以下は前章の続きである。
太平洋戦争当時、韓国は爆撃も受けず、実質徴兵もなく(*若干の徴兵者は戦線投入前に終戦)、物資の徴発と徴用だけという、“植民地”としては破格の待遇を受けた。
結果、終戦時、内地は大量の戦死者を出して灰燼に帰したが、韓国はほぼ無傷の状態だった。
つまり、戦後、日本と韓国の経済社会状態は完全に逆転していたのである。ところが、李承晩が去った時には、韓国は最貧国へと転落しており、両者の状態は再逆転していた。
結局、李承晩は、韓国社会と経済の発展には何一つ貢献せず、ただ単に独裁権力を振り回して圧政を敷き、自国民を大量虐殺し、貧困化させただけだった。
ちなみに、韓国政府は未だにこの恥部を隠蔽し、逆に日本軍によるありもしない虐殺はでっち上げて、子供たちに嘘の歴史を教えているのだから、半ば共犯者みたいなものではないか。
この稿続く。
以下は前章の続きである。
太平洋戦争当時、韓国は爆撃も受けず、実質徴兵もなく(*若干の徴兵者は戦線投入前に終戦)、物資の徴発と徴用だけという、“植民地”としては破格の待遇を受けた。
結果、終戦時、内地は大量の戦死者を出して灰燼に帰したが、韓国はほぼ無傷の状態だった。
つまり、戦後、日本と韓国の経済社会状態は完全に逆転していたのである。ところが、李承晩が去った時には、韓国は最貧国へと転落しており、両者の状態は再逆転していた。
結局、李承晩は、韓国社会と経済の発展には何一つ貢献せず、ただ単に独裁権力を振り回して圧政を敷き、自国民を大量虐殺し、貧困化させただけだった。
ちなみに、韓国政府は未だにこの恥部を隠蔽し、逆に日本軍によるありもしない虐殺はでっち上げて、子供たちに嘘の歴史を教えているのだから、半ば共犯者みたいなものではないか。
この稿続く。
以下は前章の続きである。
朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に処刑した。
軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。
戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下でも隠蔽され続けた。
当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。
しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦となるはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。
これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃した。
ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。
その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。
李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底的に弾圧した。
日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。
李承晩はこの動きを思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。
こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。
この稿続く。
以下は前章の続きである。
朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に処刑した。
軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。
戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下でも隠蔽され続けた。
当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。
しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦となるはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。
これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃した。
ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。
その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。
李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底的に弾圧した。
日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。
李承晩はこの動きを思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。
こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。
この稿続く。
以下は前章の続きである。
朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に処刑した。
軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。
戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下でも隠蔽され続けた。
当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。
しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦となるはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。
これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃した。
ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。
その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。
李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底的に弾圧した。
日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。
李承晩はこの動きを思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。
こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。
この稿続く。
以下は前章の続きである。
朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に処刑した。
軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。
戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下でも隠蔽され続けた。
当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。
しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦となるはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。
これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃した。
ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。
その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。
李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底的に弾圧した。
日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。
李承晩はこの動きを思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。
こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。
この稿続く。
以下は前章の続きである。
朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に処刑した。
軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。
戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下でも隠蔽され続けた。
当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。
しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦となるはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。
これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃した。
ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。
その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。
李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底的に弾圧した。
日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。
李承晩はこの動きを思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。
こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。
この稿続く。
以下は前章の続きである。
朝鮮戦争が勃発すると、李承晩は内部の敵に対する被害妄想を加速させ、共産主義者とその家族を教化する組織「国民保導連盟」に登録していた人たちを大量に処刑した。
軍や警察によって虐殺された人の数は、正確には分からないが、百万以上とも言われる。
戦争でうやむやになっただけでなく、その後の軍事政権下でも隠蔽され続けた。
当初は半島南部に追い詰められた韓国軍だが、アメリカ軍の参戦で巻き返し、四ヵ月後には中朝国境の鴨緑江に達した。
しかし、北朝鮮の滅亡によって終戦となるはずが、中国軍の参戦によって再び38度線まで押し戻され、戦争は結局3年間も続いた。
これにより数百万の軍民が犠牲になり、朝鮮半島の大半が荒廃した。
ちなみに、戦争を長引かせて犠牲を増やした中国に対して、韓国は過去の直視・清算を一言も要求していない。
その後も李承晩は1960年半ばまで独裁者の地位に居座り続けた。
李は共産主義者だけでなく自分に反対する者は政治犯として粛清し、デモや反対運動は徹底的に弾圧した。
日本時代を知る韓国人は当時、「いったいどこか“解放”なのか。日帝支配下よりもはるかに酷い社会じゃないか」と憤った。
李承晩はこの動きを思想言論の統制・密告制度・秘密警察などの恐怖政治で取り締まった。
こうして、懐日思想や言動を監視抑圧し、日本時代を体験で知る世代が恐怖心から口をつぐむようにして世代間の分断をはかり、子供たちにはメディアと公教育を使って「偽の記憶」を植え付けていった。
この稿続く。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。と題して2018-12-05に発信した章がアメーバの検索数ベスト30に入っている。
李明博大統領の末期の言動に驚き呆れた私が、一体全体、韓国とはどんな国なのだ、と思い、韓国及び朝鮮半島についてネットで検索した…1時間、朝鮮半島の実態が分かった。
朝日新聞の購読者で戦後教育を受けた私には全く分からなかった韓国の実態を初めて知ったのである。
北朝鮮の事は検索しなくても、筆舌に尽くしがたい酷い国である事は誰にでも分かる事だろう。
さっき、これもまた、人類史上最大の図書館であるインターネットの真髄である記事を発見した。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。
つまり、これらの事実を知らなければ韓国人の事は分からない…それは日本人にとっては極めて危険な事なのである。
私が個人的に命を失いかけた大病に至るほどの悪に遭遇した様に、実は、日本は、ずっと、この悪に遭遇し続けていた…晒され続けていたのである。
日本に対してだけではなく、彼らは米国や国連を主戦場にして、ずっと、彼らの悪を振りまき続けて来たのである。
この労作が明らかにしている真実が、反日プロパガンダの正体なのである。
神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国、米国と並んで、世界をリードして行かなければならない日本に対して…、
朝鮮半島や中国のような「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国が、戦後70年、反日教育という名のナチズムを行い続けている事を世界は看過して来た。
その事に対する神様の怒りが、世界を不安定なままにし、紛争の絶えない世界にしているのだと、気づくべき時は、とうに来ているのである。
私が…仕方なしに…文明のターンテーブルを引っ提げて、こうして登場した事は、私は無論、読者の方々にとっても予想も出来ないほどに、日本と世界にとって、実は、とても重要な事だったのである。
以下が発見した記事である。
韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。
◆なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える(後半) 山田高明
韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。
日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。
当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。
臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。
ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。
だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。
李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。
いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。
李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。
その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。
虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。
李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。
そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。
自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。
この稿続く。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。と題して2018-12-05に発信した章がアメーバの検索数ベスト30に入っている。
李明博大統領の末期の言動に驚き呆れた私が、一体全体、韓国とはどんな国なのだ、と思い、韓国及び朝鮮半島についてネットで検索した…1時間、朝鮮半島の実態が分かった。
朝日新聞の購読者で戦後教育を受けた私には全く分からなかった韓国の実態を初めて知ったのである。
北朝鮮の事は検索しなくても、筆舌に尽くしがたい酷い国である事は誰にでも分かる事だろう。
さっき、これもまた、人類史上最大の図書館であるインターネットの真髄である記事を発見した。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。
つまり、これらの事実を知らなければ韓国人の事は分からない…それは日本人にとっては極めて危険な事なのである。
私が個人的に命を失いかけた大病に至るほどの悪に遭遇した様に、実は、日本は、ずっと、この悪に遭遇し続けていた…晒され続けていたのである。
日本に対してだけではなく、彼らは米国や国連を主戦場にして、ずっと、彼らの悪を振りまき続けて来たのである。
この労作が明らかにしている真実が、反日プロパガンダの正体なのである。
神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国、米国と並んで、世界をリードして行かなければならない日本に対して…、
朝鮮半島や中国のような「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国が、戦後70年、反日教育という名のナチズムを行い続けている事を世界は看過して来た。
その事に対する神様の怒りが、世界を不安定なままにし、紛争の絶えない世界にしているのだと、気づくべき時は、とうに来ているのである。
私が…仕方なしに…文明のターンテーブルを引っ提げて、こうして登場した事は、私は無論、読者の方々にとっても予想も出来ないほどに、日本と世界にとって、実は、とても重要な事だったのである。
以下が発見した記事である。
韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。
◆なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える(後半) 山田高明
韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。
日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。
当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。
臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。
ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。
だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。
李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。
いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。
李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。
その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。
虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。
李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。
そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。
自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。
この稿続く。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。と題して2018-12-05に発信した章がアメーバの検索数ベスト30に入っている。
李明博大統領の末期の言動に驚き呆れた私が、一体全体、韓国とはどんな国なのだ、と思い、韓国及び朝鮮半島についてネットで検索した…1時間、朝鮮半島の実態が分かった。
朝日新聞の購読者で戦後教育を受けた私には全く分からなかった韓国の実態を初めて知ったのである。
北朝鮮の事は検索しなくても、筆舌に尽くしがたい酷い国である事は誰にでも分かる事だろう。
さっき、これもまた、人類史上最大の図書館であるインターネットの真髄である記事を発見した。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。
つまり、これらの事実を知らなければ韓国人の事は分からない…それは日本人にとっては極めて危険な事なのである。
私が個人的に命を失いかけた大病に至るほどの悪に遭遇した様に、実は、日本は、ずっと、この悪に遭遇し続けていた…晒され続けていたのである。
日本に対してだけではなく、彼らは米国や国連を主戦場にして、ずっと、彼らの悪を振りまき続けて来たのである。
この労作が明らかにしている真実が、反日プロパガンダの正体なのである。
神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国、米国と並んで、世界をリードして行かなければならない日本に対して…、
朝鮮半島や中国のような「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国が、戦後70年、反日教育という名のナチズムを行い続けている事を世界は看過して来た。
その事に対する神様の怒りが、世界を不安定なままにし、紛争の絶えない世界にしているのだと、気づくべき時は、とうに来ているのである。
私が…仕方なしに…文明のターンテーブルを引っ提げて、こうして登場した事は、私は無論、読者の方々にとっても予想も出来ないほどに、日本と世界にとって、実は、とても重要な事だったのである。
以下が発見した記事である。
韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。
◆なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える(後半) 山田高明
韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。
日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。
当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。
臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。
ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。
だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。
李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。
いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。
李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。
その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。
虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。
規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。
李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。
そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。
自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。
この稿続く。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。と題して2018-12-05に発信した章がアメーバの検索数ベスト30に入っている。
李明博大統領の末期の言動に驚き呆れた私が、一体全体、韓国とはどんな国なのだ、と思い、韓国及び朝鮮半島についてネットで検索した…1時間、朝鮮半島の実態が分かった。
朝日新聞の購読者で戦後教育を受けた私には全く分からなかった韓国の実態を初めて知ったのである。
北朝鮮の事は検索しなくても、筆舌に尽くしがたい酷い国である事は誰にでも分かる事だろう。
さっき、これもまた、人類史上最大の図書館であるインターネットの真髄である記事を発見した。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。
つまり、これらの事実を知らなければ韓国人の事は分からない…それは日本人にとっては極めて危険な事なのである。
私が個人的に命を失いかけた大病に至るほどの悪に遭遇した様に、実は、日本は、ずっと、この悪に遭遇し続けていた…晒され続けていたのである。
日本に対してだけではなく、彼らは米国や国連を主戦場にして、ずっと、彼らの悪を振りまき続けて来たのである。
この労作が明らかにしている真実が、反日プロパガンダの正体なのである。
神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国、米国と並んで、世界をリードして行かなければならない日本に対して…、
朝鮮半島や中国のような「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国が、戦後70年、反日教育という名のナチズムを行い続けている事を世界は看過して来た。
その事に対する神様の怒りが、世界を不安定なままにし、紛争の絶えない世界にしているのだと、気づくべき時は、とうに来ているのである。
私が…仕方なしに…文明のターンテーブルを引っ提げて、こうして登場した事は、私は無論、読者の方々にとっても予想も出来ないほどに、日本と世界にとって、実は、とても重要な事だったのである。
以下が発見した記事である。
韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。
◆なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える(後半) 山田高明
韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。
日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。
当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。
臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。
ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。
だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。
李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。
いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。
李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。
その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。
虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。
規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。
李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。
そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。
自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。
この稿続く。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。と題して2018-12-05に発信した章がアメーバの検索数ベスト30に入っている。
李明博大統領の末期の言動に驚き呆れた私が、一体全体、韓国とはどんな国なのだ、と思い、韓国及び朝鮮半島についてネットで検索した…1時間、朝鮮半島の実態が分かった。
朝日新聞の購読者で戦後教育を受けた私には全く分からなかった韓国の実態を初めて知ったのである。
北朝鮮の事は検索しなくても、筆舌に尽くしがたい酷い国である事は誰にでも分かる事だろう。
さっき、これもまた、人類史上最大の図書館であるインターネットの真髄である記事を発見した。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。
つまり、これらの事実を知らなければ韓国人の事は分からない…それは日本人にとっては極めて危険な事なのである。
私が個人的に命を失いかけた大病に至るほどの悪に遭遇した様に、実は、日本は、ずっと、この悪に遭遇し続けていた…晒され続けていたのである。
日本に対してだけではなく、彼らは米国や国連を主戦場にして、ずっと、彼らの悪を振りまき続けて来たのである。
この労作が明らかにしている真実が、反日プロパガンダの正体なのである。
神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国、米国と並んで、世界をリードして行かなければならない日本に対して…、
朝鮮半島や中国のような「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国が、戦後70年、反日教育という名のナチズムを行い続けている事を世界は看過して来た。
その事に対する神様の怒りが、世界を不安定なままにし、紛争の絶えない世界にしているのだと、気づくべき時は、とうに来ているのである。
私が…仕方なしに…文明のターンテーブルを引っ提げて、こうして登場した事は、私は無論、読者の方々にとっても予想も出来ないほどに、日本と世界にとって、実は、とても重要な事だったのである。
以下が発見した記事である。
韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。
◆なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える(後半) 山田高明
韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。
日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。
当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。
臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。
ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。
だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。
李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。
いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。
李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。
その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。
虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。
規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。
李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。
そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。
自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。
この稿続く。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。と題して2018-12-05に発信した章がアメーバの検索数ベスト30に入っている。
李明博大統領の末期の言動に驚き呆れた私が、一体全体、韓国とはどんな国なのだ、と思い、韓国及び朝鮮半島についてネットで検索した…1時間、朝鮮半島の実態が分かった。
朝日新聞の購読者で戦後教育を受けた私には全く分からなかった韓国の実態を初めて知ったのである。
北朝鮮の事は検索しなくても、筆舌に尽くしがたい酷い国である事は誰にでも分かる事だろう。
さっき、これもまた、人類史上最大の図書館であるインターネットの真髄である記事を発見した。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。
つまり、これらの事実を知らなければ韓国人の事は分からない…それは日本人にとっては極めて危険な事なのである。
私が個人的に命を失いかけた大病に至るほどの悪に遭遇した様に、実は、日本は、ずっと、この悪に遭遇し続けていた…晒され続けていたのである。
日本に対してだけではなく、彼らは米国や国連を主戦場にして、ずっと、彼らの悪を振りまき続けて来たのである。
この労作が明らかにしている真実が、反日プロパガンダの正体なのである。
神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国、米国と並んで、世界をリードして行かなければならない日本に対して…、
朝鮮半島や中国のような「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国が、戦後70年、反日教育という名のナチズムを行い続けている事を世界は看過して来た。
その事に対する神様の怒りが、世界を不安定なままにし、紛争の絶えない世界にしているのだと、気づくべき時は、とうに来ているのである。
私が…仕方なしに…文明のターンテーブルを引っ提げて、こうして登場した事は、私は無論、読者の方々にとっても予想も出来ないほどに、日本と世界にとって、実は、とても重要な事だったのである。
以下が発見した記事である。
韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。
◆なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える(後半) 山田高明
韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。
日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。
当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。
臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。
ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。
戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。
だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。
李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。
いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。
李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。
その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。
虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。
規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。
李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。
そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。
自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。
この稿続く。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。と題して2018-12-05に発信した章がアメーバの検索数ベスト30に入っている。
李明博大統領の末期の言動に驚き呆れた私が、一体全体、韓国とはどんな国なのだ、と思い、韓国及び朝鮮半島についてネットで検索した…1時間、朝鮮半島の実態が分かった。
朝日新聞の購読者で戦後教育を受けた私には全く分からなかった韓国の実態を初めて知ったのである。
北朝鮮の事は検索しなくても、筆舌に尽くしがたい酷い国である事は誰にでも分かる事だろう。
さっき、これもまた、人類史上最大の図書館であるインターネットの真髄である記事を発見した。
今、韓国で起きている事は、これらの事実を知って初めて合点が行くはずである。
つまり、これらの事実を知らなければ韓国人の事は分からない…それは日本人にとっては極めて危険な事なのである。
私が個人的に命を失いかけた大病に至るほどの悪に遭遇した様に、実は、日本は、ずっと、この悪に遭遇し続けていた…晒され続けていたのである。
日本に対してだけではなく、彼らは米国や国連を主戦場にして、ずっと、彼らの悪を振りまき続けて来たのである。
この労作が明らかにしている真実が、反日プロパガンダの正体なのである。
神の摂理として、文明のターンテーブルが回っている国、米国と並んで、世界をリードして行かなければならない日本に対して…、
朝鮮半島や中国のような「底知れぬ悪」と「まことしやかな嘘」の国が、戦後70年、反日教育という名のナチズムを行い続けている事を世界は看過して来た。
その事に対する神様の怒りが、世界を不安定なままにし、紛争の絶えない世界にしているのだと、気づくべき時は、とうに来ているのである。
私が…仕方なしに…文明のターンテーブルを引っ提げて、こうして登場した事は、私は無論、読者の方々にとっても予想も出来ないほどに、日本と世界にとって、実は、とても重要な事だったのである。
以下が発見した記事である。
韓国の歴史教科書を読んでからである。日本人は冷酷非情な「悪魔」として描かれていた。近代日本は朝鮮に対して「殺戮と収奪のみ」をしたことにされていた。
◆なぜ韓国は歴史を書き換えたのか―その動機と背景を考える(後半) 山田高明
韓国の本当の不幸の始まりとなった李承晩時代
さて、話を本筋に戻そう。
日本の敗戦により、総督府からアメリカへと韓国の統治権が引き継がれた。
当初は建国をめぐって諸派がゴタゴタし、ソ連はいち早く傀儡を立てた。
臨時政府と独立軍自体は承認されなかったが、同政府出の李承晩個人はアメリカ留学組であり同国でロビー活動もしていたことから、結局、反共傀儡政権の首班に祭り上げられた。
ただし、「韓国を連合国に加えてほしい」という身勝手な要求は退けられた。
戦って血を流したわけでもない者たちがでしゃばる権利などないと考えられたからだ。
だから、韓国人が“戦勝国民”だの“連合国民”だのと自称することは単純に事実に反する。
この人物が初代大統領として独裁権力を握ったことに関しては、同情を禁じえない。
李が帰国してから亡命するまでの期間は「暗黒時代」であり、現代韓国人にその記憶が欠落しているのは異常なことだ。
いろんな意味で、この李承晩こそ諸悪の根源であり、彼の時代こそ、まさに韓国の歴史教育で描かれる“日帝”そのままなのだ。
李承晩が最初にやらかした悪事が「済州島事件」で、要するに共産主義者とその疑いをかけられた島民に対する大虐殺である。
その結果、数万の市民が殺され、別の何万人かが日本に逃れ、そのまま居ついた。
虐殺はその後も継続的に行われ、島民は激減した。
規模は小さいが、似たような虐殺はその他の地域でも行われた。
李承晩による対日戦争犯罪といえば、日本領・竹島の侵略強奪と日本人漁民の虐殺が有名だが、実はそれ以前に対馬を侵略しようとした。
そのために韓国の南端に兵力を集結させていたところ、北朝鮮の電撃侵攻に合ったのである。
自国民さえ平気で虐殺するほどだから、韓国軍が対馬で大虐殺をやらかしていたことは想像に難くない。
この稿続く。