待すると、やや肩透かしの感じがする。
本書の政策提言はラジカルである。
経済学の伝統的な発想は、「機会の平等」さえ担保できれば、できるだけ市場に任せて効率性を追求し、格差是正はその後に必要に応じて、というものだ。
本書は、教科書に描かれるような市場はそもそも存在せず、政府は分配を意識して市場に積極介入すべきだと主張する。IT(情報技術)など技術革新に格差を拡大させる傾向があるのなら、格差を是正するように技術革新を政府が誘導すべきだとまで言う。
さらに、効率性と公平性は常にトレードオフ(二律背反)の関係にはなく、公平性の追求で効率性が高まる可能性も十分あると主張する。
本書は、格差是正のための15の具体的な提言を示す。
所得税の累進性強化、児童手当の拡充のほか、最低賃金による公的な雇用保証、成人に達した時点での国民全員への資本給付、労働組合の交渉力強化など、ラジカルな内容を含む。
本書の提言に対しては、「1960~70年代への逆戻り」 (英エコノミスト誌)と評するなど、批判的な声がすでに上がっている。
著者はそうした反応を十分予想し、3部構成の本書の第Ⅲ部は予想された批判への反論に費やされている。
本書に難点があるとすれば、内容がやや英国内向きであることだ。
サッチャー政権以降、英国で展開されてきた社会・経済政策に関する知識がないとわかりにくいところがある。
政策提言も、日本にすべてがそのまま当てはまるとは思えない。
しかし、本書の迫力には多くの読者に是非触れていただきたい。